第五世代コンピュータプロジェクトにおける
国際交流の概要


1.国際交流の方針

2.国際共同研究の拡大と解決した/すべき問題点
3.ICOTの国際共同研究の実施状況
4.国際共同研究及び委託研究についての覚書、契約文書


1.国際交流の方針

  • 前期: 個人ベースの交流
    - 研究論文の海外発表、研究員の相互訪問、海外研究者の招聘
     
  • 中期: 2国間のワークショップ
    - 海外の国立・公立研究機関などを窓口として、双方が興味あるテーマを定めてのワークショップ
    - 自国分の経費は自国負担。開催場所は交互
    - 長期派遣研究者の受け入れ
     
  • 後期: 国際共同研究の実施
    - ICOTで開発した言語、ソフト、マシンを利用した共同研究
    - PSIの貸与、PIMの国際ネットワーク(インターネット)経由の利用
    - 新たに得た知見やソフトウェアは公開

2.国際共同研究の拡大と解決した/すべき問題点

 (1) 研究者個人レベルのレベルアップにより交流に必要な条件を満たすこと

  • 英会話能力や挨拶などの時の言葉や動作などの習得
  • 海外研究者との個人レベルの信頼関係の育成
  • 研究の目標、内容、実施方法等への理解、興味、利害の共有
  • 研究者のポジションが一定期間、安定に継続すること

ICOTの場合は、就業時間外での英会話教室を設けるほか、海外より招聘した研究者との議論による実践的英会話訓練を実施。前期の個人レベルの相互訪問による交流と、中期の2国間WSで上記の条件が整った。

また、欧州、米国が第五世代プロジェクトに対抗する国家プロジェクトを興したことで、この分野の研究者が増え、交流をしやすい環境ができた。

わが国が先鞭を切ったので、研究情報やプロジェクトの進捗などの情報を与え、先方から、いろいろな分野への応用研究の情報などを得た。 "Give and Take"の関係が構築できた。
 
  • 平成3年度までの招聘者数は、のべ78人13ケ国
  • 2国間WSは、日米:4、日仏:4、日瑞(伊):7、日英:2
  • 長期滞在が、8人 (NSF, INRIA)
 (2) ソフトウェア開発環境の共有とインタフェースの刷り合わせ
  • 共同研究は、知見の交換から、ソフトウェアの交換、 ソフトウェア共同開発へと進展する。
     
  • 技術的な要求の進展
    - プログラミング言語の共通化
    - 異なるプログラミング言語とのインタフェース確立
    - 異機種・異OS間接続
    - 情報やソフトウェア交換の高速化
    - 広域分散システムの構築 (NFSの強化など)
    - 国際ネットワーク(インターネット回線)の高速化

 (3) ICOTの場合は、

'89年10月にマルチPSIを持ち込んでの日米WSをアルゴンヌ国立研で開催。これが本格的な共同研究の始まりとなる。その後、共通ツールとして提供したICOTのマシンやソフトウェアに関して、上記の問題が順次明らかとなる。この克服が大変であった。
 
  • プログラミング言語はICOT製の並列論理型言語KL1
     
  • 疑似並列実行環境は、PSI-2の上にあり、これを貸与
    PSI-2は、国際ネット(インターネットの前身)経由でマルチPSIを アクセスする端末としても機能する。ネットワーク回りについて、 TCP-IPの仕様が急速に進化していた時代であり追随に苦労する。
     
  • マニュアルの英文化、使用方法の講習の実施なども言語の 問題があり、苦労する。
     
  • 国際ネットワーク接続と運用の不慣れによるトラブル続出。 ICOT製のOSや日本のネットワークのハードやソフトの経験不足が 問題。アルゴンヌの研究者より、懇切丁寧な指導を受ける。 ネットワークの便利さと安定動作の難しさを実体験。
 (4) 2年かけて、問題点を解決
  • UnixマシンをフロントエンドとするPSI-3の投入
  • PSIを不要とするSun-WS上で動作するPIM端末ソフト開発
  • 並列OS、PIMOSの信頼性、耐久性の強化
  • 高性能のPIMの投入と海外への開放
  • ネットワークに関するノウハウの蓄積と専門家育成
  • 新規マニュアルの英文による作成など
  • ICOTソフトウェアの無償、無制限開放
 (5) 米欧の極度に競争的な研究風土の理解とそれを前提とする対応
  • 共同研究が海外パートナーの競争力を強化できることが必要。 その結果、より多くの予算獲得ができること。 足を引っ張れば、予算やポジションを失わせてしまう。
     
  • 共同研究の成果がソフトウェアの場合は、そのソフトウェアが さらに、その先の応用研究者のツールとなることが求められる。 異機種・異言語ソフトとの結合、国際ネット上での 分散システムを構築できる機能が必要。
     
  • ICOTの提供するソフトウェアやマシンが、海外研究者の用いている ツールより優れているか否か。 問題点は単純明解だが実現には苦労がいる。
     
  • しかし、この苦労以上に、魅力的な応用や新しい使い方を 見い出すことができた。共同研究をすることは、米国の研究者間の 競争に参加し、パートナーの立場を有利にすることが義務。
    パートナーとなることで、相互の所有する研究情報や成果は オープンになる。 ( 定理証明や遺伝子情報処理に関する知識、アルゴリズム、 プログラミング手法など習得。)(米欧で通用すれば、国内は無敵 == 昔と変わることなし。)
 (6) 政策的な枠組と成果の知的所有権(IPR)
  • 国際共同研究の予算の形態

    - 両岸方式
     自国研究者の経費は自国負担
     相手が、自前の予算に余裕がある裕福な研究所(大学)に限られる。 大学はパートナーとできないところが
     問題。

    - 丸抱え
     日本側が相手の経費まで負担
     日本の国家予算を使う場合の事務処理が複雑
     金額が大きくなると、成果の扱いとの絡みがまた複雑。

    - これらの組み合わせ
     うまい切り分けが今後の研究課題
     (成果の扱いとの絡みを考慮)
     
  • 成果の帰属の問題

    国のプロジェクト成果のIPRの扱いの相違が大きな問題。 このため、共同研究の契約や覚書の締結が困難となる。

    - 米国は全面公開が原則。国家予算や公務員が絡んで開発したソフトウェアは、全面パブリックドメイン化が原則。また、発明者に期限つきながら、その利用の優先権が与えられる。

    - 日本は、丸ごと組織が取り上げてしまう。公開もしない。米国のIPRの扱いの細やかさに、日本の制度がついて行けない。''公開原則''が最も大きな違い。ICOTはソフトウェアの無償公開制度を確立して条件付きで対応可能となった。

    - 欧州やオーストラリアは米国ほど明確ではないので、政治的な背景が強く影響する。例えば、日本が資金を出して共同研究しようとする提案は、お金でアイデアを買い日本の産業を太らせる手段と誤解される。日本のコンピュータ科学への知的貢献の少なさが災い。

    - 共同研究の予算の分担と成果の共有は、開発目標と成果が極めて明確なプロジェクト(商用化の類)以外は、難しい。基礎研究は、成果の公開を原則とする以外は、現在の日本の信用度では交渉の出口がないように見える。


3.ICOTの国際共同研究の実施状況

 (1) アルゴンヌ国立研究所 ANL (米国、シカゴ近郊)
  • エネルギー省の研究機関、数学と計算機科学部
  • 共同研究テーマ: DNAの解析を並列処理で行なう
  • PSI設置: 平成2年('90)6月- 平成4年3月
 (2) 国立衛生研究所 NIH (米国、ワシントンDC 近郊)
  • 保健省の研究機関、計算機研究技術部
  • 共同研究テーマ: 蛋白質の構造解析と遺伝子データベース
  • PSI設置: 平成2年('90)10月- 平成4年10月
 (3) ローレンスバークレー研究所(米国、バークレー市)
  • エネルギー省の研究機関、細胞と分子生物学部
  • 共同研究テーマ: 人ゲノムのデータベース
  • PSI設置: 平成2年('90)12月- 平成4年7月
 (4) スウェーデンコンピュータ科学研究所、SICS(ストックホルム近郊)
  • 国と民間の共同研究所、スウェーデン版のICOT
  • 共同研究テーマ: 制約論理プログラミング
  • PSI設置: 平成2年('90)8月 - 平成6年
 (5) オーストラリア国立研究所、ANU (キャンベラ市内 )
  • 国立大学、自動推論研究グループ
  • 共同研究テーマ: 並列定理証明
  • PSI設置: 平成3年('91)8月 - 平成6年
 (6) オレゴン大学(米国、ユージーン市)
  • 州立大学、コンピュータ情報科学部
  • 共同研究テーマ: 並列言語処理系および遺伝子解析
  • PSI設置: 平成5年('93)1月
 (7) ブリストール大学(英国、ブリストール市)
  • 国立大学、コンピュータ科学部
  • 共同研究テーマ: KL1言語処理系および制約論理 プログラミングシステム開発
  • Unixマシン上のPIMインタフェースソフトウェアを利用

4.国際共同研究及び委託研究についての覚書、契約文書

 (1) 第五世代コンピュータプロジェクトの期間 (1982-1992年度)
  * 米国のDOE傘下の国研とは、米国の情報公開法の求める条件に対して日本側が対応できず、本格的な共同研究契約は結べなかった。
* この期間の共同研究は、自国の人の係わる費用は、それぞれの国が負担した。(両岸方式と呼んだ)
* 共同研究の内容は、研究者の相互訪問と 共同ワークショップの定期開催であった。(開催場所は毎年交代)

(2) 第五世代研究基盤化プロジェクトの期間 (1993-1994年度)
* この期間の共同研究は、オレゴン大学とブリストール大学には研究の委託を行ない、委託費用を支払った。
* オーストラリア国立大学は、自国研究者分は自国負担で実施した。