マルチメディア技術および産業は、現在、どういう状態にあるのだろうか? マルチメディア関連のハイテク技術は、従来の製造業のセンス、つまり、装置を作って売って儲ける路線では、ビジネスになりにくくなってきている。
いわゆるマスコミの一般用語としての「マルチメディア」が社会に定着するはるか以前から、研究開発サイドには「マルチメディア技術」という用語も技術の実体も存在した。しかし、仮に「ポピュラーになる前のマルチメディア技術」と「ポピュラーになってからのマルチメディア技術」と分けて考えると、これからのマルチメディア技術・産業の方向が見えてくる。
「昔のマルチメディア技術」では、いわゆる画像処理、信号処理、音声処理等のプロが高度な情報処理技術等の「技」を誇って、新しい機能を追求していくという、専門的利用の為の技術の積み上げをやっていた。その頃は、「技術の動向」を左右する人達は、まさにプロの技術屋・専門家であった。
しかし、最近はどうか?現在は、文化人がオピニオンリーダーとしてメディアを語るようなってきた。現在のメディア技術を語り評価する規準(クライテリア)は、いわゆる「技術の高度さ」ではなく、「誰でもが使える技術」かどうかである。いわゆる「マス素人」と呼ばれる、世の中の大多数を占める「普通の人々」が使うための技術として、マルチメディア技術が位置づけられつつあるのである。
「メディア」以前 | 「メディア」以後 | |
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時代的特徴 | プロが高度な技を誇る。 → 技術の専門化 |
文化人が技術と社会を語る。 → 技術の大衆化 |
ニーズ | 専門的用途のための技術 | マス素人のための技術 |
シーズ | 認識・理解の高度な技術 | (1)サービス提供のための技術& (2)サービス享受のための技術 |
ゴール | (1)新しい応用事例の提起 (2)与えられたタスクの解決 |
生活・仕事・社会を変える。 |
アプローチ | (1)高機能化の戦い (2)認識率の戦い |
(1)大衆的な技術 (2)個別化・個人化 |
産業の形態 | 装置産業・部品産業の発想: 高機能な専用装置・部品を売って、利益を得る。 |
情報サービスの発想: 大衆的な機器を多数・安価に提供し、利用するサービスで利益を得る。 |
これは、マルチメディア技術やこれを利用した産業の形が大きく変わることを意味する。従来のマルチメディア技術の出発点は、難しい環境(極限状況)における認識・理解の方式の解明とそのシステム化に焦点を当てて、研究開発を進めていた。(技術のメトリックは、与えられた環境・対象の複雑さと認識率・認識速度等であり、比較的、明快といえる。)しかし、これからのマルチメディア技術は、「普通の消費者に、どんな風にサービスを提供したらいいのか?」あるいは「消費者がそのサービスを享受しやすくするためには、どんな技術がいるのか?」等、発想を転換した技術開発が求められているのである。(このような場合、個々人の満足度のように、個別的かつ主観的で、また、一つの技術ではなく種々の技術を総合したトータルなグランドデザインが必要となるため、技術のメトリックは必ずしも明確ではない。)当然、研究課題のゴールとそれへのアプローチも変わらなければならない。
しかし、わが国の産業界(特に、主要な半導体製造会社・コンピュータ関係の会社)の現状は、残念ながらまだ旧来のスタイルでビジネスを展開しようとしている傾向が強いのではないか? 例えば、各社が力を入れている画像の符号化チップ等は、開発が済むと同時にすごい勢いで市場に売れるけれども、その一方で、研究開発の投資に見合った(あるいは将来の研究開発費を見込めるような)コストの回収は難しくなっている。
今までの半導体産業・コンピュータ産業は、専用装置を作り、電子部品を売って、薄利多売で稼ぐという発想で頑張ってきました。今日、「日本は、もはやアメリカのキャッチアップのフェーズは終わり、フロントランナーに並んだ!」という考えが広くある。確かに、日本はフロントランナーになったが、同時に、韓国、台湾、シンガポール等も同様にフロントランナーに並びつつあるのである。したがって、わが国の産業界が高機能の信号処理装置を開発し、薄利多売ビジネスを展開しても、すぐに、もっと安い値段で新興国から同様の性能の商品が出てくる。つまり、継続的に安定した利益を上げることができない。すぐに次の装置・部品の開発に向けた投資を繰り返さなければならなくなっており、産業としてはペイさせることが難しくなった。
発想を転換してみよう。これからのマルチメディア技術として、マス素人から求められている技術は、「誰でもが使える技術であるということ」、そして、一見対立的であるが「目的・スタイル・好みなど、自分流にチューニングしたい」「これを可能とするような新しい視点の技術開発を行うこと」が求められているのではないか。
要約すると、これからのマルチメディア技術・産業に必要な観点は、いわゆる消費者の住んでいる場所で「売れるサービス、お金をとれるサービス、魅力的なサービス」等の技術と産業を育てていくことである。そして、そのための、技術的なサポートを今からやっておく必要があるのである。
従来のマルチメディア技術を人工知能技術との関連で捉え直してみよう。従来のマルチメディア技術は、「人間に学んでいる」と言われるが、実は、人間と全然関係の無い技術といえる。
例えば図3.8-1の例を考えよう。人間は花を見て「これは、少ししおれかかった向日葵だ。」と知覚する。この過程では、「向日葵」は「花」で総称されるオブジェクトクラスの中の一つのサブクラスであり、今、目の前にあるこの「しおれかけた向日葵」はその中の一つのインスタンスである、ということを、知識とパターンとを組合わせて理解していると考えられる。従来のマルチメディア技術は、そのようなメカニズムを計算機の上でシミュレーションするためには、どう実現するか?といういうのが、主要な目的であった。しかし、これは「火星に無人探査ロボットを飛ばして、人間に代わって、人間の居ないところで、ロボット自身に自律的に環境を判断させながら、あちこちを歩きまわらせて、探査させる類の技術」と言える。つまり、人間との関わりや、人間がその環境をどう認識するか(さらには主観的にどう解釈するか)、等とは直接、関係のない技術といえるのである。
一人一人のお客様(=マス素人の一人である利用者、消費者)の「顔」を見る必要のある、すなわち、一人一人の人間の特性や要求に適合したマルチメディアサービスを提供するためには、「人間はどのように知覚しているのか?」を、本当に問われることになる。この場合、今までのパターン認識技術とは違う、難しい問題が主要な課題となる。そこでは「感性」が、大事なキーワードとして出て来るのである。
例えば図3.8-2の例を考えよう。「百合の花」を見た時に、それぞれの人はどう思うだろうか? それぞれの人は、思った事をどのように人に伝えるだろうか?英国文化に憧れを持つ中年紳士、純日本的な感性を持った婦人、小学生の少女、それぞれに、知識のバックグラウンドも違う、どのように主観的に感じるかの知覚過程も異なる、さらに、それを誰かに向かってどう表現するかの表出過程にも、結構な違いが観察されるのが普通である。
今まで(のマルチメディア技術・パターン認識技術)は、ここで(さまざまな利用者を)十把一絡げに(まとめてしまって、知覚の過程を)ブラックボックス化してモデル化して、それの機能の代行をするようなことを研究していた。けれども、一人一人の消費者にマッチするようなサービスを提供しようとするならば、「ある人は、こういう解釈をした。別の人は、少し違うことを言った。また別の人は、もう少し違うことを言った。」のような違いは、どのように計量すれば情報処理の対象として工学的にとらえることができ、また情報処理できるのだろうか? 従来は実世界の「モノ」に目を向けた技術が研究開発てきたが、ここに、「人」に目を向けた研究開発の必要性があるのである。
ヒューマンメディア技術は、人間主導という立場・方向性をもつマルチメディア技術の体系の総称であるが、現時点での主な要素技術としては、知識メディア技術、仮想メディア技術、感性メディア技術、およびそれらを融合・統合化したメディア技術から成る。
(1) 知識メディア技術
知識メディア技術は、対象とする実世界の知識、人間の日常的な常識の知識、個々人が持つ断片的な知識やアイデア等の情報を表現し、内容レベルでの共有化、知識の拡大、コミュニケーションを実現するためのメディア技術である。
知識メディア技術がカバーする課題は多いが、ここでは利用者や知識ドメインの個別性に起因する課題を紹介しよう。
今日、インターネットを介して、従来、別々のサイトで個別に作られ整備されていたデータベースが相互に利用できるようになりつつある。非常にグローバルな規模での情報共有が期待されている。インターネット(あるいは分散データベースのリモートアクセス機構)が急速に整備・標準化されつつあり、「通信プロトコルレベル」では実現されつつある。しかし、実際には知識のドメインとオントロジーの整合性の問題があり難しい(図3.8-3)。
化学者の整備したデータベースは、化学の仕事上の文脈で用語・知識が体系化されており、例えば「水」は「溶媒」に位置付けられている。一方、プラントエンジニアの整備したデータベースは、プラントの仕事上の文脈で用語・知識が体系化されており、例えば「水」は「冷却材」に位置付けられている。このような文脈の違いを無視して、データベースを相互に接続したり、インターネット上で情報検索を試みても、ノイズに相当するデータの比率が非常に大きくなり、実際上は役に立たない。また、各利用者がこのような文脈の違いを意識しながらデータベースを操作することも、非常に難しい。このように、知識のドメインとオントロジーの整合性を自動的に取るようなメカニズムの実現が望まれる。
(2) 仮想メディア技術
仮想メディア技術は、対象とする実世界に働き掛け、また情報を獲得して、実世界を仮想化する技術を核に、空間的に離れた人々の間でも実世界空間の共有を可能とし、またそのための臨場的な情報環境を提供する技術である。
仮想メディア技術の内、ここでは、さまざまな利用者に対するインタフェース空間の構成技術に注目して、研究すべき課題を検討しよう(図3.8-4)。
近年、グラフィカルインタフェース技術の進歩により、パソコンを始めとする情報機器のユーザインタフェースは、人間の生活や活動する環境のメタファーで構成されてきている。最も典型的な例は「デスクトップメタファー」である。これは「机の上」「書類」という2次元空間で行うさまざまな処理に関わるオブジェクトや操作を、2次元的に配置したアイコンの操作により計算機上で実現しようとするものである。仮想メディア技術(バーチャルリアリティ技術)は、このメタファーを3次元空間に拡張する。「ルームメタファー」「ワークスペースメタファー」により、遠隔地の人々と同じ部屋で共同作業しているような空間的インタフェースを提供したり、あるソフトウェアをエージェント化して擬人的に仮想空間に登場させる等も、可能となろう。
さらに、共同作業の範囲を広げて考えよう。異なった職種(例:化学者、プラントエンジニア等)の人々が、共同で作業する場合、それぞれの専門家は、各自の専門にマッチしたメタファーで共同作業に参加する方が能率が良い。これを可能とするためには、各自に、各自に適応したメタファーを生成して提示すると共に、それぞれの利用者からの操作を通訳して矛盾無く共同作業に反映させるような技術が必要である。
(3) 感性メディア技術
感性メディア技術は、個々人の美的感覚、情緒、ひらめき等の感性をモデル化して、いわば外在化し、共有あるいは再利用すると共に、さまざまな利用者それぞれに(感性的に)受け入れられ易い表現を生成するための技術である。
人間一人一人の顔が違うように、個々の利用者(あるいは利用者のグループ)は、情報を主観的・直感的に判断・解釈し、また、表現・伝達し、それぞれの個性を特徴付けている。
「感性とは、何か神秘的で、とうてい科学や工学ではとらえられないもの」という見方をする傾向が、一般の人々だけでなく、情報分野の研究者達にも見られる。あるいは、「感性とは、個人個人の主観によるので、とうてい客観的なとらえかたなどできず、感性を科学・技術の対象とするには相応しくない」という議論もある。どのような視点から「感性」を論じるのかを峻別する必要があろう。例えば、芸術・文化・人文科学における感性は、「『人間、この不思議な生き物』の源泉であり、永遠に解明され得ない人間の特質」とも言えよう。しかしその一方、生活産業・サービス産業の対象としての感性は、「消費者である個人個人の嗜好から、芸術・文化にまで及ぶ『付加価値』を与えるもの」即ち、ビジネスに多大な影響を与える要因である。さらに情報提供サービスなどの情報産業の対象としての感性を考えると、これは「利用者の価値判断や、情報処理の利用形態の『多様性』を特徴付けるもの」と、位置付けられる。感性は神秘ではなく、これからの情報技術を切り拓く、重要な概念となりうるのである。
現在の生理学・神経科学・心理学・認知科学の段階で、感性の構造や役割について、正確な定義を述べたり、その仕組みなどを明確に示すことは難しい。本稿では、情報技術における感性を、「情報の認識・行動の制御を高速に行うためのメカニズムの一つ、特に、情報の流れにバイアスを掛けて、情報を取捨選択・処理する規準」と考えよう。
一人一人、知識のバックグラウンドも違う、どのように主観的に感じるかの知覚過程も異なる、さらに、それを誰かに向かってどう表現するかの表出過程も、違いが観察される。図3.8-5の例では、感性的背景の異なる複数の人がたまたま同じ表現をしても、そのイメージする内容は同じではないし、同じものを見てもその主観的な解釈は同じではない。しかし、マス素人を主たる利用者とし、親和性の良い情報サービスを提供するためには、このような主観による違いに適応的に整合するメカニズムが必須となるのである。
(4) ヒューマンメディアの技術課題
以上のような問題意識に基づいて、ヒューマンメディア技術の確立のために必要な技術課題を、現状の技術の高度化、及び、新しい技術の構築の面から整理して表3.8-2に示す。
(5) ヒューマンメディア技術の波及効果
ヒューマンメディア情報環境によって構築される情報基盤が、わが国の諸産業や国民生活にどのような効果を与えるかを、産業や国民生活のパラダイムの転換という視点から考えよう。
「大量生産・大量消費」を前提とする産業構造はエコロジー等の観点から行き詰まりを見せつつあり、産業の新しいパラダイムを確立することが求められている。「大量生産・大量消費」から「小量生産・知的消費」へパラダイムを転換させるためには、消費者が「知恵に金を払う」商品(サービスも含めた商品)のデザイン・生産・流通・消費のパスが確立していることが必要である。
ヒューマンメディア技術は、例えば、消費者の感性的なニーズにマッチするような商品(例:車、衣料、情報提供サービス等)を消費者と企業が対話しながらデザインし、その情報を即座に生産の現場に伝え、高感性商品・高付加価値商品の「一品種一生産」を支える技術となる。これは、省資源・省廃棄物など、エコロジーへの貢献も大きい。同時に、このような消費活動は、旧来の「浪費」的な消費生活から、精神的な豊かさの伴った消費生活(「知的消費」)への転換を実現するものである。
ヒューマンメディア技術は、個人の感性や知識等の有効利用に道を開く。例えば、非熟練勤労者が(熟練者の感性・知識をモデル化した)感性データベース参照して、高品質の商品やサービスのデザイン・生産を行ったり、また自身を訓練することもできよう。一方、センスの良い人・ユニークな着眼点の人など優れた能力を持つ人は、そのセンス・着眼点をモデル化して「感性バンク」に登録することも考えられる。(従来の「人材バンク」が、個人の履歴書的な情報を登録するのみであるのに対して、「感性バンク」は、個人のセンスやものの見方のモデルを登録して、そのモデル自身を「働かせる」ものである。)これは、家庭内婦人、老人、身障者等の社会的弱者の社会参加に道を開く新しい勤労の形態にも発展しよう。
一方、ヒューマンメディア情報環境に登録・集積・アクセスされる種々の情報の権利を守るためには、新しい知的所有権の概念の確立と、情報の利用形態のルールが必要となろう。
情報、特に色々な人が利用することを前提にしているようなソフトウェアシステムは、多様なコンセプトに基づき、多様なアプローチでさまざまにトライし、その中から自然淘汰的に優れたものが生き残るのが最近の傾向である。現在、世界を席捲しているUNIX、Macintosh、Windows 等の基本ソフトウェアは、いずれもこのような経過をたどって、広く使われる基盤技術となった。さらに、それら優秀なソフトウェアは、互いに他の利点を取り入れ、より優れたものに混血していくという形態も現われている。これにより、ソフトウェアシステムの進歩はハードウェアには無い競争形態を獲得し、その進化の早さも加速される傾向にある。
このような特徴をもつソフトウェアシステムに対し、通常の大型プロジェクトのように、最初に大掛かりな長期計画を立て、一つだけの最適なシステム作りを目指したとしても、技術や環境の急速な変化に対応し切れず、計画の終わり頃には無意味になるような危険があろう。
そもそもハードウェア開発のプロジェクトが、分析的、要素の積み上げで進められる理由は、特定のハードウェアの進歩を数少ない技術、数値目標(メトリックのある目標)に帰着できるからである。それを可能としているのは、対象とするハードウェアを作る物理的手段は最初から限定されており、その物理的構造の制約から、どのパラメータが目標達成に良好な感度をもつかを分析し、選ばれたパラメータの値を改善する努力を行う、というように筋道が物理的/物性的/構造的に与えられるというハードウェア特有の性格にあるといえよう。
これに対し、ソフトウェアシステムは、目標に対する物理的制約はほとんどない。どのような目標を設定するか、どのようなアプローチをとるか、どのような制約を想定するか等は、ひとえに研究者や開発者のアイデアとセンスにかかっている。
さらに、ヒューマンメディア技術等のこれからのメディア技術の従来技術との違いは、人間との接点である。人間の利用者にとって新規で有用な情報システムの研究開発を目標としているのであるから、利用者達からのフィードバックを取り入れながら進めることが効果的である。その場合、最初から一つのシステム、一つのアプローチに絞ってしまったのでは、ほとんどフィードバックする余地がなくなってしまうであろう。いくつかの類似のプロトタイプシステム作成を並行して進め、その中から生まれてきたアイデアや比較的小さな単位の技術要素を用いてさらに、次の世代のプロトタイプシステムを計画作成する、というような進め方が効果的であろう。
従来、国(通産省や工業技術院)が主導する研究開発制度には、図3.8-6に示すような、シーズ主導・技術主導のスタイルと開発目標主導のスタイルがある。
シーズ主導・技術主導で、ある特定の技術を「双葉から若木まで」育てるもの、遠い将来を目標に置いた基礎寄りの研究開発は、技術で分けたサブテーマ(それぞれの双葉)をじっくりと育てるのには良い制度であるが、明日の基盤技術からは遠い、各双葉間の関係が希薄であるなどの問題点もある。一方、開発目標主導で、ある特定の大艦巨砲的システムを開発するもの、どちらかと言えば、ソフト開発よりもハード開発に適した制度で、開発目標を機能で分割して、各パートを研究開発し、「ジグソーパズル」のように各パートを組合せて一つのシステムを作る制度がある。これは、今日必要な基盤技術を築くための制度である一方で、先行的な研究が位置付けにくく、システム開発に勢力を注ぐが、システムや基盤技術を社会に定着させる努力が二次的になりがちである。
これからのメディア技術のように、さまざまな局面での人間と親和性の良い情報処理メカニズムとその基盤技術を研究開発するためには、情報基盤全体の将来像を視野に入れたグランドデザインと新しい研究開発のスキームが必要となろう。これは、いわばグランドデザインに基づいたミッション主導の研究開発のスタイルで、「明日の基盤」整備を主目標とした技術開発である。
(i)ミッション主導:プロジェクトの基本方針を策定し、これに沿ったミニプロジェクトを公募する。ミニプロジェクトは、各提案の技術的内容と共に、グランドデザインの観点からも判断して採択し、ミニプロジェクト群全体でミッション(マルチメディア情報基盤整備)を達成する。要素技術の開発はミニプロジェクト中で実施する。
(ii) 目的・応用で分けたミニプロジェクト:
(a) | 各ミニプロジェクトは、例えば、FTTH時代の情報都市に必要な公共サービス/電子博物館/電子ニュース/遠隔会議/教育/知的デザイン生産/医療/発電所管理/防災計画/地方文化発信などのプロトタイプを開発する。ヒューマンメディア技術の要素技術である知識メディア技術・仮想メディア技術・感性メディア技術はそれぞれ適当な比重で組み合わせて、これら各ミニプロジェクトの中で、統合化を前提とした研究開発を実施する。各ミニプロジェクトの期間は3〜5年間程度とする。また、若手研究者を積極的にリーダーに登用し、育成する。 |
(b) | 研究成果(ソフト/仕様)を公開してプロトタイプを社会でテスト運用し、技術移転を図ると共に、明日の基盤整備に活用する。「研究成果を公開する。大学の研究者等の第三者が、公開されたプロトタイプシステムを利用し、そのソフトウェアを改良して再び公開する。」というサイクルによって、ソフトウェア技術を向上させる。(米国ではこのサイクルが確立しており、多数の優秀なソフトウェアが生まれ、世界の市場を席捲している。) |
(c) | 各ミニプロジェクトには、技術シーズを持つグループ、コンテンツを持つグループ、ニーズ側のユーザグループが参加して研究開発を行う。これは、技術開発から技術移転、市場育成までを結び付ける体制ができていることに相当する。(米国政府の競争力回復・強化のための HPCC/ATP/TRP 等の諸プログラムは、各プロジェクトにこのようなフォーメーションを求めている。) |
(iii) 運営と評価:専門家(技術分野及び社会文化分野)からなる技術委員会による運営と評価を行う。