ディジタル図書館は、さまざまな情報技術を利用し、ディジタル化されたさまざまなデータや図書・資料のコレクションを提供する環境である。図書館には公共図書館、大学図書館、専門図書館、保存図書館等異なる役割のものがあり、図書館は資料を収集・組織化し、蓄積するとともに、自身でも情報アクセスのための情報(メタデータ、2次情報)を作っている。こうした点はディジタル図書館においても同様であり、ディジタル図書館は、コンピュータとネットワークによってディジタル化された環境でさまざまな情報資源(1次情報、メタデータ、図書館員)を利用者に提供する。
ここではディジタル図書館という語を Digital Library の訳として用いている。同様な意味で Electronic Library、Virtual Library という語が使われている。これらは、それぞれ電子図書館、仮想図書館と訳されるのが一般的である。Digital Library という語は1990年代に入ってアメリカを中心として用いられ始めた語で、現在では米国議会図書館の National Digital Library Program や NSF/ARPA/NASA の Digital Library Initiative 等を始めとして、Digital Library という語が最も一般的に利用されている。Electronic Library という語は以前から広く利用されてきた語であるが、逆に使い古された感がしなくもない。Virtual Library という語はネットワーク上に仮想的に作られる図書館といった意味でよく用いられる。ここでは、これらの語は全て同じ意味ととらえ、ディジタル図書館という語を用いる。
ディジタル図書館で扱う1次情報は図書や雑誌文献、写真や地図、オーディオビジュアル資料など多様である。また、2次情報は従来の図書館システム以上に整備する必要がある。コレクションの形成から利用に至る過程でさまざまな情報技術が必要であること、そこで利用される情報技術は蓄積される情報の種類や利用者の特性に依存する。このように、ディジタル図書館を実現するにはさまざまな情報資料を扱い、かつ多様な利用者を満足させるための情報技術を総合する必要があることは言うまでもない。
本稿では、アメリカを中心として、ディジタル図書館の研究と開発およびそれに関連する話題について述べる。
3.7.2.1 概要
アメリカでは議会図書館(Library of Congress)や各大学図書館で活発にディジタル図書館(Digital Library)の研究・開発が進められている。
議会図書館では National Digital Library Program (NDLP)と呼ばれる資料を電子化して蓄積提供するディジタル図書館プロジェクトが進められている。大学では大学図書館を中心として、図書館情報学や計算機科学関連の研究者と協力しながら、さまざまな分野の資料の電子化と提供が進められている。大学には多様な分野の研究者、学生がいるので、さまざまな分野の電子化資料の提供を進めるとともに、従来の資料と電子化資料を統合的・総合的に利用するための図書館の環境整備が進められている。このようにして構築される新しい図書館環境は、インターネットを介して外界とも直接つながっているので、資料を探し情報を得るという場であるのみならず、そこで創造した情報を発信するための場としても利用できるように考えられている。
アメリカでは議会図書館や大学図書館を中心として、資料のディジタル化を中心とする多くのディジタル図書館プロジェクトが進められている。また、1995年5月には議会図書館や主要な大学図書館が中心となって、より広くディジタル資料の収集と利用を進めることを目的として National Digital Library Federation を形成した。こうした活動を通して、ディジタル図書館に図書館間の協力を進め、研究者や学生のためのより良い情報アクセス環境の実現を目指すと共に、大きなコストの下に作られた電子化資料の共同利用を進めようとしている。
1994年から4年計画で始まった NSF/NASA/ARPA の共同助成により後述の6大学で進められているディジタル図書館研究プロジェクト(Digital Library Initiative)では、ディジタル図書館のための新しい情報技術の研究開発が進められている。この研究プロジェクトは、後述するように、各プロジェクトが異なった分野を指向し、大学内にとどまらず出版社や情報関連企業、政府関連機関、公共図書館等いくつもの機関と協力しながら研究を進めている。
ヨーロッパでは各国の国立図書館での資料のディジタル化プログラム、ERCIM (European Research Consortium on Informatics and Mathematics) による研究プログラム、De Montfort 大学 (イギリス)等の大学規模のディジタル図書館、ディジタル図書館や情報ネットワークの推進を図るためのイギリスの eLib など、さまざまな活動が進められている。
アジア太平洋地域でも、オーストラリアやシンガポールなど活発な活動を進めている。わが国でも国立国会図書館と IPA によるパイロット電子図書館プロジェクト、学術情報センターによる電子図書館プロジェクト(NACSIS-ELS)、奈良先端大による大学規模のプロジェクト等があり、ディジタル化した資料の蓄積と提供を進めている。また、JIPDECによる次世代電子図書館システム研究開発プロジェクトでは、次世代電子図書館のための情報技術の研究開発を進めている。
3.7.2.2 国立図書館におけるディジタル図書館プロジェクト
国立図書館は各国のさまざまな図書館の要であり、保存図書館として働いているので非常に多数の蔵書を持ち、多くの貴重資料を所蔵している。国立図書館において進められているプロジェクトの場合、著作権に関する問題がなく、かつ資料の保存性とアクセス性の両方を高めることができるため、貴重資料のディジタル化から始めているところが多い。また、ディジタル図書館が G7 で GII(Global Information Infrastructure)上の重要課題として認められたことから、国立図書館間の協力も進めようとしている。
米国議会図書館では1990年代に入って National Digital Library Program(NDLP)と呼ばれる大規摸な資料の電子化プロジェクトを始め、現在では多くの資料が WWWを介して利用できるようになっている。NDLP には法令や議事録等の議会関係の資料を提供するTHOMAS、国際的な協力の下に法律資料を提供する GLIN (Global Legal Information Network)、歴史的資料を集めた American Memory といった分野ごとのプロジェクトがある。
わが国の国立国会図書館では情報処理振興事業協会(IPA)と協力してパイロット電子図書館プロジェクトを進め、貴重資料から現代の週刊誌までを含む多様な資料の電子化を進めた。また同館は子供電子図書館プロジェクトも進め明治期の児童書の電子化等を進めている。
フランス国立図書館では、新しい図書館に移転するにあたり、資料のディジタル化を進めている。ディジタル化の対象となる資料は図書、写真や絵画、オーディオ情報などさまざまであり、1997年までに10万件の図書、30万枚の写真、1000時間分の録音資料のディジタル化を計画している。
3.7.2.3 大学図書館での活動
(1) ディジタルコレクションの構築と利用
大学では、市販の CD-ROMやオンラインデータベース以外にキャンパスLANとインターネットを利用した、新しい形態のサービスの提供が進められている。当然のことではあるが、大学はさまざまな研究分野をカバーしているので、大学図書館では人文科学、社会科学、自然科学・技術、芸術、医学等多様な分野のディジタルコレクションが構築されている。
[学術論文の提供] 1980年代の終わり頃に、カーネギーメロン大学図書館では、キャンパスLANを利用して、科学技術分野の雑誌記事を検索し、検索した文献を利用者端末上で読むことのできる環境を提供するMercuryプロジェクトが進められた。'90年代に入り、Elsevier Science 社の提供する科学技術分野の学術雑誌の電子化データを利用して、大学が雑誌記事の検索・閲覧環境を作り上げるというTULIP (The University Licensing Project) が進められ、ミシガン大学やカリフォルニア大学等9大学でシステムの開発が進められた。同じころ、Spriger-Verlag社の医学関係学術雑誌を、AT & T社が開発した検索・閲覧システムである RightPages に載せた RedSage システムの実験がカリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)図書館で進められた。
[電子テキストの提供] 人文科学分野では、テキストそのものが研究対象となるため、高品質でかつ信頼性の高い電子テキストが必要とされてきた。そのため、いくつもの大学図書館に電子テキストセンターが置かれ、電子テキストの作成、購入、蓄積、提供といった業務を担っている。電子テキストは原資料の文書としての構成を忠実に反映する高品質なものである必要があり、かつ作成した電子テキストは長期間利用できるよう特定のハードウェアやソフトウェアに依存しない形式で蓄積する必要がある。そのため、SGML (Standard Generalized Markup Language)が広く利用されている。
[大規模な雑誌電子化プロジェクト ― JSTOR] Mellon 財団からの助成の下にミシガン大学において進められた JSTOR (Journal Storage) プロジェクトは、同大学が TULIP のために開発したソフトウェアを基礎にして、社会科学分野の主要な雑誌を今世紀初頭に出版されたものから最近のものまで全てを電子化して提供することを目的として始められた。現在、それをさらに発展させ哲学や社会学、数学などの分野の雑誌にまでコレクションの範囲を広げている。ディジタルコレクションの開発にはコストがかかるが、構築したコレクションの大学間での共有を進めることで、各図書館が個別に冊子体のコレクションを持ち続けることのさまざまなコストを軽減し、かつ研究者に豊富なコレクションを空間的距離を越えて提供することを目的として事業が進められている。
[芸術分野での電子化資料の利用 ― MESL] MESL (Museum Education Site Licensing program)は、Getty 財団の助成の下に進められているネットワーク環境における芸術作品の教育のための情報技術の開発と利用の推進を目的としているプロジェクトで、いくつかの美術館や図書館が所蔵する絵画等の芸術作品のディジタルイメージのコレクションを作成し、これをミシガン大学等の7大学に提供している。
[大学間共同の歴史資料電子化プロジェクト ― Making of America] Making of America はコーネル大学とミシガン大学が共同で進めているプロジェクトで、19世紀のアメリカで出版された一般の雑誌や単行本、個人の日記や記録なども含め、19世紀のアメリカの歴史に関する図書・資料のディジタル化を進めている。
(2) 大学におけるディジタル図書館環境 ― ミシガン大学を例として
米国の主要な大学図書館ではディジタルコレクションを整備するとともに、Netscape 等の誰もが持っているツールを利用してディジタルコレクションにアクセスできるよう情報環境の整備も進めている。ヨーロッパでもオランダの Tilburg 大学やイギリスの De Montfort 大学では、電子化資料を指向した図書館環境の構築を進めている。わが国では、奈良先端大が自然科学系の大学院大学であるという特徴を活かして電子化した資料を主とする図書館を実現している。また、1996年7月に学術審議会の出した「大学図書館における電子図書館的機能の充実・強化について」の建議によって各大学図書館での電子図書館的機能に対する取り組みが進むと考えられる。
図書館には非常に広範囲な分野の資料が蓄積されてきた。そのため、単一の分野、あるいは特定の出版社の雑誌だけがディジタル化されても利用者が得られるメリットは多くない。ここではミシガン大学を例として大学における総合的なディジタル図書館(環境)への取り組みについて示す。
ミシガン大学では、図書館を中心として大学全体のディジタルコレクションと情報アクセス環境の整備を進める Digital Library program を進めてきた。前述のTULIPやJSTOR, MESL, Making of America のほか、人文科学分野の電子テキストの蓄積と提供を進めている HTI (Humanities Text Initiative) 等、多くの分野をカバーする。また、ミシガン大学はNSF/ NASA / ARPA のディジタル図書館研究プロジェクトの一つであり、先進的なディジタル図書館システムの研究も進めている。このように、大学全体のディジタル情報環境が進化すると、図書館自身が提供する情報以外にも多くの情報が大学から発信され、大学内外からの情報アクセス要求が高まる。そのため、図書館には大学全体の Information Gateway としての役割も期待されている。
ミシガン大学では1996年に Media Union と呼ぶ新しい図書館を開館した。Media Union は工学部や芸術系の学部が置かれている北部キャンパスに設置されたもので、そこには従来の図書館と同様な開架式書架と閲覧机が置かれたエリアのすぐ近くに、ネットワーク端末(パーソナルコンピュータ)を多数備えた閲覧机が置かれ、利用者は備え付けの端末や個人のパソコンを使ってネットワークに接続することができる。また、コンピュータグラフィックスや仮想現実感(Virtual Reality)のための高性能のコンピュータ、さらにダンススタジオやオーディオスタジオなども用意されている。Media Union は図書や資料の置き場としての図書館ではなく、そこに用意される多様な情報資源とメディアを使って情報を獲得し、かつ創造した情報を発信するための環境としての場を提供することを期待されている。
3.7.2.4 ディジタル図書館研究プロジェクト
1994年秋に発表されたNSF他による下記の6大学への研究助成の決定は、国家情報基盤(National Information Infrastructure, NII)上のディジタル図書館のための新しい情報技術と図書館像を作りだす研究プロジェクトとして非常に注目された。この研究助成プログラムでは、計算機科学、図書館情報学他の複数の分野からの研究者が参加することと、大量のデータを持つ機関(出版社、政府機関、図書館等)との共同プロジェクトを進めていることが特徴的である。また、これらは将来の大規摸なシステムのための実験台(testbed)の構築を目指している。
3.7.2.5 公共図書館での活動
公共図書館のディジタル図書館に関連した活動は、現在のところ主として利用者のインターネットへのアクセスポイントとして働くことおよび情報アクセスの援助にある。例えば、カリフォルニア州では公共図書館を利用して州の情報へのアクセスを進めており、ミシガン州ではミシガン大学と協力して住民のための電子化した資料を提供する Michigan Electronic Library と呼ぶプロジェクトを進めている。
3.7.3.1 National Digital Library Federation (NDLF)
1995年に議会図書館と有力な大学図書館が集まって NDLF を結成した(注1)。その目的は、研究者、学生、ならびに一般市民の誰もがアクセスすることができ、かつアメリカの知的・文化的財産の成り立ちと変遷を記録した電子化資料の収集と蓄積を協力して進めていくことである。
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注1)現在の参加メンバー:
The Library of Congress, The National Archives and Records Administration,
The New York Public Library, the Commission on Preservation and Access,
および以下の各大学図書館、University of California at Berkeley, Columbia,
Cornell, Emory, Harvard, Michigan, Pennsylvania State, Princeton, Southern
California, Stanford, Tennessee-Knoxville, Yale
ディジタル化された資料は、内容、技術、利用方法や条件等、色々な面で異なるため、ディジタル化を進める機関の間の協力が不可欠である。NDLF では、現時点での重要項目として以下の3点を中心に議論を進めようとしている。
3.7.3.2 その他の活動
CNRI (Corporation for National Research Initiatives)
NII 上の新しい情報技術の研究開発計画の構想、計画、実行を進めることを目的として非営利組織の CNRI ではディジタル図書館に関連したいろいろなプロジェクトの推進を支援している。例えば、計算機関連学科で出版される多数のテクニカルレポートを提供するプロジェクト(NCSTR)、ネットワーク上の文書に一意に決まる識別子を与える Handle システム他、いろいろなネットワーク、電子ディジタル図書館関連プロジェクトがある。また、CNRI で出版している D-lib magazine はディジタル図書館に関する主要なオンラインジャーナルである。
Dublin Core Metadata Element Set
インターネット上に出版される非常に多数で多様な文書を効率良く検索、発見するには、ネットワーク上の文書に適した書誌情報(メタデータと呼ばれる)の記述方法とそれに基づく情報の組織化方法が重要である。OCLC (Online Computer Library Center)が中心となって、Dublin Core Metadata ElementSet (通称 Dublin Core)と呼ぶネットワーク上の文書のためのメタデータの標準の策定を進め、アメリカ・イギリス・オーストラリアを中心として実験が進められている。従来の書誌記述は複雑なため、Dublin Core は著者や編集者自身がメタデータを記述できるように基本的な項目(以下に示す15項目)を決めている。
Dublin Core の記述方法は現在も検討中であるが、SGML による定義に加えてインターネット上での情報発見の道具として利用できるよう HTML での記述方法の議論を進めている。
ディジタル図書館の研究開発はアメリカを先頭に多くの国で活発な研究開発が進められている。これは、ディジタル図書館が NII(National Information Infrastructure)や GII 上での重要な応用と認められたことが大きな要因である。1993年に現われた Mosaic によってインターネットが「図書館のように使える」ということを我々に直観的に理解させてくれたことが最も大きな要因であるように思える。また、Mosaicとそれに続く Netscape Navigator 等による World Wide Web (WWW) の爆発的な膨張はインターネットからの情報発見 (Information Discovery) という新しい分野を活発にさせたとも思える。NSF/ARPA/NASA の助成によるディジタル図書館研究プロジェクトの中でも情報発見は大きなテーマになっており、Dublin Core のようなメタデータに関する新しい動きも現われている。NSF 他の DLI は1998年には終了し、さらに大きな次のプロジェクトが始まる予定である。
本稿で示したように図書館に基盤を置くプロジェクトが多くあり、それらは NII の時代に相応しい情報資源へのアクセス環境を提供するという点では共通しているものの、その立場はさまざまである。例えば、大学図書館の場合、増え続ける資料への対処、図書館間協力による電子化資料の共有、利用者への距離によらない良好な情報アクセス手段の提供等の目的がある。また、文化的・社会的財産として電子化資料を長期間保存するというアーカイブの役割を持つ図書館にとっては、媒体変換に関する著作権、保存すべき資料の選択、装置に依存するという電子化資料の特性に合った保存の方法等、これから解決しなければならない問題も多くある。全般に共通する問題として、知的財産権・著作権、図書館における課金といった社会制度的な問題もあるが、これらは時間をかけて解決されていく問題であると思われる。
筆者がこれまでに興味深く感じたことを以下にあげたい。
本稿で示したように、研究主体のもの、ディジタルコレクションの開発主体のもの、あるいはインターネットへのアクセスポイントとして図書館を利用しようというものなど、ディジタル図書館に関するプロジェクトにはさまざまなものがある。また、CD-ROM 等を含む小規模なディジタルコレクションをディジタル図書館と呼ぶものから、インターネットはディジタル図書館であるとするものまでさまざまである。これらの間に共通して言えることは、メタデータと1次情報を統合した環境、すなわち資料を検索をしてその場で読むことのできる、いわば図書館のような環境をディジタル情報技術を利用して実現することを目指していることである。また、計算機科学分野で培われてきた情報処理技術(情報を処理する入れ物の技術)と図書館分野で培われた情報管理技術(情報・コンテンツそのものに関する技術)という、これまでは切り離されていた感もする両分野の融合が進み、入れ物と中身の両方を扱うという本来の意味での情報技術を発展させる場としてのディジタル図書館は重要な役割を持つと思える。