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わが国IT開発拠点の中国移転に関する調査

3. 日本のソフトウェア産業における危機感の背景

 第1章に述べたとおり、日本のソフトウェア産業界の一部には、中国への開発委託の量の増大および質の高まりにつれてソフトウェア産業が空洞化する可能性についての懸念あるいは不安がある。本章ではそうした現象の背景になっていると考えられる中国展開の実態およびそれに関連するいくつかの見解を整理する。

3.1日本のソフトウェア関連企業の中国への進出に関する実態

 1980年代、中国の沿海開放政策により、沿海各地に経済開発区が設置されたことに端を発し、1984年頃には最初の中国進出ブームが起こった。製造業にやや遅れながらも徐々に本格化していったソフトウェア産業界の中国への展開を以下にまとめる。

(1) 日本の対中投資の全体像

 はじめに、ソフトウェア産業に限定せず日本の産業の対中投資のこの10年程度の推移を図3-1に示す。
日本の対中投資は1989年の天安門事件にも大きな影響を受けず、1992年の鄧小平の南方講和を契機として起こった対中投資ブームに乗って件数においては1993年にそのピークを迎えた。その後、1995年に中国が外資導入ガイドラインを決定し、外資の選択導入の方針を明らかにしたことや投資がやや飽和状態に陥ったことも手伝って、投資は一旦下降したが、2000年以降徐々に復調しつつあることがわかる。
 図中の契約金額とは、対外貿易経済合作部発表の日本と中国の企業間で交わされた契約ベースの金額であり、実行金額とは実際に日本から中国へ送金された金額である。これは、日本企業が中国企業との契約時、送金時に対外貿易経済合作部を通して審査、申告されるため、把握された数値である。
 初期は契約金額が実行金額を大きく上回り、1997年以降は逆転あるいはほぼ同額であるのは、契約に至った後ただちに投資金額が動くのではなく、多少のタイムラグがあること、2~3回に分けて投資する企業があること、などによる。


(日中投資促進機構 統計資料)(URL: http://www.jcipo.org/)
図3-1 日本の対中直接投資推移

(2) ソフトウェア企業の中国展開

 ソフトウェア企業の中国進出は1980年代半ばごろより始まった。「合弁」「100%出資」「資本参加」など形態はさまざまながら、北京、上海などの海岸沿いの大都市を中心に進出している。2000年8月現在データで「情報サービス業」のうち、「ソフトウェア開発」「システム開発」を事業内容とする企業データを、年代別にまとめてみると表3-1および表3-2のとおりとなる。表3-1は「日系企業中国進出企業一覧」(三菱総合研究所編)によるもので、1984年から2000年までをカバーしている。表3-2に示す2000年以降のデータは中日金网の「日本ソフトウェア開発、中国シフト情報」による。両者のデータが同一の尺度・基準で集められたものである保証は無いが、参考までに二つを合体して見ると、図3-2のとおりである。
 なお、進出の始まった当初は、合弁が多数を占めたものの、年代と共に100%出資子会社が次第に増加していることがわかる。この現象は、年々中国との合弁事業をめぐるトラブルが多くなり100%外資(独資)へ切り替える企業が増えてきたこと、また日本にとっては経営権を掌握できるので都合がいいことなどの意味合いの表れであろう。

進出
年度
場所
企業名
形態
事業内容
1984 北京 コア・グループ
合併
ソフトウェア開発
1987 福建省 富士通
合併
ソフトウェア開発
1988 北京 セコム
100%
ソフトウェア開発
陝西省 文化オリエント/
エフ・イー・シー
合併
ソフトウェア開発
上海 NTTデータ/
日本コンピュータテクノロジー
合併
ソフトウェア開発
1989 四川省 呉電子計算センター
合併
ソフトウェア開発
上海 オムロン
合弁
ソフトウェア開発
上海 ダイケイ
合弁
ソフトウェア開発
天津 コーエー/南光企業
100%
ソフトウェア開発
遼寧省 東和システム
合弁
ソフトウェア開発
1990 上海 キスコソリューション
合弁
ソフトウェア開発
北京 CRC総合研究所/
伊藤忠商事
合弁
SIサービス、
ソフトウェア開発、保守、
運用等
1991 上海 コマツ/トーメン/
日本国際協力機構
合弁
ソフトウェア開発
上海 マネージ
合弁
ソフトウェア開発
上海 セイユーシステムズ
合弁
ソフトウェア開発
上海 トッパン・マルチソフト
合弁
ソフトウェア開発
上海 ソディック
合弁
ソフトウェア開発
北京 セイコーエプソン
100%
ソフトウェア開発
北京 川鉄情報システム
合弁
ソフトウェア開発
北京 東研
合弁
システム開発
北京 日本ユニシス
合弁
アプリケーション
ソフトウェア開発
湖北省 安川情報システム
合弁
ソフトウェア開発
遼寧省 構造システム
合弁
ソフトウェア開発
遼寧省 北斗電子工業
合弁
ソフトウェア開発
遼寧省 アルパイン
合弁
ソフトウェア開発
遼寧省 川崎重工業
合弁
ソフトウェア開発
1992 北京 東計電算
100%
ソフトウェア開発
北京 富士通/富士通中国
合弁
パッケージ
ソフトウェア開発
北京 東元ビジネス・ソフトウェア
(富士通ビーエスシー子会社)
合弁
アプリケーション
ソフトウェア受託開発
北京 日立
合弁
ソフトウェア開発
北京 コーエー
100%
ソフトウェア開発
北京 東方貿易
100%
ソフトウェア開発・製造
北京 安利貿易
100%
ソフトウェア開発
上海 PFU
100%
ソフトウェア開発
1993 北京 コア
合弁
ソフトウェア開発
北京 三井物産
合弁
ソフトウェア開発
上海 日本コンピュータ/
三菱商事
合弁
ソフトウェア開発
上海 文化オリエント
100%
ソフトウェア開発
上海 トーセ
100%
ソフトウェア開発
上海 ユニオンシステム
100%
ソフトウェア開発・販売
1994 上海 アスナロ
100%
ソフトウェア開発・製造
北京 日本電気/NEC中国
合弁
ソフトウェア技術研究
北京 イー・ピー・エス/
サン・ジャパン/
豊田通商
合弁
ソフトウェア開発
1995 天津 トランス・コスモス
100%
ソフトウェア開発
遼寧省 東芝/東芝中国
合弁
ソフトウェア開発
上海 知識工学/コアサイエンス
合弁
ソフトウェア開発
上海 神戸製鉄所
合弁
プログラム開発
1996 上海 富士通
100%
ソフトウェア開発
上海 CSK
100%
ソフトウェア開発
上海 富士通中国
合弁
ソフトウェア開発
北京 NTTデータ
合弁
医療系システム開発
遼寧省 マルゴ味噌
合弁
ソフトウェア開発
遼寧省 教育開発
合弁
インターネット関連
エンジン製作
1997 遼寧省 クリエイト大阪
合弁
ソフトウェア研究開発
上海 ジャストシステム
100%
ソフトウェア開発
1998 上海 丸加物産
100%
ソフトウェア開発
上海 呉電子計算センター
合弁
ソフトウェア開発
上海 東洋情報システム
資参
ソフトウェア開発
上海 ソリトンシステムズ
100%
ソフトウェア開発
北京 佳能(キャノン100%)
合弁
ソフトウェア製造
北京 シンコー
合弁
ソフトウェア開発
北京 NTTデータ
合弁
NTT関連SI事業
遼寧省 日本ビジネスコンピュータ
合弁
ソフトウェア開発
1999 上海 岩谷産業
合弁
システム開発
上海 パイオニア/
システムサンテック
100%
ソフトウェア設計
北京 NTTデータ
100%
中国郵便貯金システム構築
2000 上海 KDDI
合弁
システム企画・構築・保守
上海 アマノ
100%
ソフトウェア開発
上海 シスメックス
100%
ソフトウェア開発
(「中国進出企業一覧」をもとに三菱総合研究所編)

 

表3-2 日本ソフトウェア開発、中国シフト情報
進出
年度
場所 企業名 形態 事業内容 規模
2000/04 上海 アマノ 100% ソフトウェア開発  
2000/10 上海 コア   ソフトウェア開発 2004年までに200人へ
2001/03 上海 オークマ 100% ソフトウェア開発  
2001/03 上海 リーディング 契約 システム開発  
2001/03 北京 リーディング 契約 システム開発 2会社と契約、上海と併せて300人体制
2001/03 蘇州 オムロン 合併 ソフトウェア開発  
2001/03 浙江省 トーセ 100% アプリケーション
ソフトウェア開発
2005年までに200名へ
2001/04 上海 日本通運 100% システム開発・設計  
2001/05 北京 ソニー 契約 ハードウェア設計  
2001/06   東芝情報 合弁 ソフトウェア開発  
2001/07 深圳市 東洋エンジニアリング/東洋ビジネスエンジニアリング 合弁 情報システム構築事業  
2001/12 上海 富士通システムソリューションズ 100% システム構築・運用 2002年までに50人へ
2002/01 江蘇省 沖電気 100% ソフトウェア開発 2002年までに500人へ
2002/03 北京 イー・シー・ワン 100% ソフトウェア開発  
2002/03 上海 TIS 100% ソフトウェア開発  
2002/04 上海 イー・シー・ワン 100% ソフトウェア開発  
2002/05 上海 ヒューレットパッカード 100% ソフトウェア開発  
2002/06 上海 コナミ 100% ソフトウェア開発  
2002/10 上海 日本光電 100% ソフトウェア開発  
2002/10 上海 新日鉄ソリューションズ 100% システム構築  
(中日金网http://www.ne.jp/asahi/cn-jp/gold-net/の記事を基に三菱総合研究所作成)


(三菱総合研究所作成)
図3-2 ソフトウェア関連の時系列別出資形態

(3) ソフトウェア企業の中国展開に関する記事

 日本のソフトウェア企業が中国に事業展開してどのような業務を実際に委託しているかについて公表されているデータは多くないが、下記の記事にて報道されている。

・ 日刊工業新聞 2001.12.24
・ 日本経済新聞 2003. 2.19
・ 日本経済新聞 2003. 2.24

3.2 日本のソフトウェア産業の危機感に関するいくつかの見解記事

 この話題に関してはきわめて多くの見解が発表されており、それらを網羅的に挙げることは難しいが、ここではいくつかの代表的な記事を紹介する。

① 中国への進出の増加に関する記事

 中国進出には、自ら開発拠点を設ける方法や中国の企業との間で資本提携を結んで対応する方法などがある。いずれのパターンにおいても低い人件費と質の高い労働力が中国の優位性の源泉となっており、日本からの進出が拡大している。
以下の記事に詳細が記されている。

・ 日経コンピュータ 2002.6.3号
・ 日刊工業新聞 2002.11.12
・ 電子自治体実証プロジェクト協議会(http://www.213e-jititai.org/)
 「産業振興部会報告書 2002.3」
 (http://www.213e-jititai.org/pdf/sangyou.PDF)
・ IT Pro 2002.06
 (http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/ITPro/OPINION/20020609/1/)

② 中国の人材状況に関する見解記事

 日本からの中国進出が続く一方で、言語や商習慣の相違の克服、品質確保の要求などが課題となりつつあり、より優秀な人材の獲得の必要性が大きくなっている。このため人件費の高騰、人材不足などの問題も生まれている。
以下の記事に詳細が記されている。

・ 日経コンピュータ 2002.6.3号
・ IT Pro 2002.1.13
 (http://itpro.nikkeibp.co.jp/members/ITPro/USURA/20020113/1/)
・ IT Pro 2002.3.25
 (http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/ITPro/OPINION/20020321/1/)

③ 中国市場への期待についての見解記事

 中国を単に低賃金で高品質の労働力を供給する国として見るのでなく、今後飛躍的に発展する成長市場と考えるべきであるとの見解がある。日本がこれまでに蓄積したノウハウを中国の社会情報インフラに活用することや、逆に中国の研究開発能力を日本の企業が有効に利用して飛躍することも考えられる。
以下に主な記事をあげる。

・ 日経フォーラム「世界経営者会議」における東軟集団総裁の講演
 (http://www.nikkei.co.jp/hensei/ngmf2002/1002liu_i.html)
・ チャイナネット(2002.6)
 (http://www.china.org.cn/japanese/34275.htm)
・ フォーリンプレスセンター(http://www.fpcj.jp/j/)
 ブリーフィング記事(2002.2)
 (http://www.fpcj.jp/j/fgyouji/br/2002/020117.html)
・ 日刊工業新聞 2002.11.12
・ 日本経済新聞 2002.12.26

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