米国における最近のIT重点分野に関する調査
ここでは、電子図書館と電子政府研究のプログラムについて、次の2つの観点から検証する。すなわちイニシアチブの背後で作用する力、および科学技術/社会に対するこれらのプログラムの影響という点から考察する。
電子図書館や電子政府のイニシアチブなど、連邦政府レベルで実施されるプログラムの主な推進力は、少なくとも2つ考えられる。すなわち技術的な統合に向けた力と社会のニーズである。これらの力はいずれも、従来の国家研究開発プログラムを形成する上で重要な役割を果たしてきたが、インターネットの出現/急成長とともに、この2つの力は、連邦政府主導の研究開発プログラムを変化させる上で、さらに大きく作用するようになった。
1990年代のインターネットは、文字通りコンピュータ、通信、およびコンテンツ(メディア)の業界のあり方を根本から覆した。すなわちここ10年の業界の動きが明確に示すとおり、個々の領域がそれぞれ他の2つ領域に進出し合った結果、3つの領域が共存する方向を模索(存続か衰退かの選択)しなければならない。コンピュータ業界と通信業界は長年にわたって、収束しつつあったが、技術面と規制面の壁にその動きを阻まれれていたため、収束のペースはゆるやかだった。とは言え、それぞれの業界が技術的な進化を果たしたことにより、専門分野の収束が始まり、それぞれのビジネス・モデルも相互に重複し、補完し合う方向で複雑に入り組むようになってきた。コンピューティングと通信の統合は、過去10年間、情報産業の変革を生む種の役割を果たした一方、インターネットの出現によって、まったく新しい次元で技術的な収束が進んだ結果、従来までは想像すらできなかったレベルで全てを包含するようなヒューマン・インタラクションを提供するメディアの形態が誕生することになった。デジタル・コンテンツ、特にテキスト、音声、音楽、イメージ、画像、ビデオなどといった電子オブジェクトを含む膨大で、あちこちに分散した多様なメディアが、コンピューティングと通信の相互成長の原動力となっている。この3方向の収束という動きは、世界規模で各業界の統合と再編が進む傾向からも窺うことができる。こうした業界再編の例は、コンピュータ・ソフトウェア業界からコンテンツ配布や電子商取引の世界に進出したMicrosoft、家電製品から娯楽やネットワーク商品/サービスの業界に乗り出したソニー、コンテンツの制作から放送/インターネット・サービスにまで手を広げたディズニーなど、枚挙にいとまがない。ユニークな例としては、デジタル・コンテンツと通信/ソフトウェア・エンジニアリング・テクノロジー、さらには創造的なビジネス・モデルの統合という側面で創意と技術革新の力を実証した、日本の通信業界の巨人NTTによるiモード・ビジネスでの爆発的な成功がある。
一方、インターネットの力が学界や産業界に広く浸透しても、米国の国民一般が、その恩恵に浴するには至らなかった。いかにITの発展とインターネットの普及が進もうと、一般国民にとっての関心事はさまざまなレベルで如何に品質のよい教育、医療、行政の各サービスにアクセスできるかにあった。インターネット上で適切な情報を検索する際に生じる技術的な障壁だけでも、とても解決できる問題ではなかった。1999年、Steve LawrenceとSteve Gilesの両氏が実施した調査(Nature, Volume 400 http://www.metrics.com)では、公開されているWorld Wide Webのうち、検索エンジンのインデックスはわずか16%に過ぎないことが明らかになった。インターネットが社会に投げかけた1つの課題として、従来の図書館、公文書館、歴史的/同時代の収蔵物の所有者が、こうした収集物をすべてデジタル・フォームに変換/保持していくことに伴う技術面/運用面での問題点が挙げられる。デジタル・コンテンツの制作と利用を促進する上で、知的所有権の対応という緊急の課題もある。
さらに深刻なものとして、国民が自分たちの生活に重要な政府情報を容易に得ることを妨げる障害が存在した。つい最近まで、政府関連の情報は、入手できなかったり、不十分であったり、陳腐であったり、複雑すぎたりしていたのである。主に行政機関の数の多さと複雑さの故に、必要な情報を検索し、所定のトランザクションを実行するには、情報入手先に関する個人的知識および専門知識、そして忍耐が必要とされた。明らかに、より効率的で、効果的な電子政府の実現に向けて、大いなる飛躍を遂げるべき時期であった。
これらの研究プログラムは、現在も進行中であるため、正式な調査に基づいた体系的/客観的な評価ができるわけではない。したがって、本報告書の分析は、あくまで私的な観察に基づく定性的なものに過ぎないことをお断りしておく。
DLおよびDG研究が、これまでどのような貢献をもたらしたか、また今後数年の間にどのような形で寄与できるかについて分析する最善の方法は、コンピューティング、通信、コンテンツの各業界に共通する横断的な問題について、各プロジェクトがいかに総合的にアプローチしているかを検証することである。最も基本的なレベルにはエレクトロニクスがあり、最近ではオプトエレクトロニクスという分野が加わるようになっている。これは必ずしも、DLとDGのプログラムで核をなす分野ではないが、情報の作成、保存、処理を行う上でビルディング・ブロックの役割を果たす。DLとDGにおける新たな開発研究はいずれも各分野に相当な影響がある。次のレベルには、移植可能なオペレーティング・システム、ソフトウェア、およびデータ資源という問題がある。これは中核的な研究分野であり、現在、これを中心としてさまざまな技術革新プロジェクトやテクノロジーの研究が進められている。3つ目はスケーラブル・インフラという領域である。これは、新たなプラットフォーム、プログラム、ユーザー・インタラクションが登場した場合でも、規模の経済性を保持するための基盤となるものである。この領域には、水平統合という問題が関連する場合がある。ここでは、各種のプラットフォームやプログラミング・システムを対象としたデータ・フォーマット、通信様式、ヒューマン・インターフェイスのさまざまな組み合わせについて検討する。もう1つは、商品やサービスのダイナミックな進化にかかわる問題である。この問題は、DLやDGの研究が、テクノロジー自体はもとより、ユーザーの要件や要望といった絶えず変化する背景状況にも対応しなければならない点で、最も独自性があり、しかも大きな成果を期待できる領域である。最後に、研究の成果として生まれる優れたテクノロジーは、健全な経済モデルの確立と新規市場の開拓によってバックアップする必要がある。表2.5に、DLとDGのプログラムで対応/開発の対象となったコンポーネントの研究/テクノロジーを中心に、分野をまたがる問題の概要と詳細をまとめてある。
| テーマ | IT | ||
| コンピューティング | 通信 | コンテンツ | |
| エレクトロニクス/オプトエレクトロニクス | プロセッサ、メモリ、二次ストレージ | 新しいオプティカル・スイッチ/ファイバー・ネットワーク | 信号、テキスト、音声、画像、音楽、ビデオをすべてデータ・ビット化 |
| 移植可能なオペレーティング・システム、ソフトウェア、データ資源 | データ/プログラムなどのローカル 資源とネットワーク資源の融合 | コンピュータ制御スイッチング、ルーティング、トランザクション | 圧縮ビット、検索可能なデータベース、分散リポジトリ、メタデータ |
| スケーラブル・ インフラ | プラットフォームに依存しないプログラミング言語、Javaなど | アップストリーム/ダウンストリーム帯域幅、ビジネス/ホーム・ユーザーへの代替アクセス | マルチメディア・コンテンツ用のブラウザ、検索エンジンの強化、Googleなど |
| 水平統合 | プラットフォーム、メディア・コンテンツ、アプリケーション全般のミドルウェア、コラボレーション・テクノロジー | 音声/データの変換、多様性、機能、効率化に向けた統合ネットワーク | 従来の垂直統合型コンテンツの境界を越えた多様な人間主体アプリケーション |
| 商品/サービスのダイナミックな進化 | PC、ラップトップが情報アプライアンスに座を譲る。分散コンピューティング資源への遍在アクセス | 時空や文化の境界を越えたノーマディック・モバイル接続、セキュリティと信頼性に優れた接続 | ユーザー中心の情報サービスに、娯楽、ビジネス、個人/行政データを統合 |
| 経済モデルと新規市場 | 高度に分散した設計、生産、サービスの運用 | データ、情報、ユーザー・インタラクションを提供する新しい付加価値市場 | 行政、家庭、ビジネス向けの多様なデジタル・コンテンツで価値を生む新しいネットワーク・モデル |
表2.5は、IT業界とDL/DG研究の関係をまとめたものだが、DLI-Iの研究活動の中から数々の成功例も生まれている。また、研究活動の中から誕生した学生起業家が、それぞれ独自のビジネスを展開しているケースもある。最も顕著なのは、こうした活動をきっかけに新たに設立されたGoogle社の例であろう。当時、一般には知られてはいなかったが、強力な検索エンジン、Googleは、DLI-Iイニシアチブのもとでスタンフォード大学が実施していたInfobus研究プロジェクトの中で開発されたことから、後で多大な成功を収めることになる。1995年、スタンフォード大学でInfobusプロジェクトが開始された当時、Googleの共同創立者、Larry PageとSergey Brinは、コンピュータ科学専攻の大学院生だった。1998年にはすでに大学寮の中で、"BackRub"(特定のWebサイトにアクセスする「バック・リンク」を解析する"Google"の前身とも言うべき機能)という新しい検索技術の研究を始めていた。以降の話は周知のとおりである。現在、Google社は大きな成功を収めている(Page氏とBrin氏は、いずれもまだ博士課程を修了していないのは言うまでもない)。また同社のブランド名でもあるGoogleは、世界中で最も多様性のある検索エンジンとして、幅広く利用されている。
Googleを成功に導いた理由は、いくつか数字を見ると、明らかになる。まず1998年の創立当初は、1日あたりのクエリー件数は10,000件程度だった。現在では、1日あたりのクエリー件数は1億5,000万件を超え、Webページの検索件数は20億以上にのぼる。全部で74か国語に対応したグローバルなトラフィックをサポートするほか、1か月あたりの独自のユーザー数は2,100万人を超える。Googleの検索エンジン自体も今や、ワイヤレス通信業界の最先端で利用され、特殊なモバイル・インターネット標準(iモードやJ-Skyとの互換性があるHTMLなど)を必要とするサービスを提供している。
両創立者が振り返るとおり(http://www.google.com/corporate/facts.html)、Googleの成功要因は、多様な技術革新(表2.5参照)と、大学院時代に開発/完成したビジネス・モデルによるところが大きい。Googleの成功におけるDLI-I研究プログラムとスタンフォード大学プロジェクトの果たした役割は、偶然のたまものには違いないが、決定的な影響力があったのも事実である。
技術面での成功に加え、政府支援型の研究活動がもたらす究極的な成果は、組織や社会にとっての多様な利益という基準で、短期的/長期的な観点から評価する必要がある。電子図書館イニシアチブの例では、総じて、研究開発インフラに多大な影響を及ぼす重要な成果が得られた。
・ D-Libテスト・スイート
D-Libテスト・スイートとは、電子図書館、電子政府、情報管理、コラボレーション・テクノロジー、関連技術を中心とした研究活動で、インターネット上で利用できる一連の実験用テストベッドのことである。D-Libテスト・スイートを利用することにより、研究グループには次の利点が得られる。
(1) 新しい研究者が参入するときの壁が低くなる。
(2) 標準的なデータ・セットが用意されているため、定量的な比較研究に利用できる。
(3) 相互運用性や分散処理に対応した実験用のプラットフォームが提供される。
このテスト・スイートのテストベッドには、5つの大学主導型DLI-Iコンソーシアムが開発した一連の資源とソフトウェア・システムが含まれている。特に、カーネギーメロン大学のインフォーメディア・デジタル・ビデオと口語ドキュメント・テストベッドには、何千時間に及ぶCNNニュースやその他のメディア・ソースによるコンテンツ・インデックス付きのビデオ記事が収められている。全世界の研究グループが、情報検索用のビデオ・ストリーミングや音声/イメージ統合テクノロジーの研究に向けて、これらの素材を利用している。D-Libテスト・スイートの詳細については、次のWebサイトを参照されたい。:www.dlib.org/test-suite/overview.html
・ オンライン全米電子図書館の開発
DLI研究がきっかけとなって、国立の図書館、博物館をはじめ、その他の文化/歴史に関連する公文書館に対する関心や投資が増大するようになっている。顕著な例は議会図書館で、DLI-II研究の共同スポンサーとしても貢献している。全部で2,000万点を超える収蔵物(書籍、フィルム、音声録音など)に、国内外を問わず、一般市民がどこからでもオンラインでアクセスできる電子図書館プログラムを開発してきた(http://www.loc.gov/loc/ndlf/digital.html参照)。
・ 新しい「電子図書館員」の育成
新しい連邦研究プログラムは、新たに出現する研究分野にも即応できるように、学会の研究機関が独自の研究/教育組織の再編を進めるための牽引役になることがある。電子図書館イニシアチブには、こうした効果もある。最近では、国内の多くの大学機関が、従来の「図書館学」を見直して、図書館の研究と情報科学とを統合した新たな分野を確立すべく、個々の専門分野や学部の改革に着手しているところもある。たとえば、ミシガン大学では、図書館学とコンピュータ科学の資源を統合した新しい学部として、情報学部(School of Information, www.si.umich.edu)を設置するという大胆な対策を取っている。新しい教育カリキュラムと研究プログラムでは、これら2つの分野の統合と相互補完を反映する方向で改訂されている。これ以外にも、カリフォルニア大学バークレー校やUCLAなど、数多くの大学がそれぞれ独自の方向で改革を進めている。今後10年もすると、次世代の電子図書館員がITの最先端の頭脳労働者として活躍する姿を目にするようになるだろう。
電子政府の領域では現在、行政関連の情報やサービスをあらゆるレベルで提供できるeアクセスへの移行が急ピッチで進められている。この場合、DG研究プログラムで定められた研究テーマは、担当機関が与えられた予算と時間の制限の中で利用できる最善のテクノロジーと資源を有効利用しながら、取るべき方向を決める指針やロードマップの役割を果たす。実際に、連邦政府の各機関ではいずれも、独自のWebサイトを用意してオンライン・トランザクションなど各種の情報源やサービスを提供している。次に、最も顕著な事例を紹介する。
・ First.govポータル(www.first.gov)
あらゆるレベルの米国政府(国外の行政機関も含め)に関する最も総合的な情報を提供するWebサイトである。ユーザーはわずか3回のクリック操作で市民、事業、政府に関する業務や雇用に関する多様なゲートウェイにアクセスできる。たとえば、市民のゲートウェイでは、医療サービス、消費者の保護、連邦/州行政の給付金制度などについて詳しい情報を参照できる。また、事業関連のゲートウェイでは、融資、行政機関による購買、税務、法規、職場環境の問題に関する情報を検索できる。
・ NSFのFastLane (www.fastlane.nsf.gov)
NSFでは、助成金の申請や交付の管理業務に向けて、連邦政府全体で最新鋭の情報サービス・システムを開発した。FastLaneは、NSFとの共同作業にかかわる研究者、検証担当者、管理者などを含め、NSFや関連するクライアント・コミュニティを支援するためのWebベースのシステムである。NSFではFastLaneにより、インターネットを利用して、業務を実施したり、一般向けに情報を配布したりできる。また助成金申請の受理から、提案の精査、交付の管理に至るまで、FastLaneの多様な機能を利用して、さまざまな業務を双方向で実行できるようになっている。FastLaneには、セキュリティや電子署名のための暗号化など、数多くの高度なテクノロジーが組み込まれている。任務の内容が似た各連邦政府機関どおしが、相互に監視/観察し合う効果も得られる。