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第3章 ハイエンドコンピューティング研究開発の動向

3.4 応用システム&応用分野

3.4.1 SC2001に見るGridの最新動向

田中 良夫 講師

1. はじめに
 Gridとは、「高速ネットワークで接続された高性能計算機、大規模データベース、特殊な装置、人的資源などの様々な資源を柔軟に、容易に、安全に、統合的に、そして効果的に利用するためのネットワーク利用技術」である。Gridにより、単体のスーパーコンピュータやデータ記憶装置の能力を超える大規模計算や大規模データ処理および高圧電子顕微鏡のような特殊な装置の遠隔利用といった様々な応用技術が開発され、大規模科学技術計算などのグランドチャレンジからビジネス応用まで多様な応用が可能である。Gridの技術的な本質はVirtual Organization(仮想的な組織による運営)にあり、複数の異なる組織にまたがる様々な資源の利用技術に関する研究が主たる課題となる。Gridへの研究開発投資は米国で年間6億3千万ドル、欧州で2億ユーロを越え、国際的に研究開発が推進されている。日本においても総合科学技術会議において重要課題としてGridがとりあげられており、ネットワーク技術の飛躍的進歩に伴う新しい情報技術基盤として非常に重要な技術であると世界的に認知されている。
本稿では、2001年11月に米国コロラド州デンバーで開催された高性能計算および高性能ネットワークに関する国際会議であるSupercomputing Conference(SC 2001)における講演、技術論文、企業展示および研究展示の内容をふまえ、Gridの現状および最新動向について報告する。本報告においては、(1)Gridにおけるソフトウェアの基盤として事実上の標準になっているGlobus Toolkit、(2)ユーザに対して簡便なインタフェースを提供するポータルシステム、(3)高性能インターネット会議システムであるAccess Gridおよびそれを利用してSC 2001期間中に開催されたイベントSC Global、の3件に焦点をあててGrid技術および研究動向に関する報告を行う。以下、2節ではSC2001におけるGrid関連の講演および研究発表等、Grid関連の活動を総括する。3節ではGlobus Toolkitの概要および今後の動向を、4節ではGrid Portalシステムについて、5節ではAccess GridおよびSC Globalイベントに関して説明し、最後にまとめを述べる。

2. SC2001におけるGrid関連の発表
 SC2001は米国コロラド州デンバーにあるコロラドコンベンションセンターで2001年11月12日から16日まで開催された。SC2001では基調講演、招待講演、原著講演、チュートリアル、Birds of Feather(BOF)、企業展示、研究展示などの様々な発表が行われるが、その中でもキーワードはGridとバイオであった。以下に、Gridに関する発表についてまとめる。

招待講演
4件の招待講演のうち、以下の2件がGridに関係する講演であった。
The World Wide Telescope: Mining the Sky
Jim Gray, Microsoft Research
天文におけるデジタル化された観測データは膨大な量となり、公開されてはいるが生のデータをftpなどで取り出すような形態であり、利用者にとって使いやすいものとはいえない。そこで、天文の学会におけるData Grid(大規模データをGrid上で扱うインフラ)を構築し、World Wide Telescopeという仮想的な天文台を作ろうとしているという内容の講演であった。高エネルギー物理学におけるData Gridと異なるのは、そこにデータマイニングの技術が大きく関与することである。
Grid Computing in the Terascale Age
Fran Berman, SDSC and NPACI
San Diego Supercomputer Centerの所長であるDr. Fran Bermanが米国、特にNPACIにおけるGrid研究へのアプローチについて、ちょうどプロジェクトが開始したところであるTera Gridおよびこれから始まるPRAGMAに関する講演を行った。Gridの定義および今までの歴史を振り返り、Gridの要素技術は成熟してきていること、そして、今後はPRAGMAをはじめとする高レベルミドルウェアやアプリケーションに主題を置いた研究開発が活発になることを述べた。PRAGMAのコンテクストでいえば、ApGridのようなアジア地域のGridテストベッドとの交流が重要であることに言及していた。Tera GridはNSFが53M$の予算をつけた大規模プロジェクトであり、SDSC, NCSA, CalTech, ANLの4つの研究所・大学を40Gbpsの高速ネットワークで接続し、理論ピーク性能13.6TFlops、主記憶合計6.8TB、内部ディスク79TB、ネットワークディスク576TBのGridインフラである。主に脳の研究や実時間視覚化などの応用分野における画期的な研究成果創出をはかっている。
原著論文
原著論文は240件の投稿があり、60件が採録された。投稿論文および採録論文のいずれも、約20%はGrid関連の論文であった。Grid関連のセッションとしては、以下の4つのセッションが開かれた。
Computational Grid Portals and Networks
Computational Grid I/O
Computational Grid Applications
Computational Grid Environments and Security
チュートリアル
ここ数年Supercomputing ConferenceではGlobus Toolkitのチュートリアルが行われていたが、今年はGlobus Toolkitのチュートリアルはなく、Gridの概論的なチュートリアル(The Emerging Grid: Introduction, Tools, Applications)とData Gridに関するチュートリアル(Data Grids: Drivers, Technologies, Opportunities)の2件のみであった。
BOF
Gridに関するBOFは以下の4件であった。
Global Grid Forum Advanced Programming Research Group BOF
Terascale Computing Infrastructure and You
Distributed Information Systems Lab (DISL) and ASCI
Grid Web Service

企業展示および研究展示
 SC2001の企業展示においては、GridあるいはGlobusのキーワードが非常によく目についた。IBMはCoG(Globus ToolkitのJava APIを提供するパッケージ)を用いたGlobus ToolkitのGUIデモを行っていた。デモそのものはGlobus ToolkitのJava APIを提供するCoGを利用しているだけで技術的な新規性はないが、Globus Toolkitの各機能に対して非常によくできたGUIを構築していた。Sun Microsystems社は、Sunがフリーソフトとして配布しているSun Grid Engine(SGE)とGridを絡めた展示を行っていた。具体的には、Globus ToolkitとSGEを組み合わせた(ジョブの送信にはGlobus Toolkitを利用し、ローカルなジョブマネージャとしてSGEを使う)デモと、AVAKIとSGEの相互利用に関するデモを行っていた。Globus ToolkitとSGEのデモは本稿の報告者である産総研の田中が、デンバーの会場からGlobus Toolkitを使って産総研のマシンにジョブを飛ばし、産総研のマシン側ではSGEを使ってジョブのスケジューリングを行うというデモを行った。図1はSun Microsystems社の展示ブースの様子である。


図1 Sun Microsystems社の展示ブース

 Compaq ComputerはオーストラリアのGrid基盤にCompaqのクラスタが利用されていることを、オーストラリアとネットワーク会議を行いながら説明していた。Platform ComputingはGlobus Toolkitをオフィシャルサポートすると発表し、展示においてもGlobus Toolkitに関する展示を行っていた。
また、Gridにおける企業の取り組みとして目を引いたのは、企業連合を組むところが多かったことにある。たとえば、Platform Computing、AVAKI、Compaqの三社が組んで、それぞれGridミドルウェアのサポート(Platform Computing)、Gridにおけるファイルシステムの提供(AVAKI)、ハードウェアサポート(Compaq Computing)といったように役割分担をしてGrid市場に出ようとしているほか、Sun Microsystems社はAVAKIと共同で展示を行っていたし、Sun Microsystems社とIBMとの研究者が今後のGridミドルウェアに関する標準化について話をしようという会話をしていた。
 研究展示に関しては、ここ数年どおりGridに関して非常に数多く活発に展示が行われていた。目を引いたのは、米国で53M$の予算がついたTeraGridの展示(NPACI/SDSC)とアジア太平洋地域におけるGridプロジェクトであるAsia Pacific Grid Partnership for Grid Computing(ApGrid)の展示である。ApGridのブースでは、日本の産総研、東工大、京大からの展示に加え、オーストラリアのQueensland University of TechnologyとMonash University、タイのKasetsart University、および韓国のKorea Institute of Science and Technology Informationのデモ展示および、ポスター展示も行われていた。図2にApGridの展示ブースの様子である。


図2 ApGridの展示ブース

SC Global
 SC Globalは米国のArgonne National Laboratoryで開発されたAccess Gridと呼ばれる技術(一種のネットワーク会議システム)を使って世界中の各国、各都市とデンバーの会場とを接続し、デンバーでの会議の様子を世界中に放送したり、世界各地の講演の様子をデンバーの会場で放送したり、あるいは世界各地とデンバーとをつないでパネル討論を行うなど、さまざまなイベントが会議期間中に開催された。SC Globalに関しては、後ほど詳しく述べる。

 全般的な印象としては、GlobusあるいはGlobus Toolkitが絡む発表、展示が非常に多かったということがある。詳細は後ほど述べるが、Globus ToolkitはGridにおけるソフトウェアを構築する際の基盤ツールとして事実上の標準になっており、今後各地で実際のGridテストベッドの運営が進められると予想されるが、相互利用の可能性を高める意味でもGlobus Toolkitが共通のソフトウェア基盤として利用されることはほぼ間違いない。そのような状況において、ユーザに対してより上位なインタフェースを提供する高レベルミドルウェアやWebインタフェースを提供するPortalシステムの研究開発が活発化すると予想される。また、Gridの本質である仮想的な組織(Virtual Organization)の運営においては実際に顔をあわせてのミーティングが重要になると思われ、Access Gridのようなシステムは有用であり、今後Gridの技術を取り込んでより高機能、高性能なシステムの開発が望まれる。そこで、本稿では引き続きGlobus Toolkitの紹介、Webインタフェースを持つGridポータルシステムおよびAccss GridとSC Globalについて詳しく述べる。

3. Globus Toolkit

3.1 概要
 Globusは1995年に開始された米国の大規模なGridプロジェクトであり、Argonne National LaboratoryとUniversity of South California/Information Science Instituteが中心となって活動している。Globus ToolkitはGlobusプロジェクトによって作られたツールキットであり、ユーザ認証、通信、遠隔資源管理・監視機構などの、Gridにおいて必要となるさまざまな要素技術をライブラリおよびAPIという形で提供する巨大なパッケージである。Globus Toolkitを用いてアプリケーションやミドルウェアを構築することができ、I-WAYやGUSTOなどのテストベッドによる実験や、Globus Toolkitを使ってGrid上で動作可能なMPICH-G/G2(Grid enabled MPI)の実装などが行われている。Globus Toolkitは1998年10月にバージョン1.0がリリースされ、2001年11月の時点での最新バージョンは1.1.4である。バージョン2.0のベータ版も2001年11月12日にリリースされ、近いうちにバージョン2.0の正式版がリリースされる予定である。Globus Toolkitは開発されて間もないソフトウェアであるが、またたく間に世界中に広まり、今やGridシステムのソフトウェアインフラストラクチャを構成する要素の事実上の標準になっている。

3.2 Globus Toolkitのサービス
 Globus Toolkitが提供するサービスを以下に示す。

セキュリティ(Grid Security Infrastructure, GSI)
ユーザ認証などのセキュリティサービス
情報サービス(Grid Information Service, GIS)
Metacomputing Directory Service (MDS)/Grid Resource Information Service (GRIS)/Grid Index Information Service (GIIS)などの情報サービス
資源管理(Resource Management)
Globus Resource Allocation Manager(GRAM)/Resource Specification Language(RSL)/Dynamically-Updated Request Online Co-allocator(DUROC) などの資源管理および資源要求等のサービス
データ管理(Data Management)
Global Access to Storage Systems(GASS)/GSIFTPなどのリモートデータへのアクセスサービス
通信(Communication)
NexusやGlobus IOなどの通信サービス
故障検知(Fault Detection)
Heat Beat Monitorなどのシステムの状態および障害検知サービス
移植性(Portability)
libc,pthread libraryなど高い移植性を提供

 Globus Toolkitが提供するこれらのサービスは必要に応じて個別に利用することができるようになっており、既存アプリケーションへのインクリメンタルな導入が可能である。Globus Toolkitは階層的な構造を持ち、高レベルのGlobusサービスはローカルサービスの上に構築され、ローカルサービスの種類に依存しない均一なインタフェースを提供している。ここでは,特に重要である3つのサービス(セキュリティ、資源管理、情報サービス)およびGlobus Toolkitにおける遠隔ジョブ実行の仕組みについて詳しく説明する。

セキュリティ
 ユーザ認証や安全な(secureな)通信を実現するため、Globus ToolkitはGrid Security Infrastructure (GSI)を提供している。GSIは公開鍵による暗号化、X.509証明書およびSecure Socket Layer (SSL)通信プロトコルに基づいて実装され、これにsingle sign-on(パスワードを1度だけ入力すれば良い)および委任(delegation)の拡張がなされている。ユーザは自分の証明書を認証局に発行してもらう必要がある。サーバ上にはユーザのGlobus ID(証明書に記載されている)とローカルユーザID(Unixのアカウントなど)との対応表があり、この表に従ったローカルユーザの権限でジョブが実行される。
資源管理
 Globus Resouce Allocation Manager (GRAM)は計算資源(プロセッサ)管理のためのサービスを提供する。GRAMはLSF、NQS、Condorなど様々な(サイト固有の)資源管理ツールに対する共通のインタフェースを提供する。GRAMのアーキテクチャにおいてはgatekeeperとjobmanagerが主要なコンポーネントである。gatekeeperはクライアントからのジョブ要求を待ち受けるサーバであり、jobmanagerはgatekeeperによって生成され、実際の資源管理方法に従ってジョブを生成するプロセスである。jobmanagerはローカルな資源管理ツールに応じた型を持ち、例えばLSF型のjobmanagerの場合はLSFのbsubコマンドを使ってジョブをキューに投入し、LSFのスケジューリングに応じてホスト上でジョブが実行される。また、これらの資源要求に関する情報はRSL (Resource Specification Language)と呼ばれる言語を用いて記述され、各コンポーネント間で交換される。
情報サービス
 Globus Toolkitは Metacomputing Directory Service (MDS)と呼ばれるLDAP(Light-weight Directory Access Protocol)を用いた情報サービスシステムを提供している.Globus ToolkitのMDSは非集中管理方式(pullモデル)であり(バージョン1.1.2までは集中管理方式、pushモデルであった)、情報の問い合わせや情報を格納する名前空間の構築のためにLDAPを用いている。MDSの主要なコンポーネントはGrid Resource Information Service (GRIS)とGrid Index Information Service (GIIS)である。GRISは計算サーバ上で動作するLDAPのサーバであり、GRISに問い合わせることによってその計算資源に関する情報を獲得することができる。GRISが提供する情報はデフォルトではGlobus Toolkitのバージョン、計算機のハードウェア/ソフトウェア情報およびgatekeeper/jobmanagerに関する情報であるが、必要に応じてGRISが提供する情報を追加/削除する事ができる。GRISが単体の計算サーバの情報を扱うのに対し、GIISは複数のGRISの情報をまとめて扱う仕組みを提供し、それによって「複数のサイトにまたがった仮想的な組織」の情報を提供するMDSサーバとして機能する。

3.3 Globus Toolkitにおけるジョブ実行の仕組み
 Globus Toolkitを用いて遠隔資源上でジョブを実行する場合、以下のような流れになる。

@ クライアントからユーザコマンドあるいはAPIを利用してgatekeeperにジョブ実行の要求を出す。実行すべきプログラムはRSLに従った記法でクライアントが指定する。
A gatekeeperがクライアントからの要求を受け取ると、クライアントとgatekeeperとの間で相互認証が行なわれる。
B gatekeeperは適切なjobmanagerを生成する。
C 生成されたjobmanagerはクライアントによって指定されたプログラムを実行するジョブプロセスを生成する。
D ジョブ実行の成功/失敗/終了/結果の通知やジョブの取り消し要求などのやりとりは、クライアントとjobmanagerの間で行なわれる。ジョブプロセスの出力等はGASSを介してクライアント側の出力に送られる。

  このように、Globus Toolkitはクライアント/サーバモデルに基づく単純な実行モデルを提供すると同時に、ジョブプロセスの生成や状態確認、実行の取り消しといった資源管理システム固有の機能をjobmanagerに任せることにより、各サイトのスケジューリングポリシーに依存しない柔軟な資源管理機構を実現している。

3.4 Globus Toolkitを使った例
 ここでは実際にGlobus Toolkitを使ってGridソフトウェアを構築する例を示し、Globus Toolkitの使い方および有効性を示す。Gridソフトウェアの1つに、遠隔手続き呼び出しによるプログラミングを行うためのミドルウェアであるNinfシステムがある。Ninfシステムはクライアント・サーバモデルに基づき設計、実装されているシステムであり、最初のバージョン(Ninf V.1)は1996年にリリースされている。Ninf V.1においては、リモートライブラリの引数や返り値の情報(スタブ情報)やリモートライブラリの実際の所在等はクライアントとサーバとの間でNinfプロトコルを用いてやりとりされていた。また、サーバ側はクライアント側のIPアドレスをチェックするなどの簡単なセキュリティ機能はあったが、個別のユーザごとのセキュリティなどはない。Globus Toolkitを用いてNinfシステムを再実装することにより、GSIを利用したユーザ認証機構をNinfシステムに組み込むことが可能となる。実装に際しては、NinfサーバをGlobusのgatekeeperに置き換え、スタブ情報とリモートライブラリの所在はGRISに問い合わせるという方式を採用した。図3と4は、それぞれNinf V.1およびGlobus版Ninfにおけるクライアントとサーバ間のプロトコルを表したものである。


図4 Globus版Ninfプロトコル

 このようにGlobus Toolkitを用いて実装することにより、比較的容易にGSIに基づくセキュリティ機構が組み込め、他の多くのGridソフトウェアと共通したセキュリティ機構を提供でき、相互利用の可能性が高まる。また、GRISにライブラリの情報を登録することにより、他の情報サービスシステムを通してリモートライブラリの情報を提供することができ、利用性が高まる。


図3 Ninf V.1 プロトコル

3.5 Globus Toolkitの最新の動向

3.5 1 Globus バージョン2.0
Globus Toolkitの正式版はバージョンが1.1.4であるが、ベータ版としてバージョン2.0が配布されている。バージョン2.0は以下のような特徴を持つ。

パッケージ化
利用目的に応じて簡単にインストールできるように、いくつかのコンポーネントに分割パッケージ化されている。また、バイナリ版も配布されている。
MDS 2.1
セキュリティの機能を強化した情報の検索が可能となっている。
GRAM 1.5
(特に)耐故障性機能が強化されている。
Data Grid向け機能の強化
GSIftpやReplica Catalogue/Replica Managementなど、Data Grid向けの機能が強化されている。

3.5 2 企業とのからみ
 SC2001開催中の11月12日に12の企業がGlobus ToolkitをGridにおける標準的なプラットフォームとして採用するという記者発表があった。Compaq、Cray、SGI、Sun Microsystems、Veridian、Fujitsu、Hitachi、NECの各社はGlobus Toolkitをそれぞれのプラットフォーム上へ移植および性能改善の作業を行っている。Entropia、IBM、Microsoftは以前よりのGlobus Toolkitに対する認知を深め、Platform ComputingはGlobus Toolkitの商用サポートを決定した。Globus Toolkit自体はフリーソフトウェアであるが、各企業はGlobus Toolkitを用いたビジネスの展開を狙っていると思われる。

3.6 まとめ
 Globus ToolkitはGlobus Projectが提供しているツール群であり、いまや事実上の標準技術となっている。企業もGlobusを用いたビジネスの展開を模索しており、自社のプラットフォームへの移植や商用サポートなどを進めている。しかし、各企業の展示ブースで質問をした限りでは、まだ具体的なビジネスモデルは見えていないとのこと。しかし、今後の展開を予測してGlobusを中心としたGridの世界に参入しているとのことである。Globus Toolkitは非常によくできたソフトウェアであるが、Globus Toolkitが提供するのは低レベルなライブラリやAPIであり、エンドユーザが利用するには少々しきいが高い。そこで、今後はGlobus Toolkitの上に構築され、ユーザに対してより使いやすいインタフェースを提供するミドルウェアやポータルの分野の研究開発が加速すると予想される。

4. ポータル
 ポータルとは「入り口」を意味する言葉であり、大きく分けてWeb PortalとComputing Portalに分類される。

Web Portal
多様なWebコンテンツに対してディレクトリサービスや検索機能を提供し、統一性・透過性・可搬性のあるインタフェースを提供する。たとえばgoogleやyahooなど。
Computing Portal
Grid上に散在する資源およびサービスに対して、一元的、透過的かつ可搬性のあるインタフェースを提供する。

 図5に米国NPACIのHotPageというComputing Portalページのイメージを示す。
 HotPageは仮想的なスーパーコンピュータセンターをユーザに対して提供し、ユーザはHotPageのWEBページからログインすることにより、SDSC、TACC、Caltechなどのコンピュータセンターにあるスーパーコンピュータへのジョブを投入、ジョブの状態チェックや各コンピュータの負荷情報の取得などを行うことができる。また、ファイルシステムの操作も行うことができる。地理的にも離れていて運営する組織も別々のコンピュータを1つの仮想的な組織としてまとめあげ、ユーザに対してはポータルという形で簡単なインタフェースを提供し、ユーザが簡単に複数のスーパーコンピュータを利用することができるようになっている。今後Gridの普及に向けては、エンドユーザに対してこのような簡単なインタフェースを持つポータルの提供は必須であると考えられる。
ポータルの現状および今後の動向を以下にまとめる。


図5 NPACI HotPage

GaussianやAmberなどのアプリケーションポータルはすでに実用可能なレベルにある。
ScaLAPACKなどのライブラリレベルのものを利用するポータルの場合はクライアントとのインタフェース等を考慮する必要があり、簡単ではない。
ポータルを構築するためのポータルツールキットが開発されれば、既存のソフトウェアを容易にポータルで利用できるようになる。
GridにおけるビジネスモデルとしてApplication Service Provider(ASP)は非常に重要であると考えられており、今後もポータルの研究開発は重点的に進められると考えられる。

5. Access GridとSC Global

5.1 Access Grid
 Access Gridは人という情報資源へのアクセスを支援するプロジェクトおよびソフトウェアである。その基本部分は大規模ビデオ会議システムであり、IPマルチキャストで通信するために拠点数のスケーラビリティが高いことや、コモディティPC上のソフトウェアで構成されるので構成の自由度が高く、手を入れやすいことなどが特徴である。プロジェクトはArgonne National Laboratoryが始めたもので、メーリングリストには現在300名を超えるメンバが登録している。知られている範囲で北米、ヨーロッパ、南米、アジア太平洋地域では日本、オーストラリア、中国に約80のサイトがあり、それ以上の数のノードが運用されている。ネットワークを用いたComputer Supported Collaborative Workというアイディアは特に新しいものではない。しかし、Access Gridのように世界規模で高品質なインタラクションが可能になったのは近年著しいネットワークの普遍化と広帯域化の恩恵であり、最近ようやく現実のものとなって実証の環境が整ったと言える。
 日本では産総研、東工大,九州大学にてAccess Gridノードを構築すると同時に、Access Gridでの利用に耐える数Mbpsから100 Mbps以上のIPマルチキャスト接続を設けて運用してきた。図6に産総研の設備を示す。
 現在、ほとんどのビデオ会議システムはTCP/IP上ではH.323というITU-T勧告に準拠している。これは呼制御や端末間のネゴシエーションなどを定めたプロトコル群で、Microsoft社のNetMeeting、Polycom社のViewStationやViaVideoなど多くのシステムが準拠しており、準拠システム間では相互運用が可能である。ビデオ会議の手段としてだけ考えた場合、これらH.323端末に対するAccess Gridの利点は拠点数が増えても映像、音声といったメディアの質が損なわれないというスケーラビリティである。これは、IPマルチキャストを利用するか否かという違いから生じている。H.323は基本的に一対一のビデオ会議のための規格であり、端末間に呼び出し側と応答側という関係を仮定しているため、複数の拠点で会議を行うためにはMCU(多地点接続装置)が必要となる。多拠点会議では、全H.323端末がMCUを相手にユニキャストで通信し、MCUは全端末からの映像と音声をミックスしてその結果を各端末に送る。この際に各端末がMCUから受け取る映像はあくまで一画面分に限られ、全拠点分をQCIF(Quarter-Common Interface Format,176x144 pixel)やFCIF(Full-CIF,352x288 pixel)の限られた一画面に収めたものとなる。MCUは、一般的には画面を分割したり各拠点からの映像を適当なタイミングで切り替えることで一画面に収める。


図6 産総研の設備

 一方、Access Gridは当初より多拠点を指向しており、IPマルチキャストの利用を前提としている。どの拠点も対等であり、どの拠点も全拠点からの完全な映像と音声を受け取る。各拠点からの映像はPC(Windows,Linux)のウィンドウとして表示されるので、どういった大きさ、配置で表示するかは各拠点の自由である。MCUが構成したお仕着せの一画面を全員で見るといった不自由はない。また、Access GridノードのハードウェアはPCであるため、もし縦横比3:4の一画面では手狭であれば数画面に分けて複数のモニタやビデオプロジェクタに出力することも容易である。Access GridはPC上のソフトウェアとして実現されており、実体は既存のソフトウェアといくつかの独自ソフトウェアの集まりである。そのため、ソフトウェアを差し替えたり改良、拡張することが可能である。また、ハードウェア構成の自由度が非常に高い。現に、映像の送受信に用いられるソフトウェアVICはAccess Grid向けに改造、機能追加がなされている。また、遠隔地の多数の聴衆に対するプレゼンテーションに用いられるDPPT(distributed PowerPoint)もAccess Gridのために開発されたものであり、Access Gridの拡張可能性を示している。ハードウェア構成の自由度が高いため、PCにビデオカードを追加したり複数ディスプレイへの出力が可能なビデオカードを用いることで容易に表示画面数を増やせる。これもPCをプラットフォームとしていることの利点である。
 Access Gridの構築に際しては、機材の中心はコモディティPCであり、1台から4台用いる。表示用にWindowsを1台、映像キャプチャ用と音声キャプチャ用にそれぞれLinuxを1台ずつ用意することが推奨されている。エコーキャンセラやビデオカメラの制御用という名目でもう1台用意することが推奨されているが、実際はほとんど不要である。図7に産総研が構築したコンパクトなAccess Grid装置およびデバイスを示す。
 PC以外に音声および映像用のデバイスが必要であるが、カメラ、マイク、プロジェクタ以上に重要であるのがエコーキャンセラである。エコーキャンセラを用意できない場合スピーカではなくヘッドホンで音声を聞くことになり、ヘッドホンの数が参加可能人数を制限してしまう。もしエコーキャンセラを持たないノードでスピーカを使うとスピーカからの音声を再びマイクが拾って送出してしまい、他のノードからの参加者はエコーを聞くことになる。2拠点間のビデオ会議ならともかく拠点数が多ければそれだけエコーの発生源も増えるため、Access Gridではこの問題は非常に大きい。
 IPマルチキャストを前提としていることがAccess Gridの特徴のひとつである。これによって、すべての拠点において全拠点からの映像と音声を完全な形で手に入れることが可能となっている。しかし、実際にIPマルチキャストを利用できる環境の構築は敷居が高い。Access Gridで「ロビー」と呼ばれる仮想会議室には常時30から40のノードが常駐していて、トラフィックは20 Mbpsに達する。それを受信し切れない場合、映像と音声の質が低下するだけで参加そのものができないわけではないが、同じ仮想会議室に入る拠点数が多ければ多いほど必要な帯域は増えるため許容帯域幅が広いに越したことはない。これまでのIPマルチキャストのアプリケーションであった一方向の放送や小規模(数拠点)ビデオ会議では必要な帯域幅はせいぜい数十Kbpsから数百Kbpsであった。広帯域IPマルチキャスト網の構築,応用技術という観点でAccess Gridは興味深いアプリケーションだと言える。


図7 産総研のAccess Gridノードおよび機材

5.2 SC Global
 SC2001と同時に、世界各地で様々なイベントを共有しようというGrid上の国際会議SC Globalが開催された。これは、Access Gridを用いて世界中からSC2001に参加できるようにすると同時に、各サイトでもイベントを企画、開催し、それを世界各地で共有しようという試みであった。SC2001の展示会場にShowcaseノードが設けられた他、テクニカルプログラムのために3部屋(収容人数450、353、162人)にAccess Gridノードが設置された。遠隔からの参加サイト数は、9月時点のリストに載っているもので北米33、ヨーロッパ4、アジア太平洋地域3、ブラジル1、南極1であった。アジア太平洋地域の3サイトは、産総研、シドニー大学、北京航空航天大学(BUAA)である。しかし、実際には東工大、九州大学、中国の清華大学などからの参加もあった。図8にSC2001展示会場のShowcaseノードの様子を示す。 プログラムは、Showcaseプログラムと3並列のテクニカルプログラムから構成されていた。テクニカルプログラムにはSC2001の中継としてKeynote、Gordon Bell Finalist Showcase、そして4つのテクニカルセッションが取り上げられた他、29の提案されたイベントが行われた。Showcaseプログラムの中には南極(Center for Astrophysical Research)からの中継もあり、参加者の興味をひいていた。この中継には17ノードが参加し、映像音声合わせて81のストリームが流れたとのことである。
 我々もパネルディスカッションを提案し、運営にあたった。アジア太平洋地域のGrid研究協力体制ApGridの立ち上げ時期であったので、「Can the Asia Pacific Grid Contribute to the Science and Technology in the Asia Pacific Region?」と題し、各国参加組織の代表による発表と議論を企画した。このパネルでは、デンバーの会場、オーストラリアのシドニー大学、および産総研の三箇所をAccess Gridで接続し、日本、韓国、台湾、タイ、オーストラリア、米国の6カ国からパネリストが参加して行われた。司会をデンバーにて東工大の松岡先生が務め、日本からはパネラとして産総研大蒔情報処理研究部門長が参加した。図9にApGridパネルセッションの様子を示す。


図7 SC Global Showcase


図9 ApGrid パネルセッション

 また、Data Gridに関するパネルディスカッションには日本から高エネ研渡瀬先生が参加した。その他、産総研の関口、田中も別のイベントのパネラを務めるなど多方面から参加、貢献した。
近年、家庭にまで数Mbpsのネットワークが普及しつつあり基幹ネットワークの広帯域化も進んでいる。ネットワーク越しのビデオ会議、Computer Supported Collaborative Workという考えは特に新しいものではないものの、広帯域ネットワークの普及にしたがってその現実性は急速に増しつつある。Gridの本質であるVirtual Organizationの運営にはこのようなネットワーク越しのビデオ会議は非常に重要であり、今後セキュリティや情報サービスなどのGrid技術を取り入れた充実した機能の提供が望まれる。

6. まとめ
 本稿では、SC2001における講演や研究展示をふまえ、Gridの現状および動向について報告した。Gridは基盤技術が成熟してきており、今は実際のアプリケーションを動かす段階にきている。Globus Toolkitは洗練された基盤ソフトウェアであり事実上の標準となっているが、アプリケーションユーザが直接利用するのは難しい。計算基盤、情報基盤としてGridを普及し、Gridのユーザを広げるためにはより上位に位置するミドルウェアやポータルの研究開発が必要であり、実際に世界中で研究開発が加速されている。また、Gridの本質である仮想的な組織による運営(Virtual Organization)に際しては、電子メールだけでの交流ではなく、実際に顔を顔をあわせての運用が重要である。Access Gridは多地点接続を考慮し、IPマルチキャストを用いた質の高いネットワーク会議システムである。現時点ではIPマルチキャストがどこでも使える技術ではないことや、それなりの帯域を必要とする点など、特にネットワークインフラの整備が遅れているアジア地域における利用には若干の問題は残るが、今後セキュリティや情報サービスなどのGrid技術を取り込むことにより、より豊富な機能を持ち、より性能の高いシステムとなり、今後のGridテストベッドの運営に有用な手段となることは間違いない。

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