第1章 まえがき
本報告書は、先端情報技術研究所(AITEC)内に設置された「ハイエンド・コンピューティング技術調査ワーキンググループ」、略してHECC(High
End Computing and Communication)WGの議論に基づき、各委員の報告をまとめたものである。このワーキンググループは、先端的なコンピュータ技術の調査をより広範囲な視点で行うことを目的として設置されており、その委員は大学、メーカ等の若手研究者でアーキテクチャ、ソフトウェア、アプリケーションの各分野において実際に研究や開発に携わっている方々から構成されている。このワーキンググループでは、ハイエンドアーキテクチャ、ハイエンドハードウエアコンポーネンツ、アルゴリズム研究を含む基礎研究、ソフトウエアおよびハイエンドアプリケーションなどを対象として、調査や議論を行ってきた。
本年度は、HECCワーキンググループとしては3年目の調査となる。一昨年度は、議論の手がかりとして、ハイエンド・コンピューティングの分野で先頭を走っている米国の研究開発計画を参考にして、議論をすすめた。そして、そのための具体的な材料として、米国連邦政府のコンピューティング・情報・通信委員会(CIC)がまとめた通称Blue
Bookと呼ばれているドキュメントを参考資料とし、この中で指摘されている技術項目について、市場動向などを視野に入れて見たときに市場にインパクトを与えそうな分野やテーマについて、それらの技術的内容および成果の調査・評価と我が国の技術との格差などについて各委員を中心に議論し、各委員のHECCに関する見解をまとめた。昨年度の調査においては、HECC領域の開発動向を重要な中心課題と認識しつつも、これのみにとらわれず対象を拡大し、コンテンツやユーザインタフェースの実現基盤としてのプラットフォーム技術全般を視野に入れて、調査・検討した。各分野の専門家の最新知識を集積して研究開発のリーディングエッジを浮かび上がらせるとともに、今後注力すべき技術分野の検討に必要な元データとしての利用を可能にするように努めた。
今年度の調査においては、昨年同様、各委員の専門およびその周辺分野において、今後、研究的に急速に発展したり、あるいは市場にインパクトを与えそうな分野やテーマの抽出と、それらの技術に関する、(米国をはじめとする)先端研究とわが国との格差の調査・評価を行うことを主眼にした。したがって、今後重要になると思われる領域にはどのようなものがあるかを抽出するという点に力点を置くことにした。たとえば、プラットフォーム技術研究の代表的なものは、計算性能の追求である。計算速度や記憶容量等の劇的な向上は、単に処理速度を速めるにとどまらず、コンテンツやユーザインタフェースに質的な変化をもたらし、情報技術の社会的・経済的な影響力が強い。しかし、それ以外にも新たなコンパイラ技術の展開や並列処理技術およびGridと呼ばれるグローバルコンピューティング技術など、近未来の基盤技術としてインパクトを与える可能性があるという意味で、いずれも同様の重要性を備えており、次時代をなす情報技術の一次近似予測のためには、これらの動向を広く把握する必要がある。
今年度、ワーキンググループとしては5回の会合を持ったのみであるが、本ワーキンググループの各委員は、情報処理の分野において最先端の研究や開発に従事している方々であり、情報処理分野における重要と思われる分野について各委員の独自の判断で調査を行い、本報告書に記述をしていただいた。また専門的な分野のテーマによっては、WGの委員では把握しきれない部分があるため、これを外部の講師を招いてヒアリングを行うこととし、今年度は、4人の外部講師を招いた。理化学研究所、ゲノム科学総合研究センタの八尾徹氏には、「ゲノム・ポストゲノム時代におけるコンピュータ・情報技術へのニーズ」と題する講演を、またRedSwitch,
Inc. のDr. Hungwen Li氏には「InfiniBand: Switch Fabric Solution for System Connectivity」という講演をお願いした。さらに、ネットワーク技術の飛躍的進歩に伴う新しい情報技術基盤として近年注目されているGrid技術に関して、産業技術総合研究所ハイエンド情報技術グループの田中良夫氏に「SC2001にみるGridの最新動向―Globus,
Portal, SC Global」と題する講演をしていただいた。また、NTT未来ネット研究所の星合隆成氏には、ネットワークの大規模な普及に伴い、新しい考え方や技術として注目されているピア・ツー・ピア技術(Peer-to-Peer、略してP2P)に関して講演をお願いし、最新技術の紹介を含めてフリーなディスカッションを行うことができた。これらの講演を基に、田中良夫氏と星合隆成氏には講演の概要を、本報告書の中にまとめていただいた。ここで、あらためて感謝したい。
本報告書が、わが国のハイエンド・コンピューティングをはじめとする先端的な情報処理分野においてその技術開発や技術政策の一助になれば幸いである。
(山口 喜教 主査)