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第1章 まえがき

1.2 調査報告の概要

 本節では、第3章に記載する各委員および外部講師による調査報告の概要を示す。

1.2.1 アーキテクチャ&新計算モデル

(1) 半導体性能向上神話崩壊後のアーキテクチャ

天野 英晴 委員

 CMOS LSIの動作速度はプロセスの進歩につれて向上を続け、新しいプロセスを利用することは、それだけで性能の向上につながった。これは、微細加工技術の発展と共に、電源電圧を落すことができれば、論理ゲートの遅延を減らすことができたことによる。ところが、2001年、プロセスが0.18umから0.13umに進む際、電源電圧を低くすることがほぼ限界に達すると共に、LSIチップ内の遅延の支配的要因が、ゲート遅延から配線遅延に移行した。このため、銅配線などを用いない限り、新しいプロセスを単に利用するだけでは、性能は全く上がらなくなるに至った。半導体性能向上神話は崩壊し、今年から新しい時代に突入したのである。今後、CMOS LSIプロセス技術に画期的なブレークスルーがない限り、この傾向は続くと考えられる。
 本レポートでは、半導体性能向上神話が崩壊した「新しい時代」を迎えて、アーキテクチャをいかに構成すべきかを提言する。まず、新しい時代に高い性能を実現するアーキテクチャについて述べ、ますます発展が予測されるReconfigurable Architectureについてまとめる。

 

(2) メガスケールコンピューティングの構想

中島 浩 委員

 筆者らは科学技術振興事業団の戦略的基礎研究推進事業による研究プロジェクト「超低電力化技術によるディペンダブルメガスケールコンピューティング」を実施している。このプロジェクトは百万プロセッサ級のメガスケールコンピューティングを真に実現するための基盤技術を追求するものであり、そのためにコモディティ技術、すなわち高性能計算のみをターゲットとしない一般性の高い技術をベースとした研究開発を行う。
 プロジェクトでは、メガスケールコンピューティング実現の鍵は、(1) feasibility、(2) dependability、(3) programmability の3点にあるとし、それぞれ (1) ハード/ソフト協調による低電力高性能プロセッサ、(2) マルチポート・ネットワークとミドルウェアによる高信頼化、(3) グリッド/P2P技術をベースとした高粒度大規模並列プログラミングの研究を行う。また、これらの技術を統合したプロトタイプとして、数千プロセッサ級の大規模低電力クラスタの構築も計画している。

 

(3) PCクラスタの現状と今後

久門 耕一 委員

 現在PCクラスタを取り巻く環境が激変しつつある。
 1つは、PCクラスタを構成する要素部品である、CPUとネットワークの高性能化である。現在入手できる最高速のPC向けCPUによれば、単一で1GFlopsを越える性能を得ることが出来る。更に、ネットワークの性能もCPUの外部バス性能と匹敵するスループットを達成している。つまり、ネットワークをこれ以上高速化しても、メモリのボトルネックによって律速されることになる。
 一方、PCクラスタを利用する環境として従来は計算センタ内の1つの高性能システムとの位置づけであった。しかし、高速インターネットの発達により、地理的に分散している複数の計算センタを接続し全体として運用する、いわゆるグリッドコンピューティングを構成する要素システムの扱いを受けるようになってきた。
 PCクラスタシステムを上の二つの観点から分析し、今後の動きを考える。

1.2 2 基本ソフトウェア&ミドルウェア

(1) 手続き間解析の動向 〜コンパイラとその周辺〜

佐藤 真琴 委員

 手続き間解析とは、手続き(関数、サブルーチン)の解析情報を、その手続きの呼び出し点で利用できるようにするコンパイル技術のことである。これによってプログラムの解析精度が向上し、プログラムを最適化する機会が増加することが期待できる。広い意味では、インライン展開も手続き間解析の一つと考えられるが、リカーシブな呼び出しに対応できないなど、適用範囲が狭い点が課題である。これに対して、狭義の手続き間解析はその一般性から、FortranのみならずC++やJavaに対する最適化コンパイラでも徐々に採用されつつあるなど、広がりをみせている。
 本稿では、Fortranコンパイラにおける手続き間解析、及び、ツールにおける手続き間解析の利用に関する動向を、具体的な事例を通して紹介する。

 

(2) 自動並列化コンパイラによるSMP上での粗粒度タスク並列処理

笠原 博徳 委員

 ここでは、SMP上におけるOSCARマルチグレイン並列化コンパイラを用いた粗粒度タスク並列処理について述べる。現在、サーバーキテクチャの主流であるSMP上での自動並列化コンパイラを用いた並列処理では、ループレベル並列処理の性能が飽和状態に達しており、その限界を越えるため粗粒度タスク並列処理が注目されている。OSCAR FORTRAN コンパイラにおける粗粒度並列処理手法では、ソースプログラム中のサブルーチン・ループ・基本ブロック間の並列性を抽出し、各種SMP上で粗粒度タスク並列化を実現するために、OpenMPを用いたワンタイムシングルレベルスレッド生成手法を用いている。さらにSMPで問題になる共有メモリアクセスオーバヘッドを軽減するため、複数タスク間での共有データの授受にキャッシュを最大限利用するデータローカライゼーション手法を併用することで、さらなる性能向上を図ることができる。ここでは、これらの技術を用いて、SMPサーバ IBM RS6000 SP 604e High Node、SMPワークステーションSUN Ultra80 での粗粒度タスク並列処理を行った結果について述べる。

 

(3) P2Pの理念および実現技術:SIONetの全貌

星合 隆成 講師

 筆者は、1998年にブローカレス型探索モデル(ブローカレスモデル)を提案して以来、その実現技術として「意味情報ネットワーク(SIONet Semantic Information-Oriented Network)」をこれまで提案してきた。そして、1998年末にSIONetプロトタイプα版、1999年末にSIONetプロトタイプβ版の試作を完了した。さらに、2000年末にSIONet ver.1.0の開発を完了した。
 本稿では、ブローカレス型探索モデルを紹介することにより、「P2Pの本質」について論ずる。さらに、ブローカレス型探索モデル(P2Pモデル)の実現技術であるSIONetについて解説する。

1.2.3 応用システム&応用分野

(1) SC2001に見るGridの最新動向

田中 良夫 講師

 Gridとは、「高速ネットワークで接続された高性能計算機、大規模データベース、特殊な装置、人的資源などの様々な資源を柔軟に、容易に、安全に、統合的に、そして効果的に利用するためのネットワーク利用技術」である。本稿では、2001年11月に米国コロラド州デンバーで開催された高性能計算および高性能ネットワークに関する国際会議であるSupercomputing Conference(SC 2001)における講演、技術論文、企業展示および研究展示の内容をふまえ、Gridの現状および最新動向について報告する。本報告においては、(1)Gridにおける低レベルなソフトウェアの基盤として事実上の標準になっているGlobus Toolkit、(2)ユーザに対して簡便なインタフェースを提供するGrid Portalシステム、(3)高性能インターネット会議システムであるAccess Gridおよびそれを利用してSC 2001期間中に開催されたイベントSC Global、の3件に焦点をあててGrid技術および研究動向に関する報告を行う。今後各地で実際のGridテストベッドの運営が進められると予想されるが、相互利用の可能性を高める意味でもGlobus Toolkitがその基本ソフトウェアとして用いられ、ユーザに対してより上位なインタフェースを提供する高レベルミドルウェアやWebインタフェースを提供するPortalシステムの研究開発が活発化すると予想される。また、Gridの本質である仮想的な組織(Virtual Organization)の運営においては実際に顔をあわせてのミーティングが重要になると思われ、Access Gridのようなシステムは有用であり、今後Gridの技術を取り込んでより高機能、高性能なシステムの開発が望まれる。

 

(2) 地球シミュレータ開発を終えて

横川 三津夫 委員、妹尾 義樹 委員

 平成9年度から開発を進めてきた地球シミュレータは、平成14年2月にピーク性能40テラフロップスの世界最高速を達成し完成した。そのハードウェアは、640台の計算ノードをフルクロスバスイッチで結合したものであり、大規模な並列計算機システムを利用するための特徴あるプログラミングインターフェイスを具備している。
 本稿では、地球シミュレータのハードウェア及びソフトウェアの概要、並列プログラミングインターフェイス、及びいくつかのシミュレーション結果について述べる。

 

(3) 高速ネットワーク環境下における高度医療アプリケーション

佐藤 裕幸 委員

 がん治療法の一つである粒子線治療は、ヘリウム、炭素、ネオンなどの重粒子線を患部に集中して照射し、周辺の正常細胞への影響を最小限に抑え、患者の早期社会復帰を可能とする非常に有効ながん治療方法である。この粒子線を用いたがん照射治療を普及させるためには、遠隔地の複数の医療機関から高速なネットワークを介して、重粒子線がん照射施設の計算サーバにより、照射施設のノウハウを利用して患者毎に最適な照射方法を得る治療計画を立案できることが望ましい。このような高速なネットワークの利用法はまだ実現例に乏しく、基本的な性質の解明も進んでいない。インターネットの普及が進み、ネットワークを利用する研究者にも利便性を提供しているが、一方ではネットワークの輻輳が発生して、研究環境が悪化している例がある。またネットワークに不正に進入する事例が多数発生しており、医療関係の情報のようにプライバシーを守るべき対象を安全に保護する技術が必要不可欠となっている。このような状況から、インターネットにおける信頼性・高速性・利便性・安全性に関する種々の問題点を解決するために、これらについて極めて高度な要求を持つ遠隔地重粒子線がん照射影響シミュレータを業務として想定し、ギガビットレベルネットワークに向けた信頼性・高速性・利便性・安全性を確立することを目指して、高度医療ネットワークに関する研究が行われている。

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