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2. 米国政府が支援する情報技術研究開発の動向

 

2.2  ネットワーキングおよび情報技術研究開発計画

 ブッシュ大統領は、2003年度予算要求において、「1995年以来の80%の経済生産性増加の3分の2は、情報技術のおかげに帰することができる」と述べるなど、情報技術研究開発は、ブッシュ政権においても重要優先分野である[13]。
 情報技術は、バイオやナノテクノロジーを初め、ほかのほとんどの分野の研究開発においても基盤技術として横串的に重要な役割を果たすが、情報技術そのものの発展を主眼とした研究開発として、前述の省庁間研究開発イニシアチブの1つであるネットワーキングおよび情報技術研究開発(NITRD)イニシアチブが、米国の情報技術研究開発政策の柱となっている。
 上院議員時代にゴアの提出した法案「National High-Performance Computing Act」を基に始まり、クリントン・ゴア政権において、HPCCやCIC、ITR&Dといった名前で強力に推進されてきた情報技術研究開発イニシアチブが、ブッシュ政権下では、クリントン・ゴア政権でのIT R&Dの基本的な枠組みを受け継いで、NITRD(Network and Information Technology R&D)と呼ばれ継続している。

2.2.1  2002年度の概要 ―BlueBook 2002

 クリントン・ゴア政権下では、議会に提出する予算教書の補助資料「BlueBook」において、IT R&Dの有効性・重要性を示すため、毎年、多くの具体的研究開発事例を紹介してきた。一方、ブッシュ政権もそれを継承して、2001年8月にNITRDに関するBlueBook 2002[3]を発表したが、この政権下での具体的な成果はこれからという理由からか研究事例の詳細はなく、一般的記述として、長期的研究開発主体の10個の研究チャレンジと、現実的な課題である7つの国家的グランドチャレンジアプリケーションを示している。
 長期的研究開発主体の研究チャレンジは次の通り。

(1) 次世代コンピューティングとデータ記憶技術。
(2) シリコンCMOSにおける障壁の克服。
(3) 21世紀のための多目的、安全、拡張可能なネットワーク。
(4) 科学と工学における米国の強みを維持するための先進的IT。
(5) 重要なシステムにおける信頼性と安全な運用の確保。
(6) 現実世界のためのソフトウェア作成。
(7) 人間の能力と万人の進歩に対する支援。
(8) 知識世界の管理と実現。
(9) 世界レベルのIT要員の教育と育成の支援。
(10) 利益を最大化するためのITの効果についての理解。

国家的グランドチャレンジアプリケーションは次の通り。

(1) 次世代の国防と国家安全保障システム。
(2) 全国民のための改良された健康管理システム。
(3) 科学的に正確な人体の3次元機能モデルの制作。
(4) 大規模環境モデリングとモニタリングのためのITツール。
(5) 生涯学習のための世界最良のインフラストラクチャの創出。
(6) 危機管理のための統合ITシステム。
(7) 先進的航空管理のための技術とシステム。

2.2.2  プログラムコンポーネント領域(Program Component Area: PCA)

 NITRD計画の研究領域は、IT R&Dを継承して、表 2.2-1と表 2.2-2に示す7つのプログラムコンポーネント領域(PCA)からなっている。
 なお表2.2-1で、NGIは、LSNで実現される予定の「テラビット/秒」ネットワーキングの目標を除くすべての目標を2002年度中に達成して、成功裏に終了した。関連する先進ネットワーキング研究は、LSNの下で継続されている[4]。
 本報告書で扱っている人間主体の知的情報技術に関する研究開発項目は、ほぼ、HCI&IM(ヒューマンコンピュータインタフェースおよび情報管理)のPCAに対応している。

表 2.2-1 NITRDのプログラムコンポーネント領域(PCA)(その1)
  PCA
(プログラムコンポーネント領域)
概要
  HECC(ハイエンドコンピューティングおよびコンピューテーション)
1 HEC I&A
(ハイエンドコンピューティング基盤およびアプリケーション)
イエンドコンピューティングのアプリケーション開発とコンピューティングインフラストラクチャの整備。
2 HEC R&D
(ハイエンドコンピューティング研究開発)
ハイエンドコンピューティングのハードウェア技術とシステムアーキテクチャの研究。
3 LSN
(大規模ネットワーク技術)
基本ネットワーキング技術に関する長期的研究を実施。NGIおよびSIIの2つのイニシアチブを含む。なお、下記のNGIは、目標をほぼ達成して、2002年度中に終了した。
NGI(次世代インターネット): ネットワークのサービス品質、信頼性、堅牢性、安全性を向上させる次世代技術の研究開発および高速ネットワーク上での革新的アプリケーションの開発と実証。
SII(拡張可能な情報基盤): 今後出現するであろう大規模なユーザやアプリケーションに対応してインターネットを円滑に成長させ、高度にネットワーク化されたシステムや「いつでもどこでも」接続できる環境を実現するための研究。
4 HCI&IM
(ヒューマンコンピュータインタフェースおよび情報管理)
ヒューマンコンピュータインタフェースの向上と、コンピューティング装置や情報リソースを管理し活用する能力を高める技術の研究開発。
研究テーマ: ロボット工学、遠隔/自律エージェント、コラボレーション技術、可視化技術、バーチャルリアリティ、知識データベース、デジタルライブラリ、情報エージェント、言語認識、インテリジェントシステム、多言語翻訳など。
5 HCSS
(高信頼ソフトウェアおよびシステム)
コンピュータシステムに求められる信頼性、安全性、セキュリティ、可用性を実現するための技術の研究開発。
研究テーマ: ネットワークとデータのセキュリティ、暗号化、情報の生存性、システムの耐久性など。
6 SDP
(ソフトウェアの設計および生産性)
ソフトウェア需要に対する開発能力の不足や、ソフトウェアの設計、テストおよび維持管理の困難化といった緊急の課題に対処するため、有用で安全性/信頼性の高いソフトウェアを効率良く開発するための理論的基礎研究、技術やツールに関する研究開発を実施。
7 SEW
(ITの社会・経済への影響)
ITが社会システムに与える影響、IT技術者の需要増加に対処するための技術者育成、デジタルデバイド等に関する研究。

 

2.2.3 NIITRD計画の計画・執行組織


図 2.2-1  NITRDの計画・執行組織[14]

 NITRDの計画および執行に関係する組織について以下に説明する(図2.2-1)。組織名称の中では、まだNITRDではなくIT R&Dの呼称が使われている。

(1) 科学技術政策局(Office of Science and Technology Policy: OSTP)
 ホワイトハウス内に置かれ、米国政府のR&D投資に関して大統領への助言を行うとともに、大統領直轄の国家科学技術委員会の活動を監督する。大統領科学技術担当補佐官がOSTPの長官を兼ねる。
(2) 国家科学技術委員会(National Science and Technology Council: NSTC)
 大統領が議長を務め、委員は各省の長官レベルで構成される。NSTCは連邦政府の科学技術投資のための国家目標の設定およびエージェンシー間にわたるR&D戦略の確立を目的としている。
(3) 技術委員会(Committee on Technology: CT)
 技術委員会は、NSTCと協力してR&Dプログラムの優先順位の設定支援と、米国政府のNITRDポートフォリオと関係機関のミッションおよび能力のバランス調整を行い、進捗を管理する。
 ここは、OSTP長官が議長を務め、メンバーはNITRDに資金援助を行っているエージェンシーの上級官吏で構成される。
(4) NITRDに関する省庁間連携ワーキンググループ(Interagency Working Group on IT R&D: IWG/IT R&D)
 IWG/IT R&Dは、実施エージェンシーの政策、計画、予算に関する助言を行う。
 このワーキンググループは計画、予算策定、実施およびレビューなどを含む複数のエージェンシーが関係するIT研究活動の調整を行い、連邦議会、OMB(行政管理予算局)、OSTP、学会、および産業界との間の調整を行うほか、PITACへの技術的支援を行う。
(5) コーディネートグループ(Coordinating Groups)
 それぞれのPCAに対応したコーディネートグループがあり、IWG/IT R&Dの管轄下に置かれている。ただし、HEC I&A(ハイエンドコンピューティング基盤)とHEC R&D(ハイエンドコンピューティング研究開発)は相互に密接に関係するため、ともにHECCコーディネートグループが担当する。この6つのコーディネートグループは各々の専門領域におけるR&Dの目標と実施に関する調整を行う。LSNコーディネートグループ(LSNCG)はさらに3つのサブグループ(チームと呼ばれる)に分けられる。
(6) 連邦政府情報サービス/アプリケーション協議会(Federal Information Services and Applications Council: FISAC)
 FISACはNITRD計画の成果として得られた技術をエージェンシーの業務や米国政府のシステムに適用するための支援を行う。
(7) NITRD国家調整室(National Coordination Office for Information Technology R&D: NCO/IT R&D)
 NCO/IT R&Dは関連エージェンシーの計画、予算策定、評価資材の準備、R&D情報および文書の集中管理など、NITRD計画全体に対する支援を行う。

2.2.4  2003年度の重点課題

 ブッシュ大統領の2003年度予算教書では、NITRDに19億ドルを要求している。これは前年度予算に対して3%の増加となる。2003年度は、以下の項目に重点を置く予定である[5]。

 本ワーキンググループのテーマに関連する「ヒューマンコンピュータインタフェースと情報管理」の研究領域にあたるものとしては、最後の「デジタルライブラリ(電子図書館)」が、達成目標項目に挙げられている。これは、従来の図書館の電子化の枠を超えて、インターネット上の膨大なデジタル情報資源の利用と管理の全般にわたる技術であり、今後のインターネットを中核に据えた情報社会の基盤技術である。

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