2. 情報技術研究開発の領域構成と推進方向
本章では、まず、議論の出発点として昨年度レポートにおいて提示した「IT R&Dの構成領域」を、再度検討する。
2.1 情報技術を分類する新しい構成領域と基軸
昨年度の調査研究では、下図表に示すように、プラットフォーム、コンテンツ、ユーザインタフェースの3つの領域から情報技術を捉えることを提案し、その各々に関して、求められる要件(基軸)を示した。
図表 情報技術の構成領域
(1) プラットフォーム
プラットフォームは、ITの基本機能である情報処理と通信を提供するレイヤであり、中央処理装置、各種プロセッサー、記憶装置と、内部バス、外部バス、ネットワークの構成によって具現化されるものである。プラットフォームに求められる技術革新の方向は、「高速化」、「広域分散化」、「高セキュリティ化」である。
図表 プラットフォームの発展方向
- 高速化
分野を問わず、プラットフォームの処理高速化は、ITの発展にとって最も中核となる性能改善課題である。
環境・気象・医学を始め科学技術のフロンティアを開拓するためのシミュレーションにおいて、より高速に計算処理することは、解決されることのない永遠の課題である。特に、新たな探求方法である計算科学の進展が今後の科学進歩を加速する原動力であり、計算機の高速化はそのための重要な前提条件となっている。
また、企業・行政の業務アプリケーションでも扱うデータ件数は加速度的に増加し、しかもそれらを瞬時に処理することが求められている。さらには、意思決定の最適化、データマイニング、金融工学、取引仲介のエージェントなど新たな分野・領域にITを利用していく上でも、これまで以上の処理能力が要求される。
- 広域分散化
広域分散した機器・プロセッサーが、協調的に情報通信処理するプラットフォームの開発が期待される。
ITの利用形態は、大型計算機による集中的な処理形態から、ネットワークを介し、さまざまな装置が連携しあう分散形態に移行する。インターネットの急拡大はそれを如実に示している。従来のパーソナルコンピュータや端末だけではなく、電話、身に付けられる情報機器、家電等多様な機器がネットワークを介して協調処理することになる。
また、製造業の工場においては既にNC装置・ロボット、搬送装置等を分散制御しているが、今後は複数の工場を遠隔的に監視・制御するバーチャルファクトリーが現実化しつつある。また、電力会社ではより効率的な電源供給を行うために、発電・送電・需要家側の機器が連携し合いながら、計画・制御・監視を行う必要がある。
これらのアプリケーションにおいては、ネットワークを介した分散データへのアクセス、協調分散制御方式の高度化が要求される。
- 高セキュリティ化
ITのプラットフォームが広域分散化し、社会の至る所で機能を果たすことになると、停止や誤動作等を始めとする障害が生活・企業活動に大きな混乱や危険を与えることになる。社会が安全で安定的であるためにも、プラットフォームにはこれまで以上に耐障害性の向上、セキュリティの確保といった高セキュリティ化が求められる。
電力・ガス・水道等ライフラインの供給はITによって監視・制御されている。また、高速道路におけるITS、ETCや金融ネットワークに代表されるように社会インフラの多くもITの基盤の上に成り立っている。一般の企業においても、情報システムは基幹業務に直結しており、情報システムがストップすると事業の運営を継続することが不可能になっている。これらのアプリケーションの可用性、安全性を高めるための技術開発とリスク管理が必要となる。
また、広域分散化したシステムやネットワークの中に、重要な情報が流通し、処理が実行されることから、暗号技術を中心としたセキュリティ基盤の高度化も求められる。
(2) コンテンツ
コンテンツは、情報処理、通信の対象となるデータ、情報、知識であり、データベース管理技術、マルチメディア符号化等の技術によって具現化されるものである。コンテンツに求められる技術革新の方向は、「マルチメディア統合」、「異種分散統合」、「概念意味統合」である。
図表 コンテンツの発展方向
- マルチメディア統合
ITが対象とするコンテンツは、数値、テキスト等の単純なデータオブジェクトから、図形、イメージ等を含む文書、さらには音声、動画等を含むようになっている。
しかし、扱うオブジェクトの種類が多様化しているものの、それらをよりよく一元的に管理できる仕組みは必ずしも十分できておらず、今後マルチメディアオブジェクトの統合的管理の開発が必要である。
- 異種分散統合
ITで扱うオブジェクトは、タイプが多様化するだけでなく、地理的に分散し、かつ異なった形式を統一的に処理することが求められる。
異なったリレーショナルデータベース(RDBMS)処理系に対するネットワークを介した統合方式としてはRDAが提案されてきたが、今後はXML等異なったタイプのコンテンツを統合的に扱うことができる機構が求められる。
- 概念意味統合
さまざまな形態、タイプのコンテンツを蓄積・管理・活用する上で、コンテンツが有する概念、文脈を含めたアクセスパスを用意することが重要である。現在では、テキストオブジェクトに関して概念検索機能が提供されてきたが、今後は図形、画像、動画等を含む概念検索、さらには状況に応じて必要なものにアクセスできる文脈検索等の機能がますます重要となる。
(3) ユーザインタフェース
ユーザインタフェースは、人間とITとの接点であり、そのための入出力技術によって具現化される。ここで入出力技術とは、コンピュータの入出力装置だけでなく、センサーやアクチュエータ等も含んでいる。ユーザインタフェースに求められる今後の発展方向は「マルチモーダル」、「人体・環境との一体化」、「擬人化」である。
図表 ユーザインタフェースの発展方向
- マルチモーダル化(五感化)
コンピュータはこれまで数字、文字列等を中心に入出力が行われてきたが、高度なユーザインタフェースの一つの方向は、人間の五感をサポートすることである。ITが、人間活動の創造的・知的領域や、娯楽・エンターテイメントの領域に関与していくためには、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚を駆使したインターラクションが求められる。
- 人体・環境との一体化
マルチモーダル化とも関連してユーザインタフェースは人体と一体化する方向に向かっている。現在では、携帯情報機器、携帯電話等小型で持ち運び可能な端末が実用化されているが、それがウェアラブル(身に付けられる)になり、さらには身体への接近が進む。
- 擬人化(人工知能化)
コンピュータを機械としてではなく、人間レベルでコミュニケーションし、やり取りすることは、コンピュータの用途を広げ、より知的なレベルで人間の支援を行う上で重要な要件である。具体的には、自然言語による理解・創作、音声による認識・発話や、知識の獲得、蓄積等の高度化が必要であり、人工知能、知的インタフェースの応用が望まれる。