EU(欧州連合)による情報化への取り組みとしては、1993年に欧州委員会が発表した「成長・競争力・雇用に関する白書」の中で情報通信インフラの重要性が指摘されたことが出発点といえる。1994年には、「ヨーロッパとグローバル情報社会」(Bungemann Report; 同氏を委員長とするタスクフォースのレポート)が発表された。さらに、「欧州におけるグローバル情報社会へのアクションプラン」[2]と題する計画が1996年に発表され、1997年にはその改訂が出された。その中には、今後アクションが必要な領域として次の4つが示されている。
ビジネス環境の改善
効率的な通信ネットワークの整備と単一市場原理の適用により、ビジネス環境を改善する。中小企業等のビジネス活動で新技術の導入を促進させる。例えば個人向け衛星通信サービスがある。また、電子商取引の導入に必要な電子署名、著作権、データ保護等の条件を整備する。
将来への投資
将来への投資として、情報社会が学校のクラスルームから始まるという認識が重要であり、加えて、情報社会における生涯学習も重要視する必要がある。
人間の尊重
生活や労働における人間の尊重が必要である。また、プライバシーなどの基本的権利や自由の保護も重要な要素である。雇用に関しては、電子商取引、コンテンツ制作といった事業が新たな雇用機会を創出するだろう。
グローバルな課題への対応
情報社会においてはグローバルルールの設定が本質的に重要である。グローバルルールには、市場アクセス、知的財産権、プライバシー、データ保護、有害・違法なコンテンツの扱い、税制、情報セキュリティ、相互運用性、技術標準が含まれる。
1995年には、EU内の政府系機関でデータ交換を促進していくIDAプログラムが開始された。1995年から1997年までが第1フェーズとなっている。欧州の各国のカウンターパート機関をネットワーク化し、情報を共有するというプログラムである。プログラムは、1994年のBungemann
Reportの提言を推進するものであり、欧州委員会のDG-IIIによって統括されている。また、技術面ではテレマティクスプログラムの研究成果が取り入れられている。
このプログラムは、1999年まで延長することが予定されている。
1997年には、今後世界的な発展が期待される電子商取引に関して、欧州委員会から「電子商取引に関する欧州イニシアティブ」[3]が発表された。その中には、「グローバル市場にアクセスするためのインフラ、技術、サービス」、「望ましい規制枠組みの開発」、「望ましいビジネス環境の創出」に関して、次のような提案がされている。
インフラ、技術、サービス
高い通信料金が欧州の電子商取引における大きな障害だったが、規制緩和の導入によって低価格化、料金制度の弾力化が進んでいる。今後は、通信容量のボトルネックや広帯域インフラの提供がより重要な挑戦課題になっている。
相互運用性の確保も電子商取引を進める強力なインセンティブである。特に、セキュア技術、決済システムが重要である。
望ましい規制枠組みの開発
単一市場において電子商取引の便益を拡大するためには、規制緩和とともに、企業と消費者との間に信用システムの構築が重要となる。そのためにはセキュア技術開発、法制度の確立が必要である。
望ましいビジネス環境の創出
望ましいビジネス環境を作るために、企業間及び消費者向け電子商取引に関する認識を高め、ベストプラクティス導入に関する研究を推進する。
図表3-1 欧州ECイニシアティブのアクションプラン
Ensuring access to the global marketplace: infrastructure, technology and services
・Ensure full implementation of the telecommunications liberalisation package by Member States |
by 1.1.98 |
・Pursue full implementation of WTO basic telecommunications agreement by its signatories |
by 1.1.98 |
・Implement the ITA and MRA Agreements for the removal of tariff and non-tariff barriers on IT products |
Ongoing |
・Promote active involvement of Europe’s industry and public bodies in the evolution of the Internet and the provision of high bandwidth infrastructure through the R&D and TEN-TELECOM programme. |
97 |
・Implement thematic call on electronic commerce in the ESPRIT R&D programme; further focus appropriate R&D programmes |
15 March 97- end 98 |
・Launch Fifth Framework Programme with electronic commerce as a priority for technology development and take-up |
Ongoing |
・Adopt Communication on a European standardization initiative for electronic commerce (with action plan) |
July 97 |
・Launch of a specific action on standardization projects for electronic commerce |
June 97 |
・Organize global standardization conference, Brussels, 1-3 October 97 |
October 97 |
・Launch of specific actions for international cooperation in CEEC, MED, G7 Global Marketplace for SMEs within the EU R&D programmes |
97 |
Creating a favourable regulatory framework
・Identify Single Market barriers and legal uncertainties affecting electronic commerce |
Ongoing |
・Launch regulatory initiatives in the area of electronic payments*, contracts negotiated at a distance for financial services*, copyright and neighbouring rights, legal protection of conditional access services and digital signatures |
end 1997 |
・Assess the need for further initiatives covering Single Market horizontal questions, regulated professions, commercial communications, contract law, accountancy, fraudulent use of electronic payments, data security, data protection, industrial property, direct and indirect taxation and public procurement |
Ongoing |
・Reinforce international dialogue in the appropriate multilateral and bilateral fora to achieve an adequate global regulatory framework for electronic commerce, in particular in data security, data protection, intellectual property rights, and taxation |
Ongoing |
・Organize with the German Government the Ministerial Conference on Global Information Networks, Bonn, 6-8 July 97 |
July 97 |
Promoting a favourable business environment
・Adopt Communication on consumer dimension of Information Society, including promotion of consumer access to electronic commerce |
June 97 |
・Promote electronic commerce awareness and best practice actions, by implementing a specific Euro-Info-Centres initiative, launching a Euromanagement programme and setting up a European co-ordination structure for electronic commerce use in the tourism sector, as well as through promotion of the Euro for SMEs. |
End 97 |
・Intensify support for and launch new best-practice pilots, large-scale awareness activities, take-up actions using ICT R&D, innovation and standardization programmes and Structural Funds |
Sept 97 |
・Present an action plan on stimulating the development of electronic procurement |
end 97 |
・Present Guidelines and measures addressing interoperability issues related to public administrations in IDA |
Sept 97 |
・Present Action Plan for Commission to become leading user of electronic commerce |
end 97 |
・Learning and training initiatives for electronic commerce in programmes such as Leonardo and Socrates |
1997 |
・Stimulate the public dialogue on electronic commerce in Europe, including establishment of dedicated Website |
April 1997 |
(Source: “A European Initiative in Electronic Commerce”,1997)
EUレベルでの研究技術開発は、フレームワークプログラムとして実施されている。これは、持続的な経済成長、産業競争力強化、雇用創出、社会変化への対応に向けて、1984年に、総合的研究開発政策としてスタートしたものである。フレームワークプログラムは、EU自身が助成金を拠出している。EUの共同研究開発プログラムとしては、この他にEUREKA等EUが支援し各国が推進するタイプがある。
1994年をスタート年とする第4次フレームワークプログラムでは、情報化に関連するテーマとして次のようなものがあった。
図表3-2 第4次フレームワークの情報通信関連プログラムと予算
プログラム名 | 予算 |
Telematics Applications | 898 |
Advanced Communications Technologies and Services(ACTS) | 671 |
Information Technologies(Esprit) | 2,047 |
1998年から始まる第5次フレームワークプログラムの体系は下表のとおりである。この中で、情報通信関連のプログラムはユーザフレンドリーな情報社会(IST; User-friendly information society)であり、予算として3,600百万ユーロが充てられている。
図表3-3 第5次フレームワークの各プログラムと予算
プログラム名 | 予算 |
Quality of life and management of living resources | 2413 |
User-friendly information society(IST) | 3600 |
Competitive and sustainable growth | 2705 |
Energy, environment and sustainable development | 2125 |
Confirming the international role of Community research | 475 |
Promotion of innovation and encouragement of SME participation | 363 |
Improving human research potential and the socio-economic knowledge base | 1280 |
Research and training in the field of nuclear energy | 979 |
ISTは、間接活動として、一般的プロジェクト公募に基づく助成に位置づけられている。
費用分担方式の面から、研究技術開発プロジェクト、実証プロジェクトに分けられる。
ISTは、情報社会の進展に伴う新たな研究開発ニーズを確定することを目的としている。各活動分野の予算は、下表のとおりである。
図表3-4 User-friendly information society(IST)の内訳
活動 | 予算 |
a.Key actions | |
i.Systems and services for the citizen | 646 |
ii.New methods of work and electronic commerce | 547 |
iii.Multimedia content and tools | 564 |
iv.Essential technologies and infrastructures | 1363 |
b.Research and technological development activities of a generic nature: | |
Future and emerging technologies | 319 |
c.Support for research infrastructures: | |
Research Networking | 161 |
3600 |
ISTは、利用者(ユーザ)に重点をおき、情報の利用促進や教育に着眼している。重点活動分野としては次のものが挙げられている。
市民のためのシステムとサービス(Systems and services for the citizen)
高品質で利用が容易なシステムとサービスを開発することを目的としている。高齢者・心身障害者看護、保健機関における遠隔サービス、環境問題、交通問題等を重視している。
新しい業務方法と電子商取引(New methods of work and electronic commerce)
事業経営や取引効率を改善するための研究開発を行う。モバイル業務システム、売り手と買い手の取引システム、情報とネットワークの安全性(プライバシー、知的財産権、認証等)を重視している。
マルチメディア関連(Multimedia content and tools)
各種マルチメディア製品・サービスに利用されるインテリジェントシステムやコンテンツの開発を目的とする。会話型電子出版(電子図書館、仮想博物館等)、教育訓練ソフト等を重視している。
重要技術とインフラ基盤(Essential technologies and infrastructures)
情報社会の基盤に必要な重要技術の開発を目的とする。コンピュータ通信技術、ソフトウェア工学、移動体通信、各種センサーインタフェース、マイクロエレクトロニクス等を重視している。
2000年には、EUレベルのIT政策として、ヨーロッパが最も競争力を持ち、ダイナミックな経済を実現するため、よりITを活用することを目的としたアクションプラン「eEurope 2002」が欧州委員会から打ち出された。その概要は次のとおりである。
eEurope 2002の目標
eEurope 2002では、次の3つを目標に掲げている。
4) より安く、より高速、より安全なインターネット環境の構築
5) 人材育成とスキル向上のための投資
6) インターネット活用の促進
eEurope 2002のアプローチ
eEurope 2002の目標を実現するために、次の3つのアプローチを推進する。
4) 法規制整備の加速
5) インフラとサービスの構築のための投資
6) オープンな方法による協同とベンチマーキング
eEurope 2002のアクションプラン
eEurope 2002の目標を実現するために、11のアクションプランが設定されている。
@より安く、より速いインターネットへのアクセス
競争(特に地域ネットワーク間の競争)とベンチマーキングを促して、インターネットアクセス料金を切り下げる。
A研究者と学生に対するより高速なインターネットの提供
欧州委員会はすでに全欧州を貫くネットワークの容量を上げるために投資したが、各研究機関間のネットワークについて一層の改善、拡大と加速が求められる。
B安全なネットワークとスマートカード
セキュリティを高めるため、eEurope はインターネットセキュリティソリューションの開発とサイバー・クレームに対抗するための協力を推進する。同時に、セキュリティスマートカードや、他のセキュリティソリューションの利用を推奨していく。
Cヨーロッパの若者をデジタル世代へ
教師のインターネットスキルを高め、学校のカリキュラムを改訂し、すべての学生に生活や仕事に必要なデジタルスキルを身につける機会を与える。
D知識ベース経済の中の仕事
教育機関におけるコンピュータやインターネットの教育と職場でのトレーニングを一層強化することが必要である。テレワークやパートタイムワークを推し進めていく。そのために、公共の場でのインターネットアクセスを可能にする。
E知識ベース経済への全員参加
EU各国は障害者と高齢者がインターネットからの情報やサービスを利用できるように、統一的な技術標準の開発や法制度の整備に尽力する。
F電子商取引の加速
中小企業を含めあらゆる事業者にとって、電子商取引は重要な経営手法となりえる。それを実現するには、著作権、ネットマーケティング、電子マネー等に係る法規の整備が不可欠である。加えて、政府部門のネット調達を通して、中小企業のデジタル化を促進する。
G電子政府:インターネットによる公共サービスへのアクセス
EU各国政府は公的機関でのインターネットの普及を目指すことによって、公共機関の改革、サービス向上、効率化とコスト低減、情報公開等を図っていく。
H保健と医療
保健と医療のウェブサイトの品質標準を明確にし、新たな法規制の導入とセキュリティの強化によって、このような技術革新による解決方法の信頼を高める。
Iヨーロッパのグローバルネットワークコンテンツ
EU各国は異なる文化と言語のコンテンツを開発することに優れている。これをベースにして、ヨーロッパデジタルコンテンツの開発と利用を促進するプログラムをスタートする。
J高速な処理能力を持つ交通システム
ヨーロッパの交通部門は交通の混雑や輸送能力の不足などいくつかの問題を抱えている。
eEuropeのアクションプランでは、Single European Sky (非常時のロケーション情報システム)を含む、高度な処理能力を持つ道路交通システムを開発する等が計画されている。
欧州の中でも、北欧諸国はITの活用が活発である。スウェーデンでは、“一番速く全国民の情報化社会を実現する”ことを目標に、IT政策を展開してきた。以下は、新IT政策の概要である。
a) IT政策の経緯公的部門におけるIT
スウェーデン政府は公的機関がIT利用の模範となることを決定した。公的部門管理局(SAPM---Swedish Agency for Public
Management)は、政府・公的機関におけるIT利用を監督し、情報管理を効率的で、安全かつアクセスしやすいシステムに発展させている。
国民への情報提供
スウェーデンにおけるインターネットの利用は公的部門、一般市民、企業間のコミュニケーションの基礎となっている。国の公的機関の90%近くは各自のウェブサイトを持ち、電子メールで通信している。公的なデータベースは無料で提供され、利用は増加している。”Virtual
Sweden”は公的部門へのインターネットアクセスの窓口であり、その目的はすべての公的機関がひとつの接続口を通じて、人々へより良いサービスを提供することである。
公的部門の24時間
SAPMは2000年の初め頃、24時間のオンラインサービスの提供を決定した。公的部門のIT管理に関する政策、実践と経験などが集約されており、国民に無料で公表している。
b) 新IT政策
急速なIT技術の発展や国際競争の激化に立ち遅れないように、スウェーデンは1996年から新IT政策の作成に着手した。新政策においては、ITに対する信頼性とIT利用のセキュリティが重要な課題であり、新たな法律や対策が要求される。
ITは社会の色々な分野に関わり、産業・社会の情報化、福祉の向上、民主化の強化をもたらす。ITへの投資は設備などのハードウェアの以外に、ITに関するさまざまな利用者や人材にも投資すべきである。個人のIT利用能力やノウハウは学校の教育、職場の教育訓練とITの利用を通じて強化する。スウェーデンが情報化先進国の地位を保つため、より多くのIT専門家を養成し、獲得することが要求される。ノウハウを得た人々が気楽に、信頼できかつ高速処理能力を持つシステムに経済的にアクセスすることができれば、スウェーデンは偉大な高品質の情報化社会となる。IT政策は基本的に技術的な政策よりも民主主義の政策であり、国民の一人一人がITから恩恵を受けることを重要視している。
c) IT政策の目的とアプローチ
IT政策の目的
スウェーデン議会は全国民のための情報化社会の実現をIT政策の目的として設定した。全国民的情報化社会とは誰でもITにアクセスでき、信用し、利用し、その恩恵を受けることができることである。国はこの目的を実現するための環境整備や障壁撤去と犯罪などマイナスな面の予防に努力していく。
IT政策のアプローチ
世界一番速く全国民の情報化社会を実現するためには、IT政策以外の政策との連携が要求される。以下はスウェーデン政府が出した全体的なアプローチである。
スウェーデンは、具体的に以下の領域においてIT政策を実施しようとしている。
IT部門の成長を促進する対策
就業を促進する対策
ITの急速な発展に付いて行けない人に対応する各レベルのIT教育訓練を通して就業機会を拡大する。
地域発展を促進する対策
ITの利用は地域と距離に関係なく、どこでも、いつでも行われ、地域の格差を縮小する。全国的な高性能インフラの構築は地域の発展に繋がる。
民主と公正を促進する対策
QOL(生活品質)を向上させる対策
男女平等と文化の多様化を促進する対策
公共部門管理の効率性を促進する対策
環境にやさしい社会を促進する対策
スウェーデンのIT部門の優先事項
情報社会の構築に向けて、IT政策の当面の焦点を、法制度、教育訓練、情報通信インフラに充てる。特に、次の3つのことに重点をおく。
1) Confidence (全ての人々がIT利用において、セキュリティが確保されること)
2) Competence (全国民へのIT基礎スキルを身につける対策)
3) Accessibility (ITを利用して情報を容易に入手し、利用し、コミュニケーションすること)
[2] “Europe at the forefront of the Global Information Society: Rolling Action Plan”, 1996.11, 1997.06
[3]“A European Initiative in Electronic Commerce”, 1997