情報化国家をビジョンとして掲げたIT2000は1991年に作成された。その基本計画は、国家コンピュータ庁(NCB; National Computer
Board)が中心となり、関連する11の主要経済部門の200名を超える専門家の協力のもと、立案された。
IT2000には、目標として次の点が掲げられている。
ヲ グローバルなハブの開発
ヲ 生活の質の改善
ヲ 個人の可能性の発展
そして、そのために、以下のような施策を推進してきた。
ヲ 情報通信インフラ整備
ヲ マルチメディア・アプリケーションの開発・利用促進
ヲ 研究開発拠点の整備
ヲ 情報通信産業の誘致・育成
IT2000の実現を加速するための具体策が1996年に発表されたシンガポール・ワン(Singapore One)計画[4]である。シンガポール全土に広帯域の通信インフラを整備し、対話型マルチメディアのアプリケーションとサービスを家庭、学校、オフィスに提供しようというものである。
ATMバックボーン
シンガポール・ワンの広帯域通信ネットワークの基盤は、ATMスイッチング技術に基づくバックボーンネットワークである。1-Net Singaporeと呼ばれるコンソーシアムによって構築・運営されている。”One
Network for Everyone”、すべての人に提供される統一的なネットワークという意味である。
ローカルアクセスネットワーク
アクセス回線は、ATM(155Mbps)、ADSL(5Mbps; シンガポールテレコムが提供)、CATV(30Mbps; シンガポールケーブルビジョンが提供)の3種類が用意されている。
図表4-1 シンガポール・ワンのネットワーク構成
(Source: http://www.s-one.gov.sg/html/s1netinf/oview01.html)
シンガポール・ワンは、以上のネットワーク基盤に基づき、新たなアプリケーションの開発を行っている。アプリケーションのタイプとしては、ニュース・オン・ディマンド、データベース検索サービス、オンラインショッピング、遠隔教育、行政サービス等があり、アプリケーションサービス提供者は年々増加している。1998年7月時点では、合計123のサイトがサービスを提供している。診察料が10分で10〜25シンガポールドルの遠隔診察サービスも登場している。
行政サービスとしては政府ショップフロント[5]がある。政府が扱う商品・行政サービスをネットワークで提供している。現在では、寄付受付、自動車試験の予約受付、健康・医療・観光等に関する書籍・ビデオの販売、各種統計情報提供が行われている。将来的には全省庁のサービスが出揃う予定である。決済はC-ONE(CashCard
for Open Electronic Commerce)と呼ばれるキャッシュカードで行える。
1998年、国家コンピュータ庁(NCB)は、シンガポール・ワンでサービスされている123のアプリケーションを評価し、5つのサイトに優秀アプリケーション賞を与えた。
1-on-ONE(by Television Corporation of Singapore)
テレビ番組を選択するための情報を提供している。配信先は1000以上にのぼり増加中である。
Property Interactive Networks(by Prop I-Nets International)
土地・建物などの資産に関する18,000件のデータベースにより、資産の写真・ビデオ、フロアプランの情報を提供している。写真・動画の処理には特許出願中の技術が用いられている。同社は米国でのサービス開始も予定している。
SingTel Magix(by Singapore Telecommunications)
映画、ビジネスや娯楽に関するニュース、教育用ビデオ、ゲームを提供している。
SISTIC(by Singapore Indoor Stadium & SISTIC)
シンガポール室内競技場やその他の会場で開催される芸術・娯楽等の各種催しのチケット販売を行っている。利用者は催しの日程や空き席の状況も確認できる。全チケット販売の15-20%がオンライン販売になっている。
Speak Mandarin Campaign Homepage(by Ministry of Information &
the Arts)
英語教育を受けた世代に対して、マンダリン(北京語)を学ぶためのサービスを行っている。会話の基本、語彙リスト、学校のディレクトリなどの情報を提供している。
国家コンピュータ庁によって、1996年に電子商取引ホットベッド・プログラムが導入された。これは、電子商取引の利用を活発化し、シンガポールを電子商取引のハブにすることを狙ったものである。
1997年、国家コンピュータ庁が事務局となり、金融通貨庁を始めとする15機関の委員からなる電子商取引政策委員会が設置された。委員会の下には、法規制研究グループと貿易取引研究グループの2つの研究部会が設置された。
1998年4月、電子商取引政策委員会によって、電子商取引の政策枠組みが発表された。政策枠組みは、次に示す「6つの主原則」と「政策提言とイニシアティブ」(法規制、インフラサービス、普及促進プログラム)から構成されている。
6主原則
法規制に関する提言
電子商取引を推進するための法規制課題が示されている。具体的には、電子商取引法案(ETB; Electronic Transaction Bill)が含まれており、これを契機として電子商取引法環境の整備が加速した。1998年7月には、電子商取引法(ETA:
Electronic Transaction Act) が公布された。
インフラサービスに関する提言
認証、決済を含むセキュアなオンライン共通サービスを開発する。これらのサービスは、電子商取引に係わる売り手、買い手の活動を支える重要課題である。
普及促進プログラムに関する提言
シンガポールにおける電子商取引活動を急拡大させるイニシアティブを実施する。シンガポールの環境の魅力を発信し、電子商取引のハブ機能をシンガポールに設置しようとする内外企業を増やす。
なお、政策枠組みの作成により、政策委員会は解散し、提言の実施を主管する政策調整委員会(EC3; Electronic Commerce Coordination Committee)を設置した。
1998年9月には、電子商取引基本計画が発表された。目的はシンガポールの電子商取引を活発にし、電子商取引のハブ機能を強化することである。具体的な目標として、2003年までに、取引の50%以上を電子的に行い、電子商取引の取引高を40憶シンガポールドルにすることを掲げている。
国家科学技術庁(NSTB)は1998-2000年間に、1億800万シンガポールドルを予算化し、ハイテク企業を支援するTIP(テクノロジー・インキュベーター・プログラム)を開始した。研究開発費等のコストを2年間にわたり最大85%補助する(運転資金は1企業年間30万シンガポールドルに制限)。
Infocomm 21(Information and Communication Technology 21)は、IT2000を引き継ぐニューエコノミー時代に対応した情報通信の5年戦略計画である。Infocomm
21は柔軟性のないマスター・プランではなく、技術、ビジネス環境と社会の変化につれて、更新されていく産業戦略のフレームワークと指針である。Infocomm
21の成功には、産業のリーダーシップによる計画策定と実行が必要であり、政府は触媒という位置づけである。政府は初期には新領域(産業)のマーケットの確立やマーケットとビジネスの発展に障壁になる規制の除去を促進するが、マーケットの発展に伴って、役割を終わる。
このビジョンは国民に、新しいトレンド、ニュービジネスの概念を意識させること、人々の見識の共有とアイデアを討論できること、ビジネスにやさしい環境を作ること、国レベルと産業レベルの国際戦略提携を促進すること等に資するものである。以下は、Infocomm
21の概要である。
Infocomm 21は、IT2000の「知的なアイランド」というビジョンに基づくものである。このビジョンはほぼ実現した。シンガポールは既に20以上の国との高速な接続ができている。シンガポールの家庭の59%がコンピュータを持ち、人口の58%がインターネットに接続している。
政府の各部署もコンピュータ化されており、約130のアプリケーションがオンラインから提供されている。全ての大学と専門学校は先端的なキャンパス・ワイドネットワークに接続し、小学校と中学校においては、2002年までに2人の生徒に一台のPCを備え付けること、学校カリキュラムの30%をITに関わる内容とすることが目標となっている。
経済各部門の大手企業は各自のビジネスにおいて、ITを利用している。1998年のシンガポールオンラインB-to-B取引総額は約120億(シンガポールドル)シンガポールドルとなり、国のIT産業は12億シンガポールドルの総利益をあげた(1991年は27億シンガポールドル)。そのうちの半分はIT産業の輸出から得たものである。
以下はシンガポールが受けた評価である。
◆ | 最初の知的都市賞(Intelligent City Award)(1999年9月, 世界テレポート協会) |
◆ | シンガポールE市民センタ(Singapore Government eCitizen Center)がベストパブリックデリバリープラットホームと評価された(1999年, US Federal Government’s Survey on Integrated Services Delivery) |
◆ | 公的部門のIT利用を促進する卓越した業績に対するIT賞(2000年6月, WITSA; World Information Technology and Services Alliance) |
◆ | アジア首位、先進電子商取引インフラ(IMD, World Competitiveness Yearbook 2000) |
◆ | アジア首位、世界8位の電子商取引展開(2000年, Economist Intelligence Unit) |
◆ | シンガポールへの外国人技術者の入国移民政策は世界で最もオープンである(IMD, World Competitiveness Yearbook 2000) |
シンガポールの過去の戦略はもはやニューエコノミーパラダイムに適切ではない。競争のグローバル化につれ、シンガポールがITと電気通信業界をリードし続けるためにはグローバルな視野で考え、地域に密着して行動し、インターネット時代のスピードで行動し、上市までの時間を短縮しなければならない。
Infocomm 21は以上のようなチャレンジに対応する戦略であり、シンガポールを活気のある、ダイナミックな世界的情報通信拠点に発展させることをビジョンとする。
情報通信拠点として、アジア太平洋において、シンガポールは情報通信産業とビジネス、研究開発、ベンチャーキャピタル、人材キャピタルそして教育と思想リーダシップの中心となることを目指す。世界水準の革新的情報通信アプリケーションとサービスを集積するとともに、テストベッドを提供する。
◆ | 卓越した情報通信ハブとしてのシンガポール 世界各地の情報通信の主要な研究拠点、開発拠点、市場とのネットワークを構築することによって、2005年までにアジア太平洋地域のトップ2の情報通信ハブを目指す。 |
◆ | オンラインビジネス(民間部門のドットコム化) シンガポールを主要な、信用できる国際電子商取引ハブとする。B-to-BとB-to-Cの電子商取引が主な役割を果たしている。2002年までには、電子商取引インフラの世界トップ3、アジア太平洋地域の首位、eビジネス環境の世界のトップ5、アジア太平洋地域の首位を目指す。 |
◆ | オンライン政府(公的部門のドットコム化) シンガポール政府は世界で最も優れた電子政府の一つを目指して、2002年までに、世界のトップ5を目指す。 |
◆ | シンガポール国民のためのオンライン(生活環境のドットコム化) 国民の生活環境全般の電子化を通し、2005年までに、世界のトップ5の高度情報通信社会を目指す。 |
◆ | 情報通信能力資源としてのシンガポール シンガポールを情報通信の能力資源とeラーニングの拠点として位置付け、2005年までに、アジア太平洋地域のトップ2を目指す。 |
◆ | 企業利益優先と消費者優先の環境に貢献 企業利益優先と消費者利益優先の政策を採用し、整った環境を構築することにより、ニューエコノミーの発展と成長を促進する。 |
ニューエコノミーにおける成功の要素は、上市までのスピードを上げること、創造と革新、知的資産、技術的起業家精神、べンチャーキャピタル、そして人材資産である。これらの要素において、シンガポールは好調な出だしであった。政府は、オープンな市場が大胆な創造革新とリスク・テイキングを推し進めるような環境、新商品の開発に投資しやすい環境、そして、新事業を起こしやすいように制限を最小化するような環境を支持する。
シンガポール政府を世界で最も優れたオンライン政府の一つにし、具体的には次の成果を達成する。
◆ | シンガポール政府は世界のトップ5の電子-政府に入る |
◆ | 2001年までに、200のeCitizenオンラインサービスを社会に提供する。 |
◆ | 2001年までに、60のeCitizenサービスパッケージを社会に提供する。 |
戦略1 Electronic Service Deliveryを拡大する
政府は現存のサービスモデルを再検討し、そのプロセスを再設計し、eCitizenサービスを提供する。ウェブサイトは情報伝達から複雑なタスクを全てオンラインで完成できるような電子取引センタへと中心を移す。
政府は電子決済体系を実行し、費用決済、または資金移転ができる政府オンラインサービスを促進する。
戦略2__技術革新を利用して、新処理能力と生産能力を達成する
シンガポールの電子政府というビジョンを実現するには、市民サービスによる新技術のテストと新サービス、新プロセスを開発する必要性がある。以下はその具体的なイニシアティブである。
◆ | 2001年の第一四半期まで、政府のネットワークは広帯域のものとなり、公務員がいつでも、どこでもシステムリソースをアクセスできるように、新しいネットワーク構築とセキュリティフレームワークを実現する。 |
◆ | 公的部門において、知的ベースの職場を作り上げて、公務員がどこでも政府の電子メールシステム、データベースにアクセスできるようにする。 |
◆ | パブリックサービスと提携して、技術実験を奨励し、開発途上の新技術を応用したアプリケーションをテストする。 |
◆ | 政府の事前評価とプロジェクトマネジメントのアプローチを再検討し、よりフレキシブルで、より実践的で、よりプログラマチックなものとする。 |
◆ | 新しくて便利なサービスを提供する新技術を探求する。 |
戦略3__民間部門をてこにする
E‐Governmentアクションプランを実現するために、政府は民間部門の革新的なアイデア、技術と専門知識の利用が必要となり、民間部門との提携は民間部門の起業を促進すると同時に公的部門の所有権と責任を制限する。
戦略4__E‐Governmentにおける思想リーダシップの開発
政府が意味のある決定を下すために、情報通信技術のインパクトを良く理解する必要性がある。政府は公務員向けの情報通信技術教育プログラムを制定する。
戦略5__E‐Governmentの重要性を提示し、そのサービスの利用を促進する
政府のステークホルダーに対しE−Governmentのビジョンを知らせることと、国民のE−Governmentサービス利用を促進することは極めて重要である。公的部門のリーダーとマネージャーにE‐Government教育プログラムを提供し、そのすぐ後、公衆教育プログラムを提供する予定である。
公的部門でのE‐Governmentの発展を促進するための手段と刺激パッケージを提供する(例えば、ベストE‐Governmentサービス年度賞を設置すること、政府ウェブサイトのベンチマーキングなど)。