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2.3.1 ITRイニシアチブ(Information Technology Research Initiative)のHCI&IM関連プロジェクト

 ITRイニシアチブは、1999年2月のPITACレポートによる勧告[1]と、それを受けた「21世紀情報技術(IT2)」イニシアチブ[2]の直接の流れを汲む2000年度の新規イニシアチブであり、ハイリスクの長期的基礎研究への助成を目的としている。ここで、まず趣旨を振り返ってみよう。
 先端情報技術は、理論と実験という歴史的に検証済みの方法に、コンピュータ・シミュレーションという第3の方法を加えることによって、亜原子(原子より小さい電子、陽子など)レベルから宇宙まで、科学の範囲を拡大してきた。この新しい仮想モードでの探求は、今日の最も重要な基礎研究が進められているところである。製品開発は基礎的情報技術研究の項目ではないが、この分野は、近年、顕著な成果を生みだして来た。1990年代初期には、例えば、NSFのスーパーコンピューティング・センターの上級研究者の指示の下で働いていた学生達が、最初のWebブラウザを作り出すのを助けた。これは、Netscapeを導き、ほとんど誰も予想できなかった経済爆発の引き金となった。
 1999年のPITACによるレポートは、米国は情報技術研究において「深刻に投資が不足してる」と断言した。今日の情報経済の繁栄を導いたようなハイ・リスクの長期研究投資を、収益確立前に企業が引き受けることはないであろうから「長期のハイ・リスク研究」に対する新たなファンディング無しには、ITにおける米国の優位が脅かされるだろうと委員会は指摘した。それを受けて、NSFと他の連邦政府機関は、NSTCを通して研究計画立案の作業を行った。PITACレポートの指摘した重要技術(Key Technology)、すなわち、物理現象シミュレーションの為の先端コンピュータ、遠隔研究者間の共同作業の為の技術、複雑なデータのグラフィカルな可視化のためのツール、及び、巨大なデータベースを扱うためのソフトウェア等の基礎研究支援はNSFが行ってきたことであり、NSFがITRイニシアチブを推進することになった。
 ITRイニシアチブのメイン・ゴールは、国家のIT知識ベースの拡大と、IT労働力の拡大である。NSFは、このITRイニシアティブで、ITにおける革新的で効果の大きい、新しい科学、工学、および教育の分野の研究の助成を行っていく計画である。
 ITRの初年度(2000年度)の助成プロジェクトは、「計算機科学における科学と、情報技術における情報」に焦点が置かれたが、2001年度には、それに加えてさらにアプリケーションとエンジニアリングに力を入れている。

 

2.3.1.1 2000年度ITRイニシアチブ

1) 概要
 
NSFは2000年9月13日に、初年度(2000会計年度)の助成プログラムを公表した。2000件を超えるプロジェクト提案の中から、210件が採択されており、規模の内訳は以下の通りである。

 初年度は9,000万ドルの歳出が承認されており、5年間での歳出総額は2億2,300万ドルに上る。

2) 2000年度ITRの研究推進領域
 2000年度の助成プロジェクトは、「計算機科学における科学と、情報技術における情報」に焦点を置き、推進領域として以下の8つを挙げている。

    1. Software ソフトウェア
    2. Scalable Information Infrastructure スケーラブル情報インフラストラクチャー
    3. Information Management 情報管理

    4. Revolutionary Computing

    革新的コンピューティング
    5. Human-Computer Interaction ヒューマン-コンピュータ・インタラクション
    6. Advanced Computational Science 先端的計算科学
    7. IT Education and Workforce IT教育と労働力
    8. Social and Economic Implications of IT  ITの社会的・経済的意味

 これらの推進領域の説明は、表2.3.1-1に示す。このイニシアチブではIT全体の幅広い研究領域をカバーしていることがわかる。本ワーキンググループに特に関連の深いのは、「3. Information Management(情報管理)」及び「5. Human-Computer Interaction(ヒューマン-コンピュータ・インタラクション)」である。

 

表2.3.1-1 2000年度 ITRにおける研究プロジェクトの推進領域
No 推進領域 解 説
Software
ソフトウェア
-- 作動するプログラムを書く。
より信頼性高く、頑強で、より適応性の高いソフトウェアを作るための技術を生む研究をサポートする。重要な国家ニーズに、情報システムのセキュリティとプライバシーの向上がある。ソフトウェア研究は、非常に大規模なハードウェアとソフトウェアのシステムの設計の新しい技術を考慮しつつ、非常に多数の協調動作するコンピュータへ拡張可能な、スケーラブルなソフトウェア・ツールを構築しながら、エラーや攻撃に耐えるハイ・コンフィデンス・ソフトウェアのための手法を開発している。
Scalable Information Infrastructure
スケーラブル情報インフラストラクチャー
-- より速く誰でもアクセスしやすいネットワークを作る。
分散共有情報へのアクセスを提供するキーとなる以下の項目に関連した幅広い問題を扱う。1) 分散、共有データベース。2) ホスト間で情報を伝えるネットワークプロトコル。3) 幅広い通信にわたっての信号処理と符号化。「スケーラビリティ」は、以前には出来なかった次元へ成長する能力を意味する。そのキーとなるビジョンは、情報サービスとネットワークにおける質的に増大した複雑性のからみあった問題の管理、および、ネットワークの変化と成長への適応性に対する、未だに増大しつつあるニーズの管理のためのフレームワークである。
Information Management
情報管理
-- 情報を発見し利用する。
目標は、オンライン情報の有用性と範囲の拡大であり、オンライン・コンテンツ、またはそのアクセスを扱う。・ オンライン・コンテンツ:オンラインの資料の種類、質、あるいは量を変容させる。・ アクセス:質、経済、検索、あるいはその他の関連領域の研究を通して、オンライン情報の有用性を増大させる。この領域は、科学と工学のさまざまな領域のデータと知識を生成、通信、組織化、格納、及び分析する能力を向上させるための研究を支援する。高品質のデータセットの構築、及び、科学のための重要なデータ資源の生成と維持を目的とした活動がサポートされる。質、アクセス容易性、および有用性が、新しいIM技術によって向上する、重要な利益である。従って、中心となるものには、知識モデリング(knowledge modeling)、化学的共同研究所(scientific collaboratories)、データ・マイニング(data mining)、データベース・アクセス技術、および組み込み型インテリジェント・システムなどが含まれる。
Revolutionary Computing
革新的コンピューティング
-- 新種のコンピュータを構築する。
この推進項目は、現在のコンピュータ・アーキテクチャを超えるような研究を奨励する。この研究には、新しい基本デバイスの開発、例えば、シリコン・ベースではない生物学的ある量子的デバイスに基づくコンピュータチップなども含まれる。また、これらの「ポスト・シリコン」ナノスケール・デバイスを最もよく活用するための根本的に新しいアーキテクチャも含む。これらの進歩は、コンピューテーションの基礎的モデル、アルゴリズムの設計と分析、信号処理、システムアーキテクチャ、ヒューマン/コンピュータ・インタフェース、あるいは、ソフトウェア工学などを含むシステムのどのレベルでも起こり得る。コンピュータ能力の「量子的ジャンプ」の機会をもたらすハイ・リスク、ハイ・ペイオフのアイディアを求める。
Human-Computer Interaction
ヒューマン。コンピュータ・インタラクション
-- 全ての人々がマシンと情報を利用するのを助ける。
人間の知覚的、認識的、および社会的な能力を、インタフェース設計との関係で扱う。コンピュータ利用の能力の向上、あるいは、コンピュータ利用コミュニティーの拡大のために、新しい方法が求められている。インタフェース技術の例としては、次のようなものが含まれる:・可視化;グラフィカル技術;言語処理;コンピュータ知覚;コンピュータとの個人的対話と関連したロボット工学;および、新しいセンサーや表示方法。
Advanced Computational Science
先端的計算科学
-- 科学を発展させるためにITを利用する。
計算(Computation)は、科学的発見への道として、古くから理論や実験と結びついていた。先端計算科学領域は、多くの計算機科学者と物理学者、生物学者との学際領域チームを資金援助することによって、これを実証した。この、計算専門家と、科学・工学の伝統的領域の専門家との相互協力は、今後数年間のパートナーシップに利益をもたらすことを約束する。この共同研究は、重要な実世界の問題への洞察を与えるだけでなく、ITのためのはるかに広い成果を伴うアルゴリズムとソフトウェアにおける革新に拍車をかけるであろう。また、これらのプロジェクトは、多数の専門分野からなる研究で、公的および民間の研究所等で非常に重要となる技術において、学生の世代を訓練することになる。
IT Education and Workforce
IT教育と労働
--全ての年齢の学生の訓練を、全てのレベルで支援する。
IT労働力の増強と「デジタル・デバイド」の解消の重要問題を扱う。K12から博士課程、生涯教育まで、すべてのレベルの教育は、知識へのより公平で安価なアクセスにおいて、新しい技術からの恩恵を受ける。推定では、米国には、100万以上のIT職の空きがある。マイノリティがIT専門職において、実際以下に評価される原因となってきた要因を特定し取り扱うことを、多くのプロジェクトが助けるであろう。全ての国民が、我々の技術のあふれた社会に十分に参加するために、平等かつ廉価なアクセスを必要とする。IT学習技術に関する研究は、教育と訓練における来るべき革命をガイドするであろう。それは教育を、場所集中を超えて分散システムへと移行させることを約束する。ITは実質的に、K12から博士課程や生涯学習まで、全てのレベルで、教師と学習者の役割を変える。
Social and Economic Implications of IT
ITの社会的・経済的意味
--社会の利益を最大にする方法を理解する。
生活の全ての面における、ITから起こる大規模な社会的および経済的変容によって、これらの変容が人類のニーズを前進させるということを確かなものにするために、新しい知識が必要とされる。これらの変化を理解するために、ITRの「社会的、及び経済的意味」推進項目では、社会と技術的システムの相互作用を評価するための新しい理論、手法、およびツールを開発する。究極の目標は、全ての個人と社会的グループが、我々の情報豊富な社会に参加し、貢献し、そしてそれから恩恵を得ることを助けることである。

   NSFでは、2000年9月13日に、上述のとおり、210件の採択プロジェクトを発表したが、同時にその中から、幾つかのハイライトを紹介している[3],[4]ので、以下に主要なものを示す。

 

3)「情報管理」推進領域の採択プロジェクトのハイライト

表2.3.1-2 2000年度「情報管理」推進領域のプロジェクト事例
No. NSF AWARD No.     タイトル 助成額
(予定)
期間
(年)
組織
@ 0085896 ITR: From the Web to the Global InfoBase
「WebからグローバルInfoBaseへ」
$2,200,000 Stanford University
A 0086057 ITR: Data Centers -- Managing Data with Profiles
「データセンター - プロファイルでデータを管理する」
$3,150,000 Brown University
B 0086002 ITR: A Petabyte in Your Pocket
「ポケットにペタバイト」
$4,610,000 University of Wisconsin-Madison
C 0086144 ITR: Real-time Capture, Management and Reconstruction of Spatio-Temporal Events
「時間空間イベントのリアルタイム・キャプチャ、管理、および、復元」
$649,837 University of Illinois at Chicago
D 0086116 ITR: Collaborative Research: Real-time Capture, Management and Reconstruction of Spatio-Temporal Events
同上(04、06と共同研究)
$1,090,000 University of California-Los Angeles
E 0086162 ITR: Collaborative Research: Real-time Capture, Management and Reconstruction of Spatio-Temporal Events
同上(04、05と共同研究)
$520,000 University of Maryland College Park

 

@ WebからグローバルInfoBaseへ(スタンフォード大学)
 
このプロジェクトは、Global InfoBase(GIB)のビジョンのもとに進められる。GIBとは、現在のWWWの次に来るべき、包括的で使いやすく遍在する情報資源である。
 プロジェクトは、相互に関連する次の4つの推進事項からなる:

 Webは、世界の知識の多くを含む資源を生成してきた。しかし現在はまだ、情報資源としてWebを利用する我々の能力は原始的な状態にある。 GIBプロジェクトは、劇的に増大しつつあるオンライン利用可能な情報を、もっとずっと効果的かつ効率的に利用することを可能にする技術を開発している。

A データセンター - プロファイルでデータを管理する(ブラウン大学)
 
この研究は、たとえばWebに現れるような、本質的に自律的で分散した情報資源に対して、データ管理機能を追加する問題を扱う。
 この種の環境では、データ管理は、データソース群とアプリケーション群の間に存在する独立的にコントロールされたサービスによって行われなければならない。これは、データセンター(クライアントのためにデータを分散する信頼できるマシンの集合)に基づくアーキテクチャを導入することによって容易になる。 クライアント・アプリケーションは、それらのすべてのデータ要求を記述したプロファイルをサブミットし、そして、データセンターは、データを集め、クライアントのために効率的なデータ・アクセスを提供するために、それを組織化する。
 このプロジェクトは、データセンターの設計と運営のための技術を探求する。これには、大量のプロファイルの管理、データセンターの利用可能な資源に対して非常に多数のユーザのニーズをバランスさせるための発見的方法、および、データセンターによって管理されているデータに対する将来のクライアントのデータニーズの効率的な処理、が含まれる。

B ポケットにペタバイト(ウィスコンシン大学マディソン校)
 
2015年には、年に数百ドルの値段で、誰でも高性能ワークステーションからPDA(Personal Digital Assistance)まで、どの装置でもどの位置からもアクセス可能な個人のペタバイト・データベース(PetDB)を持つようになるだろう。
 各個人のPetDBは、ネットワーク上のどこかに存在する全てのオンライン・デジタルデータの、カスタマイズされた進化するビューである。 どんな種類のデジタルデータも、構造や情報を失うこと無く格納し体系化される。 この全てのデータは検索可能であり、型、内容、構造、関連や、複数の分類化、グループ化に応じて表示されるだろう。PetDBは、Net Data Manager(NDMs)と呼ばれる新世代のソフトウェア基盤によって可能となることの一例である。

C 時間空間イベントのリアルタイム・キャプチャ、管理、および、復元
        (イリノイ大、カリフォルニア大、メリーランド大の共同研究)
 
組み込み型プロセッサ、低コスト・センサー技術、および無線通信の進歩によって、未曾有の量の実世界データが生み出されつつある。 このプロジェクトは、高度に分散された、動的でセンサーが豊富に組み込まれた環境のための、次世代データベース管理技術を探求する。
 研究は、表現(representation)、データモデリング、検索言語、データ構造、検索最適化、検索処理、分散、および、並列アクセスから、そのシステムの全ての局面に関する範囲を扱う。
 成果の一つは、プロトタイプ・データベース管理インフラストラクチャである。これは、高度に動的で地理的に分散した、(時間および空間において分散したオブジェクトに関する)時間空間データ、および、複数解像度のデータ表現をサポートし、可視化と分析のための効果的なサポートを提供する。
 この技術の恩恵を受ける領域には、航空電子工学、地上交通、配送・運輸の商用アプリケーション、緊急応答・災害救助作業、天気・暴風雨追跡のような物理現象、森林火災追跡、および、動物の移動(渡り)パターンなどが含まれる。これらのアプリケーションは、時空間において、リアルタイム監視、追跡、および、オブジェクトやイベントや現象の分析が必要である。

 

4)「ヒューマン-コンピュータ・インタラクション」推進領域の採択プロジェクトのハイライト

表2.3.1-3 2000年度「ヒューマン-コンピュータ・インタラクション」推進領域の採択事例
No. NSF AWARD No.     タイトル 助成額
(予定)
期間
(年)
組織
@ 0085796 ITR: Personal Robotic Assistants for the Elderly
「老人のための個人用ロボットアシスタント」
$1,050,000 University of Pittsburgh
A 0086107 ITR: Creating the Next Generation of Intelligent Animated Conversational Agents
「知的アニメ会話型エージェントの次世代版の作成」
$4,000,000 University of Colorado at Boulder
B 0085980 ITR: Multimodal Human Computer Interaction: Toward a Proactive Computer
「マルチモーダル・ヒューマン-コンピュータ・インタラクション:プロアクティブなコンピュータに向けて」
$3,130,727 University of Illinois at Urbana-Champaign
C 0085864 ITR: Interacting with the Visual World: Capturing, Understanding, and Predicting Appearance
「ビジュアル世界との対話:外観の捕捉、理解、および予測」
$3,499,997 Columbia University
D 0086075 ITR: Personalized Spatial Audio via Scientific Computing and Computer Vision
「科学的計算とコンピュータ・ビジョンによる個人化された空間音響」
$2,999,995 University of Maryland College Park

 

@ 老人のための個人用ロボットアシスタンス(ピッツバーグ大学
 米国における老人の比率は驚異的な割合で増加しているが、今日の情報技術は、この人口統計上のシフトの結果として起こってくる重大な問題にほとんど対応していない。このプロジェクトは、そのような老人が、出来る限り長く自分の家で独立して生活していくことを可能にするような一つの挑戦を扱う。
 老人の日々の活動の監視とガイドを行うための個人用移動ロボット・アシスタント(personal mobile robotic assistant)を設計・構築する。
 この作業は、理論とシミュレーションをベースとした評価、目標として設定したユーザの研究、および、プロジェクト期間全体を通して老人達の家で一定間隔で行われる一連のフィールド・テストを通して、評価される。この複数大学からの学際的研究チームは、コンピュータ・サイエンス、ロボット工学、ヒューマン・コンピュータ・インタラクション、およびヘルスケアからの専門家たちで構成されている。

A 知的アニメ会話型エージェントの次世代版の作成(コロラド大学ボールダー校)
 
カリフォルニア大学サンタクルーズ校、カリフォルニア大学サンディエゴ校、オレゴン大学院科学技術研究所のパートナーと共に、このプロジェクトでは、新しい音声技術と言語技術を取り入れたコンピュータベースの対話型読書チュータを設計することによって、読書に問題をかかえた子供達の読書能力の改善を試みる。
 読書チューターは、教室の先生と読書専門家に、読書に必要な聴覚的、視覚的、および、言語学的なスキルのセットを指示して練習させるツールを提供することによって、英語を話す子供達およびスペイン語を話す子供達が読書を学ぶのを助ける。このプロジェクトは、聴覚および視覚の認識技術において、子供の音声の正確な認識、話し方の視覚的特徴の正確な認識、および、言語訓練アプリケーションにおける聴覚と視覚の会話認識の初めてのリアルタイム統合を含む、重要な進歩を生み出すことが期待されている。

B マルチモーダル・ヒューマン-コンピュータ・インタラクション:プロアクティブなコンピュータに向けて(イリノイ大学アーバナシャンペーン校)
 
コンピュータが一般市民にもっと利用しやすくなるためには、人間との対話がもっと革新的でなければならない。このプロジェクトは、そのような信念に基づいている。
 人間の対話ならば、どんなコミュニケーションを始めるのにも、いちいち相手からのコマンドを待っているような人は、非協力的で役に立たないと見なされるだろう。コンピュータが対話の開始における重荷の部分を担うためには、コンピュータは、ユーザのコマンドに加えて、まず第1に、そのユーザについてのもっとずっと多くのリアルタイム情報を持たなければならず、第2に、この情報に基づいて、動作を選択するアルゴリズムを持たなければならない。 コンピュータは、ユーザの現在および過去の感情に関する情報、動機付けに関する情報、そして認識状態とさしあたってのタスクの状態についての情報を必要とする。この研究は、以下の項目を含む:

C ビジュアル世界との対話:外観の捕捉、理解、および予測(コロンビア大学)
 
この研究プロジェクトは、視覚情報処理の科学および工学における重要な進歩を創り出すことを狙っており、コンピュータ・ビジョン、コンピュータ・グラフィクス、および、ヒューマン-マシン・インタラクションを扱っている。
 今日、イメージとビデオ・クリップは、インターネット上のいたるところに存在する。デジタル・ビデオは、エンターテイメントが創り出される方法を変えつつある。遠隔学習は、教育のさまざまな局面で使われている。そして、マシンへの先端的なビジュアル・インタフェースは、間近に迫っている。しかしながら現時点では、ユーザがビジュアル・インタフェースから恩恵を受けることのできる範囲にはきつい制限がある。というのはこの情報は全て、仮想的に、その生の形式、すなわちそれが捕捉された方法で表現されるからである。
 このプロジェクトの目標は、ビジュアル・データのさまざまな複雑な操作を達成するために必要とされる技術的ツールを開発することである。これらのツールは、ユーザが自由に、表現されている物理世界を探求してそれと対話し、そしてそのバリエーションを創り出すことを可能にするであろう。たとえば、ユーザは、あるシーンのイメージからオブジェクトを削除したりオブジェクトを追加したりできるし、照明の条件を変えたり、表面の材料を変更したり、あるいは、そのシーンを新しい視点から眺めても良い。実体的な貢献としては、新しいタイプの視覚化情報を提供するセンサーの形となるであろう。

D 科学的計算とコンピュータ・ビジョンによる個人化された空間音響(メリーランド大学カレッジパーク)
 
人間は、周波数に依存した両耳聴覚間の時間差(ITD、interaural time differences)、両耳聴覚間のレベル差(ILD、interaural level difference)、および、開放空間から混雑した小部屋まで本質的に異なった環境における耳介スペクトル・キュー(pinna spectral cues)とを混合して用いて、音源の空間的位置を特定するのが非常に得意である。この能力は、混合した中から個別の音を分類して取り出すことによって、我々が、他者と対話したり、環境と相互作用するのを助ける。そのような能力の音解釈は、ヒューマン・コンピュータ・インタフェースのためには非常に重要である。
 しかしながら、ILDと耳介スペクトラル・キューを解釈することは非常に困難である。というのは、人間によって受け取られた音の効果は、その人の解剖学的特徴(胴体、頭、および耳介の構造)に依存した、極端に個人的な「頭に関連した転送関数(HRTF、Head Related Transfer Function)」によって符号化されるからである。キーポイントは、HRTFを理解し、それを得ることである。
 このプロジェクトでは、イメージからの、複数ビュー、複数フレームのコンピュータ・ビジョン技術によって得られる予定の、身体の正確な3-Dモデルから個人別のHRTFを計算するために、数値的手法を用いる。結果として得られたHRTFは、音響的に測定されたHRTFとの客観的比較、および音響心理学的テストによって評価される。
 このビジョン・ベースのアプローチの大きな利点は、それによって、HRTFが身体の姿勢とともに変化するしかたを調査しモデル化することを可能にするだろうということであり、それは、動的な環境を追跡する可能性を提供する。
 音解釈(audio rendering)のHCIアプリケーションのための科学的基礎を提供することに加えて、この研究は、

などを含むさまざまな分野へのインパクトを持つアルゴリズムと理解も生み出す。

5)その他の推進領域の採択プロジェクトのハイライト
 
その他のトピックとしては、以下のようなものが紹介されている。

 

 

2.3.1.2 2001年度ITRイニシアチブ

1) 概要
 
現在、ITRイニシアチブ2年度目の2001年度助成プロジェクトの提案募集が行われており、今回も(2001年の)9月に採択プロジェクトが発表される予定である。それに向けて、以下のようなスケジュールで進められている。

Proposal Submission Deadlines

Pre-Proposals

Full Proposals

総額比率
(予定)

Small (=<$500K)

None

Jan. 22-24, 2001

30-40%

Group (=<$5M total, =<$1M per year)

Nov. 27-29, 2000

Apr. 9-11, 2001

40-50%

Large (=<$15M total, <$3M per year)

Dec. 4-6, 2000

Apr. 23-25, 2001

10-30%

 当年度の募集要項では、ITの基礎研究のみならず、科学、工学、および教育領域におけるITの新アプリケーションも、ITの研究・教育をサポートするための革新的インフラストラクチャも含めるようにかなり範囲が広げられた。すなわち、次の3つのカテゴリにおける、より野心的で長期的テーマの研究について、5年までのプロジェクトを支援する。

  1. Fundamental Research in IT --- ITにおける基礎研究
  2. Application of IT across the sciences and engineering --- 科学と工学にまたがるITのアプリケーション
  3. Extension of IT Education and Infrastructure --- ITの教育とインフラストラクチャの拡大

 NSFでは、2001年度ITR総予算の半分以上をIT基礎研究助成に当て、残りをITアプリケーションとITインフラの研究で分けることを想定している。

 

2) プロジェクト・プロポーザルの分類
 
予算規模により以下の3つのクラスに分けて募集を行っている。 たとえばLarge Projectは、非常に大きな、長期的、革新的な研究活動であり、ある面ではNSFのエンジニアリング研究センター(Engineering Research Centers)や科学技術センター(Science and Technology Centers)のようなものである。各大学は、自分が中心機関となるLarge Projectのフル・プロポーザルは1件しか提出できない。(予備プロポーザル[pre-proposal]の段階では、何件出してもよい。)

  1. Small Projects(総額$500,000まで。)
  2. Group Projects(総額$5 millionまでで、どの単年度も$1 millionまで。)
  3. Large Projects(総額$15 millionまでで、どの単年度も$3 millionまで。)

 また、NSFでは、適切なレビュアーを組織するのを容易にするために、ITRを5つの広い技術領域に分けて、以下の主要技術領域として示している。

  1. Systems Design & Implementation (ITR/SY) システムの設計と実装
  2. People & Social Groups Interacting with Computers & Infrastructure (ITR/PE)
    コンピュータ&インフラストラクチャと影響し合う人間&社会グループ
  3. Information Management (ITR/IM) 情報管理
  4. Applications in Science & Engineering (ITR/AP) 科学&工学におけるアプリケーション
  5. Scalable Information Infrastructure for Pervasive Computing (ITR/SI)
    パーベイシブなコンピューティングとアクセスのためのスケーラブル情報インフラストラクチャ

 ここでの分類は、実際的理由によるものであり、学際的で間口の広いアプローチが奨励されている。プロポーザルのタイトルは、ITRと技術領域を示す2文字を付けて、必ず“ITR/XX:”の形式で始まらなければならない。(XXは、SY、PE、IM、AP、または、SI。)技術領域にまたがる場合は、たとえば、次のようなタイトル形式となる。

“ITR/SY+PE:”

 この技術領域分類は、表2.3.1-4に示すように、よりマクロなシステム指向の視点から、2000年度の8つの推進領域を、類似のものをまとめて5つにしたものといえる。この表の5分類の中に示された詳細項目は、「2001年度の代表的な関心対象領域」とされており、今後、この5分類が継続して使われていくものと思われる。既に2000年度の採択プロジェクトも、この分類で整理されている[5]

表2.3.1-4 2001年度ITR主要技術領域(2000年度との対応)
Systems Design and Implementation
(ITR/SY)
    Software 「1.ソフトウェア」Human Computer Interface 「5.ヒューマン-コンピュータ・インタラクション」Revolutionary Computing 「4.革新的コンピューティング」Fundamental IT Models
People and Social Groups Interacting with Computers and Infrastructure
(ITR/PE)
 「7.ITの教育と労働力」、「8.ITの社会的・経済的インプリケーション」
    Social and Economic Implications of Information Technology
Universal Access
Universal Participation
Community-Expanding Infrastructure
Information Technology in the Social and Behavioral Science
IT Workforc
IT and Education
Information Management 「3.情報管理」
(ITR/IM)
    Content and Access Research
Data Analysis
Environmental Informatics
Geoscience Modeling and Representation
Biological InformaticsInformatics in Mathematical and Physical Science
Information Research, Repositories, and Testbeds
Content Resources
Applications in Science and Engineering  「6.先端的計算科学」
(ITR/AP)
    Computer Simulation
Data Models
Scientific Algorisms
Scientific Data Analysis
Visualization
Advanced Computation in Biological Sciences
Advanced Computation in Engineering
Advanced Computation in the Geosciences
Advanced Computation in the Mathematical and Physical Sciences
Advanced Computation in the Social and Behavioral Sciences
Scalable Information Infrastructure for Pervasive Computing and Access
(ITR/SI) 「2.スケーラブル情報インフラストラクチャ」
    Scalability
Security, Privacy and Integrity of the Information Infrastructure
Sensors and Sensor Networks
Tetherfree Communication and Networking
Remote Access and Control of Experimental FacilitiesTele-immersion


[1] H10年度報告書「わが国が行う情報技術の研究開発のあり方に関する調査研究(その3)」の付属資料8「PITACレポート情報テクノロジに関する調査報告:未来への投資」参照。
“Information Technology Research: Investing in Our Future” http://www.itrd.gov/ac/report/

[2]同、付属資料9「IT構想 21世紀のための情報技術:米国の将来に対する大胆な投資」参照。

[3] NSF PR0061 - September13,2000 “NSF Announced First Awards in New Information Technology Research Initiative” http://www.nsf.gov/od/lpa/news/press/00/pr0061.htm

[4] ITR HIGHLIGHTS FY2000  http://www.itr.nsf.gov/highlights2000.html

[5] ITRホームページ: http://www.itr.nsf.gov/

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