3.7.1 政府支援R&Dの経済的効果とは何か
R&Dの経済効果もしくは投資収益率を考える場合、「私的投資収益率」と「社会的投資収益率」(下記コラム参照)がある。政府支援R&Dを私的収益率の見地から捉えると、直接のリターンは政府が得られる税収である。社会的投資効果としては製品開発投資や製品販売による売上である。
「R&Dの私的収益率」とは、投資主体が自身の価値(市場価値)を最大化させるために研究開発投資を行い、その成果がどれだけ企業価値の創出に貢献したか、その比率が投資収益率として捉えられる。いわゆるROI。
「R&Dの社会的収益率」とは、その成果がR&D実行者への利得のみならず、技術革新として実行者の経済行為の範囲を超えて価値を生み出す(製品開発投資、生産販売売上)その合計と投下R&D資本の比率で求められる。
一般的には、私的収益率と社会的収益率にはギャップがあると考えられ、そのギャップがはなはだしく、私企業が投資するインセンティブを持ち得ない部分のR&D(特にR)に政府は支援する、という考えとなる。(Mansfield
1997 “Social & private rates of return from industrial innovations”, Quarterly
Journal of Economics, Vol. 77. )
だが、実は社会的収益とは、私的収益を合算した総体、すなわち私的収益そのものではあるまいか。両者を別物として分離することは齟齬をきたすのではないか。「純粋な社会的収益」を生み出すものが公的社会資本だと考え、政府がその分野に重点投資したとしても、実際にはその研究開発を担う一部の民間企業に利得を偏在させるだけではないのか(例:日本の「公共」投資)。個別の営利主体が広く存分に政府支援の果実を享受することが、政府の本旨にも合致するのではないだろうか。
3.7.2 大学からの技術移転のケース
大学の場合、R&D支出(投資)へのリターンはライセンス料収入である(全米のリサーチ大学のロイヤルティー収入額 Top 25校の一覧をAppendix Fに掲載)。この場合、年平均ROI(1992‐1996)は2.08%であった(次頁参照)。また、大学R&D支出の約74%を支援する政府にとっては、大学技術の商業化による税収増がリターンであり、こちらは年平均ROI(1992‐1996)が16.73%であった。さらに大学所有技術の商業化(民間への技術移転)は、 FY1999に$35.8Bの製品売上、$5Bの税収増、270,900人の雇用を維持した。生産開始前の投資や雇用創出による社会的投資効果は107.8%(乗数効果含まず)と推定される(次頁)。
ROI計算時の前提条件(AUTM、全米大学技術移転マネジャー協会の定量的サーベイ及び同協会の文献から予測した)は以下の通り。
1.ライセンス活動からの収入のうち、平均83%がライセンスされた特許による製品売上に対するロイヤルティ収入
2.平均ロイヤルティレートは製品売上高の2%
3.ハイテクビジネスで雇用者一人を支えるために必要なコスト$125,000/年
4.政府への税収(連邦税、州税、キャピタルゲイン税)は売上高の15%
5.生産前の製品開発投資額は1アクティブライセンス当り$1M
6.研究開発投資の3年後に大きな売上が立つ(例: FY1993の投資はFY1996に製品売上をもたらす)。
3.7.3 マクロレベルの経済効果
特許の商業化の経済効果をよりマクロレベルで捉えると、国家経済全体のロイヤルティー収入から、その源泉となった製品売上、雇用維持数、税収が推定でき、技術貿易黒字額(ライセンス料、ロイヤルティーの国際収支)からはそれらフィーの元になった製品売上などから本国以外に与えた経済効果の規模が推定できる。
ケース1: ロイヤリティー収入
1997年の全米における特許ロイヤリティー収入は$100B超であった。ここから推定できるのは、大学での技術移転と同様の前提条件に基づくと、このロイヤリティーの背後に製品売上にして$
5,000B (5兆ドル。GDP$8,300Bの60%)が存在し、税収にして$750Bを生み出しているということ。この年から3年前の1994年、全米のR&D支出は$168.1Bであった。単純計算(もちろん94年の投資と97年のロイヤリティー収入は全く1対1対応ではない)で、R&D投資から得るIPR収入という意味でのROIは59.5%ということになる。
ケース2: ロイヤリティー&ライセンス料の国際収支(技術貿易黒字)
1999年のロイヤリティー&ライセンス料の流入は$36.5B、流出は$13.3Bであったから、$23.2Bの技術輸出超過である。すなわち、このIPR収入を支える$1,160Bの製品売上が米国外で生じている計算になる。