【前へ】

3.4 IPRの帰属と取得のスキーム

3.4.1 IPRの帰属・管理
 米国政府の大原則は、「米国政府が支援するR&Dにおいて生成される特許化可能な知的財産の所有権(IPR)を、契約者(民間企業や大学)に帰属させ、その商業化を促進する」ということである。



 

3.4.2 IPRの帰属・管理−省庁間の差異

 政府支援研究開発におけるIPR帰属に関する「原則」は上記の通りだが、 MUSE 1998年報告書「欧米の研究開発プロジェクト、支援制度、調達における知的財産権の取り扱い」にあるように、各省庁のミッションやそれに基づく研究内容の性質(基礎研究、応用研究、開発)の違いにより、IPR帰属に対するスタンスが異なっていることに留意すべきでる。

 <各組織の性格とIPRへのスタンスの違い>

 

 そのプロジェクトが基礎研究に近いほど、省庁はその成果を引き継ぐ次期コントラクターが有利な条件でIPを利用できるようにするため、政府がIPRを所有しようとする傾向がある。逆に開発に近い場合はIPRを積極的に民間コントラクターに帰属させようとする。

 <各組織のR&Dの性格とIPR政策>
(AITEC平成11年3月わが国が行う情報技術研究開発のあり方に関する調査研究(その3)から抜粋)

3.4.3 IPR取得に関する費用負担

 特許化費用の負担に関するルールは、連邦調達規則(FAR. Federal  Acquisition Regulations)パート31に詳細に定められており、事実上政府との契約で生じる限りにおいて賦課することができる。

  なお、特許化費用の相場は弁理士等専門サービス費用込みで、1特許申請サイクルあたり平均$5000から$15,000である。申請却下理由への抗弁をどの程度行うかによって異なる。特許申請料自体は従業員500人未満の小企業、個人、NPOは$355、他は$710で、これは2000年8月に値下げされたもの。

  もっとも、現実には各省庁には特許化費用負担に関する明確なポリシーは存在せず、実際上個別の契約を監査するCPAが裁量を持つ場合が多い。CPAの中には口頭で「特許化費用は賦課できない」と指導したり、コントラクターの中には自主的に賦課しない者もいる。だが、それらはFAR上誤りであり、あくまでも特許化費用は法的には賦課可能である。以下に示すあるCPAのコメントは、米国における特許化費用のFAR解釈である。さらに、先に述べた賦課の実態についても触れている。

  


 国際特許の特許化費用は賦課可能かどうかについて、今回の調査では明文化した根拠は見いだし得なかった。FAR規則上賦課を認められているのは「米国特許」であるが、それに加え、PCT(特許協力条約)を利用した通称「国際特許」の取得が常識となりつつある現在、その費用(概ね最初の1年間で$5000程度)の参入を認めるかどうかは議論となるところである。ただ、上記Russ氏の述べる特許化費用賦課の実態を鑑みると、米国特許のみですらも各省庁の実務レベルではFARが遵守されていない場合がある。すなわち、さらに加えて国際特許費用が実態として積極的に賦課可能になっているとは考えにくい。少なくともFARに従う限り国際特許の費用は含まれていない。

3.4.4 ケーススタディ

(1) ATP1: Advanced Technology Program
 
ATPとは、商務省管轄の国立科学技術研究所(National Institute of Standards and Technology)によって運営される先端技術開発支援プログラムのことである。このATPの場合、同プログラムにおいて生み出された知的財産(IP)については、その創出に携わった米国営利企業の所有となる。次にそのIPをどのような手段で保護するか(特許、著作権、企業機密等)はその企業の独自の判断による。同一技術のある側面は特許で、別の部分は機密で、というように保護手段が組み合わされることもある。

<ATPで生じた知的財産の保護方法の優先順位>

 

 次に、ATP参加企業が生み出された知的財産(IP) の保護手段として「特許」を選択した場合、ATP Proposal Preparation Kit November 2000において、「(T)itle to any patents arising from an ATP-funded project must be held by a for-profit company or companies incorporated or organized in the United States. 」と定められている。その際の特許化費用(申請料+コンサルティングフィー)の負担方法は「連邦政府の費用会計基準(FAR)による」とされており、事実上特許化費用は直接費用として政府に賦課可能と解釈される。

(2)大学からの技術移転
 FY2000において、米国の大学が支出した研究開発費$22.9B(含GOCOの$2.7B)のうち、72.9%が政府からの資金である。1980 B-D法により、 IPRは大学が所有することになるが、民間への技術移転にあたっては、TLOは特許化費用を自己負担する意志のあるライセンシー企業を探す。すなわちこのような交渉が妥結する場合、特許の保有者と特許化費用の負担者が異なることになる。
 ライセンシー候補企業がなかなか見つからなかったり、知的財産権を早急に保護する必要がある場合には、大学TLOの負担(一部政府の資金、一部TLOのロイヤルティー収入のプール)でまかなわれる。しかし、「TLO負担」で特許化された技術がライセンシングでロイヤルティー収入を創出した場合には、発明者、大学、学部の3者が収入を配分する前に「Authorized Expense」として差し引かれ充填される。
 ロイヤルティー収入の配分比率は各大学によって異なるが、オハイオ州立大の場合、最初の$75,000の半分は発明者、残り半分は必要経費(特許化費用がもし未済の場合それを含む)にあてる。そこでの残り、さらに$75,000を超える部分については、発明者が4/12、大学が3/12、発明者の学部が5/12を受け取る。スタンフォードは概ね1/3づつである。

<ある大学研究者のコメント(技術移転メカニズムへの疑問)>

「私が発明した特許は、ある公的産業振興機関(a trade organization)にその移転先企業探しが委託されたのですが、大学もその機関も技術の製品化/商業化の経験が不十分で、移転候補企業とのライセンシング交渉は3年間に及びました。この間、その製品をどのように市場へ送り出していくかという大事な議論を脇において、誰が利権を所有して誰がどれだけ儲けを取るのか、という議論がたびたび起こり、そちらがより重要視される時がありました。
 特許の所有者はその企業ではなく大学であるにもかかわらず、大学側は、ライセンシーである企業が特許化コストを含む全ての商業化費用を負担することを要求します。その上大学はそのライセンシングから上がる収益の大半を獲得します。外部企業(ライセンシー)は商業化のための管理費・人件費を全額負担しなくてはなりません。このようなスキームでは研究者も企業側も技術移転を促進するインセンティブが生じにくいのではないでしょうか。」

 

【次へ】