【前へ】

2.4 プロジェクト成果としてのIPR評価法への提案

国の研究開発の成果物はIPRとすべし。
 知識創生時代においては、国の研究開発の成果物は物でおさめなければならないのは相応しくない。研究開発の成果として、IPR(特許、著作物、ノウハウ)が最も重要あり、国の研究開発の成果物もIPRとすべきである。プロジェクトの立ち上げ時に、そのプロジェクトの目的を明確化し、成果物が何かを明文化すべきである。

無形物であるIPRの評価は、プログラムマネージャが行うべし。
 IPRを成果とするスキーム実現上、IPRの価値の評価が課題となる。
 IPRを的確な判断を下していくには、やはり、専門的知識を有し、目利きのできるプログラムマネージャのような専門家による評価が必須である。また、研究開発はわからないことを研究するので、途中で状況変化が起こり得るのは大前提で、ステップ毎に的確な目標設定、中間評価、軌道修正が行わなければならないが、この作業においても、権限を委譲された専門家であるプログラムマネージャが必要である。
 ただし、日本ではプログラムマネージャの十分な人材確保が困難な状況にある。大学に成果型評価を導入すれば、人材の流動性をもたらしプログラムマネージャ確保に繋がるが、インセンティブも必要である。また、プログラムマネージャに限らず、優秀な人材の流動性を実現するには、流動後に不当に評価が下がらないような制度が先に求められる。

無形物の公正な評価のためには、情報公開を徹底すべし。
 IPRやソフトウェアなどの無形物を扱う領域では、成果、あるいはその評価のいずれの質を高めるにしても、情報公開が基本である。情報公開の目的は、技術の詳細を記述することではなく、価値が創造されたことを国民に示すことである。現在のように、会計検査対応のドキュメントを要求する愚は回避されなければならない。

(1)研究開発の成果物(納品物)はIPRとすべき
 従来は、プロジェクトの成果を立証するための納品物として、大量の報告書や実物での動作のデモンストレーションといったものが求められた。また、ソフトウェアの開発というのは、過去のソースをできるだけ活用し、最小限の手間で達成するのが一般的であるのもかかわらず、現在の会計検査制度では、ソース一切をゼロから書き上げたような成果物が要求される。
 知識創生時代では、研究開発の成果としてIPR(特許、著作物、ノウハウ)が最も重要であり、企業は、既に研究開発の成果物はIPRと捉えており、国の認識とはズレがある。国の研究開発の成果物もIPRとすべきである。

(2)プロジェクトの立ち上げ時に、成果物は何かを明文化すべき
 国の研究開発の成果物をIPRとしたとき、プロジェクトの立ち上げ時に、成果物を何とするかの明文化をプロジェクト提案とセットで行うべきである。そのためには、国のプロジェクトの目的(何のために国の金を使うのか)を明確にすべきであろう。評価者がその目的に合わせて、今回のプロジェクトは、特許だけでよいとか、実証実験だったらソフトを作ることが重要でなく評価書だけでもよいとか、これは物がないとダメであるとかを決めればよいというスタイルで運用すればよい。

(3)IPRの評価は、専門的判断能力を持った専門家(プログラムマネージャ)が行うべし
 
国の研究開発の成果物をIPRとした場合、その価値を第三者に分かり易く説明する必要がある。しかし、研究開発費いくらにつき特許提案何件、という単純な基準では、中身のない特許の数でごまかすことも可能になってしまう。特許は使われてこそ価値が出るのだが、時間を経てからビジネスとして生きる特許もあり、作成時の評価は難しい。また、サービスがビジネスになっておりノウハウが価値を生み出している。このため従来のようなソースプログラムのステップ数でいくらとかの尺度は成り立たなくなっている。
 では、偉い先生を呼んできて評価委員会を作ってIPRを評価すればいいかというと、日本では、先生は、後からいろいろ言われるのを懸念して、無難な意見、多数派意見しか言わず、イノベーションを起こすようなIPRは出にくい。
 プロジェクトの成果を判断できる専門的知識を有する責任者(プログラムマネージャ)に評価の権限を全面的に委譲するとともに、評価結果をオープンにして不正の有無がチェックできるような仕組みを作ることが必要がある。

 (4)変化の速い領域では、ステップ毎の目標設定と、的確な中間評価・軌道修正を
 例えば10年がかりのプロジェクトを立ち上げる場合は、当初、大きな目標設定を行い、その上で具体的な目標は、3年間ごとに小分けにして書いて、3年後以降はこの時点での中間評価で軌道修正も有り得るべしということで、次のステップはそこで決めるのがよい。
 状況の変化に対しては、中間評価とか途中の軌道修正で、どんどん変えればいい。無意味になったことを何年もかかってやり続けるのは無駄だ。
 評価する人は、専門的知識を持ち、目利きができることが必要で、プログラムマネージャが相応しい。

(5)日本では、十分なプログラムマネージャ人材の確保が困難
 
日本でプログラムマネージャ制を導入する場合、その人材確保が問題となる。
 優秀な専門家をプロジェクトマネージャにするためのインセンティブとして、プログラムマネージャの予算を能力に見合った額だけ認めることが必要である。また、プログラムマネージャに限らず、優秀な研究者の「流動性」を実現するには、その背景として流動後に不当に評価が下がらないような環境づくりが望まれる。
 プログラムマネージャの人材を海外から招聘する方法も有り得る。そういう人が何人か存在するのは良いと思う。

(6)成果重視の評価が、プログラムマネージャ人材の確保につながる
 プログラムマネージャ制度の導入は、大学の改革とセットとなる。つまり、先生個人の評価制度を変えて、給与体系を成果型に変えないといけない。独法化されても、給与は公務員型のままでは、競争力がなく意味がない。
 企業では成果型給与体系が当然となっているが、大学では、私立大学がなじみ易いだろう。理事会は、経営会議でもあるので、このような場で産学協同とか、成果型給与体系などを議論すれば、徐々に改革が進むのではないか。そして、私立大から国立大へと展開することだ。

 (7) 成果物として形の無いIPRの公正な評価には、情報公開が大前提だ
 箱物は見ればわかるが、ソフトウェアは見えない。このような領域では、成果にしても、その評価にしても、情報公開が基本だ。特許や著作権は権利を確保した後、公開する。ノウハウの公開は若干問題があるが、部分的に公開、あるいは一定期間後に公開することにすれば、成果の質は判断できるだろう。米国のプログラムマネージャのようなポジションがあって、評価結果を公開していくことにすればよい。公開するとなると、評価もしっかりとするだろう。
 基本的には、評価書を作り、これを成果とする。それを含めて、成果を評価した結果を公開すれば、特許の価値も、後で評価できる。情報公開がすべての基本となる。

 (8)情報公開の目的は理解を得ることであり、ドキュメント量を要求するものではない
 情報公開をあまりにも優先させると、今以上にドキュメントを作らないといけないという懸念が出てくる。ある分野のプロが同じ分野のプロに説明するときは、あまり紙に書かないで済むが、その分野のプロでない人に説明するときは、100ページの紙が必要になるのは世の常である。行政官は行政の専門家であり、研究分開発の専門家でないことから、研究内容を理解しようとするあまり、結果として、大量のドキュメントを要求することとなる。
 米国では、結果の信頼性を示すために情報公開する。一般の国民が理解できないといけないが、国民が知りたいのは技術の中身ではなく、価値をクリエイトできたかどうかである。


2.5 成果IPRの帰属とその市場化

成果IPRは、それを戦略的に行使できるよう、受託機関に帰属させるべし。
 IPRはビジネス商品そのものであり、それを戦略的に行使できて、はじめて価値がある。国の権利が足枷となってIPRを自由に行使できないようであれば、企業は自社の金で研究開発し特許出願する方向を選ぶだろう。仮にライセンス収入は国と企業で半々になるとしても、行使権だけは完全に開発者に帰属させなければならない。日本版バイドール法など前進は見られるが、もう一歩、明確にする必要がある。

研究成果を製品として市場に出るまで、きちんとフォローすべし。
 産業界にとっては、研究開発がそれだけで終わらず、事業に繋がらなければならない。
 成果のIPRを評価してプロジェクトが完結するのではなく、有用な技術は、製品化まで支援すべきである。米国では、税金で開発した成果は、製品として市場に出すことによって納税者への還元が実現され、そこまでが国の責任だとする社会認識がある。

IPR、ノウハウの取得を促す実証実験が重要。
 国は、社会・公共分野で先端技術やソリューションの実証実験を行うことが重要で、それにより、新たな課題の抽出、解決、検証を加速できる。また、実証実験によって得られる最大の成果は、ノウハウやIPRなどの知識である。IPRを成果として認める制度が実現されれば、現状ではドキュメントやプログラムコードの量などに基づいた形式主義的成果管理から生じている、多くの無駄を解消でき、実態ベースで効率の良い研究開発が可能になるだろう。

(1)IPRの権利は完全に実施者(受託者)に与えられるべき
 IPRはITビジネスの商品そのものになっており、基本的に成果物のIPRは各提案者に帰属させるべきである。日本版バイドール法などでIPRの権利が国から受託研究機関の方に移ってきているが、その権利のいくらかでも国が持っているというのでは、企業はIPRをより戦略的に行使できない。国の権利が足枷となってIPRの権利行使を自由に行えないようであれば、企業は国のプロジェクトとしてではなく自社の金で特許出願する方向を選ぶだろう。
 プロジェクトの成果として得られたIPRの出願/維持費用の分担および権利に関して国と企業の間に明確な取り決めが必要である。またIPRの行使権は無条件で完全に実施者(受託者)に与えられることが強く望まれる。

(2)研究開発の成果を事業に繋げるスキームが必要
 産業界から見れば、研究開発の成果をどう事業に繋げて行くかが一番重要な点である。今までの日本のシステムソフトウェア関係の研究開発プロジェクトは、研究開発の時点で終わってしまい、成果が事業に繋がっていかないことが多い。米国は国の予算を使ったものは、納税者への還元のため開発物が市場に出るまで国は援助をし続ける。日本は立ち上げには熱心だが、プロジェクトが終わると後の支援が手薄になっている。研究開発への投入の成果を将来どう事業に繋げて行くかということが見えないままプロジェクトが行われることがないよう、プロジェクト立案・企画・運営をすべきである。
 例えば、電子政府はプロジェクトとしては非常に大きくテーマも多岐にわたるため、研究開発の必要な要素が多数存在し、実証実験等も必要である。こういうテーマに国の研究開発プロジェクトを起こし、成果を後の調達に繋げるスキームが欲しい。

 (3)新たな課題の抽出、解決、検証の加速のために、実証実験は重要である
 世界に冠たるIT国家をアピールするためにも、電子政府、ITS、交通、医療等の社会システムの先進技術、ノウハウ実証実験が国家プロジェクトで必要と考える。実際に経験してみることは、当初の目的以外にも非常に多くのノウハウをもたらす。たとえば失敗を経験した者は、大きな失敗を直感的に避けることができる。現状の国の研究開発では、会計検査制度も含めて、新しい技術をスクラッチから作り、最終製品に近いソフト、あるいは詳細仕様書を要求される。これでは、実証実験が成立しない。これは、重要なノウハウ、たとえばプロジェクトの進め方や、システムに対する社会的ニーズなどの知識を得る機会を奪っている。特に電子政府等のシステムについて、最初から完璧な仕様を作るのは、現実には無理である。公共のシステムに金をかけている割に成果が出ないのは、そうしたところに大きな原因がある。
 実施の仕組みとしては、ITSでも行われているように、システム試作後、部分的にサンプルユーザ参加型の効果実証、問題点抽出、「べからず集」作成を行い、システムに反映するスタイルが効果的であり、これらのノウハウが重要な成果物となる。

2.6 IPRと国際標準

国は、産業の死活を左右する国際標準化の活動に支援を。
 IPRと国際標準は不可分の関係にあり、国際標準から逸れた技術では産業の強さに結びつかない。今日、情報や通信に関して非常に多くの標準化組織があり、多大な費用とマンパワーを必要とする。産業の死活に関わるこれらの標準化活動に対して、国の支援は得られないものか。

国のプロジェクトを通したデファクト化でリードし、国産技術の標準化を。
 国は資金的援助だけでなく、プロジェクトを通しデファクト化をリードすることによっても技術の標準化を支援できるだろう。たとえば、通信の基盤技術、移動体通信、応用技術、あるいはコンテンツの標準化等は、インフラ整備や実証実験などを通じて国が積極的に貢献すべきである。

(1)技術貿易と国際標準との関連を重視している
 ビジネスの主戦場は従来の製品事業から顧客価値創造をもたらすソリューション、サービス事業、あるいはアプリケーションパッケージにシフトしつつある。これらの事業で成功するにはグローバルに通用するための標準化とビジネス特許取得は重要となり、IPRと標準というのは不可分の関係にある。極端なことをいうと、標準からずれたところの特許やIPRをいくら持っていても、一銭にもならない。特に通信とか情報処理の関係では、標準化関連のフォーラム等が、あまりにたくさん有りすぎて手に負えなくなりつつある。しかし、その中に入っていって、なんとか自分の持っているものを標準の中にうまく埋め込んでいかないことには、持っている特許が生きないというような状況になってきている。

 (2)国は国際標準の取得を支援すべき
 
技術を標準化まで至らせるには非常に大きなマンパワーと資金を必要とする。標準化関係で多くの人が海外に出て行っており、特許庁に払うお金よりも、むしろ標準化提案で海外出張に行くお金の方が高くついている。標準化に関する様々な国際活動の費用に関して国の支援はできないものか。

(3)実証実験的プロジェクトを通じて国は標準化を支援すべき
 国は、標準化活動に対する資金援助だけでなく、通信、移動体通信のインフラ整備、電子政府のような実証実験的プロジェクトを通じて、各社の持つ基盤技術、応用技術、コンテンツの業界への浸透をはかり、国家戦略による標準化取りを行うべきである。

【次へ】