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2.2 技術貿易時代に対する企業の認識

IPRに関し、民間は否応無く国際競争の中にあるが、優位の確保は容易ではない。
 産業界にとって特許や国際標準の重要性認識は当然であり、海外がプロパテントに傾けば、企業は同じ戦略で対抗せざるを得ない。
 従来、日本の企業はIPRを防衛的に行使してきたが、今後はより攻撃的に、IPRそのものをビジネスの材料にする時代になる。
 しかし、ビジネスボリュームの大きく育つ領域を的確に予測してIPRを先行取得し、技術収支上の優位を確保するのは、実際には容易ではない。

(1)技術貿易時代に向け、攻撃型特許への意識改革が必要
 
企業も、当然ながら今日の「技術貿易の時代」を認識し、特許戦略を促進している。
 科学技術白書によると、日本企業の国内特許は多いが、海外への出願は少ない。日本の企業は、従来、防衛的な意味でIPRを行使する場合が多かったが、今後はより攻撃的な意味でのIPRの行使が重要となってくる。つまりIPRそのものがビジネスになる時代となっている。日本は、米国のプロパテント政策の強化に対する国の問題意識が薄い。ソフトハウスでもIPRについての意識は低い。意識改革を含めて、本気で攻撃的IPR対策を考えないといけない状況にある。

(2)企業にとっては技術収支が既に大きな現実的課題になっているが、優位確保は困難
 
長い間ソフトウェア開発に係わってきた自分自身の経験からも、情報分野におけるIPRの取扱いは「非常に難しい」という印象をもっている。初期には「ソフトウェアは特許にならない」という時代が続いた。たとえば、20年ほど前にある財団の仕事を請け負ったとき、当時はソフトウェアを特許・著作権いずれで保護すべきか定まっていなかった。そこで、事前に自分たちの持っていたノウハウを開発後に証明できるよう、箱に詰めて何年か封印するという手段をとった事例もあった。新しい概念を社会制度に定着させるには、大きな努力が必要である。
 現在、会社の特許収支の実態は悪化傾向にある。
 特許を出願する立場からすれば、将来に向けビジネスボリュームの大きくなりそうなところをカバーするように特許を出している。だが、結果的には漏れてしまうことが多い。逆にこちらのビジネスについては、ボリュームが大きくなってきたところを米国などからサブマリン特許によって狙われる危険がある。加えて、今日のようにビジネスモデル特許が急激に増加すると、調査しようにも追いつかない。何らかの国の支援が欲しいところである。


2.3 IPR取得に向けた国の研究開発制度の問題点と望ましいあり方

特許支援政策は、米国との対抗上、米国のよい仕組みは積極導入すべし。
 IPR重視政策に際し、米国等で成功した仕組みを分析し積極導入することも、現実には必要であろう。たとえば、国のプロジェクトから出た特許について、その実施期間中の特許維持費をプロジェクト費用に算入できるなら、企業は歓迎する。

会計制度を改め、企業にとって国の研究開発への参加メリットを大きくすべし。
 現状、企業は国のソフトウェア開発の仕事を行うと赤字となる。この状況では、企業は積極参加できない。その主因は、ソフトウェア開発で大きな割合を占める人件費、労務費の間接費、特許申請・維持費、既存ソフトウェア部分の費用が認められない会計制度にある。ソフトウェア開発の実態に即した、企業に準じた会計制度に変われば、取り組み方も違ってくるだろう。

長期的視点に立ちリスクがあることを前提とした研究投資制度を整備すべし。
 基礎研究は、リスクが伴うものであり、基本的に「出資」でなく「投資」によって行われるべきである。その成果は単に研究期間中の製造物ではない。ノウハウの蓄積や人材育成、産業活性化による税収増など、長期的視点に立った効果の認識を、社会的にも定着させる必要がある。

初期にビションを練るフェーズの新設と公募方式で競争・淘汰される制度に。
 
国のプロジェクト実施に先立って、ビジョンやコンセプトを十分に練るフェーズを設けることにより、概念特許や基本特許が出やすくなる。また、複数のアイデアを競わせることで質の高い成果を多く期待できる。
 ソフトウェアプロジェクトのテーマは、大目標のもと、公募方式とし、1件あたりの予算規模を大きくするのが有効である。複数のアプローチによる競争・淘汰が効果的に機能するような、プロジェクト立案もあってもよい。

(1)特許支援政策では、米国の仕組みの良いところを分析し、積極導入すべし
 
特許の数を出すだけの現状の取り組みでは、特許収支や技術競争力への効果が出ていない。米国で真に有効だった政策を二番煎じでも構わず導入してはどうか。「日本株式会社」よりも米国の方が、儲かる産業を国益のために育成するときのトップダウンの意志展開がうまく機能している。競争相手として最も意識しなければならないのは米国である。米国とやり合って行くには、仕組みの上でも米国に合わせていかなければならない部分が、善し悪しは別として、あるだろう。

(2)今の会計制度の下で国の仕事を行うと企業は赤字となり、積極参加できない
 今の会計制度では受託にかかわる直接費しか費用に算入できないため、企業が国の研究開発プロジェクトを受けると、自社のローディングベースの3分の1程度しか費用として認めてもらえず、赤字となる。
 半導体のプロジェクトなどでは国の資金は建物や設備などの「物」に使われるので、人件費や労務費の間接費が算入できなくても大きな不利にはならない。
 一方、ソフトウェア関係の研究開発コストの9割方は人件費であるため、上記の会計制度上の制限による企業負担はより顕著となる。ソフトウェアが箱物として扱われている限り、国の委託を受けると企業は赤字となる。
 会計制度が間接費まで含めた企業会計準拠のものに変えて、利益は出なくとも少なくとも赤字にならないレベルの費用補填があれば、企業における国の研究開発プロジェクトに対する取り組み姿勢は大きく変わってくるはずである。

(3)既存ソフトウェア資産、既存ソフトウェア活用ノウハウに対する費用を認めて欲しい
 ソフトウェア関係の研究開発の場合、すべてを全く新規に開発することはほとんどなく、既存のソフトウェア・コンポーネントを活用して新たな付加価値を積み上げて行くのが一般的である。このような既存ソフトウェアの再利用をベースとしたソフトウェア開発において、企業がもともと所有するソフトウェア財産や特許の使用、既存ソフトウェア活用ノウハウ等の分も、国の会計制度に算入できるようにすべきである。

(4)プロジェクト実施期間中は、国もIPR関連費用の負担を
 
特許維持費については、プロジェクト実施期間中はプロジェクト費用算入を認めてもらえれば、企業は助かる。また、海外での特許取得を有利に展開するための政策的支援が、国からあるとよい。

 (5)プロジェクト投資の回収は、長期的経済効果の視点に立って考えるべき
 国として投資した結果が、ストレートに返って来なかったからといって失敗だというのは、思考として単純過ぎる。成果が出れば、まわりまわって税金として返ってくるわけだから、10年、20年かけて戻ってくるという考えで意識を統一してもらわないと、いけない。短絡した思考だけでは、いろんな施策がおかしくなる。
 基礎研究分野の研究開発投資は、早々にリターンがあるわけはない。10年位の長期に渡って商品化努力を継続する仕組みを作ることが必要である。

(6)研究開発には歩留まりが伴うことを考慮したプロジェクト立案を
 研究開発プロジェクトは直接的な成果だけでいえば成功しない場合も多い。成功するのは2〜3割というつもりでプロジェクトを立案すべきである。そういった意味では現在のプロジェクトの数は少な過ぎる。

(7)基礎研究は「出資」でなく「投資」でなければいけない
 「基盤センター」について、新聞に「NTT株を有効活用しようとした事業が事実上破綻する」という記事が出た。しかし、これは「投資」でなく「出資」だったのが間違いだっただけで、日本の研究開発という点では非常にいい事業だったと思う。法律でNTT株の配当のお金は「出資」にしか使えないことになっているので、それを当てにしたのが間違いであり、もっと別の普通の経費、一般会計でやれば、問題は何も起こらなかった。ただしこれだと株式会社ということにならない。この出資制度ということでしか、この「基盤センター」のシステムは多分出来なかったのだと思う。

(8)ソフトウェアプロジェクトにはテーマ公募方式が有効
 現在のIT(特にインターネット関係)の世界は変化のスピードが速く陳腐化も激しいため、特定の個人(責任者)がトップダウンでプロジェクトのテーマを立案する方式はほとんど機能しなくなっている。
 特にソフトウェアプロジェクトの場合のテーマ選定方式としては、適切なアンブレラの下におけるテーマ公募方式が最も有効と思われる。

 (9)公募一件あたりの予算規模をもっと大きく
 現在のソフトウェア公募は一件あたりの予算規模が小さく(1億円以下)、開発規模としては1〜2人で行うレベルに相当している。この程度の規模では非常に限られた成果しか出てこない。

(10)コンセプトやビジョンの創出プロセスの導入と充実を
 従来のナショプロ実施形態に先だって、もっと上流の、「こんなアイデアがある」とビジョンやコンセプトを考える段階を加えたスキームの創設を提案する。
 これからは、プロジェクトで何を作るのかを練るフェーズが重要である。従来、日本はRFPに対する募集と実施には力を入れていたが、キャッチアップ時代の発想しかないため、初期のフェーズが抜け落ちていた。その初期の段階に、人件費とは別の費用と時間をかけられるようにする。それも従来のように半年等の短い時間だけではなく、1〜2年の時間をかける。場合によっては、裏付けを得るための、トライアルの研究開発の実施も認める。
 たとえば、今は「電子政府」についていきなり請負の形となり、ビジョンやコンセプトをブレークダウンするまでのフェーズが抜けている。

 (11)研究開発では、複数企業に実施・競争させる仕組みも必要
 DARPAのプロトタイプ契約の例では、研究開発を数社にやらせることもある。日本にはこのタイプの研究開発制度は無い。競争させて良いアウトプットを期待する仕組みも欲しい。初期に対抗馬を作りレベルを競わせれば、アウトプットとしてコンセプト特許や基本特許も出やすく生まれてくる成果も多いだろう。

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