21世紀は技術貿易を中心とする時代になると言われている。中でも情報技術は、それによる変化が最も顕著な分野と考えられている。米国は、プロパテント政策を推進し特許制度などの法制度面の改革や、権利の先行取得につながる中長期的研究開発領域への投資などを押し進め、技術貿易収支における圧倒的な優位を確保した。のみならず、その優位を堅固なものにすべく、さらにプロパテント政策を強化してきている。
このような技術貿易の時代における研究開発や国の支援のあり方について、以下の問題提起に基づき、産業界有識者に対してヒヤリング調査を実施した。
・ 米国特許などIPR重視の流れに対して、わが国の産業はどのような対策が必要か。国はどのような役割を担い得るか。
・ 国の行う研究開発について、従来の「物作り」の発想でなく、IPRやノウハウなどを目標成果とする「新知識創成」型の
新しいスキームを創設するのはどうか。特許などのIPRを国際的権利、国際標準とするための仕組みはどうすべきか。
今日では、産業界は否応なくIPRの重要性を認識せざるを得ない状況にあるため、既に各メーカーとも取り組みを強化している。そのため、上記設問に対しても、様々な意見や提言が出された。
■目利きを含めた人材育成、およびインセンティブの実現を図るべし。 情報技術、情報産業の最重要因子は人材であり、その育成と活性化を図る必要がある。 ■単一企業では困難になっている、中長期研究や基礎研究への戦略的投資を強化せよ。 今や全ての分野の基盤になっている情報産業を、長期的に強化するために必要な、中長期の研究テーマへの投資が少ない。あるいは、あってもばら撒きになっており戦略を欠いている。近場の研究開発は企業が自分でやればよい。国は、将来の産業の技術シーズとなる基礎技術開発と、研究コミュニティー育成に投資すべきである。 ■国としての研究開発支援によるIPR取得、特許範囲方針等のIRP戦略を持て。 将来のIT産業の中心になると予想される分野について国が研究開発を支援し、基本的で重要なIPRの取得を推進することが必要である。同時に、過去のものも含めた有望特許を、権利にとどめず産業上の武器として発掘活用する、日本独自の仕組みが工夫されてよい。また、国内の特許審査基準等も、諸外国の情勢に応じて柔軟に適応させていかないと、自国産業にとって不利な環境を作る結果となる。 ■IT革命に向けて、ネットワークインフラ整備、規制緩和等の政策が必須。 国としてIT革命に対する明確な戦略やビジョンを持って、ネットワーク等のインフラ整備や、規制緩和・優遇税制・新規産業育成の整備も必要である。 ■大学からの特許創出活性化に向けた奨励と支援に関する体制整備を。 日本の大学から出る特許は、個人ベースであることに加えプロモーションも少ないため、企業にとって事業化交渉がしにくい。大学における特許活動の活性化には、特許創出への組織的取り組みや、法律家不足問題の解消など、体制整備が必要であろう。 |
(1)人材育成とインセンティブ実現を
技術や産業の育成に必要なものは、つまるところ人材である。米国には、のし上がろうとする精神や、いちど失敗しても再チャレンジできる社会構造がある。日本はあらゆる点で向上心をなくす仕組みになっている。日米の情報産業の活力における差を考えるとき、この気持ちの違いは大きい。国も企業も、インセンティブをいかに与えるか、の観点から諸施策を見直す必要があると考えている。
また、日本の大学の電気系/情報系分野における研究者の数は、圧倒的にデバイスや材料系が多い。システムソフトウェア関係の研究者や技術者は2〜3割と思われる。これがそのまま日本の弱点になっており、人材の確保・育成が必要である。
「基盤センター」でやっていた研究開発会社は、株式会社だったので、ほとんど制約がなく非常に自由だった。 その結果、特許が5千8百も生まれたと言われるが、さらにそれとは別に、個人に貯まった目に見えない技術やノウハウの価値が大きい。そういう人が企業に戻ってから行った仕事で出したパテントの量だとか、人材育成も含めると、このプロジェクトの貢献は大きい。「基盤センター」の出資を受けたATRのように、あれだけの規模で、あるまとまった分野のことをできているところは日本には他にないと思う。最近は、あまりCOE(Center
of Excellence; 中核的研究拠点)と言わなくなったが、やはりあそこはそういう意味で一つのCOEだと思う。 ああいうものが、日本にあそこしかないというのは、非常にさびしい。
(2)日本における特許や研究開発への投資効果の低さは、技術目利きの不足が一因
特許性の評価は、我々にとって難しい問題である。社内でビジネスモデル特許提案のキャンペーンを行ったことがあり、2,3カ月間アイデアを募集したところ、130件ほどの提案があった。それを我々が審査して約40件に絞ったのだが、有用なものが漏れてしまうのではないかとの心配が伴う。実際、選に漏れたものの中から、若い人に探させると、面白いものが提案されてくる。
特許出願数の統計を見ると、日本が425万件、米国が103万件で、日本の方が多い。実際の技術貿易収支は米国の圧倒的な黒字であり、日本の効率の悪さが表われている。最近は社内でも特許の数ではなく質を要求するようになった。しかしどうしたら質を上げられるのか、基準が見いだせないというのが実状である。
研究開発の評価についても同様であろう。昨年の特許庁の資料で、研究開発費に対するノーベル賞受賞者数の日米比較を見ると、母数は明確でないが、米国は297兆円で40人、日本は130兆円で1人、となっている。それなりにかけているはずの研究開発費の流れ方が間違っていると言える。その誤りを生み出す原因は、研究開発の技術目利きの不在である。研究開発では、そうした目利きの確保・育成に、もっと力を注ぐべきである。
(3) 5年〜10年先を狙った基礎研究開発投資や研究組織の育成が、国の役割
国の役割として望みたいのは、企業の手が届かない5年〜10年先のテーマへの研究開発投資や大学、国研、企業における研究コミュニティーの育成である。今の企業文化では、今日明日のことは放っておいても、企業が自らやる。今日明日のことから離れた10年先の研究開発はできない。バブルの頃までは、例えば1000人いれば、1割は向こうを向いていてもいいという雰囲気があったかもしれないが、今は明日どころか今日の成果が求められ、そのような評価基準だと長い目で見た研究ができない。
企業内の基礎研究部門は事業部からの資金がなかなか回ってこない部署であるため、国のプロジェクトによる資金援助なしにはやって行けない状況にある。そういうところでは国のプロジェクトは非常に役に立っている。
(4)国は将来に備えたビジネス特許や基本特許の取得を促進する研究開発を
今後のIT産業の中心となる分野につき、国家プロジェクトとして国支援の研究開発を推進し、各プロジェクトの中でビジネス特許や基本特許取得を推進する施策が必要である。
(5)国は、国際的な特許制度、審査基準に対する対応策を持て
今は、特許の範囲をどこまで認めるか等、日本はアメリカに押されっぱなし、言われっぱなしだ。例えば、ビジネスモデル特許は、「ちょっとおかしいじゃないか」と思うのも多い。「こんなのを特許にするのはおかしい!」というようなことを日本の政府がアメリカの政府に対して言わないといけない。各国間の特許制度の違い、審査基準の差に対する対応策をきちんと打って行かない限り、米国との技術貿易格差はいっこうに埋まらない。
社内には、「特許庁は特許性を審査せず、過去に類似技術があったか否かのみを判断すべし。問題が生じたら裁判で解決すればよい」との極端な意見もある。ところが、それは米国において既にとられているスタイルに他ならない。
(6)特許創出だけでなく、その活用にも国の戦略を
特許創出促進を目的としたスキームとは別に、特許の活用戦略に関しても考えるべきことがある。キルビー特許やハイパーテキストに関する特許などは、古い特許が、現在になって見直してみると事業的価値を持つ、という類のものである。日本は、数の上では非常に多くの特許を取得してきた。プロパテント政策とは別に、過去の有用な特許の価値をいかに戦略的に再発見し活用できるか、検討していく必要があるように思う。米国から仕掛けられて対策するばかりでなく、日本が米国の慌てるような仕掛けをしてみても良いのではないか。この課題は、国が支援できるところが大きいのではないか。
(7)IT革命に向けて、インフラ整備、規制緩和等の政策が必須
今後は、IT革命の進展で企業の業務改革、新事業の創造が進展する。また、ITが企業だけでなくライフサイエンス、環境、電子政府、教育、娯楽、B2C/B2B電子商取引等、公共、産業、文教、社会、個人のあらゆる分野に浸透しグローバル化も進む。これに対応するためにはネットワークインフラの整備、規制緩和、税制優遇措置等の国の政策が必須である。
たとえば、ディジタル著作権、電子商取引における成り済まし等の不正行為対策、消費者保護の施策をやっていかねばならない。
(8)日本の大学は、特許のプロモーション活動が少なく、企業としても交渉しにくい
日本の大学は、特許のプロモーション活動が少ない。アメリカの大学は、特許をオープンにしプロモーションを積極的に行っている。また、ベンチャー企業設立も多いので、自分で特許の商業化をやってしまうこともある。
米国では、大学の先生が出した特許は、大学に帰属するのに対して、日本では、先生の出した特許の権利が、国の権利か、大学の権利か、個人の権利か、その帰属が不明確である。大学から出る特許は個人のものになる扱いが可能な場合があるが、これは、一見自由で良いように思えるが、実際には大学の先生にとっては本業以外の手間が増え、「やっていられない」と注力が薄れる結果になっている。また、企業にとっては、権利の帰属が分からず、交渉しづらい。米国の大学の方が付き合い甲斐がある。
(9)特許取得加速の間接的障害となっている、法律家不足の問題を解消する必要がある
米国の大学では、特許に関する法律家、弁理士が急増しているという。日本ではTLOなどがうまく機能しない理由の一つに、そうした法律面からのサポート体制の弱さがある。法律家不足への対策が必要ではないか。