1.3 技術貿易の時代に向けたわが国の研究開発の仕組み、法・制度のあり方
技術貿易の時代においては、ビジネスモデルやアルゴリズムなど無形の知識がインターネット上のビジネスを展開する上で価値あるソフトウェアやビジネス手法となる。このような知識はIPRとして権利化され、技術貿易における売買の対象となる。1.2で述べたようにすでに米国の技術貿易による収入は、1998年度において、すでに1,000億ドルに達していたと言われ、世界の主要国中で群を抜いたものとなっている。
このようなIPRやライセンスなどは、どのようにして産まれ、管理され、商品化されるのであろうか。
PITACレポートなどによると、米国政府は、情報革命を引き起こす元となったインターネット技術を始め、多くの新技術が10年以上以前の国の支援による研究開発によって生まれた成果に端を発していると主張しており、現状は、過去の蓄積を食いつぶしているため、さらなる中長期研究分野への研究開発投資を行うべきであるとし、そのような投資を実行している。
また、プロパテント政策では、国の資金による研究開発において産まれた成果は、政府が所有せず、国防目的などの例外を除き、大学や企業へ技術移転し、商品化することを義務付けている。また、1980年に施行されたBayh-Dole法など、研究者もローヤリティの一部を得ることを可能とするなど、特許やIPR取得のインセンティブを与える施策を実施している(本報告書 3.5.1 全体の動向)。
米国では、省庁ごとに多少の相違はあるものの、国の基本方針として、国の資金による研究開発の成果は積極的に民間へ技術移転するという方針が明確にされている。
わが国の企業も否応なく米国のプロパテント政策の影響を受け、多額のライセンス料を支払っている。したがって、IPRやライセンスに関しては、以前に比べその重要性の認識はきわめて高く、従来は、防衛的に特許を取得するケースが多かったが、最近は、より攻撃的な立場から特許を取得し、米国などの海外諸国への特許申請も多くなっている。
このような企業側の認識の高まりがある一方で、わが国の国のプロジェクトの仕組み、法・制度は、箱物作りを想定してデザインされたと思われる個所があり、成果物として、無形の特許などIPRのみのプロジェクトを設定しにくいといわれている。また、成果の帰属も、委託や請負などの制度の違いや、日本版バイドール法と呼ばれる「産業活力再生特別処置法」が適用される場合などで異なり、一貫性を欠くわかりにくいものとなっている。
本調査では、わが国企業の技術貿易の時代に向けての問題意識や具体的対策、国のプロジェクトにおけるIPRの創成やその商品化についての仕組み・法制度に対する改革要望などについて調査した。また、米国のIPRの創成から、商品化に至るまでの国の支援やIPRの移転の仕組みなどを、特許を中心に調査し、わが国の仕組み、法・制度の現状との比較を行おうとしている。
企業に所属する有識者に対するヒヤリングにより得られた意見を第2章にまとめた。
この中には、わが国の仕組み、法・制度の現状に対する問題点の指摘と、技術貿易の時代にむけてのさらなる問題点指摘の双方が混在している。ここでは、技術貿易の時代に向けてのIPRの創成を行う上での仕組み、法・制度のあり方に重点をおき、指摘された問題点のうちのいくつかを選び、議論し、改革提言に結びつけて行くことを試みる。
このような問題の議論は、今後も続けられるべきものであり、本調査はその第一歩である。
ここでは、第2章で述べられたIPRを効率よく産み出すための研究開発のあり方についての意見、要望の一部を以下の分類で紹介する。
1)研究開発の基盤的事項
−中長期の工学的分野への国の投資の増額
米国では、IT R&D計画を始め、バイオやナノテクなど、中長期の工学的テーマに多額の投資を行い、大学や国研において、将来の産業の技術シーズを産み出すような研究を盛んに行わせ、研究者集団を維持し人材育成を行っている。IT
R&D計画のみでも、5年間で、$4.8B(約5,000億円)である。近い将来、産業の中核となりそうな分野への集中投資に徹している。
一方、わが国の大きな研究投資としては、科学技術基本計画があり、平成13年度から17年度までで、約24兆円の投資を目指している。しかし、研究開発の母体は大学を中心としており、工学的テーマよりもサイエンスの分野のテーマが多くなると予想される。わが国の大学が米国の大学のような10万人規模の研究プロパーな研究者集団を抱えるようになるまでには、まだ時間が必要であり、当面は企業の基礎研などを強化し、産業の技術シーズとなるIPRの産出にあたらせることが得策と考えられる。同時に産学連携を強化し、大学のポスドクと企業の基礎研の研究者間の交流を促進したり、インターンシップを盛んにすることで、即戦力の人材育成を行うべきである。
−省庁の上に立ち、省庁横断的に研究開発の統合や指揮系統の調整を行う組織
わが国の研究開発や、各省庁の調達に含まれる研究開発は省庁縦割りであり、米国のような類似プロジェクトを一まとめとして管理して、競争させたり、統合したりして、投資効率を上げるような仕組みはない。この縦割り、独立型の研究開発の実施は、それを受注する企業側に対しても、内容は同じようなものでありながら別個のものとして研究開発を行い、会計や成果も分離するという非効率な構造を産み出す。今後、電子政府の研究開発のような大きなテーマが実施されることを考えると、米国のような省庁横断的に研究開発を管理する組織が重要となる。
−先端研究における実証実験のできるインフラや環境の整備
電子政府のような大きな社会システムの研究開発を実施するためには、実証実験を行うに必要な高速の広域ネットワークやスーパーコンピュータ、実験用データのつまったデータベースなどの実験環境が必要となる。米国では、各省庁は、商用のネットワークとは別個の実験用ネットワークをもっていたり、次世代ネットワーク計画(NGI)なども実験用ネットワークを提供している。わが国でもギガビットネットワークプロジェクトなどが行われており、このようなプロジェクトで構築されたネットワークをプロジェクト終了後、インフラとして維持し、次に続くプロジェクトに提供するなどインフラの充実を検討すべきである。
−中小、ベンチャー企業の参入しやすい市場の構築
IPRの商品化、企業化は、当初はニッチな市場を対象に開始されることが多い。米国では新技術を持って新規に市場参入した中小、ベンチャー企業に対しては、連邦政府調達の30%を優先的に振り向けるなど、政府が率先して新技術の普及に努めている。このような仕組みがベンチャー企業を育て、ひいては研究者の特許取得やスピンオフのインセンティブ向上につながっている。わが国の市場は、政府調達を含めて大企業優先の傾向が強く、技術貿易の時代に向けて、再検討の必要性があると考えられる。
2)IPRの創成に向けた研究開発の仕組みに関するもの
−研究計画(プロジェクト)策定時に、目標、位置付け、成果の形態、応用範囲な
どの議論を公開の場で徹底して行い、プロジェクトの姿を明確化しておくべき。
米国では、新しい研究開発計画を策定する場合は、その内容をどのようなものとするかを、大学、国研、企業の研究者に問いかけ、研究者はその問いかけに対して、興味を同じくするものが自由に集まりコンファレンスを開催し、プロポーザルを返す。このようなプロポーザルを元に、担当省庁のPM達は、研究計画の内容を順次決定し公表してゆく。このため、最終的な研究計画が出来上がり、その計画への公募が行われる時点では、多くの関連分野の研究者は、その計画の目標や期待される成果、研究期間など、その詳細を知ることができる。わが国における研究開発計画の策定や公開の手順はあまり明確ではない。今後、IPRのような無形で、箱物作りと比べわかりにくい目標や成果の内容を持つ計画を受託希望の研究者に正確に伝えるためには、米国のようなオープンな計画策定の仕組みを整備すべきである。
−PMに代表される専門家のプロジェクトの運営、評価への投入
米国の研究開発計画の中で実施される多数のプロジェクトは、各省庁に所属する研究の専門家であるプログラムマネージャ(PM)がその実施を一元管理し、プロジェクトの受け側の研究者は、その研究の遂行の全般に渡りPMと交渉し合意することで、目標の変更はもとより、予算費目の変更など、迅速に対処できる。研究開発成果が、新技術を含むソフトウェアのような場合、その成果物を作成する方法として、従来あるものを基に拡張、追加して作ったり、既存のものをつぎはぎして作るなどの場合がある。PMは本来開発すべき技術の本質を理解できることから、研究の受託者は余計な説明をすることなく、その方法の可否を議論できる。成果が、特許のようなIPRとなった場合、目標が達成できたか否か、また、その価値はどのようなものかの評価は、目標とする技術の本質のほか、その技術の将来性などに関する理解も求められる。わが国のプロジェクトでは、ファンディングする側の管理責任者が専門の研究者でないこと、および、米国のPMのように人、物、金に関する全面的権限を持たないことから、受け側の研究者の負担が極めて大きい。研究目標の変更や予算の費目変更などに関して迅速な対応ができないのが現状である。このような状況のままでは、IPRを成果とするようなプロジェクトの管理や評価を迅速に行うことはさらに難しく、対応策の検討が求められる。