【前へ】

1.2 技術貿易の時代に向けた米国の戦略

 21世紀の情報関連産業の姿については、「技術貿易中心の時代」と言われるほか、従来の「物の製造」から「知識の創造」へとその役割を移して行くとか、「インダストリアル時代からインテリジェント時代へ」の変革が起こるなどと表現されている。
 実態は、特許、著作権、ノウハウなど、知的所有権(IPR)で権利化される知識が付加価値の高い商品となるということである。IPRを確保できない製造業はコア・コンピータンスを得られない、さらに別の言い方をすれば、ライセンスを買わないと物が作れないということである。
 米国は80年代より、国家戦略としてプロパテント政策をとり、情報技術やバイオテクノロジーなどの戦略分野における中長期の研究開発への重点投資を行うとともに、特許に代表される知的所有権の先行取得と蓄積を進めてきた。現在、インターネットに代表される情報技術やバイオテクノロジーなどの分野におけるIPRの積極的な商品化と産業育成を進め、国家の利益と産業の競争優位の確保に成功している。
 米国のIPRの先行取得戦略は、以下の図に示すように2つの政策を柱に実施された。
  A)    技術の創出に向けた中長期研究開発への財政支援と推進体制
  B)    創出された技術を積極的に保護するプロパテント政策


 

 

 中長期の研究開発については、1991年から5年計画として実施されたHPCC計画があり、これはその後、CICC計画と名前を変えて継続し、2000年からは、電子図書館計画(DL2)、次世代インターネット計画(NGI)などを統合したIT R&D計画となり、2004年までに$4.8B(5,040億円)の支出が承認されている。
 プロパテント政策の強化に関しては、特許のカバー範囲を拡大し、従来は特許として認められていなかったカテゴリーを特許に加えるなど、特許の定義の解釈を自国にとって有利は方向へ変えるという強引とも思われる法・制度の変更も行っている。
 ビジネスモデル特許は従来知られている手法もインターネット上で実現することで特許として認めるケースが多々生じ、アルゴリズム特許は、ソフトウェアを著作権で保護する場合に比べ、特許の権利の及ぶ範囲を大幅に拡大する。生物特許では、DNAや蛋白質の配列を少しでも有用性が示せれば特許とするなど、ほとんど自然物をそのまま特許と認め、やはり従来の特許の考え方を拡大している。このような解釈の拡大については米国内でも賛否両論があり議論されているが、結局は自国有利な方向へ進んでいると言えよう(本報告書 3章 3.3.3 新規分野への積極的特許認定)。
 このほか、国の支援するプロジェクトの成果を大学や企業に帰属させるとしたBayh-Dole法の実施など、大学などの研究者のIPR取得のインセンティブを高める法・制度を打ち出している(本報告書 3章 3.3.3 を参照)。
 以下に、米国の特許の年別発行件数のグラフと、ビジネス特許の年別発行件数のグラフを示す。1980年頃から特許の発行件数が急速に増加していることがわかる。ビジネス特許は、インターネット上のビジネスシステムの普及に伴い急増している。

 

米国の特許年別発行件数 (JETRO技術情報 413 August 2000)

 

米国のビジネス特許年別発行件数 (JETRO技術情報 413 August 2000)

 

 下に主要国の技術貿易額の推移を示す。技術輸出に関して、米国が圧倒的な輸出超過となっており、特許以外の種々のライセンス収入も含めた総収入は、1998年には1,000億ドルに到達していたと言われている。

 

主要国の技術貿易額の推移 (科学技術白書 1999)

 

以上、技術貿易の時代に向けた米国の政策について述べた。このように見ると、21世紀が技術貿易中心の時代になるのは、米国のプロパテント政策のシナリオの仕上げのようにも見える。
 プロパテント政策の最初の成果は情報技術の分野で達成された。インターネットの普及は、新しい産業を産み出し、企業と顧客との直接的交流を可能とし仲介者を不要とする中抜き現象など、既存の産業構造をも変革し、その効率を向上させ競争力を強化した。また、その変革は、政府や行政機関のサービスなどにも及び、情報革命とよばれる地球規模の大改革に発展した。米国発の技術は世界を制覇し、米国経済を立ち直らせた。
 次の成果は、人ゲノム計画であろう。この計画は、DNAの構造が2重螺旋であることを発見しノーベル賞を受賞したワトソン等が提案した科学的計画と思われた。しかし、DNAの読み取りの高速化やそのデータベース化、さらにスーパーコンピュータを用いた解析技術の急速な進歩により、新薬や新しい病気の診断方法などの具体的成果が予想より早く得られ、新しいビジネス分野を作り出してしまった。
 このような米国の国益に直結した成果は、中長期テーマへの研究開発投資の増額や仕組み、法・制度のさらなる改革など、技術貿易の時代に向けた政策をより強化する結果となっている。クリントン政権からブッシュ政権に交代したが、クリントン政権の目玉であった情報技術への投資は減額されるかもしれないが、バイオテクノロジーやナノテクノロジーなど、先端技術分野への投資はIPRの先行取得を狙う意味合いからも継続されるものと思われる。

【次へ】