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3.1 プラットフォーム

 プラットフォームの領域では、高速化、広域分散化、高セキュリティ化の方向への発展が求められ、それらを実現する技術も現在急速に発達中である。より高速な計算機の構築を目指す計算システムの研究、現状のインターネットの百倍〜千倍以上のバンド幅を持つ広域高速ネットワークインフラの構築が進んでいる。また、計算・データベースと広域ネットワークが融合したグローバルコンピューティングや電子図書館といった新しい研究開発分野が生まれている。これらは、現在の電力網や公共サービスのインフラに匹敵する、計算インフラ、情報インフラの実現を目指すものである。
 プラットフォーム技術は、コンテンツやユーザインタフェースの前提となる技術であり、まさしく情報技術のプラットフォームとして絶対的な重要性が減ずることはない。
 以下、アーキテクチャ&新計算モデルの階層、基本ソフトウェアとミドルウェアの階層、応用システム&応用分野の階層、及びソフトウェア開発技術に分けて、重要な技術動向を述べる。

(a) アーキテクチャ&新計算モデルの階層

図表3-1 プラットフォームの領域
(a) アーキテクチャ&計算モデルの階層

・超並列計算システム
 現状では不可能な規模の大きな科学技術計算を現実的な時間内に実行できる超並列型の計算システムの開発がなされている。日本では、地球変動現象を予測するための地球シミュレータ計画が実施されている。地球シミュレータは、超並列ベクトル型計算機であり、1997 年度設計に着手され、2001 年度末の稼働が予定されている。性能目標は、ピーク 30 TFLOPS、実効 5 TFLOPS である。
 米国では DOE が、核実験なしに核兵器の爆発を計算機シミュレーションすることを目的とした ASCI 計画を進めている。ASCI 計画の下で、プラットフォーム、プログラミング環境、可視化ツール、アプリケーションの開発が進められている。プラットフォームの開発では、2001 年までに 30 TFLOPS、2004 年までに 100 TFLOPS 能力(ピーク性能)を持つ計算機を実現することを目指している。これまでに、超並列スカラー型計算機を国立研究所向けに、主要計算機メーカによる開発提案からメーカを選定し、Sandia の ASCI Red (Intel)、LLNL の ASCI Blue-Pacific (IBM)、LANL の ASCI Blue Mountain (IBM)が導入され、ASCI White (IBM)が構築中である。ASCI 計画では、大量生産される民生品(コモディティ)をベースとしたシステムの開発を基本とし、同計画による推進なしには計画されたタイムフレーム内に要求水準に達しないであろう技術を加速する Path Forward というアプローチを採用している。現状、Path Forward の推進対象技術は、計算ノード間の相互結合網技術、データストレージ技術、システムソフトウェア、大規模計算システム向けツールである。当然ながら、これらの技術は将来の民間市場向け製品に活用されることが想定されている。

・PetaFlops マシン
 地球シミュレータや ASCI 計画では、現状技術の延長上の超高速計算システムを実現しようとしているが、PetaFlops という性能目標から必要な技術開発を逆算する検討が米国でなされている。1994 年以降 PetaFlops マシンに関するワークショップが開かれ、デバイス、計算機アーキテクチャ、高速結合ネットワーク、ソフトウェア、アプリケーションの各側面についてトップクラスの研究者たちが検討を行っている。(現状ではまとまった予算は付いていない。実現見通しや膨大な投資の効果が明確でないためと思われる。)当初、半導体集積度向上トレンドの継続を前提として、2010 年頃の実現を想定していたが、最近では、HTMT (Hybrid Technology Multi-Threaded Architecture) という新しいCPUアーキテクチャが提唱され、技術的実現可能時期を2004 年と前倒しする楽観的な予想も出ている。

・PCクラスタ
 パソコンをネットワーク結合した PC クラスタが普及しつつある。PC クラスタは、安価で高性能なパソコンと高速LAN、フリーな基本ソフト(OS、通信ライブラリ)という「コモディティ」の登場によって可能となった。米国 NASA のゴダード研究所で開発された Beowulf 型クラスタ、日本の RWC プロジェクトの中で開発された Score システム、Windows NT ベースの PC クラスタなどがある。現状では、計算需要と並列プログラミング技術を持っている研究グループや一部のスパコンセンターが主なユーザだが、MPP や SMP などの専用アーキテクチャの並列機と比べて、コストパフォーマンスが数倍程度優れており、より広く普及すると予想される。実際、米国の大学等で活発な関連研究開発が行われている。
 PCクラスタにより、安価・高性能・標準的なコモディティ・ハードウェア、フリーなソフトウェア、活発な開発/ユーザコミュニティが、独自ハードウェア/ソフトウェアを用いたメーカによる従来の計算機構成法に一部代わる手法として実証されたといえる。今後、民生向けのコモディティがますます高性能化するに従い、より大きな流れとなる可能性がある。

・ミッドレンジ超並列型マシン
 18ヶ月に2倍という半導体集積度の上昇が続くと、6 年後には現在の 16 倍、10 年後には現在の 100 倍のトランジスターが1チップ上に載ることになる。超並列型マシンは、現在、数個〜十数個の筐体に収められているが、1筐体に数千のプロセッサを収めたミッドレンジ超並列型マシンが可能となる。そのような計算機が普及し、計算能力が広く活用するための、超並列向けのプログラミング支援ツールや、超並列向けの様々なパッケージソフトやコンポーネントの市場が生まれるであろう。

・新しいCPUチップのアーキテクチャ
 半導体集積度の上昇に伴い、1チップ上に複数の高速プロセッサを実現すること(シングルチップマルチプロセッサ)が可能となっている。単一プロセッサの高性能化のために提唱されたアーキテクチャの手法のほとんどが今後1〜2年で登場するプロセッサで実装されてしまうと言われており、その後は、新しいCPUチップのアーキテクチャが実用化・普及すると予想される。実際、そのような事例が生まれつつある。PIM (Processor In Memory)ないしDRAM 混載と言われるアーキテクチャでは、一つのチップ上にメモリ(DRAM)とCPUを載せ、CPUとメモリの間のバンド幅を、従来の別チップのメモリとのバンド幅と比べて劇的に向上させる。既にグラフィックスチップなどで実用化された例がある。シングルチップマルチプロセッサは、1チップ上に、複数のCPU ないし複数のCPU とメモリを搭載する。研究開発例としては、米国 Stanford 大学の Hydra シングルチップマルチプロセッサなどがある。携帯情報機器向けの省電力型 CPU も登場しており、そこでは命令コードを単純なハード向けに翻訳するという新しい技術を用いられるなどしている。

・システムLSI
 半導体集積度の上昇により、チップ毎にCPU、メモリ、コントローラなどを実装するのでなく、1チップ上にまとまったシステム機能を実現することも可能になってきた(システムLSI)。複雑なシステムLSI では、CPU コアなどの IP (Intellectual Property) を組み合わせてチップを設計するようになり、チップを製造しない IP プロバイダが成立するなど、設計体系、連携体系にも影響が及ぶと予想されている。

・ソフトウェア無線
 一つの無線通信機器において、複数の無線通信プロトコルをソフトウェアによって実現すること。単一の携帯情報端末で状況に応じて複数の通信方式を使い分けることなどに応用できる。

・フォルト・トレラント計算
 インターネットの普及により、ビジネス対ビジネス、ビジネス対消費者の接触が1年365日、1日24時間、間断なく行われるようになりつつある。そのような社会の基幹的サーバや基幹ネットワークのルータの障害は広範な影響を与え、大きな損害ををもたらすことになる。ハードウェア構成部品の障害は頻度を減らすことはできても完全に無くすることは技術的・コスト的に不可能である。そこで、一部の障害が機能の障害につながらないようなフォルト・トレランスが高信頼システムに要求される。超並列計算機による長時間の計算においても一部プロセッサの障害によって全体が損なわれてはならず、フォルト・トレラントな計算が重要な技術となる。

・PetaBit ネットワーク
 インターネットであらゆる情報・データ・コンテンツを自由に、瞬時にやり取りしたいという要求は、ネットワークバンド幅への限りない要求となる。単一の光ファイバで Tera ビット/秒のバンド幅は研究的に実現されており、また、G ビット/秒クラスのチャンネルを数万本処理できる数百 Tera ビット/秒クラスのパケット処理性能を持つ中継装置が実用化されつつある。将来の PetaBit クラスの基幹ネットワーク実現に向けた研究開発は情報インフラの確立のために重要な課題である。

・Mobile Computing
 情報通信機器が小型化し、携帯して(mobile)情報処理を行う(computing)ことが一般ユーザに広がってきた。また、短い電子メール、簡略化したブラウザといったインターネットへのアクセス機能を持つようになってきている。今後、さらに高性能化し、外部との通信も高速化し、グローバルな情報インフラへの窓となって行くであろう。ハードウェアの技術開発だけでなく、ユーザインタフェース技術、様々なサービスの可能性の研究が重要である。

・Ubiquitous/Pervasive Computing (遍在的分散処理)
 情報通信装置が小型化・高性能化して携帯機器として各自が持ち歩いたり、家電などに組み込まれ、社会の隅々に計算機能が行き渡ることを Ubiquitous Computing ないし Pervasive Computing と呼ぶ。これらの情報通信装置の多くは、有線・無線ネットワークによって、互いに交信し合って連携した一連の作業を手助けしたり、またインターネット上のサーバにアクセスして、「いつでも、どこでも」必要な情報を得ることが可能になる。

・新しい計算原理に基づくコンピュータアーキテクチャ
 現在のシリコン半導体技術は今後十数年〜二十年後に物理的限界に到達すると予想されている。その後さらに高い計算能力を実現するためには、新しい計算原理に基づくコンピュータアーキテクチャが必要となる。量子コンピュータや分子コンピュータ、従来の複雑・高機能なCPUによる計算と違う単純・低機能な計算セルによる新しい計算手法などの基礎研究がなされている。それぞれアイデアが実現できれば画期的なインパクトを持つが、現状では、基本原理を非常に単純化した実験環境下でかろうじて実証しつつあるという段階である。より複雑な計算の実証、計算装置の開発、低コスト化など、それぞれが困難な課題を克服してゆくための長期に渡る研究が必要である。米国 DARPA ではシリコン半導体の先の計算機技術として、エクサFLOPS (1000ペタFLOPS)以上の計算性能を目指す UltraScale Computing の基礎研究を支援している。超超並列な計算機構による Swarm コンピューティング、量子状態の重ね合わせ原理に基づいて組合せ問題を短時間に解く量子コンピューティング、DNA のハイブリダイズ機能を利用した DNAコンピューティング、細胞工学による計算機能を持った細胞の合成、などの基礎研究を行っている主に大学の研究グループに予算を投じている。

・グローバルコンピューティング
 地理的に分散した高速計算システムや大規模データを高速ネットワークで結合して科学技術計算を行うグローバルコンピューティングの研究が米国のNPACI (National Partnership for Advanced Computing Infrastructure) で取り組まれている。現状、化学反応を取り込んだ大気・海洋シミュレーションなど、分散した複数の研究グループがそれぞれ異なる現象をモデル化した大規模プログラムを持っていて、それらを結合したシミュレーションを行いたい場合などに適用されている。グローバルコンピューティングでは、分散した計算資源への処理の割り当て/スケジューリング、大きな遅延の考慮、大量データの分散可視化、など、幾つもの研究課題が取り上げられ、解決が工夫されている。電力送電システム(grid)のように、手元の端末からネットワークにプラグを差し込むことにより高性能計算能力が自由に使えることが、グローバルコンピューティングの目指す理想の姿と言える。


(b) 基本ソフトウェアとミドルウェアの階層

図表3.2 プラットフォームの領域
(b) 基本ソフトウェア&ミドルウェアの階層

・並列処理用基本言語とプログラミング環境
 現在、並列プログラミングを記述する方法として、(1) 従来型のプログラミング言語にコンパイラ指示文を挿入する方法、(2) 従来型のプログラミング言語において標準的通信ライブラリ (PVM, MPI など)を用いてプロセッサ間のデータ受渡し・同期を行う方法、(3) 並列処理向けの様々な言語を用いる方法などがある。(1) は既存のプログラムを大きく変更せずに並列化ができるというメリットがあるが、主にループレベルの並列化に留まり、小規模並列マシン向けの手法となっている。(2) は大規模なメッシュを領域分割して、それぞれの領域をプロセッサに割り当てる並列化手法などで用いられ、分散メモリ型の大規模並列機の性能を引き出すことができる。しかしながら、プログラム設計が難しく、また正しく動作することの検証が容易でない。(3) は並列計算モデルを反映した言語を用いてプログラミングする手法であり、プログラム論理の正しい並列動作が処理系によって保証されているが、並列処理の細かい部分をプログラマが指示できないため、現状では動作するプログラムの性能が不十分である。今後とも、それぞれのプログラミング方法の改良が必要である。

・超並列・分散システム用科学技術計算ライブラリ
 超並列計算機(分散メモリ型計算機)向けの科学技術計算ライブラリとして、BLAS (基本線形計算ライブラリ、特に BLAS-2、BLAS-3)、ScaLAPACK (スケーラブルな線形計算ライブラリ)、PETSc ライブラリ(偏微分方程式解法などに現われる疎行列演算など)、Aztec (超並列向け反復解法ライブラリ) などが、米国の国立研究所を中心に開発されており、多くが無償で公開されている。これらの多くは MPI 通信ライブラリを用いており、MPI 対応の並列計算機で稼働する。このように最も基本的な通信ライブラリ、分野毎の優れたライブラリと積み上げて行くことによって、超並列型計算機上のプログラムの性能が確保され、移植性が増している。

・MPI, PVM, OpenMP
 分散メモリ型並列計算機の通信ライブラリは、従来、各メーカが、それぞれのハードウェアの性能を引き出すために提供したり、並列基本ソフトウェアベンダの独自仕様のものが用いられ、並列プログラムの移植性を損なっていた。このため、米国アルゴンヌ国立研究所を中心に、標準化の検討がなされ、P4、Parallel Virtual Machine (PVM)、Message Passing Interface (MPI) の仕様が順に決められた。中でも MPI は、米国の主要国立研究所、並列計算機メーカ、並列処理ソフトベンダーが既存の通信ライブラリの経験を元にして、共同で策定され、通信ライブラリのデファクトスタンダードとなっている。最新の仕様は MPI-2.0 (1997年)であり、動的なプロセス生成、リモート読出し/書込み、並列 I/O などの仕様が新たに定められている。
 また、共有メモリ型並列計算機向けプログラムの標準化のために、並列計算機メーカー、並列化コンパイラベンダーが集まって、OpenMP という仕様を策定した。1997 年に公表された OpenMP 1.0 版では、コンパイラ向けの並列化指示、実行時ルーチンの仕様が規定されており、既に実装が進んでいる。

・電子図書館(デジタルライブラリ)構成ライブラリ
 狭い意味の電子図書館は、電子化された雑誌等のコンテンツを収容した図書館である。次の段階として、電子化されていない過去の蔵書を電子化・データベース化し、瞬時アクセスを可能にして行くことが取り組みの対象となる(電子的読み取りのための膨大な作業や著作権の扱いが課題)。さらには、従来の図書館の蔵書の概念に含まれなかったような様々なコンテンツの収録、さらには、ユビキタスなネットワークに繋がった計算機や携帯情報機器から、電子化されたあらゆる知識・データにアクセスするということが図書館(知識・データ)の電子化が可能とする究極的な目標である。米国では、NSF、DARPA、NASAなどがスポンサーとなっているデジタルライブラリイニシアチブ (DLI) において、当初の狭い意味の電子図書館を越える知識・データインフラとしての電子図書館の研究を支援している。


(c) 応用システム&応用分野の階層

図表3.3 プラットフォームの領域
(c) 応用システム&応用分野の階層

・先進的計算の民生分野への適用
 計算手法の開発や計算プラットフォームの高速化により、シミュレーション計算や組合せ最適化問題の解法計算等の先進的計算が、民生分野での重要な意思決定に用いられることが期待される。(後述の短期・局地的気象予測は一つの例である。)
 例えば、IBM は、商用並列機に専用チップを搭載した DEEP BLUE により 1997 年にチェスの世界チャンピオンを破ったが、その後、超並列計算を用いて社会経済的にインパクトのある意思決定を行う技術の研究開発を目的としたDEEP COMPUTING INSTITUTE を設立した。DEEP COMPUTING INSTITUTE では、超高速ハードウェアの開発(BLUE GENE と呼ばれるペタFLOPS性能の専用計算機を2004 年の実現を目指す)、タンパク質の立体構造予測、事故時・悪天候時の迅速に最適フライト・スケジュールの組み直し計算、メソスケール気象予測、バイオメトリックス(音声による人の識別など)などの研究が取り組まれている。

・精度の高い短期・局地的気象予測
 気象現象はカオス性があるため、数週間後の天候を精密に予測することは不可能である。ただし、精密な観測データがあれば1日程度の短期間の気象予測を行うことはできる。このような精度の高い短期・局地的気象予測(メソスケール気象予測)によって、翌日の天気が確実に予想できるようになれば、個人や企業における屋外活動の選択、災害予防、有利な電力売買のための発電施設の稼働計画の決定、飛行機のフライトスケジュールの修正、等々、大きな経済効果を生む。

・アプリケーション・ソフトウェア・サーバ
 高速大容量ネットワークが行き渡り、企業内の情報管理等の業務をネットワーク経由で提供することが可能になりつつある。社外向けに情報処理サービス等を行うサーバをアプリケーションサーバと呼ぶ。

・生物情報解析
 ヒトを含む様々な生物のシークエンシングプロジェクトによりDNA配列データが日増しに蓄積され、DNAチップ、マイクロアレイなどの新技術により遺伝子の変異、遺伝子の発現レベルといったデータが大量に得られるようになっている。
 米国では1988 年に国立医学図書館内に国立バイオテクノロジー情報センター(NCBI)が設置され、GenBank と呼ばれるデータベースに世界中から DNA 配列データを収集し、現在、30 億塩基を超えるデータがインターネット上に公開されている。また、生物学的に類似した配列を高速に検索するホモロジー検索エンジンを開発し、無償公開している。その他、タンパク質のアミノ酸配列データベースや立体構造データベースが欧米の研究機関から公開されている。
 生物情報解析は、これら大量の基礎データの蓄積・整理・公開、遺伝子機能解析、タンパク質立体構造予測などを対象とする分野である。ヒトゲノムのシークエンシングプロジェクト完了後に、特に期待されているのは、遺伝子の変異データと疾病との関連性の分析による疾病原因遺伝子の同定であり、これによりターゲットを絞った効率の良い創薬研究が可能となる。既に米国では大学や国研による基礎研究から、実用化・商用化を目指すベンチャーが生まれている。

・社会システムの電子化
 従来、人間や物理的な媒体の移動によって実現されてきた様々な経済活動・商行為がインターネット上に移植され、電子商取引、インターネット・ショッピング、娯楽などのコンテンツ配信、エンドユーザ向け情報提供などが生まれている。これらには、時間と場所を選ばず、瞬時に取り引きが行われるというインターネットの特徴が加わり、また、関連情報やサービスへのリンクなどの付加価値が容易に実現される。
 今後さらに多くの経済活動がインターネット上に移り、さらには、社会システムや産業インフラの機能もインターネット上に実現されて行き、高度行政サービス、電子政府、高度 ITS、遠隔医療、遠隔専門教育訓練システムなどが生まれると予想される。効率が良く、信頼性のある社会システムや産業インフラを早期に実現した国が、産業、文化、社会などで優位になろう。


(d) ソフトウェア開発技術

 ユビキタス・コンピューティングとデジタル世界経済の世界では、データセンター、中継装置、末端機器のそれぞれの機能を司る多数のソフトウェアの開発が必要となる他、社会システム機能を担う巨大・複雑なソフトウェアが構築され、大きな社会的インパクトを持つと予想される。そのような巨大・複雑なソフトウェアでは、高い信頼性を保証することは大きな課題であり、米国の PTAC 報告でも指摘されている。コンポーネント技術やソフトウェア設計のパターン化などが一つの方向を示しているが、まだ決定的な解決策とはまだ言えない。
 また、コアコンピテンスに集中する企業向けに企業活動の一部をネットワーク経由で提供する ASP (Application Service Provider) が登場し、将来的には、コアコンピテンスを相互にネットワーク経由で組み合わせるネットワーク型で動的な企業形態が普及する可能性もある。
 既に、Java のように必要に応じて情報処理機器に伝達され実行されるソフトウェアが生まれており、それに基づいた動的な情報処理機器間の連携方式が提唱されている。目的を持ってネットワーク中を移動するエージェントも研究されている。

・コンポーネントウェア
 大規模で複雑で信頼性の高いソフトウェアを開発する手法として、構造化プログラミング、オブジェクト指向プログラミングが提唱されてきた。最近では、コンポーネント指向のプログラミングが普及しつつある。コンポーネント指向プログラミングでは、一定のまとまりをもった機能を持つコンポーネント(コンポーネントウェアとも呼ぶ)があり、それらの提供するサービスを利用し、組合せ、新たなプログラミングを加えて希望する機能を持つプログラムを実現する。
 従来のオブジェクト指向プログラミングでは、プログラムは利用とするソフトウェア部品と固定的に結合されなければならなかったが、コンポーネント指向プログラミングでは、アプリケーションとサービスを提供するコンポーネントが実行時に仲介サービスを通じ結合される。このような仕組みは分散環境における機能分散にも適している。

・デザインパターン
 オブジェクト指向ソフトウェアの設計開発経験が積まれるにつれ、繰り返し現われる設計パターンがあることが分かってきた。典型的で優れた設計部品を「デザインパターン」として記録し、再利用できるようにするというアイデアが提唱され、従来、分野非依存的だったソフトウェア工学における新しいアプローチとして注目を集め、研究がなされている。

・エンドユーザプログラミング
 家庭内や仕事場での活動が徐々に電子化・ネットワーク化されて行った場合、プログラミング経験のないエンドユーザが家事のルーチン作業や買い物等のための情報収集をプログラム化したりできれば、より便利になるであろう。そのようなことが可能になるためには、日常生活での活動や操作の表現、危険な組合せでないことのチェックなどの機能を持ったエンドユーザプログラミングのための技術が必要である。

・ロボットとノウボット (knowbot)
 画像や音声・音響による実世界の認識や動作・操作の動的合成の技術が進歩すれば、我々の身の回りや危険環境において周辺の状況を判断し自律的に行動できるロボットが生まれてくるであろう。また、ミッションを与えられてインターネット内を自律的に動き回る知的エージェント(ノウボット)も実現するであろう。ノウボットは電子データを扱うため、センサーやアクチュエータは不要だが、コンテンツを認識・評価したり、オークションへの参加、悪意ある環境での動作など、ロボットとは違った知能や自己保護などが必要になると考えられる。

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