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(2)クリントン=ゴア政権の誕生とNII構想(1993年〜)

 1992年、民主党からアメリカ大統領選挙に立候補したクリントン大統領は、ゴア副大統領候補とともに科学技術政策(技術-経済成長のエンジン、アメリカのための国家技術政策)を公約した。クリントン=ゴア政権が誕生すると、レーガン政権時代からの産業競争力強化の政策を継承すると同時に、ゴア副大統領をまとめ役として一連の科学技術政策を打ち出した。
 まず、就任直後の1993年2月にはNIIイニシアティブを発表した。同年9月に発表されたNIIアジェンダでは、NIIを次のように位置づけている。

NIIは、それ自体で完結する構想ではなく、経済や社会の発展に寄与するための石杖である。また、NIIは、科学者や技術者のためだけのものではなく、すべてのアメリカ国民に下記のような利益をもたらすものである。
  • 雇用創出、経済成長の促進、技術面におけるアメリカのリーダーシップの育成
  • 医療負担の軽減による医療サービスの向上
  • 高水準で低コストな行政サービスの提供
  • 21世紀の情報化社会に向けた学校教育の拡充
  • より開かれた国民参加型の政府の構築

 この公約が近未来において実用可能であることを強調するために、NIIアジェンダでは、1)経済効果、2)医療、3)都市ネットワーク、4)科学技術研究、5)生涯教育、6)行政サービスの向上、の6項目について、具体的な数値を示し、アメリカ国民に広く理解を求めている。

 HPCC計画概要書(ブルーブック95年度版)は、NIIを図表2-3に示す階層で説明している。

図表2.3 NIIの階層構造
95年度版HPCC計画概要書(blue book)より引用)

 なお、NIIアジェンダで示されている9つの基本原理と目標は下記のとおりである。

(NII-1) 税制、法規制の緩和等によって、民間投資の支援を行うこと。この支援は、サービスの提供だけでなく、技術開発や長期的な視野における投資を喚起することを目的とする。
(NII-2) 情報リソースの全てが適当な価格で利用できることを保証するように「ユニバーサル・サービス」の概念を拡張すること。
(NII-3) 技術革新や適用範囲の拡大を支援する触媒の如く政策を進めること。重要な国家研究計画及びNIIに必要な民間企業の開発・実証技術に対する交付金について、責任を持った行動をとること。
(NII-4) NIIを実施するにあたり、シームレスに、インタラクティブに、ユーザー主導で政策的な支援を行うこと。NIIが「ネットワークのネットワーク」に発展した時、政府は、ユーザーがネットワークを介したデータ送信を簡単で効果的に行えることを保証するべきである。
(NII-5) 情報のセキュリティとネットワークの信頼性を確保すること。NIIは信頼性が高く、安全で、ユーザのプライバシーが保護されるものでなくてはならない。政府の行動も同様に、全てにおいて信頼性が求められ、誤報に対する訂正を迅速に行い、利用しやすいことが求められる。
(NII-6) 無線周波数帯リソースの枯渇危機に対して、無線周波数帯の管理方法を改善すること。
(NII-7) 知的所有権の保護を行うこと。行政は、国内の著作権に関する法律の強化方法について調査を行うこと。さらに、知的所有物及びプライバシーが侵害された場合、どのように取り扱うか調査すること。
(NII-8) 情報に国境がないため、政府間の各レベルにおいて調整を図ること。調整では、障害を排除し、アメリカの産業に対して不利になる不公平な政策の排除を行わなければならない。
(NII-9) 政府に関する情報の提供、政府調達の改善を行うこと。National Performance Reviewで述べたように、行政は連邦政府省庁と地方自治体とのつながりの確保を求めるであろう。そのため、膨大に蓄積された政府に関する情報を社会に対して簡単かつ公平に利用できるように、情報の拡張をするためにNIIを利用すること。また、連邦政府における通信情報サービスと関連機器に対する調達政策は、NIIのために重要となる技術開発を支援し、民間企業がNIIの構築に寄与するための魅力的なインセンティブを与えなければならない。

 後述するGII、Global ECは、(NII-8)に示す国際的な調整を円滑に行うため、アメリカの情報政策の基本的な考え方を浸透させるために発表したという見方もできる。
 NII構想の技術的基盤の研究開発は、HPCC・IT委員会に委ねられることとなった。これに伴い、HPCC計画の実施体制は大きく改編された。まず、大統領府の直下組織を簡素化し、科学技術政策への対応を取りやすくした。これにより、1993年11月、連邦科学工業技術調整会議(FCCSET)は、国家宇宙計画会議(NSC ; National Space Council)と国家資源会議(NCMC ; National Critical Materials Council)と統合され、国家科学技術会議(NSTC ; National Science and Technology Council)となった。NSTCには9委員会が設置された。HPCCイニシアティブは、この委員会の1つであるCIC委員会(CCIC)の下のHPCC・IT小委員会に改組された。
さらに、NII対応のタスクフォースとして、NSTCの下に委員会とは別組織として、情報基盤タスクフォース(IITF)を1993年12月に設置した。
また、HPCC計画にNII対応の5番目のプロジェクト(IITA)が追加された。IITAの設置理由とプロジェクトの目標は下記の通りである。

(HPCC-5)
情報基盤技術とアプリケーション
    (IITA; Information Infrastructure Technology and Applications)
設置理由:NIIに対応
プロジェクトの目標 : HPCC計画で得られたコンピュータ技術とネットワーク技術を用いて、教育、産業、医療、デジタルライブラリー用のアプリケーションを開発し、普及を図る。

 NII構想の技術的基盤の多くをHPCC・IT委員会に委ねていることは、NII構想発表後の最初の会計年度となる94年度連邦予算からも理解できる。94年度には、総額約13億ドルのNII関連予算が計上されたが、このうち11億ドルがHPCCイニシアティブに割り当てられている。なお、HPCCイニシアティブに割り当てられた予算のうち、10億ドルはIITA予算に充てられた。
 なお、94年度のHPCC計画の研究テーマを見ると、ナショナル・チャレンジ(NC)に位置づけられている研究テーマが複数見られる。NCは、HPCC計画の成果を応用し、NIIの基本となる情報基盤アプリケーションの開発研究をテーマとしている。NII構想発表後、HPCC計画におけるアプリケーション開発は、前述のGC(グランド・チャレンジ;高性能コンピュータをベースとしたアプリケーション開発研究テーマ)とNCの2体系となった。

 以上、NII構想発表を受けて、HPCC計画は図表2.4(次頁)に示す実施体制となった。

図表2.4 NII構想発表後(94年度当初)の実施体制
(Bluebook94, HPCC implementation Plan 94, NII agenda, GAO/AIMD-95-6を参考に作成)

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