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第3章 米国の情報技術産業振興政策の事例研究

−ATP(Advanced Technology Program : 先端技術プログラム)−

 米国の産業振興策としてその有効性を高く評価されている先端技術プログラム(Advanced Technology Program :ATP)について、助成の考え方、知的財産権(Intellectual Property Right : IPR)の取り扱いなどに焦点を当て特徴的な点を以下にまとめた。

3.1 ATPの概要

◆沿革

 先端技術プログラム(ATP)は1988年に包括通商競争力法(Omnibus Trade and Competitiveness Act of 1988)によって創設され、American Technology Preeminence Act of 1991に基づいて修正された民間産業技術支援プログラムである。現クリントン政権での政府と産業界のパートナーシッププログラムの中でも高い優先順位にある。

 ATPは、商務省管轄のNational Institute of Standards and Technology(NIST)に設置され、民間主導のパートナーシップを通してハイリスクな技術開発を推進し、それによって米国経済の成長を刺激することが狙いである。

◆特徴

 その活動の特徴をあげると以下の点にある。

(1)ATPは特にハイリスクな基礎技術の開発を助成の対象としているが、これは革新的な製品、サービス、あるいは産業プロセスの開発を推進し、それによって米国の企業および産業の機会拡大と競争力強化を図るためである。

 ATPは先端技術の開発を目的として民間と共同でハイリスクな研究開発事業に資金(いわゆるシードマネー)を提供するが、製品開発には参加しない。

 別の言い方をすると、ATPの助成は企業が取り組む“科学的に実証可能な”テクノロジーからプロトタイプへの移行を支援する(移行過程に立ちはだかる”死の谷”を乗り越えさせる)もので、この段階に到達以降は市場の原理に則って民間企業が商用化を推進する。

(2) ATPはあくまでも民間主導のプログラムであり、営利企業が主体となってプロジェクトの企画・提案・実施を進め、民間負担分の資金を拠出する。

(3)ATPは官から民への補助金(grant)ではなく官民の協定(cooperative agreement)という考え方に立って、プロジェクトの遂行に対して適切な関与、管理、監督を行う。

◆プロジェクト形態

 ATPプロジェクトの形態は単一企業によるものと、大企業、中小企業、大学、政府の研究機関などから成るジョイントベンチャーによるものの二つに大別される。

 従来NISTによる公募は一般枠コンペ(General Competition)と特別枠コンペ(Focused Program Competition)の2本立てで行われていたが、1999年度からは一般枠コンペのみとなった。

 一般枠コンペは応募者の業界、技術分野を問わないコンペで、1990年の初回以来、これまでに9回(毎年1回)実施されて来ている。

 特別枠コンペは明確に定義された特定の技術および事業目標の達成を目的とした複数年のプロジェクトを対象としている。1994年から1998年にかけて30回実施され、米国経済に格別の機会をもたらすと特定された技術分野に対して臨界量の支援を与えてきた。この間、ATPは特別枠のプロジェクトに対して莫大な助成金を投入している。1999年度から特別枠コンペは中止となっている。

◆活動状況

 現在までに合計3,585件の企画提案書が提出され、うち1,010社の参加企業とともに431件(12%)が助成対象となった。

 ATPの助成対象となったプロジェクト431件の助成総額は27億8,300万ドルにのぼり、うち50.2パーセントに相当する13億9,700万ドルが民間財源から、残り49.8パーセントに相当する13億8,600万ドルがATP予算から拠出されている。

 ATPの予算決定には政治的要因が大きく作用することも特徴といえるだろう。クリントンはATPの拡大に意欲的で、クリントン政権発足後初の予算編成(1994年)でそれまでの年平均予算額4,030万ドルから1億9,950万ドルへと大幅な増額を行った。当初、1997年までに6億8,000万ドルへの増額を計画していた。一方、共和党が議会で過半数を掌握した1998年の予算編成ではATP予算が減額されている。過去4年間の年平均予算額は2億1,050万ドルであり、1999年度の認可予算額は2億350万ドルである。

3.2 助成のメカニズム

 ATPのプロジェクトは、上述のように官民によるコストシェアリングの方針に基づいた活動であり、官民の費用負担はマクロ的に見ればほぼ折半となっている。

◆助成金の対象

 ATPの助成はプロジェクトの活動に関わる直接経費が対象で、間接経費は対象外である。

 単一企業の場合、助成額は3年間で200万ドルが上限となっている。間接経費はすべて企業側が負担する。また年収27億2,100万ドル以上の大企業では、経費総額の最低60パーセントを自己負担しなければならない。

 コストシェアのガイドラインは議会によって策定されたため、大企業優遇の印象を与えないようにするなど、政治的な配慮が大きく作用している。

 ジョイントベンチャー(JV)の場合、助成期間は5年間で、助成額に上限はない。JV側の負担額は経費総額の50パーセント以上となっている。

 ATPによる直接経費と間接経費の定義は一般に公正妥当と認められる会計原則(Generally Accepted Accounting Principles、GAAP)に準拠している。

 直接経費、間接経費の割合は各企業により異なるため、ATPとしては業種ごとに例えば小企業の場合は直接経費/間接経費=60%/40%、大企業の場合は直接経費/間接経費=20%/80%とするといった目安を設定している。

 企業が負担する費用にはATP以外の連邦政府助成金は充当できないが、州政府・地方自治体からの助成金は充当してもよいことになっている。このことにより、直接経費の比率の高い小企業ではATPとそれ以外の助成金を利用することによってプロジェクト活動費用の大部分を公的資金で賄うことが可能である。

 ATPプロジェクトは助成金受給者がプロジェクトの成果を使って製品化、商品化を行い市場で利益を創出できるようにすることを目的としている。したがって、受給者がATP助成対象の研究活動そのもので"儲ける"ことは認められない。この点は申請時の審査と開始後四半期毎に提出する報告書で厳しくチェックされている。

3.3 知的財産権(Intellectual Property Right: IPR)の扱い

 米国経済を活性化するというATPの基本的な考えに沿って、プロジェクトから生まれた知的財産権は、商用化の見込みが最も高い民間の営利企業に帰属させている。

 大規模企業一社と小規模企業数社から成るJVの場合、大企業が(主導的な立場に立つ)“リード・カンパニー”としてプロジェクトから発生するすべての知的財産権を保有する。それ以外のJV参加企業は非独占的な使用権を要求する資格を保持する。この場合、通常は権利保有者に対する権利使用料の支払いが発生する。

 同等規模の企業から成るJVの場合、各社がそれぞれの成果について特許権を取得し、他のJV参加企業が非独占的な使用権を要求する資格を保持する。この場合も、通常は権利保有者に対する権利使用料の支払いが発生する。

 JVに参加した大学および非営利の研究機関に対しては、知的財産権の所有を認めていない。ただし、特許権使用料の支払を受けることは可能である。

 政府は政府によるIPの使用を確保するため、ロイヤルティなしの非独占的なIP使用権を留保している。

 NISTは助成金受給者に対して、商品化の達成に同人の特許を必要とする“信頼するに足る申請者に対し、状況に照らして合理的と判断される条件で” 特許権の使用権付与を要求する権利を留保している。非常に極端なケースとして、権利保有者に欺瞞の意図が認められた場合、同保有者に特許権使用料を支払う義務は一切生じない。なお現在まで、NISTがこの権利を行使したことはない。

3.4 利益の扱い

 連邦政府は営利企業として活動することを法律で禁止されており、直接的な投資利益の追求は認められていないことから、ATPプロジェクトの成功がもたらす利益は、すべてこれを創出した企業の所有に帰すると言う考えである。

 連邦政府は法人課税以外にATP助成の研究活動がもたらす利益の還元メカニズムを持っていない。政府は“プロフィットシェア”を要求しないうえ、知的財産権を所有していないことから、著作権使用料も受け取らない。

 連邦政府の研究機関は総じて、またとりわけATPは、米国の経済的利益の保全を目的としている。民間セクターの利益を民間セクターに留め置くという方針は、この利益がそこでインセンティブとして作用し、あるいはさらなる成長促進のための再投資に回されうることにより連邦政府の目的に適うと考えに基づいている。

 この方針がために、連邦の拠出する助成金は、事実上、企業にとって直接的な返済義務を伴わない莫大なボーナスと言える。結果として、助成金獲得のコンペに対する企業の参加意欲が高まり、より優良なプロジェクトだけが助成されることにつながる。

法人課税には給与支払税が含まれる。

 

3.5 プロジェクトの運用プロセス

 ATPプロジェクトのパラメータは企画提案書提出の段階で明確に定められ、プロジェクトの目標、期間、予算等も具体的に示される。これらの情報はATPのホームページ上で公開されている (http://www.atp.nist.gov/atp/atphome.htm) 。

3.5.1 企画提案書の提出・審査

 ATPに提出される企画提案書は科学的・技術的メリット(50%)と総合的な経済的メリット(50%)に基づいて審査される。

企画提案書は以下の要素を具体的に示さなければならない。

(1)潜在的な商業的利益と達成のための戦略
(2)商業的利益の実現を阻む現下の技術的な障壁
(3)技術的な障壁と研究開発の目的との関連性
(4)技術的な障壁を克服するための具体的な研究開発計画

 企画提案書の選抜プロセスは予選、科学・技術・実務分野の専門家によるピアレヴュー、口頭審査、最終格付から成る。

3.5.2 進捗管理

 ATPはプロジェクトの進捗状況をモニターするため、特定の監視活動と監査を義務づけている。

 助成金受給者はプロジェクトの立ち上げ段階、終了段階、および年に一度行われる当該プロジェクトに配属された技術担当および実務担当のプロジェクト・マネジャーとのミーティングに出席しなければならない。

 助成金受給者はATPに対して四半期ごとに財務、技術、実務報告書を提出する。

 また、助成金受給者は、必要に応じて、NISTがATPの効果を評価するために行う特別調査への参加を求められる。

 助成金を受給する企業が大規模な組織改変を行う場合、新しい経営陣はATPに対し、改変後も承認済みのプロジェクトの目標を首尾一貫追求する旨の確認書を提出しなければならない。

 JVの場合、主導権を持つリード・カンパニーがJV参加企業の取りまとめとプロジェクト管理に責任を持ち、ATPとの連絡役を務める。

3.5.3 助成金の交付・停止

 ATPの助成金は分割(通常は四半期ごと)で支払われる。企業側も支払の各段階で同等比率の資金拠出を行わなければならない。

 この段階的な分割払いは、プロジェクトの査察過程で不正な活動が認められた場合、あるいはプロジェクトが目的から大きく逸脱していると判断された場合、政府が直ちに助成を停止し、損失をすでに支払済みの助成金に留めるための措置である※1

 同様に、プロジェクトの達成目標が変更された、もしくは適切でないと判明した場合、あるいは助成金受給者の周辺事情に変化が生じた場合(例えば、外国企業に買収されるなど)、Public Law 102-245にしたがって直ちに助成金の支払を停止できる。

 $300K以上のプロジェクトについては、独立の会計監査人もしくは“Resident Cognizant Federal Auditor(ATPが任命する政府の監査人)”がATP指定の間隔※2で正式な監査を行うよう義務づけている。なお、監査にかかる費用は直接経費とみなされ、政府がこれを負担する。

※1政府は必要に応じて空費分の助成金を裁判で回収することもできるため、実際には政府が“ロスを出す”状況は考えにくい。

※22年未満のプロジェクトはプロジェクトの終了時、2〜4年のプロジェクトは初年度の終わりとプロジェクトの終了時、5年のプロジェクトは1年目、3年目、5年目の終わりに監査を行う。

 

3.6 ATPプロジェクトの成果

3.6.1 参加企業での効果

 ATPの助成は情報システム、コンピュータ・システム、製造、素材開発、バイオテクノロジー、エレクトロニクス、化学薬品、ケミカル加工など、様々な分野に及んでいるが、ATPプロジェクトの参加企業の大部分が、ATPの助成対象となった技術分野において民間のR&D投資が増えたと指摘している。

 ATPプロジェクトの参加企業を調査したところ、回答者の70%が「ATPの助成によってR&Dの規模が拡大した」、「技術的リスクを負うことに、より積極的になった」と答えている。

 プロジェクト参加企業の86%が、ATPの支援を梃子に、ATP助成対象分野におけるR&D事業を加速させている。

 1993年から1995年の間に助成を受けたATPプロジェクトの参加企業を調べたところ、いずれもATP関連のテクノロジーからすでに収入を得ているか、もしくはその方向に向かって順調に進んでいた。

 技術開発の結果として、新たな営利機会の創出を見込む参加企業が過半数(59%)を超え、残り41パーセントも製品もしくはプロセスの改善を見込んでいる。なお、アプリケーションのうち35パーセントは市場のニーズや問題に応える“世界初の”ソリューションと考えられるものであった。

 新技術のうち、製品面に反映されるものが3分の2以上(65%)を占め、残りは製造プロセスもしくはサービスへの応用となっている。

 調査対象となったプロジェクトのうち、26件が助成後1年か2年という“早い段階”で収入を得ていた。プロトタイプおよび初期的なスピンオフ製品の販売利益は2,000万ドルを超え、ライセンス契約から入る特許権使用料は44万5,000ドルにのぼる。

 ほとんどの参加企業はATP助成から4年以内に収入の道を開くことを期待している。

(Source: ATP Business Progress Reports from 207 projects funded 1993-1995)

3.6.2 事例

プロジェクト 商品化・営利活動の事例

Affymetrix, Inc.

1994-99

DNA Diagnostics

  • 最初の製品(GeneChipョ Systems)を1996年半ばに商品化、1997年には$4.8Mの利益を出している
  • NIH及びその他の政府・企業パートナーから後続財源を確保
  • 1996年6月に株式公開、$92Mを調達。
  • 1997年から1998年、GeneChipョ の販売増進に伴って製品収益が$22.8Mにアップ(377%増)

Al Ware

1994-99

Artifical Intelligence Software

  • 人口知能技術Process Advisorを商品化
  • 1997年、Computer Associates Int’lによって買収

Kopin Corp.

1994-98

Display Technology

  • Motorolaと提携、CyberDisplay凾ベースに新製品を開発、製造、販売(新規の製品カテゴリーの創出を含む)
  • Siemens、Wireless、Gemplus、FujiFilm Microdevicesら、Motorola以外のOEMパートナーとも契約
  • 1997年から1998年にかけて製品収益が77%増($13.1Mから$23.2Mへ)。10万台を超すCyberDisplay凾フ出荷もこの増収に貢献した
  • Industry Weekの1998 “25 Technologies of the Year“を受賞

Nonvolatile Electronics, Inc.

Magnetoresistive Computer Memory

  • MRAMチップの商品化を目的としてMotoralaと提携、1999年内の商品化を目指している
  • Motorolaの資本参加(12%)
  • 二次製品GMRセンサーを商品化、収入$500,000以上

Texas Instruments

Integrated Cicuitry Insulation

  • 素材開発のためにNanoPore, Inc.と提携
  • 1998年、Allied Signal, Inc.がNanoPoreのスピンオフを買収、Nanoglass(素材)の販売活動にあたる
  • Nanoglassの顧客(半導体メーカー、統合回線メーカー等)に対して加工技術のライセンシングを検討

Third Wave Technologies, Inc.

DNA Diagnostics

  • 1996年半ばに最初の製品キットを商品化、1996年末までに$300,000の収益達成
  • NIH及びDOEから後続財源を確保
  • 1998年半ばまでに3つの新製品を発売、収入の見積は5年以内に$100M以上
  • 大手製薬会社及び農芸会社と技術の販売/ライセンシングを交渉中

 

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