ここ数年、日本の研究開発支援のあり方を見直す必要性が叫ばれるにつれ、政府による研究開発支援策ではすでに50年の歴史をもつ米国の研究開発機関への関心が強まっている。なかでも、研究開発支援プログラムにおける「プログラムマネージャ」の役割の重要性については、急速に認識が高まっている感がある。
しかし、一口にプログラムマネージャと言っても、各研究開発機関におけるプロジェクトの選定方式により、その役割には違いがある。代表的なプロジェクト選定方式としては、以下の2つがある。
1)ピアレビュー方式
2)プログラムマネージャ方式
情報技術関連以外の省庁では他の方式も採用されているが、情報技術関連の研究開発を担う主要4省庁(DARPA、NSF、DOE、NASA)ではこの2方式が採用されている。
そこで、プログラムマネージャを取り巻く研究開発環境については主に付属資料で述べることとし、本章では、ピアレビュー方式を採用する代表的機関であるNSF(National Science Foundation)とプログラムマネージャ方式を採用するDARPA(Defense Advanced Research Projects Agency)におけるプログラムマネージャの役割を中心に言及する。
なお、プログラムマネージャという職種についての呼称は、組織により「プログラムマネージャ」のほか、「プログラムオフィサ」、「プログラムディレクタ」などさまざまである。NSFでは「プログラムオフィサ」と呼ぶこともあるが、本章では便宜上、「プログラムマネージャ」で統一する。
2.1.1 NSFにおける研究開発支援(ピアレビュー方式)
NSFでは、研究開発支援プログラムの選定方式として「ピアレビュー」方式を採用している。この方式はまず、外部査読者(ピアレビュア)に提案の評価を委託するもので、基礎研究分野での長期的支援の場合に採用される代表的な方法である。ピアレビューは米国の研究開発プログラム選定の基本方針とも言えるもので、政府の研究開発支援プログラムの採用の30%をこの方式が占めている。特に情報技術分野においては、政府と産業界の研究コミュニティの結びつきが他の研究分野より強いことから、その割合はさらに高くなっている。
NSFの研究開発支援におけるプログラムマネージャの役割は、外部査読者の審査結果を検討資料として「研究内容に関する」採否を決定し、上層部の決定機関に結果を勧告として提出することである。
2.1.2 NSFのプログラムマネージャ像
NSFには約400人のプログラムマネージャがおり、各研究プログラムごとに1〜2人のプログラムマネージャが担当している。内訳は常勤職員(Permanent Staff)が約6割、期限付きで大学などから来ているRotating Staffが4割という構成になっている。Rotatorの場合は1〜3、4年の任期が通常だが、延長してさらに長くいる場合もある。前述のとおり、NSFのプログラムマネージャの任務は、外部査読者によるプロジェクトの審査結果をもとに研究内容そのものを評価することであり、それ以外の観点からの評価は別の部署が行うことになっている。予算についても、各研究者から提出された直接経費の査定や管理はプログラムマネージャが担当するが、間接経費については契約部門が担当している。
2.1.3 ピアレビュー方式の特徴
ピアレビュー方式の長所と短所を以下に示す。
表1.ピアレビュー方式の長所と短所
長所 | ・外部査読者、プログラムマネージャなどにより採否決定までの分業体制が確立しており、多くの専門家による公平な審査が可能。 |
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短所 | ・審査に膨大な時間と費用を要する。 (NSFには59,000人以上の外部査読者がいる。提案査読の報酬は1日150ドルと決して多くないが、1件の提案につき、3〜10名の査読者が審査を行うため、提案数は年間延べ17万件にものぼり、査読者への報酬のコスト削減が改善すべき問題とされている。) |
2.2.1 DARPAによる研究開発支援(プログラムマネージャ方式)
DARPAは米国国防省のための研究開発組織で、軍事的な役割の向上と米国の技術的優位性を保つことを目的としている。そのため、研究の学術的意義よりは技術的なインパクトを重視し、アイデアをプロトタイプシステムとして実現する研究を支援している。リスクは高いが実現すれば大きな成果が期待できるような研究を対象とすることが多く、ニーズ指向が強い。DARPAのプロジェクトにおいては、その立ち上げから運営に至るあらゆる課程において、プログラムマネージャに大きな裁量権が委ねられ、強力なリーダシップによってプロジェクトが運営されているのが特徴である。このようなプロジェクトの運営方法を「プログラムマネージャ」方式と呼ぶ。
2.2.2 DARPAのプログラムマネージャ像
DARPAには約240人の職員がいるが、このうち、約140人を技術系職員(Technical Staff)が占める(1997年8月現在)。ただし、この中には7つのTechnical OfficesのDirector(Technical Officeの規模によっては、Deputy DirectorやAssistant Directorも置かれている)などの管理職も含まれているため、それらの職員を除いた120〜130人がプログラムマネージャである。
NSFと比較するとDARPAのプログラムマネージャの権限は格段に大きく、プロジェクトの策定、立案、審査などをすべて自らの裁量で行なう。提案の公平な審査のため、提案1件につき、3〜5名の外部査読者を付け、事前審査を共同で行なうものの、評価基準の設定や最終的な採否はプログラムマネージャが決定する。ただし、自分のアイデアをプロジェクトとして立ち上げるためには、DARPA内で2週間に1度の割合で開かれるプログラムマネージャ・ミーティングで承認を得ることが前提である。
プログラムマネージャは、同僚のプログラムマネージャ約20人を前に、実施したいプロジェクトのテーマや実施者、資金などについて発表し、コメントを求める。平均3〜4回のミーティングを経て、一つのプロジェクトが立ち上がる。このような過程を経て、プログラムマネージャは年間に1人平均6〜7件のプロジェクトを立ち上げている。
ここで重要なのは、プロジェクトの策定段階が各プロジェクトの評価の場であると同時に、プログラムマネージャ自身の評価の場ともなっていることである。自身の提案がプロジェクトとして立ち上がり、成功を収めれば、プログラムマネージャも高い評価を受けるが、ミーティングの段階で他のプログラムマネージャたちの承認が得られず、プロジェクトが成立しなかったり、自分の立ち上げたプロジェクトの成果が思わしくない場合には、結果的に担当者であるプログラムマネージャに厳しい評価が下ることになる。成果の出ないプロジェクトは途中で打ち切りになるため、毎年、研究支援プログラムの20%程度が入れ替えられている。
このように、DARPAのプログラムマネージャはプロジェクトの策定、立案から遂行に至る全過程で非常に大きな裁量権をもつが、同時にその成果が自身の評価に直結するという厳しい職務である。また、現在運営しているプロジェクトの進捗管理をすると同時に、新しいプロジェクト策定のシーズとなるような専門分野の最新知識を得るため、年間の半分近くは大学や企業への出張に費やすことになる。こうした激務のため、任期は3〜5年とされているが、経験者の弁によれば、実際には2年程度が限界であるという。
2.2.3 プログラムマネージャ方式の特徴
プログラムマネージャ方式の長所と短所を以下に示す。
表2.プログラムマネージャ方式の長所と短所
長所 | ・プログラムマネージャの権限が大きいため、計画変更が迅速にできるなど、機動力がある。 |
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短所 | ・短期間で成果を求めようとするため、達成目標が狭い分野に限定されがち。 |
NSFとDARPAは組織としての目的や指向する研究分野が違うことから、各々のプログラムマネージャの役割も違ったものになっているが、プログラムマネージャに求められる資質には、いくつかの共通項が存在する。まず、助教授、教授などの肩書きよりも、本人に「やりたい研究のアイデアとそのプロジェクトをマネージメントする能力」があることが最も重視される。典型的なプログラムマネージャ像を以下に示す。
表3.NSFとDARPAのプログラムマネージャ像の比較
NSF |
DARPA |
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人 数 | 約400人 | 120〜130人 |
任 期 | 常勤または1〜3,4年 (Rotator の場合) | 3〜5年(実際には2年程度) |
役 割 | 外部査読者の審査結果を検討材料として、研究内容に関する採否を決定する | プロジェクトの策定、立案、審査などをすべて自らの裁量で行う。 |
求められる資質 |
1)技術的資格(有力な大学でPh.Dを取得している。)があるか、重要な技術に関する学識の深さが証明できること。 2)Ph.D取得後、5年以上の実務経験があること。 3)年齢35歳程度。 4)以下の要素を含む高い管理能力を持つこと
5)プロジェクトの成功への熱意と動機を持っていること。 |
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プログラムマネージャになるインセンティブ | 1)研究者としての目標の実現 2)研究者が社会に貢献する一方法 (特にNSF) 3)その後のキャリアパスとして有利 (特にDARPA) 4)高収入は必ずしもインセンティブになっていない。 |
これらの能力を備えた研究者をプログラムマネージャとして採用する場合、公募も行なっているが、実際には現役のプログラムマネージャの人的ネットワークに負うところが大きい。例えば、DARPAでは、現役のプログラムマネージャが自分と同じ研究分野で活躍する研究者に会ったり、その研究者の論文を読むことにより、10人程度のプログラムマネージャ候補者をあげ、彼らの履歴書をDirectorに送る。Directorレベルでは候補者を4_5人に絞り、面接で「技術的な知識だけでなく、管理能力のチェック」も行なう、という方法で採用を決定することが多い。NSFにおいても、Rotatorとしてプログラムマネージャに採用される人のほとんどが、プログラムへの応募者であったり、外部査読者としてNSFの研究開発支援に協力していたなど、以前から何らかの形で関わりがあったという場合が多い。
NSFの場合もDARPAの場合もプログラムマネージャになる動機としてあげられるのは、「研究者としての目標の実現」である。プログラムマネージャになることは現役の研究者からの引退を意味するのではなく、むしろ、より広い視野で自分の専門分野を見直す機会と考えられている。実際、大学教授として学生を使って研究をするよりも、プログラムマネージャとして全米の優秀な研究者を率いて最先端の研究を展開する方がより大きなビジョンで研究ができるという魅力がある。
また、アメリカではプログラムマネージャになることが「研究者が社会に貢献する一つの方法」として社会的に認知されていることも大きな特徴である。
これらの背景には、日本とは明らかに違う理想の研究者像がある。アメリカでは研究者としての能力とともに、マネージメント能力も重視されており、優秀な研究者はプロジェクトを管理、運営するマネージャとしての能力も兼ね備えていることが求められる。したがって、プログラムマネージャの経験があることは、研究管理能力も兼ね備えた優秀な研究者の証であり、「その後のキャリアパスとして有利に働く」ことも大きなインセンティブの一つとなっている。
給与面では、NSF、DARPAのどちらにおいても、プログラムマネージャに就任する前に所属していた組織での給与が考慮されるため、必ずしも「高収入がプログラムマネージャになるインセンティブにはなっていない」ようである。例えば、NSFでは常勤のプログラムマネージャの給与は$62,475〜$97,366(1996年11月当時)と決められているが、Rotatorの場合には元の組織における給与が適用されている。
NSFとDARPAにおけるプログラムマネージャの役割を一言で表すと、NSFでは「コーディネーション」であるのに対し、DARPAでは「コントロール」が中心となっている。
このようなプログラムマネージャの役割の違いからも明白なように、NSFとDARPAではプロジェクトの目的にも、その指向するところにも大きな違いがある。NSFは科学技術全般に係わる基礎研究の支援、育成を主な目的としており、商用化に至らない分野での長期的研究を支えている。それに対し、国防省の傘下にあるDARPAは、よりニーズ指向で実用的な成果をめざす研究を対象としている。そのため、必然的にそれぞれが採用するプロジェクト選定方式にも違いが生じている。
しかし、国の研究開発支援策全体として見た場合、両者が共存することで、目的や性格の違うさまざまな研究をバランス良くカバーすることが可能になっており、これにより、多くの成果が期待できる仕組みとなっていることが重要である。