ICOT TODAY Issue #12

April 18, 1995



[目次]





[はじめに]

物事には「終り」があるのだと頭ではわかっているのですが、慌ただしく過ぎ ていく日々の中にいると、このまま同じような毎日が永遠に続いていくかのよ うに錯覚してしまいます。 でも、始まりがあれば必ず終りがある、というこ とを、いやでも実感させられる時が来るのですね.....

1995年 3月 31日、「 ICOT研究所解散パーティ」が開かれました。13年間の歴 史の最後を飾るこのイベントに、ICOT OB、現役、その他関係者、合わせて 120名ほどの方々が出席して下さいました。

会場では、久しぶりの再会を喜ぶ声や懐かしい昔話に混じって、ついに終って しまうんだね、という声があちこちで聞かれ、思い出話に花が咲く楽しい会で ありながら、いよいよ最後かと思うと何とも寂しい...、複雑な数時間となり ました。

これで ICOT研究所は解散となるわけですが、まだひとつ、我々には重要な課 題が残されています。それは、FGCSプロジェクトおよび、その後の後継プロジェ クトで開発した技術の集大成である ICOT Free Softwareの配布を継続してい くと共に、さらに改良や拡張を行っていくことです。

そこで、現在、「 IFSの配布と保守のセンター(仮称)」を置く新事務所を開 設する計画が進んでいます。場所は、今までの三田国際ビルから、金杉橋の近 くにあるビルに移る予定です。

現在、ICOTの管理部門は、三田国際ビルの撤収作業を進めるかたわら、一部の 研究員およびソフトウェア開発担当者のチームと共に、この新事務所の立ち上 げにとりかかっています。新事務所への移転は、5月半ばからとなる予定です。

新しいセンターの業務内容および IFSの今後につきましては、これからも電子 メイル等で皆様にお伝えしていきたいと考えています。従って、今号のICOT Todayは、前号でお知らせした最終号という形ではなく、次への橋渡しという ような内容としました。

研究所が解散して本当に寂しくなりましたが、今まで育んできた第五世代の技 術の種は、それぞれの出向元、あるいは大学へと移った ICOT OB、また、今ま で ICOTの研究開発を支えて下さった皆様が、それぞれの場所で花咲かせて下 さると信じています。新しいセンターの活動も、その助けになれば幸いです。

浪越徳子

それでは、ICOT Today 第 12号、最近の ICOT関連ニュースの Headlineからお 伝えします。


[ICOT TODAY HEADLINE]

1. 15大学研究室の研究討論会行われる

ICOTでは、平成 5年度に続いて平成 6年度も、11大学の 15研究室に、IFSに関 するテーマを中心とする調査研究を委託しました。その研究成果を発表するた め、去る 3/3(金)と 3/7(火)の 2回に分けて、ICOTのアネックスにおいて、 研究討論会を開催致しました。

各大学の先生方と学生さんが多数出席して下さり、ICOTの参加者を含めて、両 日とも 50名近くが参加する盛況な会になりました。発表の後の質疑応答が盛 り上がり、終了ベルを鳴らしてもなかなか終らない... という光景も多々あり ましたが、質疑応答の続きは、その後の懇親会に持ち越して、皆さん、大いに 飲みながら激論を戦わせていらしたようです。(記事なし)

2. ついに !! ICOT研究所解散.....! (;_;)(;_;)(;_;)

3/31の解散パーティを最後に、ICOT研究所の中核部隊であった二つの研究部は 解散しました。12年 8ヶ月 ICOTにいらして、研究所の歴史をすべて(?!) ご 存知の近山さんのような方から、後継プロジェクトの 2年間のみ ICOTに参加 した若手まで、研究員の皆さんは、それぞれの感慨を胸に出向元へ、あるいは 大学へと巣立って行きました。

解散パーティには、なつかしい顔ぶれもたくさんいらして下さり、ICOT現役、 OB、その他関係者を含めて、参加者が 120名にのぼる盛況ぶりで、ICOT研究所 の解散にふさわしい、華やかな幕切れとなったのではないかと思います。

OBの皆さんには、事前に電子メイルで日時等をご案内したのですが、その際、 参加申込書に「コメント欄」をもうけたところ、皆さん、それぞれの思い入れ を簡単に書いて下さいました。

その一部を、ここに公開させて頂きたいと思います。ご本人の了解を得ていま せんので、イニシャルだけ記させて頂きます。尚、参加のかた、不参加のかた、 とり混ぜて並べます。

(記事なし)

3. IFS 講習会を、ICLP'95にて開催 !

IFS Newsletterでご案内しました通り、平成 4年 8月に第一期の IFSリリース を行って以来、現在までに公開された IFSは 100本を数えます。

これからも皆様にどんどん IFSを利用して頂くため、今年 6月に 湘南国際村 センターで行われる 12th International Conference on Logic Programming (ICLP'95)において、IFS講習会を行うこ とになりました。

詳細は追ってお知らせしますが、代表的な IFSについての講習を、ICLP'95最 終日にあたる 6月 16日(金)に行う予定です。詳しくは、下記へお問い合わ せ下さい。

4.続・Quixote入門

IFSの中でも、Quixote, μ-Quixoteは大変注目されており、ICOT Today #10で JIPDECの高橋千恵さんによる「 Quixote入門」をリリースして以来、各方面か らお問い合わせを頂いているようです。

さて、皆さん、お待たせしました!!! 待望の第二弾、「続・Quixote入門」を お楽しみ下さい! (記事 No. 12-1)

では、Headlineでご紹介した中から、今号は以下の記事をお届け致します。


続・Quixote 入門

JIPDEC 高橋 千恵
前回は、ICOT で開発しました、Quixote(キホーテと読みます)の命名の謎を解 き、それが演繹データベースとオブジェクト指向データベースとの統合から生 まれた演繹オブジェクト指向データベース(Deductive Object-Oriented Database: DOOD)言語であることをお話しました。

今回は、Quixote の特徴を明らかにするために、統合に関する具体的話題: 「オブジェクトとルール」と「2つの継承」について、簡単にお話ししましょ う。

最初に、オブジェクト指向データベースが持つ基本的考え方、オブジェクトと、 演繹データベースの特徴である、ルールが結び付くとどうなったのか、簡単に 説明しましょう。

1.オブジェクトとルール

Quixote では、例えば皆さん良くご存知の、相続税の法律

を記述しようと考えています。さあ、皆さん、どのように記述しようと思われ ます?

まず、この文章が、条件と結果を表していて、ルール (「A が成り立てば、B が成り立つ」を表すもので、A には条件、B には結果が入ります。) によって 記述できることに気づかれると思います。さらにその条件や結果を記述するの に、「ご主人」のような登場人物や、「財産」のような物、「死亡」のような 概念などに、注目なさると思います。

この注目する対象 (概念なども含めて) を、まずは、「オブジェクト」と呼ぶ こととしましょう。

オブジェクトとして、「相続分」「主人死亡」「妻生存」「子供達生存」「財 産」を選べば、この文章は、

となります。ここで、先に上げた「オブジェクト」とその性質によって、相続 税の法律が記述されたことに気づかれると思います。

Quixote は、演繹データベースから引き継いだものとしてルール (「A が成り 立てば、B が成り立つ」を「B <= A」と記述します。) を持ち、オブジェクト を表すオブジェクト項をオブジェクト指向データベースから引き継いでいます。 つまり、上記の文章は、Quixote では自然に

	相続分/[妻=S/2, 子供達=S/2, 叔父叔母達=0, 祖父母=0]
	        <= 主人死亡, 妻生存, 子供達生存, 財産/[総額=S];;
と記述できます。

○ ひとやすみ (^^)

ここで、Quixote で使われている用語をちょっと紹介しましょう。先ほども述 べましたが、

オブジェクトを表す項を「オブジェクト項」と呼び、

オブジェクトとその性質を表す項、

を「属性項」と呼んでいます。オブジェクト項は、"/" とその右のない、属性 項の特別な形とも考えています。

次に、人工知能の分野で誕生し、情報の組織化、コードの共有、再利用に有効 であると認められている「継承」を Quixote は2つ持っているので、それに ついて説明しましょう。

2.2つの継承

2.1 性質継承

Quixote は、オブジェクト指向データベースから引き継いだ性質継承を実現し ています。性質継承を簡単に説明します。

例えば、人と哺乳類を考えた場合、人は哺乳類の性質を持っています。

この事実を記述する場合、人の性質のところにいちいち哺乳類の性質を書くの ではなく、哺乳類の性質は哺乳類に書いておいて、その性質を人に引き継がせ ることを思いつかれると思います。そうすることによって、性質の分類、整理 が行なえます。これが性質継承です。

Quixote を使って具体的に説明すると、

人 =< 哺乳類

と書いておいて、

哺乳類/[呼吸=肺,体温=定温]

などと哺乳類の性質を記述すると、人に哺乳類の性質を書かなくても、書いた ように自動的に扱われるのです。

ところで、上記のような性質継承を用いて現実世界を記述しようとしたことの ある方はご存知だと思いますが、現実世界には例外があります。次に Quixote が実現している「性質継承の例外」を説明しましょう。

2.2 性質継承の例外

さて、ここまで紹介したオブジェクト項は、全てアトムの形をしていました。 Quixote では、構造を持つオブジェクト項を用意し、性質継承における例外を 実現しています。例えば、

りんご[色=青]

が構造を持つオブジェクト項です。

○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
○突然注意:先に紹介した「属性項」と似たような形をしていますので、 ○
○     注意して下さい。見分け方は、”/”があるかどうかです。 ○
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
このオブジェクト項は、青りんごを表しています。これを使って、性質継承の 例外を説明しましょう。

りんご[色=青] の [色=青] 部分は、「色が青」を表しています。青りんごの 「色が青」という性質はとても重要なことは、皆さんご存知の通りです。「色 が青」でなくなったら、青りんごではなくなってしまいます。

さて、Quixote では、りんご[色=青] と書いた場合、

りんご[色=青] =< りんご

と書いたように自動的に扱われます。つまり、りんごの性質は、りんご[色=青] (すなわち青りんご)に引き継がれます。「青りんごはりんご」ですから、自然 ですね。但し、属性項を用いて、

りんご/[形=球状,色=赤い]

のようにりんごの性質を記述した場合、形=球状 (意味は「形は球状」) とい う性質は、りんご[色=青] に継承されますが、色=赤い(意味は「色は赤」)の 性質は、例外扱いされ、継承されません。先ほども言いましたが、りんご[色= 青] の色が青以外になっては困るからです。

つまり、属性項に書かれた性質(ここでは、形=球状 と 色=赤い)のうち、構造 を持ったオブジェクト項の中に示された性質(ここでは、色=青)と同じ事柄(こ こでは、色)に関する性質は、オブジェクトの中の性質が優先されます。

このようにして、Quixote では、性質継承とその例外を実現しています。

次に、Quixote が実現している、2つ目の継承を紹介しましょう。それは、演 繹データベースで考えられたルールの継承です。

2.3 ルール継承

Quixote では、ルールを分類したり、整理するためにモジュールを用意してい ます。モジュールは、複数のルールの入れものとも考えられ、名前が付けられ ます。

例えば、

モジュール1 >- モジュール2

とすると、モジュール2のルールが全て、モジュール1に継承されます。つま り、モジュール1に入っているように自動的に扱われます。

具体例を使って、モジュールが何たるかをもう少し説明しましょう。

先ほどの相続税の法律がルールで表されることから、容易に分かるように、相 続税法はルールの集まりです。このルールの集まりの入れものがモジュールで、 その名前は、例えば、「相続税法」とすると覚え易いかもしれません。

同じように、民法もルールの集まりと考えられ、その入れものを「民法」と名 付けましょう。そして、

民法 >- 相続税法

とすれば、相続税法のルールは、自動的に民法に継承され、モジュール「民法」 の中に、相続税法のルールをわざわざ入れておかなくてすみます。

このように、Quixote では、モジュールを使ってルールの整理、分類を行なう ことができます。

2.4 ルール継承の例外

Quixote では、ルール継承の例外も実現しています。

しかし、もうだいぶ長くなってきたので、ここの説明は、今回は簡単にしましょ う。(^^)

一言で説明するなら、Quixote のルール継承の例外には、

の2種類あり、例外継承させたいルールに、継承方法を表す記号を付加するこ とによって、例外継承を実現しています。

このように Quixote では、オブジェクト指向データベース、演繹データベー ス、それぞれから引き継いだ2つの継承があります。また、Quixote が扱う対 象が相続税法などであることを考えると、上記の2つの継承を使って知識の整 理、分類、共有、再利用を実現していることがお分かりになると思います。

今回は、Quixote が演繹データベースとオブジェクト指向データベースとの統 合であるという観点から、「オブジェクトとルール」と「2つの継承」につい て、簡単にお話ししました。

次の機会には、Quixote が DOOD 言語に留まらない言語であることを説明する ために、「制約表現」と「拡張された問合せ」についてお話しようと思います。

どうぞ、お楽しみに。

○ おまけ (^^)

最後になりましたが、一つお願いがあります。

皆さん、もうご存知のこととは思いますが、Quixote の2つのシステム (big-Quixote と micro-Quixote) は、IFS(ICOT Free Software) として、リ リースされました。IFS は綿毛のついたタンポポとして象徴されていますので、 Quixote も ICOT が放つタンポポの種の一つとして、(ネットワークを介して) 皆様のお手元に(フワフワと?)たどり着くと思います。

big-Quixote は、5年の歳月を掛けて、総勢21人で開発して参りました。 開発当初、

と一度ならずも言われました。

それを聞いて「必ず動かしてみせる!」と心に決めた人や、Quixote に対し恋 患い!? :) にかかった人もいました。超多忙のため Quixote メンバーが次々 と倒れた時もありました(当時、メンバー内では、「Quixote 病だっ!!」と騒 がれていました。(^^;;))。そんな風に開発してきましたので、Quixoteにはメ ンバー各人のいろいろな思いが込められています。その思いを私は前回の記事 に勢いで、「愛の結晶!?」と書いてしまいました。(^^;;

「結晶」については、もう少し違う思い入れもあります。私達が行なった演繹 データベースとオブジェクト指向データベースとの統合は、ただの統合ではな く、

「きらめきのある結晶かもしれない!? (^^)」

という思いです。ただの楽天家でしょうか?。。。(^^;;

しかし、この思いを裏付けるように ICOT では、

「Quixote は、もはや 小説『ドン・キホーテ』ではない!!」

と言われ始めています。小説の中のドン・キホーテは、無謀なチャレンジを繰 り返す者として描かれており、quixotic という形容詞にまでなっています。 それに対して我々の Quixote の歩んできた道を振り返ってみると、まっとう な選択をしてきたと確信され始めたからです。この辺の感じも、私の文章で皆 さんに伝えられるよう、心がけたいと思っていますので、よろしくお願い致し ます。(_ _)

さて、こんな Quixote が、フワフワと皆さんのお手元にたどり着いても、図 体ばかりが大きくて、実際のタンポポと違い、Quixote が辿りついた土地を皆 さんが耕したり、水をやったりしないと芽を出さないかもしれません。その時 は大変申し訳ないのですが、私達の思いが込められたものだということを思い 出して頂いて、大事に育てて頂きたいとこの場を借りてお願い申し上げます。 (_ _) (micro-Quixote は、機能を削り、痩せている土地(つまり、マシン環境) でも、花を咲かすようにはしてあります)。また、実際、花を咲かしてみても、 私達が言っていたきらめきが見つからず、がっかりなさるかもしれません。そ れは私達が結晶を磨き切れなかったのであり、結晶は Quixote に埋もれてい ると信じています。ですから、諦めずに育てて、結晶を探したり、磨いて頂き たいと思います。

この3月で長かった Quixote グループも解散しました (;.;)。私は、 (Quixote紹介文が書き終えなかったために!? (^^;;) 居残りで、紹介文を引続 き書くことになりました。私の記事が少しでも皆さんのお役に立てるようあと もう少し頑張りたいと思いますので、よろしくお願い致します。(_ _)

ところで今回、Quixote リリースと共に、マニュアルなどもリリースしました。 Quixote に興味を持たれた方は、そちらを御覧頂くことをお勧めします。

また、Quixote に関する論文も多数あります。興味のある方は、

irpr@icot.or.jp

にお問い合わせ下さい。また、私の記事に関する、質問、感想、疑問、要望な どもありましたら、遠慮なさらずにお知らせ下さるようお願い致します。(_ _)

[MESSAGE FROM THE EDITORIAL DESK]

ICOT Today 第 12号、いかがでしたか ?

この場をお借りして、これまで ICOT Todayの編集を担当させて頂いた浪越か ら、ちょっとご挨拶させて頂くことをお許し下さい。

ICOT Todayを出すことになった当初は、技術の内容もよくわからない私がなぜ?!? と内田所長を恨みました。:-) でも、今思えば、いろいろな方と話す機会も出 来たし、自分自身の興味も広がり、とても勉強になる楽しい仕事でした。

能力やアイデアの乏しさに悩みながらも、ここまで続けてくることが出来たの は、内田所長をはじめ IR&PR-Gメンバーおよび、こころよく記事を書いて下さっ た著者の皆様のおかげです。また、読者の皆様、感想等をメイルして下さった 皆様にも、本当に感謝しています。

私が書かせて頂く ICOT Todayは今号で最後だと思いますが、ICOT Free Softwareは永遠に不滅です!?! これからも、IFSのその後等を電子メイルでお 伝えすることは続いていく予定ですので、IFSウォッチを今後とも宜しくお願 い致します。

ICOTの研究所も解散し、桜の花も散ってしまいましたが、次の季節には別の花 が街を彩るし、来年の桜もまた楽しみというものです!! 何かと物騒な世の中 ではありますが、皆さま、お身体に気をつけて、それぞれの場所でご活躍下さ い。

そして、またいつかどこかでお会いしましょう!!!!!


ICOT TODAY	Issue #12
  編集・配布	海外渉外広報担当グループ( IR&PR-G )
		内田俊一  相場 亮  成田一夫
		兼子利夫  浪越徳子
  発行    1995年 4月
        財団法人 新世代コンピュータ技術開発機構
        東京都港区三田 1-4-28 三田国際ビル 21F
        電話: 03-3456-3195	FAX: 03-3456-3158
        e-mail: irpr@icot.or.jp

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