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3.3 IT技術の法への応用

3.3 IT技術の法への応用

新田 克己 委員

3.3.1 はじめに

 IT技術の発展が法律分野に大きな変革をもたらしている。1つは、法学教育での変革である。教材をWebで配信することにより、いつでもどこでも教育できる環境ができてきただけでなく、実務経験を通じてしてしか得ることが出来なかったような法律の実技技術が習得できるような高度な教育技術が提言されるようになってきた。特にわが国では来年から法科大学院の制度がスタートする。法科大学院では、法律の未経験者を3年で司法試験レベルまで立ち上げる必要があることから、メディアを使った効率の良い教育システムを開発することが急務になっている。
 もう1つの変革は、紛争の仲裁・調停(いわゆるADR)における変革である。各国ではADRの増加に対応するため、オンラインによるADRのシステムが試作されている。わが国でも一部のADR機関により、オンラインシステムが作られているが、相談自体は人手によるものであり、今後、相談件数の増大とともに、相談員の不足が予想される。IT技術により、ADRを支援することが必要になる。
 本章では内外における法学教育、および、ADRの研究動向を報告する。

3.3.2 教育支援システム

  欧米では、Web配信やCD-ROMによる法律の講義は普及しつつあり、今回調査した法律の知識ベースの国際会議Jurix2002[10]に併設されたLaw and Educationワークショップにおいても、ほとんどの発表がそのような法律教材に関するものであった。教材としてのコンテンツがかなり多く開発され、非常に充実したものになっていることは推察できたが、その反面、教育システムとしての興味ある報告はイタリアのDidaLex以外はあまりされていなかった。
 一方、わが国では、e-Learningとしての法学教育システムはまだ普及していないが、法科大学院による法学教育の方法を探究するプロジェクトとして、文部科学省科研費の学術創成研究「コンピュータネットワークを用いた法学教育の実践・評価システムの創成」(代表:松浦好治名古屋大学法学部教授)と、特別推進研究「法創造教育方法の開発研究−法創造科学に向けて」(代表:吉野一明治学院大学法学部教授)が教育システムとしては新しい試みを行っている。法科大学院では、単に法律の知識を習得させるだけでなく、法律の実務教育の導入部分を担当することが期待されている。これには、コミュニケーション能力や説明能力を持ち、事実認定などの実務的な体験を持ち、創造性を持った論理展開能力を持つ法律家を育てるための教育を行うことが必要になる。そのため、単にビデオ教材をWebで配信するような単純なe-Learningシステムと異なる高度な教育システムの開発が必要となる。

(1)DidaLex
 イタリアのInstituto di Teria e Techiche dell’Informazione Giuridica ? ITTG)は法学教育のオンライン化について進歩的な試みを行い、注目されている。ここで開発されているDidaLexシステムは、法令、判例のみならず、ビデオ教材や音声や法的手続きのチャート(図1)や関連のWebページを検索する機能を備えた総合的な法学教育のシステムである。このシステムの特徴は、学生はいろいろなページを結合して、独自のハイパーテキストを作り出せることと、テストによる自己評価システムがあることと、システムと学生の対話によって、理解度の低い点についてはフィードバックを行い、そのたびに必要なインストラクションのページを提供されることである。必要なインストラクションを出すためには、何を伝えるかだけでなく、どのように伝えるか、さらには、学生がどのようの学ぶかを分析する必要があり、その課題に取り組んでいる。これはオンラインの教育システムに関する普遍的な問題でもある。


図1 DidaLexシステムの画面

(2)「コンピュータネットワークを用いた法学教育の実践・評価システムの創成」
 名古屋大学大学院法学研究科を中心とした、このプロジェクトではIT技術を使った実技指導の研究を、以下のサブプロジェクトに分けて進めている。

1. Webを介した専門家のアドバイス提供、仲間による評価システム
2. Webによる理解度確認システム
3. デジタル基本六法プロジェクト
4. 映像収録・分析システム
5. WebCTカスタマイズプロジェクト

 このうちで4番目の収録・分析システムが模擬裁判システムとして実現されつつある。
 模擬裁判システムにおいては、現実の法廷に模して作られた演習室に4台のTVカメラがセットされている(図2)。それぞれは、裁判官、原告席、被告席、証言台を撮影している。裁判官席、原告席、被告席、証言台にはマイクがあり、音声感知スイッチコントローラは、現在、音声を発している者を感知して、その発信源のTVカメラの信号を選択して、傍聴者のモニタに表示すると同時にビデオディスクに記録することになっている。
 このように模擬裁判の記録を音声と画像で記録することにより、従来にない教育効果を期待することができる。1つは、映像にインデックスを付加することにより、場面に応じた原告や被告の映像を検索することができ、しぐさや表情を分析することによって、法廷論争の技術を身につけることができることである。2つ目は、ネットワークを利用することにより、専門家のコメントを容易に各場面に付加することができ、単なる記録だけでなく、分析結果を含めた教材として利用できることである。また、このような模擬裁判記録は専門家にとっての分析記録としても利用することができる。3つ目は、学生相互のコメントを出すことにより、実践的な授業が期待できることである。


図2 テレビカメラを配置した模擬法廷

 IT技術を利用した2つ目の教育システムは、学生の投票を利用した実習である。たとえば、和解シミュレーションにおいては、あらかじめ学生を原告側、被告側、裁判所側に役割分担をさせて、Webページを介して、和解の演習問題の提示と、分担ごとに異なる教材提示を行う。学生は、それぞれの担当に応じて和解計画書を作成し、期限までにWebページに書き込みを行う。書き込まれた和解計画書はどの学生からもWebページからアクセスすることができ、他人の計画書と自分の計画書を比較することができる。Webページであるため、外部の専門家からのコメントを和解計画書に付加することで教育効果を高めることが可能となる。次に学生同士で投票を行い、多くの票を獲得した学生が代表者となってロールプレイングを行う。ロールプレイングについては、前述の模擬法廷システムを利用する。

(3)「法創造教育方法の開発研究−法創造科学に向けて」
 明治学院大学を中心とするこのプロジェクトにおいては、法科大学院において、創造力をもつ法律家を育てるため、以下の点で研究を進めている。

1.法創造基礎の理論的解明
2.実務と教育における法創造の実際の解明
3.法創造教育方法の開発
4.法創造教育支援システム

 このうち、1番目の法創造基礎においては、ゲーム理論、交渉学、経済学などの知見を利用した法制定の効果の分析などを行っている。たとえば、法改正が期待したとおりの効果を生み出すかどうかを、アンケートの分析によって予測するなど、単なる理論ではなく、検証方法まで関連させた法律の設定効果の方法論についても検討されている。
2番目の法創造の実際の解明においては、アメリカのロースクールの教育の分析を行い、ソクラティックメソッド、ケースメソッド、プロブレムメソッド、ディスカッションメソッドなどを用いて、知識を伝えるのではなく、知識を発見する教育方法の分析を行っている。たとえば、民法の専門書においても難解とされていて、十分な解説がなされていないような最高裁の事例について、学生の反応を電子メールで確認しながら、関連知識を少しずつ与えながら、問題点を徐々に把握させる講義の実験を行い、学生に知識を教え込むのではなく、知識を発見させる教材の開拓を行っている。
 4番目のテーマとして開発されている模擬裁判支援システムは、前述の名古屋大学のシステムと異なり、原告と被告が対面するのではなく、オンラインのシステムを用いて、遠隔地での裁判を想定している(図3)。原告と被告はクライアントとして模擬法廷のサーバに接続し、裁判官エージェントの指揮に従って模擬裁判を行う。したがって、原告と被告は相手の顔を直接見ないで、文字または映像を介してのみの裁判となる。裁判官エージェントは同一課題に関する過去の事例ベースを有しており、類似場面の訴訟指揮事例を用いて、指揮の自動化を試みている。過去に類似事例がない場合には、教師が介入して、裁判官エージェントを制御する。従来の模擬裁判は、時間も場所も限定され、教師の負担も大きいため、学生全員にロールプレイングを体験させることができない。最近では、場所の制約を軽減するため、ビデオ会議システムを応用した遠隔地の模擬裁判も実験されているが、それでもなお、教師の負担は大きい。それに対し、エージェントを用いた模擬裁判支援システムは、教師の負担を軽くし、できるだけ多くの学生に模擬裁判を予備的に体験させるためことを目的としている。したがって、このシステムである程度の経験を積んだ学生は、次段階として、本格的な模擬裁判へ移行することを想定している。


図3 模擬裁判支援システム

3.3.3 紛争解決支援システム

 ADR(Alternative Disputation Resolution)は裁判によらない紛争解決手段である。たとえば、国民生活センターなどの代表される各地の消費者センターでは商品に対する苦情相談を行っており、助言や専門家の斡旋だけでなく、必要に応じて仲裁や調停を行うところもある。[21]には、わが国におけるADRの実情と課題が詳細に説明されている。
 ADRをオンラインで行う試みが内外でもなされている。たとえば、[19]には、アメリカにおけるオンラインADRのサービスが24掲載されている。その多くは、メールを使った相談システムであり、実際は専門家による調停を前提としているものが多い。その中ではCybersettle[14]が和解のための金額の調整のためのコミュニケーションツールを有しているようである。
 わが国でも、たとえば、電子商取引協議会(ECOM)ではオンラインによる苦情相談を受け付けている。オンラインであるから、相談者とのやりとりは図4のようにすべて文書の形で記録されることになる。
 苦情相談がなされると相談員は事実の確認を行うために、何回かメールのやりとりを行うのが普通である。その際、必要に応じて、関連のWebページにアクセスしたり、相手先に確認のメールを出すこともある。結果として、多くの場合は仲裁や調停にいかずに、助言だけで終わることになるが、その際、かなり多くのケースが類似した対応をとることになる。たとえば、知らない間に海外のWebページに接続され、非常に高額の国際電話料金を請求されたケースは、非常に相談件数が多いが、このようなケースの対処方法は、ほとんどは、

自分のPCを調べ、接続先が変更になっていないかを確認する、
「電話料金の請求を免れることは困難であるが、減額を依頼してみる」と助言する、

ことですんでしまうものである。
 このような典型事例は、相談員を呼び出すまでもないので、多くの消費者センターでは、典型事例集をWebページに記載して、ユーザに無駄な相談を避けてもらうようにしている。
ECOMではこのような典型事例を構造化し、質問に答えるだけで助言ができるWebページを試作している(図5)。現在は、このような助言ページの評価と、事例からの助言ページの自動生成の検討を行っている。

図4 苦情相談の例
相談者タイプ: 個人
相手方タイプ: 個人
取引目的物: ノートパソコン
取引目的価格: 150,000円
取引カテゴリー: ネットオークション
取引目的授受区分: 受領
代金決算区分: 未払い
原因区分: 広告相違
相談内容: オークションでノートパソコンを15万円で落札した。送られてきたノートパソコンを見ると、写真には写っていない部分に大きな目立つ傷がついていた。私はこのパソコンを外出先でも使うつもりなので,このような大きな傷は非常に気になります。そこで、出品者に値段の引き下げを求めました。しかし出品者はパソコンの機能自体には何ら問題はないので,値下げ要求には応じられないとのことで、話し合いに一切応じる様子はありません。値下げ要求をしているので、パソコンの代金はまだ払っていません。オークションの主催者にも連絡したが、なんにもならず、本当に困っています。調停に持ち込んで欲しい。
対処: 本件は、当該オークションにおける「出品物の説明と現物の状態」の相違に原因があると判断いたします。調停による解決を希望ということですので、出品者のB氏の参加意思が確認され次第、調停を行います。


図5 助言のWebぺージ

 

 

3.3.4 関連会議など

(1)メディアを使った法学教育に関する学術団体
 以下に学術団体の主なものあげる。ここにあげた学術団体には、メディアに関連しない純粋に法律だけの学術団体は省いた。

Law, Education and Technology
BILETA British & Irish Law, Education and Technology Association
CALI Center for Computer-Assisted Legal Instruction
LETA Law & Educational Technology Association
LCC Law Courseware Consortium
Law and Technology
IAAIL International Association for Artificial Intelligence and Law
ISLAT International Society for Law and Technology
JURIX Foundation for Legal Knowledge Based Systems
Education and Technology
AACE Association for the Advancement of Computing in Education
ALT Association for Learning Technology
EDUCAUSE Association for Transforming Education Through Information Technology
IASTED International Association of Science and Technology for Development
IAIED International Artificial Intelligence in Education Society
IEEE/LTTF Learning Technology Task Force
IMS Global Learning Consortium Inc.
OTEC Educational Technology Expertise Centre of the Open University of the Netherlands
SURF Dutch Cooperative Organisation Network Services and ICT for Institutions for Higher Education and Research
PROMETEUS European Partnership for a Common Approach to the Production of e-learning Technologies and Content

 上記のうちで、IAAILの主催する隔年の国際会議ICAIL(International Conference on AI and Law)、JURIXが開催する国際会議、BILETAやLCCらがthe Law Courseware Consortium(LCC)と共催する隔年の国際会議SubTechは注目する必要がある。ただし、SubTechは招待者のみしか発表することはできない。

(2)情報ネットワーク学会
 日本での関連学会としては、2002年に発足した「情報ネットワーク学会」が活発な活動を行っている。この中で、「サイバーコート研究会」は、

  1. 司法のIT化の可能性を探り、問題点を研究する。
  2. 国内外の機関とインターネット経由の遠隔司法の実証実験を進めるとともに、その問題点を研究する。特に、従来のテレビ会議システムのみでなく、IPNetを使ったシステムの実証実験を進める。

の2つを目的とし、「ODR研究会」は、

オンライン技術を用いた裁判外紛争処理手続(Online Dispute Resolution)について、技術面と手続面の双方からのアプ ローチにより、実現可能性とその問題点を明らかにしていく。法的理論面での検討ももちろんだが、オンライン上のセキュリティ、自動処理の可能性、実証実験などの技術面の研究も重視する。

を目的とするので、本報告で述べた法学教育やADRへのIT技術の応用と重なるところがある。今後の成果が期待される。

(3)法とコンピュータ学会
 「法とコンピュータ学会」においても、「インターネットとADR」が2001年の研究会の報告テーマとなっている。

[参考文献]
[1] http://www.Iri.jur.uva.nl/LETA
[2] http://www.vuw.ac.nz
[3] http://www.cooley.edu
[4] http://rocket.vub.ac.be/
[5] http://w3.idg.fi.cnr.it/didalex/
[6] http://www.uninettuno.it/nettuno/index.htm
[7] http://www.ijcai-03.org/1024/index.html
[8] http://www.ecom.or.jp/adr/program.htm
[9] http://homepage2.nifty.com/civilpro/adr/koza/
[10] http://www.dcs.kcl.ac.uk/staff/aspassia/jurix02/
[11] http://www.iadb.org/mif/eng/conferences/presentations/gelinas/
[12] http://www.wm.edu/law/courtroom21/legalsystem/
[13] http://personal.law.miami.edu/~froomkin/articles/adr-slides/
[14] http://www.cybersettle.com/flash.htm
[15] http://www.courttv.com/
[16] http://www.law.washington.edu/ABA-eADR/home.html
[17] http://www.adr.gr.jp/
[18] http://www.kokusen.go.jp/jcic_index.html

[19]

http://www.cibertribunalperuano.org/enlaces_todo.htm
[20] http://www. clicknsettle.com/
[21] 「ADRの現状と理論」ジュリスト No.1207,2001

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