1.1 調査ワーキンググループの活動方針
奥乃 博 主査
この数年の間にパソコンや携帯電話(携帯端末)およびインターネットが急速に普及し、社会は情報技術(IT)による大きな変革の波にさらされてきた。このIT革命とも呼ばれる大きな変革の波も、実際的な応用が明確にならないまま不景気とともに急激に萎んでいる。IT革命の中身が実現されることなく、システム投資だけに明け暮れたITバブルがはじけた現在、IT革命を真に成功させ、国民の幸福に結びつけるためには、インターネット上の価値あるコンテンツを効果的に開発・維持・検索・活用するための技術と仕組み、および、人間とコンピュータとの間のインタフェースの能力を現在のレベルよりも格段に優れたものへと飛躍的に向上させることが必要である。
インターネットの出現により生活様式の変化や、新たな文化の創出が生まれつつある現実を見据え、情報技術によるより良い社会を実現するためには、人間が主役である『人間主体(Human-Centered)システム』の構築が焦眉の急である。従来の情報技術は、コンピュータの高速化、高性能化、高信頼化、大容量化などを廉価に実現し、人間の作業を機械で置き換えることによって、いかにしてコンピュータを既存の人間社会に適応させて行くかが主要課題であったと言えよう。これらは依然として重要な課題であるが、それに偏重することは、IT革命を推進する上で片手落ちである。
人間主体システムの設計・開発では、新しい「人間・コンピュータ共存系」におけるコンピュータの役割、すなわちコンピュータが人間に与えうるもの(メリット)、つまり、インターネットアプリケーションも含めて、広義の「コンテンツ」に、より一層着目する必要がある。従来のコンピュータシステムが、ハードウェアだけでソフトウェアがなければ、ただの箱であったように、コンテンツも単なるデータの集積である一次情報のアーカイブだけであり、書誌情報や索引などの二次情報がなければ、ただの紙くずと変わらなくなる。
人間主体システムのもう一つの課題は、子供、日本語非母国語人、身体障害者、老人などの社会的な弱者にも配慮したインタフェースの高度化が不可欠である。従来、コンピュータ化しやすい部分は非常に大きな自動化の効果をあげてきたが、知的精神活動に直接かかわるような、コンピュータ化しにくいと言われてきた部分においては、いまだに多くの研究余地が残されており、感性の扱いなどを含め、さまざまな要素を考慮したユーザインタフェースのさらなる向上が期待される。さらに、B-to-Cの電子商取引やG-to-Cの電子政府、そして教育などにおいては、社会的弱者を含めたすべての人が快適に情報技術の恩恵を受けられるような知的なユーザインタフェースの実現が必須であろう。
以上の視点から、調査ワーキンググループでは情報技術の重要領域として、「知的ユーザインタフェース」と「広義のインターネットコンテンツ」に特に重点を置いた「人間主体の知的情報技術」の調査・検討を引き続き行うことにした。6年目となる今年度は各分野の専門家からなる委員や講師の最新知識をさらに集積して、これらの領域における研究開発のリーディングエッジを探り、これを元に今後注力すべき技術分野の検討や、世界におけるわが国の技術ポテンシャルの水準を評価するための元データを得ることを目指した。
調査ワーキンググループで取り上げるべき人間主体の知的情報技術は、整理すると次の4つになろう。
本年度は、次の調査方針に基づき、昨年度に引き続き、調査を進める。
特に、昨年度調査が不足していたような事項を掘り起こすことにより、IT関連技術のより広範囲でより深い報告を行うように努める。
技術分野を次の3つの技術を軸として整理する。
調査ワーキンググループでは主にこれらのミドルウェア層、および、ユーザインタフェース層を構成すると思われるソフトウェア技術、および関連する基礎技術に重点をおいて調査する。調査対象と考えられる研究分野について以下にリストアップする。これらの分野について、研究テーマの実現上の問題点、利点、社会的インパクト、研究開発投資額、期間などを分析する。また、5年から10年先における基礎技術の開発に注目し、現在、商品が出ている領域は除外し、将来における土台となる技術をリストアップしていく。
(1) ネットワーク上の処理を含むデータベース技術
(2) ネットワークを含めたコンピュータの新しい利用形態
(3) マルチモーダルインタフェース技術や関連する人工知能技術
(4) モバイルコンピューティングなどの新しいコンピュータ技術と利用
(5) 社会サービスおよびそれを構成するに必要な情報処理技術
(6) その他
調査ワーキンググループでは、主にこれらのミドルウェア層、および、ユーザインタフェース層を構成すると思われるソフトウェア技術および関連する基礎技術に重点をおいて調査を行うこととした。また、5〜10年先における基礎技術の開発に注目し、現在、商品が出始めようとしている領域は除外し、将来の基盤技術あるいは新しい技術の萌芽となるような技術あるいは研究テーマをリストアップするように心がけた。
上述したように、人工知能およびネットワークに関連する研究分野は拡大し、発展している。このような状況においては、わが国の研究開発力がすべての分野において卓越することは不可能と言っても過言ではないであろう。したがって、分野を選別し、選別した分野に人材費用という資源を集中化するという戦略が重要となる。調査ワーキンググループでは、そのような戦略をたてるための調査を主眼とする。
具体的な議論の第1段階として、次のことを検討する。すなわち、中長期的な研究は、将来の産業に技術シーズとなるようなものが望ましく、米国のネットワーキング・情報技術研究開発計画などを参考にして、わが国として重要と思われる分野やテーマを選択し、それらの研究や技術内容の特徴や水準を分析し、わが国の技術的な位置づけの評価と今後の取り組み方について議論する。つまり、主査および委員と幹事は、以下のような方針で調査に望むこととする。
主査および委員は、専門として取り組んでいる分野、興味のある分野、さらには将来的に市場へのインパクトがありそうな分野について調査を行い、それらの分野におけるわが国の技術的な位置づけの評価を行う。そして、当該分野に対して、わが国は国策としてどのような取り組みをしたらよいかについて議論を行う。
幹事は、米国のネットワーキング・情報技術研究開発計画の中身や進捗情報に関して、Blue Book 2003などの資料を元に調査を行い、また、関連する技術資料などの情報を調査ワーキンググループに提供する。
調査ワーキンググループの具体的な活動は、次の通りである。
(1) | 海外調査 加藤委員によるDEXA参加。 |
(2) | 第1回会議 活動方針の討議。 高野講師による「連想に基づく情報空間との対話技術」の講演。 加藤委員による「DEXA紹介、感性情報処理のビジネス応用」の報告。 |
(3) | 第2回会議 |
(4) | 第3回会議 田中講師による「Meme Media and Meme Pools for Re-editing and Redistributing Intellectual Assets」の講演。 山名委員による「WWWサーチエンジンの最新技術―Googleを例にとって―」の報告。 |
本ワーキンググループの調査活動を通じて、以下のような特徴が明らかになってきた。
(1)コンテンツの高度利用を促進するために、情報提供側が提供すべきコンテンツに対してより正確な情報を付加するための枠組みが重要であり、MPEG-7やダブリンコアなどの標準化を追求していく必要性がより明確になってきた。
(2)情報収集や情報検索の高速化や高度化のためには、基となるデータが編集された信頼性の高いデータが不可欠であること。
(3)組織が保有するナレッジ(知)を創造し、共有し、再利用するプロセスを情報処理技術を活用して高速化し、効率化する「ナレッジマネジメント」が新たなビジネス展開法として不可欠である。特に、ナレッジには形式知のほかに暗黙知があり、両者がなくてはビジネスへの展開はできない。この暗黙知については、日本がいち早く注目し、その重要性を訴えてきたものであり、それが海外で注目を浴びて、情報処理技術と統合されてナレッジマネジメントとして提案されている。
(4)知的インタフェースの高度化には、従来にない環境認識技術、たとえば、環境アウエアネスの機能が不可欠であり、そのような情報をインタフェースで容易に利用可能とするための要素技術の開発が不可欠である。