第2章 米国ハイエンドコンピューティング技術の研究開発動向
2.2.4 将来のコンピューティングに関する研究
(1)DARPAの”High Productivity Computing System”プログラム
DARPAは2002年より”High Productivity Computing System”(高生産性コンピューティング・システム:HPCS)プログラムを開始した。
本プログラムは2010年までの9年間にわたる長期計画であり、現在のコンピュータシステムと、製品化がまだ当分先と言われている量子コンピュータとの間のギャップを埋めるものと位置づけられている。計画はフェーズ1(概念研究:1年)、フェーズ2(R&D:3年)、フェーズ3(大規模開発:5年)に分かれている(図2.3参照)。フェーズ1についてはBAA(Broad Agency Announcement)により企業や大学からの提案が公募され、CRAY、IBM、SGI、Sun等の企業が提案を行っている。以下にHPCSプログラムの生まれた背景とその目的について記す。
1)背景
- 現在の商用高性能コンピュータ技術のトレンドでは国家の安全保障に必要とされる能力とのギャップが大きくなるばかりである。
- 政府主導による研究開発が無ければ、ハイエンドコンピューティングは主要な関心が一般大衆やビジネス市場に向いた企業の製品からしか得られず、これでは重要な国家安全保障に関するアプリケーションが効果的に実行できない。
- 以下のような重要な分野において、米国の国防総省(DoD)や産業界の優位性を確保する必要がある。
−軍事目的の気象、海洋予測
−大気中の汚染物質の分布解析に関する計画演習
−暗号解読
−軍用プラットフォームの分析
−サバイバビリティー/ステルス設計
−諜報/監視/偵察システム
−巨大な航空機、船舶および構造の仮想生産/故障解析
−先端的バイオテクノロジー
2)目的
- ハイエンドコンピューティングの新しいビジョンである「高生産性コンピューティング(HPCS)」を実現するための次世代のハイエンド・プログラミング環境、ソフトウェアツール、アーキテクチャ、およびハードウェアコンポーネントを生み出すことに焦点を当てた研究開発プログラムを設け、実効性能、スケーラビリティ、ソフトウェアツールや環境、および増加する物理的制約などの課題に取り組む。
- 今日の80年代後半の技術を元にした高性能コンピューティング(HPC)と将来の量子コンピューティングの間を埋める。
- 国家安全保障と産業界のユーザコミュニティのために、経済的な高生産性コンピューティング・システムを以下のような設計条件でこの10年の後半(2007年〜2010年)に実現する。
−性能:計算効率と重要な国家安全保障のアプリケーション性能を10〜40倍向上
−生産性:アプリケーションの開発、運用、および保守コストを低減
−移植性:研究および業務用HPCSアプリケーションソフトウェアがシステム仕様
に影響されないようにする
−堅牢性:HPCSユーザにより高い信頼性を提供し、犯罪行為によるリスクを低減
3)プログラム計画
図2.3に本プログラムの計画を示す。
(2)量子コンピュータの研究動向
量子コンピュータの実用化は数十年先(20年以内から50年以上まで種々の意見がある)と言われている。ドッグイヤーと呼ばれる近年のITの進展速度からすれば、はるか遠い未来の話と言ってもいい(このことを考えれば、前述のHPCSプログラムのようなものが生まれてくるのもうなずけることであろう)。しかし、米国政府はこの遠い将来の実用化に向けて、金額的にはまだそれほど大きくないにしても、この10年間継続して着実に研究支援を行ってきている。
以下に米国連邦政府の資金による主要な量子コンピュータ研究プログラム(公募)および政府機関における研究の一部を挙げておく。
- NSA ARDA [5] (Advanced Research and Development Activity)
(http://www.ic-arda.org/Quantum/)
- NSF Quantum and Biologically Inspired Computing(QuBIC) Program
(http://www.nsf.gov/pubs/2002/nsf02017/nsf02017.html)
- NASA JPL Quantum Computing Technology Group
(http://cs.jpl.nasa.gov/qct/qat.html)
- NIST Physics Laboratory, Quantum Information Program(http://qubit.nist.gov/)
- DARPA Quantum Information Science and Technology(QuIST) Program(http://www.darpa.mil/ipto/research/quist/)
- DOE LANL(http://qso.lanl.gov/qc/)
その他、Caltech、Stanford、MIT、UCBなど多くの大学でも研究が行われている他、民間企業ではIBMの活発な研究が目立っている。
また、日本においても政府系研究機関や富士通、NECなどの民間企業でも研究が行われ、米国と対等な成果を出しつつある。
[5] ARDAはNSAなどの情報機関が実施する先端的研究に対するファンディング組織である。