まえがき
「わが国が行う研究開発のあり方に関する調査研究」では、これまでは「わが国の研究開発の仕組み・制度のあり方」の調査研究を主に行ってきた。昨年度より、この調査研究に加え「情報先進国の情報技術開発と政策、およびわが国の情報技術開発の重点分野選択指針」についての調査研究を開始した。これは、今後、わが国が情報技術のどの分野への研究開発投資を重点的に行うべきかを選択する指針とその候補を提言することを意図している。
「わが国の仕組み・制度のあり方」についての調査研究は、わが国のこれまでの、国の情報技術開発投資や情報産業の育成振興投資が十分な効果をあげておらず、さらに、わが国の情報技術開発力や情報産業の国際競争力が、米欧はおろかアジアの情報先進国と比べても低下傾向にあるのではないかという危惧を前提としている。
この調査研究の第一の目的は、この投資効率を悪くしている研究開発の仕組み・制度上の問題点を明らかとすることである。この調査研究では、主に米国の連邦政府の実施する情報技術開発やその成果の商品化と市場創成の仕組み・制度を綿密に調査し、その調査結果とわが国の仕組み・制度の現状を比較して、問題点の明確化とその発生要因の分析、さらに改善策の提言を行ってきた。
この調査研究は、平成8年度より本格的に開始し、今年度の調査研究結果では、その発生要因の主要なものとして、仕組み、および制度のそれぞれについて次のような事項を指摘している。
仕組みに関しては、わが国の、国が行う情報技術開発の国家的ビジョンや政策の策定、および研究開発における重点投資分野選択などの重要事項の決定を行うに際に、現役の学界や産業界の専門家の参画が不十分であることや、米国では大学や国研が研究開発の基礎的段階(上流段階)から実用化段階(下流段階)までを分厚い研究者のコミュニティによりカバーし、産業のシーズとなる技術を豊富に生み出しているのに対して、わが国の対応する研究コミュニティはきわめて弱体であることなどを指摘している。
制度に関しては、わが国の会計制度や公務員制度などの法・制度が、情報技術のもたらす急速な変革についてゆけず制度疲労を起こし、研究開発の迅速な進捗を妨げる方向に働き、これが競争力強化の大きな阻害要因となっていることを指摘している。
具体的事例として、国の研究開発予算に算入できる費目、特に人件費に関する規制がきびしく、情報技術の研究開発の現場おいて必要な研究者や研究支援スタッフを集めた研究チームの編成ができないことが大学や国研の空洞化を招いていること、米国が、研究開発の計画期間にわたる通年度会計や複数省庁から得た予算の合算使用を認めているのに対し、わが国は、単年度会計であり、予算の合算使用も認めておらず研究開発成果も分割して納入することを求めるなど、事務処理負担をきわめて重いものとしている点を指摘している。
第T編は、日米比較の視点から、このような要因により研究開発の現場において、どのような問題が発生しているかを述べている。
「情報先進国の情報技術開発と政策、およびわが国の研究開発の重点分野選択指針」についての調査研究では、平成10年度に引き続き、米欧など情報先進国が掲げている情報技術とその活用に関するビジョンや政策、対応する研究開発戦略や計画についての調査を行っている。競争相手と想定される諸国が当初掲げたビジョンや技術開発計画がその後どうなったのかを把握しておくことは、これからわが国の情報技術開発のビジョン策定や重点投資分野の選択を行う上で重要な前提条件となる。
また、情報技術開発における、国の重点投資分野の選択においては、情報技術革命の進行に伴う分野の拡大と、その情報技術革命後のマクロな地図(ポストIT革命 情報技術領域分類マップ)を予測することが目標である。従来の情報技術の領域分類の1つは、「材料−ハードウェア−ソフトウェア−応用」というようなものであった。しかし、インターネットやその上の新しい応用開拓が急速に進行中であり、ソフトウェア、および応用の領域の拡大は、その他の領域に比べ著しい。
今年度の調査研究では、情報技術開発の重点投資分野選択の第一段階として、このポストIT革命のマクロな領域分類として、「プラットフォーム − コンテンツ
− ユーザインタフェース」という図式の提案を行い、この中で従来の研究開発分野の分類を試みた。その分類によると、従来の研究開発はプラットフォーム領域に集中している。一方、コンテンツやユーザインタフェース領域は、広範な応用分野の展開や、家庭における老若男女やハンディキャップのある人などの情報端末利用によるユーザ層の拡大が予測され、研究開発のフロンティアとなることが明確に認識できる。
第U編では、重点投資分野の選択指針として、これら領域に注目すべきことを提言している。