第1章 国が支援する研究開発プロジェクトにおける知的財産権の取り扱い

1.1 米国の研究開発プロジェクトにおける知的財産権戦略の変遷の歴史とその背景

 第1編のメーカ有識者からのヒヤリングにおいても、知的財産権(IPR)は、わが国の仕組みや制度における問題の一つとして指摘されている。これに対して、米国では国の支援するプロジェクトの成果についてのIPRの扱いが、その商品化などをスムーズにしているのかどうか興味深い。 そこで、「米国政府が支援するソフトウェアの研究開発においては、知的財産権の取り扱い方によって、米国産業の振興に大きく寄与してきたのではないか。」 との仮説のもとに、わが国の産業振興策を進める上で知的財産権の取り扱い方への課題を8つの問題意識(1.1.5参照)にまとめ、調査の指針とした。

 本節では、その8つの問題意識に回答を与えるため、「政府支援研究開発プロジェクトで生まれるソフトウェア関連IPRとその企業化」という問題に焦点を絞って、「米国の政府支援研究開発プロジェクトにおいて、知的所有権(IPR)戦略がどのように変遷してきたのか、その背景は何だったのか」の調査結果を説明する。

構成は、以下の通り。

 1.1.1 : 米国の知的財産権のシステム全体をごく簡単に概観。
 1.1.2 : 米国政府支援ソフトウエア研究開発プロジェクト下の知的財産権の取り扱いの現状と歴史的経緯・思想を分析。
 1.1.3 : 政府支援ソフトウエア研究開発プロジェクトが米国ソフトウエア産業にもたらしている効果
 1.1.4 : 現在米国で急速に議論が進行しつつある「ソフトウエア特許(著作権ではなく)の功罪」や「オープンソースというソフトウエア開発方式が知的財産権システムに投げかける問題点」について、米国での最新動向の分析をもとに言及している。
 1.1.5 : 事前に提起した8つの問題意識に対し、これまでの議論をベースに個別に回答を与える。

1.1.1 米国における知的財産権の枠組み

(1)米国における知的財産権法制

 知的財産権に関する法律は、特許(パテント)、登録商標(トレードマーク)、著作権(コピーライト)に関する法律群からなっている。企業機密(トレードシークレット)に対する法的保護を含めて考えることもある。 登録商標は、本調査の目的には直接関係しないので触れない。 特許、著作権、企業機密の説明については、本1.1節末の、付表1-1、1-2、1-3に示す。

  また、こうした考え方の対極に位置し、現在急速に注目を集めているものに「オープンソース」の開発方式がある。 この方式が知的財産権に投げかける問題点は1.1.4で説明する。

(2)知的財産権保護、独占禁止法(Antitrust Law)、および業界標準の三つ巴の関係

 知的財産権は、その保有者に対し、知的財産を独占的排他的に利用する権利を認める。また、コンピュータ・通信等のハイテク分野では、いかに業界標準(De facto standard)を確立するかが、その産業分野の成長に大きなインパクトを持つため、標準確立を容認、推進するインセンティブがある。その一方で、1社が業界標準に関連する特許を独占的に保有する場合、公平な競争が阻害され独禁法に抵触する懸念が生じる。

 独占禁止の、関係する主な条項は以下の通りである。

●Sherman Antitrust Act(1890年):米国の独禁法

Section1: 取引(trade)を制限するための共謀・協同行為を禁じている。
Section 2: 独占やそのための謀議を禁じている。

●Clayton Act(1914年):

Section 3: 著しく競争を阻害する効果を持つか、独占を意図すると考えられる取引行為(販売、リース、価格政策等において)を違法とする。

 合法的に知的財産の独占的利用権を認められた特許保有者にはこれらの規定は原則適用されないと解釈されるが、その線引きは大変微妙である。

例:
1 特許保有者は排他的ライセンシングを行ない得るが、他の多くの競合企業がそのライセンシングの枠から除外され、競争が著しく阻害される場合、Sherman Actに抵触すると考えられる場合がある。
2 一社が一群の関連特許を独占の形成を意図して集中的に保有している場合も、Sherman Actに抵触する可能性がある。
3 特許保有者がそのライセンシングを行なう際に、特許化されていない自社のサービスや製品を抱き合わせで購入することをライセンス供与の条件とするような場合は、特許によって保護される権利を逸脱しているとみなされ、Patent Act ならびにClayton Act違反に問われる可能性がある。

(3)米国における知的財産権保護を支える理念

 米国では、国民が創造力を発揮しその成果として個人や私企業が経済的利益を受けるというインセンティブを認める考え方を建国当初から推し進めてきた。

「科学ならびに有用な技術・芸術の振興を目的として、発明者や著作者の知的財産に対し排他的権利を一定期間保証する」(憲法より)

 現在、知的財産権の設定自体が自由競争と自由市場原理を阻害するかどうかについて賛否両論が存在する状況である(1.1.4参照)が、少なくとも言えることは米国政府がこれまで、「自由市場原理が基本的に国家経済の成長に不可欠であり、知的財産に所有権を設定し、市場取引によって経済的利益を生み出すことは国民の富の増大、国家の経済的利益・産業の国際競争力という観点から原則的に望ましい」と考えてきたということである。

(4)知的財産(Intellectual Property)としてのソフトウエア

 ソフトウエアはハードウエアには無い、特殊な性質を持っている。まず、その製品化に関するコストは、ほとんどすべてが開発費であり、製造業で言うところの生産、複製、物流のコストは非常に小さい。これらのコストが極端に低いため、極めて複製が容易であり、自動車や航空機産業に存在する知的財産権侵害への物理的障壁が、ソフトウェアでは大変低い。

(5)知的財産としてのソフトウエアを保護する手段

 図表1-1に示すような限界があるにもかかわらず、ソフトウエアは著作権により保護される事例が大多数を占める。しかしながら、法理論的に見れば、前述の3つの知的財産保護メカニズム(特許、著作権、企業機密)のすべてが適用可能であり、現実に、特許化されるソフトウエアは増加傾向を示している。また現在米国では、ソフトウエアの特許化がもたらすソフトウエア産業へのインパクトについての議論が活発になっている(1.1.4)。

図表1-1 ソフトウェアの著作権の限界

  1. Fair use: 他者による部分的複製の目的が公共の目的に合致する場合(教育や研究)、バックアップコピーを作る場合には、著作権は適用されない。
  2. First sale: 合法的に複製を有しているものは、それを再度販売したり、処分できる。
  3. Private use: 家庭内における私的利用に限っては複製が認められ、著作権を侵害したことにならない。
  4. Independent creation: 全く同じプログラムがそれぞれ独立に作られた場合、双方に著作権は発生し、かつ互いのプログラムは他方の著作権を侵害したとみなされない。
  5. Work for hire: ソフトウエアの開発が雇用主の下で行なわれたり、委託契約によって行なわれた場合、最終的に著作権は雇用主または契約元(契約に明記されている限りにおいて)に帰属し、直接の著作者は著作権を主張できない。

 

1.1.2 政府支援のプロジェクトにおけるソフトウエアの知的財産権の取り扱い

(1)米国政府最高レベル(大統領)の政策理念

米国政府の知的所有権政策について要約すれば、以下のようになる。

(昨年度報告書 付属資料「3.米国国立研究所の運営形態と技術移転」付3-16〜付3-19参照)

・ 政府最高レベルの方針では、民間Contractorsに特許を保有させ(Title in Partner Policy)、民間の手で、市場原理にのっとった商業化を推進させようとしている。
・ 全体の方向性としては、CRADA(Cooperative Research and Development Agreement)やGOCO(Government Owned Contractor Operated方式)の民間主体、非営利の大学や研究所、中小規模企業、そして大企業へと徐々に対象を拡大しながら知的財産権(特許)を認めてきている。
・ ただし、DOE (Department of Energy)は、民間のContractorsにPatentを保有させることに執拗に抵抗を示している。
  もっとも政府のソフトウエア調達においては、特注品でなく、「COTS (Commercial Off The Shelf)」 製品(開発済み市販製品)を購入する方針を強めており、必然的に、新しい知的財産権が生じる機会も減っている。

 総じて、民間Contractorsへソフトウエアの知的財産権を与えていくという政策は、政府がソフトウエア産業の振興を直接的に後押しする、という意図ではなく、あくまで民間の自助努力に任せ、政府はその邪魔をしない、というスタンスである。

 米国政府の民間企業に対するスタンスは政策分野を越えて終始一貫している。 たとえ民間支援策であっても、それは「『救済』ではなく、『競争』の『機会保証』である。 「競争力の無い企業は退けられ、消滅する」、という『市場原理』への根本的信頼と是認が、米国政府の根本にある。

(2)米国政府自身の手で開発されたソフトウエアの取り扱い

 米国政府は、自身の支出で作成した知的財産に対し、著作権を主張することはできず、それらはすべてPublic Domain(公共の場)にあると解釈されている。

 合衆国憲法に定められる通り、連邦政府は国民の公共利益のために存在するのであり、政府自身が排他的権利を保有するのは、そのソフトウエアが国家安全保障に関与し、公開が著しく国益を損なう場合に限定されるべきだ、と考えられている。

(3)米国政府が保有できるソフトウエアに関する権利

 政府の支出によって開発されたり調達されたソフトウエアに対し、政府自身が保有できる権利は図表2-1に示す3つのどれかである。

図表2-1 米政府支出によって開発/調達されたソフトウェアに対し政府自身が保有できる権利

1 Unlimited rights
(無制限の利用権)
2 Restricted rights
(限定的利用権)
3 Government purpose license rights
(政府目的利用権)
・ 政府支出によって開発されたソフトウエアを政府が無制限に利用できる権利である。
・ 自由に利用、複製、開示、修正、公開ができる。
・ 第三者にこれらの権利を認めることも可能である。
・ しかし所有権ではなく、排他的権利でもない。
 いわば著作権のオープンライセンスを獲得した状態に近いと考えてよい。修正したソフトに知的財産権は発生しない。
・ 政府支出によって開発されたソフトウエアを利用する用途に制限が生じる。
・ すなわち、ソフトはその当初想定されたコンピュータと共に利用することが原則となり、それ以外のマシンで利用したり複製する場合は、バックアップの用途に限られる。
 その他の用途としては、他のソフトと統合するために修正を施したり、サポートサービス業者のために複製・開示することができるのみである。当初予期しなかった政府部内での用途が発生した場合にも使用できる。
・ ソフトの利用が所期の用途に限られる。
・ またRestricted rightsと異なり、複製が政府内部では自由にできる点で、若干自由度が高い。
・ いわばサイトライセンスのようなものである。外部への開示はRestricted rightsと同様、サポートサービス業者に対するのみである。この権利は多くの場合、開発した民間Contractorが著作権を要求した際に政府に与えられる権利である。

 

 これら3つの権利のどれが政府に認められるかは、支出の政府対民間の比率、軍事用か非軍事目的か、及び個別の契約時の交渉による(図表2-2)。

 

図表2-2 政府に与えられるソフトウェア利用権の場合分け

  民事契約 (covered by FAR) 軍事契約 (covered by DFARS)
政府資金を使った政府による開発 成果に著作権は存在せず、成果物はパブリック・ドメインである。
(その成果物には、何らの権利も付与されない)
政府資金を使った民間主体開発のソフトウェア ・ディフォルトで政府は”無制限の利用権”を得るが、著作権は所有しない。
・contractorはその成果物に著作権を主張する選択肢を持つ。もしcontractorが著作権を主張し、政府がそれを認めた場合、政府は、”政府目的利用権”のみを受け取る。
・著作権は一般に要求され認められる。
・政府はcontractorに対して、著作権を要求することができる。
・contractorは自動的に著作権を受け取る。この場合一般に、政府はプログラムの”限定的利用権”と、”技術データ”の”政府目的利用権”を受け取る。
・政府は、契約に特別作業節を付け加えることができる。この場合、政府は著作権を付与し、”無制限の利用権”を保持する。
民間資金で開発されたソフトウェア
('COTS'=Commercial Off the Shelf)
・政府は一般に”限定的利用権”を得る。
・政府はそれより大きな利用権を交渉することができる。
・政府は一般に”プログラム”については”限定的利用権”を受け取り、”技術データ”については”政府利用目的ライセンス”を受け取る。
・政府はそれより大きな利用権を交渉することができる。
・政府は"permission of deviation"の手続きによってのみ、限定的利用権一式よりも小さな利用権を受け取ることができる(が、手続きが煩わしく、滅多に行われない)。
"官民両方の資金"を使って開発されたソフトウェア(多分政府資金を使って修正された幾つかの市販部品;政府支援部品) ・政府は一般に”政府目的利用権”と同等の利用権を得る。
・(総コスト中の%比率で)50%の点が一般に”混成資金”扱いとなる分岐点である(50%以下の民間主体側資金は0%と同じ扱いを受ける)。
・特別の扱いは無い。

 

 交渉に関しては、民間Contractorとしての大学の力が伝統的に非常に強く、大学の知的財産権に対する方針が政府の方針に大きな影響を与えている。

(4)情報公開法 (FOIA_Freedom of Information Act) との兼ね合い

 情報公開法 FOIA により、米国政府は、支援した研究開発の成果に関する情報を、要求されれば公開する義務を負っている(例外事項:国家安全保障に関わる情報)。

 これは当然ソフトウエアも含まれ、自己の研究開発の成果を競争力の源泉とする民間Contractorにとってはうれしくない事態である。そのひとつの解決法は、「ソースコードのような重要なデータは支援元の政府機関に手渡さない、政府機関もそれを要求しない」ことであった。

 ところが、1998年成立のFY1999 Omnibus Appropriations Actに基づく法改正の結果、公開された政府支援研究の成果の基礎となったデータをも、FOIAの対象とすることが決定した。これは、ソースコード開示を求めないという政府の姿勢とは逆行しかねない事態である。

 この法改正は特に営利の民間Contractor(私企業)には及ばないが、非営利で政府からの支援プロジェクトに多く参画している民間主体(ほとんどの大学がそうである)は一様に懸念を表明している。 

 現在、「データ」にソースコードが含まれるかどうか、外部の者が研究成果にただ乗りするのではないか、プライバシーが侵害される心配は無いか、今後の官民パートナーシップに悪影響を及ぼすのではないか、今後営利のContractorsにも拡大しないか、といったことが民間Contractorsの憂慮の種となっている。

1.1.3 政府支援ソフトウエア研究開発プロジェクトの産業界への貢献

(1)政府支援プロジェクトが産業界に貢献する分野

 米国の政府支援研究開発はソフトウエア産業に多大な恩恵を与えてきた。
政府支援プロの成果は、基本的アルゴリズムやプロトコル、サブコンポーネントの分野で産業界に大いに貢献してきた。政府支援研究開発プロジェクトが、基本的に市場からは遠い学術的基礎研究的色彩が強いことを考えると、こうした貢献は大変な成功と評価できる。しかし、商業用ソフトウエア市場の勃興といった尺度は、政府支援研究開発プロジェクトの成果を評価する上で、極めて限定された役割を持つのみである。政府支援研究の中核を成すような研究(例えば、気象シミュレーション、天体軌道シミュレーション、素粒子シミュレーションといった分野)は民間向けの大規模市場とはなり得ないものである。

(2)政府支援研究開発プロジェクトから民間への技術移転

 政府支援プロジェクトの成果が民間部門へ移転されるには様々なメカニズムがあるが、それらのほとんどは1980年以降、技術移転を促進する法律の施行によって出来上がってきた。

・ Bayh-Dole Act, 1980, PL 96-517
・ Stevenson-Wydler Act, 1980, PL 96-480
・ the Cooperative Research Act, 1984, PL 98-462
・ Federal Technology Transfer Act, 1986, PL 99-502

それ以前は、1970年代までの政府の知的財産権設定(つまり何でも公開する)に一貫したルールが無く、全てが公開されてしまう場合は、民間企業は政府技術の商業化に積極的ではなかった(排他的権利がないと競争力に結びつかない)。

 B-D法、S-W法については昨年度報告書 付属資料「3.米国国立研究所の運営形態と技術移転」付3-18で説明している。要約すれば、「Title in the Government Policy」から「Title in Partners Policy」への転換によって、政府支援プロジェクトの成果に関し、民間Contractors(営利・非営利に関わらず)に知的財産権を認め、民間の手による商業化に委ねる、という政策である。

(3)ソフトウエアの分野における「ヒト」を介した技術移転

 政府支援研究開発プロジェクトの市場に対する大きなインパクトのひとつは、それらプロジェクトが最先端のソフトウエア技術者を養成する場となっていることである。大学やその他の民間Contractorsで行なわれる政府支援ソフトウエアプロジェクトの多くは、直接市場での商業化に結びつかないかもしれないが、実はそうした知的資産は「人の移動」というかたちをとって間接的に民間へ移転されている。Mozaic、Spyglass、Netscapeの開発・市場導入の流れはその代表例である。

1.1.4 現在米国で進行しつつある議論とその重要性

(1)ソフトウエアの特許化の是非をめぐる議論

 ソフトウエアの特許化が徐々に拡大していく中で、その是非をめぐる論争が巻き起こっている。産業界やプログラマーを中心に、ソフトウエアの特許化に懸念を表明する声が多い。

特許化への懸念は以下の5つのポイントに集約される。

  1. ソフトウエアはハードウエアとは異なり、多くの既存のアイデア、ソフトウエアを含みこんだ形で開発されることがほとんどであり、それらの多くが特許によってがんじがらめになっていると、ソフトウエア産業における技術の向上、生産性が著しく阻害される。
  2. USPTO(U.S. Patent and Trademark Office)は過去のソフトウエア(Prior Art)を検索する十分な情報を持っておらず、自明のアイデアや、事実上公開されているようなソフトウエアのアイデアが特許化されてしまっている。また現実には多くのソフトウエアが企業機密として企業内に保有されており、USPTOはレビューできない。(現在、Software Patent InstituteやIBMがソフトウエアのデータベースを構築中ではあるが。)
  3. ソフトウエア産業は技術革新が非常に速く、日々多様な分野からの参入も多い。このような状況でUSPTOが、そのソフトウエアが誰の目にもobviousであるかどうかを審査することは、物理的に困難。
  4. ソフトウエアを特許化しようとする真の意図が何であるかを、USPTOが見極めることは難しい。
  5. 特許の侵害で訴えられた場合、前述の情報不足等から、その特許の無効性を主張するためにPrior Artを探し出すコストは法外に高い。

 こうした弊害・コストを理由に、産業界は、「ソフトウエア特許の増加は本来技術革新に費やすべき資源の浪費を招いており、特許制度本来の狙いである技術の発展という観点からも本末転倒である」、と不満を表明している。

(2)「オープンソース」のうねり

 ソースコードを無償公開するオープンソースのソフトウエア開発方式が脚光を浴びている。オープンソースは、ソフトウエア産業の一部が、ソフトウエアそのものを売買するビジネスから、ソフトを取り巻くサービス主体のビジネスへとシフトしていることの証左であり、またその原動力ともなっている。

 オープンソースにおいては、既存の知的財産権は真っ向から否定される。Richard Stallman によるFree Software Foundationは、ソースコードやソフトウエアが著作権や特許といった知的財産権に囲い込まれて自由にアクセスできなくなることを防ぐため、GPL(General Public License)、または「Copyleft」と呼ばれるライセンシングの仕組みを提唱している。コピーレフトのソフトを改良修正することは自由であるが、その成果に排他的知的財産権を設定することは一切できない。Public Domainの場合は、万人が無償でアクセス可能な点でオープンソースと同じであるが、企業や個人がそのソフトを改良修正してしまえば、その成果に知的財産権の設定が可能となってしまう。 一方、コピーレフトによって「保護された」ソフトウエアは、企業や個人の手を経て改良改変されていったとしても、元のソフトウエアに保証された「ユーザーが無償でアクセス・改変する自由」がどこまでいっても確保される。

(3)米国政府が選び取る知的財産権保護の戦略

 米国政府が今後取り得る知的財産権の戦略のシナリオは、従来の現状維持のほかに大きく2つの方向性が考えられる。

  1. 保守主義的な方向:国家としての国際競争力を維持するため、政府支出による研究開発の成果である知的財産を一旦政府内に保持し、その後開示する条件とタイミングを決定するというシナリオ。 海外への知的資産の流出を防ぐという意味もある。
  2. オープンソース的な方向:政府プロジェクトそのものをオープンソース的に進め、ソフトウエアに対する既存の知的財産権を否定して、ソースコードを自由にアクセス可能とするというシナリオ。

1.1.5 8つの問題点への回答

 本項では、提起された問題意識を8つのテーマに整理し、これまでの議論をベースに逐次回答を試みる。

(1)米国政府における原則公開の開放的IP政策の歴史は、米国のソフトウエア産業の基盤生成に大きく寄与してきたのではないか?

(2)利害の対立する3者( 政府、民間Contractors、発明者/著作者個人)間におけるIPの取り扱い方の根底に流れる基本思想や考え方は何か。

(3)ソフトは、既存のアイデア、ソフトウエアを含み込む形で開発されることが多い。そのような場合、著作権の設定はどうなるのか。米国の政府支援プロではそうした事態にどう対処しているか。またプロジェクトの成果であるソフトウエアの商業化のルールはあるのか。

(4)ソフトウエア産業のビジネスモデルは、自社開発ソフトの販売、他者に先駆け自社のソフトを公開してデファクトスタンダードを確立し、その後から付加価値の高いビジネスを展開するもの、そしてオープンソースが加わり、ますます複雑になってきている。こうした変化は政府支援プロジェクトにおける知的財産権戦略に何か影響を及ぼしているのだろうか。

(5)複数企業が協同で行なう政府支援プロジェクトの場合、知的財産権の取り扱いは企業間でどのようになっているか。

(6)上記の問題と関連して、成果物が特にソフトウエアの場合どうか。

(7)米国政府は政府支援研究開発プロジェクトの成果物として、ソースコードの納入を要求するのか。

(8)上記5,6,7を総合して考え、知的財産権のルールがうまく規定されていない場合、せっかくの政府支援プロジェクトの成果であるソフトウエアが死蔵され、商業化に生かされないことになる。これでは税金の無駄使いとなってしまう。米国ではどのように対処しているのか。

付表1-1 特許(パテント)

概要 発明者と連邦政府間の一種の契約であり、特許保有者はその発明を公開する代償として、それを他者に使用させる条件を自由に設定する排他的権利を一定期間政府によって保証され、ライセンシングによって金銭的報酬(Royalty等)を受け取ることが可能となる。特許は譲渡することもできる。
特徴

特許は大きく以下の2つに分類される。

  • utility patents : 発明の実用性・有用性に関するもの。
  • design patents : 外観・意匠に関するもの。

米国では、コンピュータソフトウエアに特許を認めるべきかどうかについて議論が活発になっている(1.1.4参照)。

法律

Patent Act : 合衆国憲法発効の翌年、1790年に成立。

注1: 合衆国憲法における知的財産権の保護はArticle I、 Section 8. に列挙された合衆国議会の権能の一として明記されている。「The Congress shall have Power … To promote the Progress of Science and useful Arts, by securing for limited Times to Authors and Inventors the exclusive Right to their respective Writigs and Discoveries; …」

権利の申請

USPTO(U.S. Patent and Trademark Office) に申請する。

特許が成立するための条件は、

  • novelty:(新規性、米国は先発明主義)、
  • utility:(実用性、現実的有用性)、
  • nonobviousness:(自明でないこと、既存の発明の焼き直しではないこと、当該分野で同等のスキルを有する者によっても容易に同じ物が作り上げられないこと)

であり、これら3条件のひとつでも満たされない場合、その「発明」に特許が与えられることはない。

権利の侵害 特許侵害に対しては、特許保有者は司法的手段に訴えることにより保護される(損害賠償請求、特許料支払い請求、及び侵害行為の差し止め請求等)。しかしながら特許保有者は侵害事実の証明に困難を伴うことも多く、その費用が多額に上ることも事実である。
権利の有効期間 ・1995年6月8日以降の申請:
申請日から20年間(申請から特許交付までの審査期間はその長さに関わらず、20年に含まれる)、
・それ以前の申請分:
申請日から20年間または特許公布日から17年間のいずれか長いほうが適用される。
アイディアの競合 特許においては、たとえ他者が全く独立して同様の発明を行なった場合(つまり偶然同じ内容)でも、それが既に存在する特許に抵触する限り、その原特許保有者の権利が保護される。
ソフトウェアの扱い 元来ソフトウエアは特許化ができないと考えられていた。
・すなわち1964年にUSPTOは、ソフトウエアは「思索による創造の域にある(creations in the area of thought)」として、申請不可の判断を下した。
・しかし1968年、USPTOはソフトウエアとハードウエア(装置)が統合された状態(ソフトがハードに組み込まれた状態)であれば特許化可能であるとした。
・さらに、1981年の最高裁判決で、ソフトウエアそのものが、データ処理を行なう「装置」として認知され、それが特許の3条件(novelty, utility, nonobviousness)を満たす限り特許化可能、とされた。
・1989年、USPTOは「コンピュータコードとアルゴリズムによって実行される物理的プロセス」は特許化可能である、という見解を出した。

付表1-2 著作権(コピーライト)

概要 Original works of authorship(原作者によるオリジナルな表現・作品)を保護する権利。
一般に文章、図案、芸術作品等を対象とし、コンピューターソフトウエアもその大半がこの権利の下に保護される、とするケースが多い(1.1.2参照)。原作者はその作品の複製、原作に基づく派生的作品の作成、作品の配布(有料無料を問わない)、公共の場での掲示や公演を行なう排他的権利を保証され、これらの権利を他人に認める条件を自由に設定する権利も与えられる。
著作権は譲渡も可能である。
特徴 著作権は、特許と異なり、utilityやnonobviousnessといった条件を満たす必要はなく、原作者によって創造されたオリジナルであることだけで成立する。
法律

1909年制定の連邦法 (Title 17 of the U.S. Code。1976年に技術の発展に合わせ、期間設定方法等を含み大改正。)により定められている。

注)著作権の根拠となる連邦法Title 17は、著作権と特許の対象について明確な差別化を試みている。すなわち、著作権は、その表現の形態を問わず「any idea, procedure, process, system, method of operation, concept principle, or discovery」には一切及ばない、としている(102条、b項)。

権利の申請 著作権そのものは当局に申請の必要はない。その作品の創造が開始され、有形の(tangible)媒体にその一部が固定的に記録された時点で自動的に発生する。
しかし、その侵害に対し訴訟等の司法的手段に訴える場合は、下記「権利の侵害」参照。
権利の侵害 他者が著作権(著作権)を侵害して無断で複製・配布等を行なった場合、著作権者は司法的手段に訴えることにより保護される。
その場合、事前にLibrary of CongressのPatent Officeに登録が必要となる。
登録は著作権有効期間中であればいつでもできる。
権利の有効期間 ・1978年1月1日以降の作品 :
・ 通常は著作者の存命期間プラス50年。
・ 著作物が「Work for hire」(契約によって委託されたり、雇用主の下で創造された)の場合は、公開の日から75年、もしくは著作完成の日から100年間のいずれか短い方を適用。
・1978年以前の作品については公開や登録の状況に応じ期間延長等のルールが定められているがここでは詳しく触れない。しかし、いずれにしても最長75年が基本である。
作品の競合 著作権においては、第三者が全く独立して同じような表現(作品等)に至った場合は原作者の著作権の侵害とはみなされず、その第三者にも著作権が認められる。
ソフトウェアの扱い まず著作権の対象としては、ソフトウエアは文字により表現された作品、すなわち著作物として取り扱われ、すべて保護の対象となり得る。
Copyright Officeは、1964年よりソースコードを著作権化可能な作品として登録を受け付け始め、米国議会は1980年、マシン語表記によるオブジェクトコードもCopyright Actに対象として追加した。
 また、著作権はアイデアの「表現」に対する保護であり、アイデアやコンセプトそのものはその対象ではない。例えば、他者がリバースエンジニアリングによって、あるソフトウエアの競争力の源泉となるような斬新なコンセプトを探り当てたとしても、そのコンセプトそのものは保護の対象外であるから、著作権者は他者の行為に法的措置をとることはできない。また、同様の考え方から、あるソフトウエアと全く同じ働きをする他のソフトウエアが書かれたとしても、それが異なるコードで書かれている限り、最初のソフトウエアの著作権を侵害したことにはならない。熟練したプログラマーであれば、ソースコードと実際に作動する機能を見るだけで、「同じ働き、同等の価値」を持つプログラムを、著作権を侵害しない程度に異なるコードで書くことを容易に行ない得る。
 総じて著作権の限界として、権利保護が及ばない5つの例外ケース(fair use, first sale, private use, independent creation)と、著作権が直接の著作者に発生しない雇用による作品のケース(work for hire)がある。

 

付表1-3 企業機密(トレードシークレット)

概要

特に商業目的の知的財産を保護するための手段である。
企業が保有する商業目的の情報、製品、技術やプロセスに関し、特許化が可能かどうかに関わらず、また特許によらなくとも(すなわち公開しなくとも)法的保護が与えられる。

たとえば、ある企業の元従業員が次の雇用者の下で、前の企業で知り得た機密を利用して発明を行なうことや、ライセンス供与を受けた側が無断で第三者へ開示をすることは信義に反するとされ、禁じられる。

特徴 特許による公開によってその知的財産が競争資源としての優位を失なうことを恐れ、多くの企業は企業機密としてその知的財産を保有している。製法、化合物の比率、処方等種々の知的財産が企業機密として保有されている。
法律

米国においては、この概念は1868年のPeabody vs. Norfolk 判決によって定着した。

(マサチューセッツ州)
連邦レベルの実定法は存在せず慣習法(判例法)である。州によっては法律を整備しているが、その内容は微妙に異なる。

権利の競合 企業機密においては、他社が公共的に利用可能な情報から同様の技術を生み出した場合等、原作成者の権利は保護されない。
ソフトウェアの扱い ソフトウエアは、企業機密としても法的保護が可能である。競争優位をもたらす知的財産として、企業内に機密として保有されている限りにおいて、慣習法もしくは州法のレベルで保護される。知的財産としてソフトウエアをライセンス供与する場合、現実的に最も有効な知的財産の保護(市場における陳腐化の阻止)は、ソースコードを相手に開示しないことである、というのがいまだ多くの企業の本音であり、ライセンス契約は多くの場合、ソフトウエアの「使用」権を認めるのみで、「修正・改変」を認めないことが多い(それを認めるということはソースコードを開示することになるため)。

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