ICOT Today Issue #1

1993年8月3日


[目次]


[ICOT Today創刊のお知らせ]

ICOT は、第五世代コンピュータプロジェクトのあとを受け、今年の 4月より、 2年間の後継プロジェクトを開始致しました。このプロジェクトの目標は、第 五世代コンピュータの技術を既存のコンピュータ技術と融合させ、将来の先端 的なコンピュータ技術の研究基盤として広く普及させることにあります。

そこで、これからは、研究の進捗状況などの情報提供のサービスを積極的に行 なっていきたい、と考えています。

情報提供ということでは、従来も「 ICOT Journal」のような機関誌がありま したが、タイムリーに情報をお伝えすることがなかなかできませんでした。

後継プロジェクトでは、「 ICOT Journal」だけでなく電子メールを用いて、 ICOT の諸研究活動や海外との交流状況、各種イベントなどのニュースをお伝 えしたいと思っております。このニュースは、ICOT OB、ワーキンググループ や各種の委員会のメンバーでいらした方、メーカの担当者、その他、第五世代 コンピュータ技術に興味をお持ちの方々にお送りします。

ホットな情報のタイムリーな発信を目指して、このニュースを

「ICOT Today」

と名づけました。これはその第1号です。

「ICOT Today」は、海外渉外・広報担当グループ(略称 IR&PR-G)が編集・配 布致します。発行は、1ヶ月に1〜2回の予定です。

この第1号はダイレクトメールとして送付させていただきましたが、Anonymous FTP によっても「 ICOT Today」を読むことが出来ます。第1号が送られてき たけれど、今後はダイレクトメールとしては受けとりたくないという方は、そ の旨をお知らせ下さい。

IR&PR-G では、「 ICOT Today」の発行だけでなく、ICOT Free Software の配 布および関連情報の提供も行なっております。「 ICOT Today」や、ICOT Free Software に関するお問合せは、下記のメールアドレス宛にお願いします。

ICOT Today 編集委員会(@IR&PR-G) irpr@icot.or.jp

皆様のいろいろなご意見も併せてお寄せ下さい。お待ちしております !!

(浪越徳子)


[ICOT HEADLINE]

後継プロジェクトが始まって 4ヶ月たちました。ここ 4ヶ月、ICOT 周辺では 以下のようなニュースがありました。

1. 定理証明研究、IJCAIのベストペーパー賞受賞 !!

オーストラリア国立大学と共同研究を行なってきた定理証明の研究論文が、 IJCAI'93 のベストペーパー賞を受賞しました。その授賞式が、8月 27日から フランスで開催される IJCAI'93 で行なわれます。論文執筆者の一人である MRIの藤田正幸さんに、定理証明について語っていただきました。(記事No.1-1)

2. 後継プロジェクトスタート! ICOTは今 .....

新プロジェクトを引っ張っていかれる内田所長に皆さんが質問したいことはた くさんあると思います。「 ICOT は今どうなっているの?」「これからどうなっ ていくの ?」etc...。「 ICOT Today 創刊に寄せて」と題して皆さんにお届け する内田所長からのメッセージの中に、その答えがきっと見つかると思います。 (記事No.1-2)

3. 5Gシンポジウム開催 !!

去る 6月7日、8日にシェーンバッハ砂防で行なわれた第 10回「第五世代コン ピュータ・シンポジウム」は、多数の方々にご参加いただき、盛況の内に幕を 閉じました。シンポジウムの模様は、IR&PR-G の相場特派員から皆様にメール でお伝えした通りですので、ICOT Today では割愛いたします。招待講演、パ ネル討論等の内容は、年 2回発行の ICOT Journal に掲載予定です。(記事な し)

4. オレゴン大学との共同研究開始、調印式終了!!

ICOTは、この度、オレゴン大学との共同研究を開始しました。7月13日、オレ ゴン大学学長と、ICOT 専務理事により、オレゴン大学において共同研究契約 の調印が行なわれました。調印式の模様は、オレゴンのテレビでも放映され、 日本との共同研究にアメリカ側も非常に注目していることがわかります。この 調印式の模様、および共同研究の詳細については、次号でお伝えしますので、 ご期待下さい !! (記事次号)


[定理証明の研究と数学]

  三菱総合研 究所 藤田正幸

ICOTは、1989年度より定理証明の研究プロジェクトをスタートさせま した。定理証明は、人工知能が新しい研究分野として注目され始めた当初から、 最も活発に(当時若く、今や著名な研究者らによって)研究されてきたテーマで した。また、一昨年の人工知能国際会議’91(IJCAI、1969年に始 まり,シドニー開催)の時も、定理証明(非標準論理や、推論の基礎を含む)は, 機械学習にわずかの差で,2番目に多くの発表件数がありました。

このように,定理証明という由緒正しき人工知能の分野は、一面現在に至るま でその地位を維持していますが,一方で、1970年代終りから行きづまってしまっ ていると考える人も少なくなく(今や人工知能全体をそのように受けとってし まっている人も多いようですが)、特に日本では、そもそも研究者がほとんど 現れなかったというのが実情のようです。

こんな中で、ICOTは後期(1991〜1993年)に定理証明研究をスター トさせました。その理由をうまく説明できる自信はありませんが、失敗を恐れ ずあえて挑戦しますと、「ICOTのプログラミングパラダイムである論理プ ログラミング(定理証明と非常にかかわりが深い!)を選んだ渕所長が密かに温 めていたテーマ」であったことが、その後の調査でわかりました。

さらに、古川次長がSATCHMO(Prologの1ページプログラム)を紹介され た頃、ちょうど都合よくPSI-IIが所長席に設置されることになって、ESPやKL1 を渕所長自ら試す環境が整ったことから作られた、秀逸かつコンパクトなKL 1の定理証明プログラムがきっかけとなって、定理証明研究は始まったといっ てもよいでしょう。さらに,定理証明にもともと興味のあった長谷川室長が、 渕所長とおだやかならぬ速度競争をしながら、精力的に研究を進めたことは、 後の語り種となっております。また、後期こそ新しいことをどんどんやってみ ようという所長の御意向もあって、テーマに加えられることとなりました。雰 囲気だけでもお伝えできたでしょうか?

その後の3年間で、数えれば20を越えるMGTP(我々の開発した定理証明 システムの名前)が開発されてきましたが、筆者にとって最も印象深かったの は、ICOT最後の国際会議FGCS'92直前の1カ月の成果でした。この 国際会議では、オーストラリア国立大学の定理証明研究グループと共同で研究 成果を発表することとなり、時差のないemailで頻繁にやりとりしながら研究 を進めていました。彼らが紹介してくれた問題の中に有限代数(準群)の未解 決問題があり、筆者が改良したMGTPの1つが非常に良い結果(すなわち問 題のいくつかを解決した)を出したのです。

その後の2週間で、PIMM/256上での並列化、より困難な問題の解決と、文字ど おり間一髪間に合う成果をあげて、FGCSに望むことができました。この研究は、 カナダの数学者F. Bennett、SRI IntrenationalのMark Stickelを交えて、さ らに発展しており、現在もなお未解決の問題が解決されつつあります。

欧米の沈滞ムード(?)の中で、ほかでもない日本のICOTで定理証明研究 が花開いたことは、単なる偶然ととらえることもできます。しかし、並列論理 プログラミング、並列推論マシンなどのインフラ、渕所長、古川次長,長谷川 室長を初めとする理論、実践両面ですぐれた研究者が数多くいたこと、海外の 最先端の研究者との密な交流、充実した研究環境などが醸した成果であり、1 0年前にICOTを興した人々が目指した日本の研究レベル向上の目標達成の 成果の1つとして数えられると思います。

第五世代の大志が、2年間のフォローアッププロジェクトを通して、日本の今 後の研究の大きな発展につながることを信じて、この拙文を閉じたいとおもい ます。


[ICOT Today創刊に寄せて  『最近のI COTの紹介』]

  ICOT研究所長 内田俊一

1. ICOTの新しい役割

第五世代コンピュータ・プロジェクト(5Gプロジェクト)は、昭和57年度から平 成4年度までの11年間の永きに渡り、当初に設定した目標をひたすら追い続け る大プロジェクトとなりました。まさに、山あり谷ありの11年でしたが、幸い にも最後に、第五世代コンピュータ技術(5G技術)を確立し、5Gプロトタイプシ ステムを完成させるという大きな花を咲かせることができました。

このニュースを読んでいる皆さんもご存知のように、並列論理型プログラミン グ言語KL1を中核として、大規模並列ハードウェア、基本ソフトウェア、いろ いろな知識処理ツールや新しい応用ソフトウェアなど、チップから応用までひ とまとりの新しい技術体系を作り上げることができました。

タンポポの花にたとえれば、小さな種子から芽を出し花を咲かせるまでが、11 年間の5Gプロジェクトの研究開発だったといえましょう。タンポポは、花を咲 かせたあとは、その子孫を残すために、その個体を作るために必要な遺伝情報 のすべてを種子に詰め込み、さらに綿毛という飛行装置をつけて遠くに飛ばし ます。ICOTは、現在、5Gプロジェクトの後を受け、後継プロジェクトを実施し ています。この後継プロジェクトの役割は、まさに、種子を作り綿毛をつけて 飛ばすことだといえるでしょう。

綿毛にあたるものが、KLIC(クリック)と呼ばれるシステムです。これによって KL1プログラムの実行環境がUnixマシン上にできあがりあます。KLICはKL1プロ グラムをC言語にコンパイルしてUnix上で実行するものですから、シングルプ ロセッサでも大規模なマルチプロセッサでもUnixがのっていれば動作します。 これによって、5Gプロジェクトの成果である大小のKL1プログラムは、パソコ ンから数百台規模の並列マシンまでの、それこそ無数のマシンの上に着地する ことができるようになります。

KL1の並列プログラミング環境や知識処理のツール、さらには応用ソフトウェ アまでがUnixマシン上に移植可能となります。このように5Gプロジェクトの技 術を、Unixシステムのような既存のコンピュータ技術と融合させ、将来のコン ピュータ技術の研究開発基盤とするのが後継プロジェクトの目標となっていま す。

2. 後継プロジェクトの研究開発テーマ

後継プロジェクトは、第五世代コンピュータの研究基盤化プロジェクトと呼ば れ、その実施に向けて、ICOTは次のような研究開発テーマを設定しています。 研究開発の目標が、5Gコンピュータ技術を既存のコンピュータ技術と『融合』 させることですので、そこで開発する技術を『融合型推論技術』と総称してい ます。研究テーマの構成は以下のようになっています。

『基本ソフトウェア技術』の中心テーマは、KL1プログラムを作成し実行する 環境を、Unixベースの汎用マシンの上に移すことで、その処理系KLICは、KL1 のプログラムをC言語にコンパイルすることを基本としています。Unixシステ ムの基本的な機能のみを使い移植性をよくする工夫をしていますから、それこ そパソコンから大規模並列マシンまでがターゲットマシンとなります。教育用 はパソコンで、実用は大規模並列マシンでというわけです。

KLICの研究開発では、KL1からCへコンパイルする際の最適化技術や、PIMの専 用ハードウェアを直接利用することで効率化していたプロセッサ間通信を、専 用ハードウェア無しで、さらに、Unixシステムを通して間接的に利用するとい う条件下で、効率的に実現する技術などが重要な研究テーマとなります。 並 列OSや並列DBMSの研究テーマは、これらのシステムを改良しコンパクトにする ことを目標にしています。

『知識プログラミング技術』は、それぞれのテーマをさらに深く追求していく ことを主な目標としています。これは、それぞれのテーマがまだ発展途上にあ り、現時点の試作システムも、KL1処理系やPIMOSのように実用レベルまで成熟 していないからです。また、このような試作システムの改良・拡張においては、 汎用マシン上に移植しやすくすることを考慮しています。

KLICを用いれば、C言語などUnixマシン上のプログラムとKL1プログラムの結合 は自由に行なえ、各種のPDSなど公開ソフトウェアも使えることから、いろい ろな応用ソフトウェア開発は一段とはずみがつくことが期待されています。な お、後継プロジェクトで作られるソフトウェアは、5Gプロジェクトのソフトウェ アと同様、ICOT Free Softwareとして無償公開される予定です。

3. 新ICOTの組織構成

これらの研究テーマを実施するために、現在、ICOTは、研究員約40人、事務局 10人から構成されています。 また、研究を支援するソフトウェアハウスなど からの要員約30人が常駐しているので、80人くらいの組織となっています。最 盛期は、メーカの技術者もICOTに頻繁に来ており、この3倍くらいはいました から、だいぶ小さくなった感じがします。研究所の組織も、研究部が2つと研 究計画部の3部となり、研究部がそれぞれ約15名、研究計画部が約10名とコン パクトになっています。

しかし、研究所のメンバーの約1/3はICOTに3年以上出向している人で占められ、 今年度に新たに出向してきた人達も、5Gプロジェクトに2年以上携わってきた 人がほとんどです。 従って、全くの新人は数人しかいません。ソフトウェア 開発等を担当する外注要員についてもほとんどがKL1プログラミングの熟練者 です。後継プロジェクトにおいても、ICOTは強力な研究組織としての実力を保 持してします。しかしながら、年齢的には大部若返り、研究員の平均年齢も、 また、30台の下の方になりました。新たな出向者は、5G技術についての知識は かなりのものですが、英語の能力と海外との交流や共同作業の経験の無さが泣 き所で、この辺の立ち上げを急いでいます。

我々は、昨年の9月から今年の3月までを、新旧プロジェクトの切替え時期と設 定し、それまでがんばってくれた研究員の帰社や大学などへの移籍を関係各社 と協力し支援するとともに、新プロジェクトの4月の年度始めからの全力疾走 開始を準備してきました。 幸いその作業も順調に進み、6月7-8日の5Gシンポ ジウムでは、ICOTの人が入れ替わり、人数が減少したにもかかわらず、従来同 様にスムースなシンポジウム運営ができ、5G技術の総集編の研究発表とデモを 行なうことができました。

海外との研究交流も、アメリカの国立研究所との共同研究が、相手先の研究グ ループの研究活動の区切りの時期を迎え、ペースダウンしていく状況となりま した。そこで、後継プロジェクトに向けて、昨年の秋ころから、共同研究先を 大学に切替え、研究費用もICOT負担として共同研究を本格化しようとの試みを 開始しました。この努力も、実を結び始め、このほど、オレゴン大学のグルー プとの共同研究の交渉がまとまり、7月13日に覚書の調印にこぎつけました。

関係各社の研究者との協力関係も、新しく設定することが必要でした。従来は、 ICOTから5Gプロジェクトの研究開発の一部を再委託していましたが、後継プロ ジェクトでは、このような再委託はなくなりました。しかし、並列処理や知識 処理の研究を各社の自前の研究予算で実施する研究グループもあり、これらの グループのICOTマシンやソフトウェアの利用、いろいろな研究協力などについ て、新たな枠組を設け、覚書を取り交わして実施しています。

大学やいろいろな研究機関の研究員との交流の場として、従来は、ワーキング グループがありました。後継プロジェクトでは、5G技術の普及や海外との交流 のために大学の研究者に実質的な支援を求めるという、従来よりも重い役割を 担ってもらうこととし、その名称もタスクグループ(TG)と改称しました。現在、 TGとしては、12グループ(約100人)を作る計画となっています。

4. おわりに

6月の5Gシンポジウムを終え、後継プロジェクトの実質的な研究開発作業も軌 道に乗りました。PIM/mやPIM/pに加えて、KLICの試作に使用する汎用並列マシ ンのAXP7000やSPARC center 2000も稼働を開始しました。KLICの担当グループ は、9月末には、KLICの皆さんに使ってもらえる版ができるだろうといってい ます。

以上のように、ICOTは後継プロジェクトの実施機関として、また、新たな歩み を始めました。後継プロジェクトは、5G技術を広く普及させることも大きな目 標としていますから、これからも『ICOT Today』を通じてみなさんに有用な情 報を送っていきたいと思っています。


[Message from Editorial desk]

以上、ICOT Today 創刊号、お楽しみいただけましたでしょうか ?

より楽しく、より informative な次号のために、今号の記事、編集等につい ての皆様のご意見、ご感想をお聞かせ下さい。下記アドレスまでお送り下さる ようお願いします。

ICOT Todayの編集・配布を担当している海外渉外・広報グループ (IR&PR-G)は、 現在次のようなメンバーで構成されています。いずれメンバーのプロフィール なども紹介していきたいと思っています。

内田俊一 相場 亮 成田一夫 兼子利夫 浪越徳子
仲瀬明彦 白井康之 田中秀俊 坂田 毅 

次号は、以下のような内容を予定しています。

  1. オレゴンでの調印式の模様と共同研究の将来
  2. 新しい ICOT Free Soft の紹介
  3. KLIC first version リリース迫る!!

ICOT Today, Issue No. 2 は、9月中旬に発行予定です。ご期待下さい!!


ICOT Today の記事を引用、転載する際は、下記までご連絡下さい。

I C O T T O D A Y  Issue #1
発行  1993年 8月
財団法人 新世代コンピュータ技術開発機構
東京都港区三田1-4-28 三田国際ビル 21F
電話: 03-3456-3195    FAX: 03-3456-3158
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