ルール間優先関係の取り扱いについて

法的推論に代表されるような不確実なルールをもとに推論を行う際には、 相 矛盾するルール間の優先関係を取り扱える必要がある。
● 選択した意味論

ルール間の優先関係を持つルール集合に適用可能な意味論は下に挙げる 文献で20種類以上のものが提案されている。

(a) サーカムスクリプションに 述語優先関係 を導入
 :[Lifschitz 85], [Grosof 91]

(b) デフォルト理論にルール優先関係 を導入
 :[Brewka 89], [Brewka&Gordon 94], [Baader&Hollunder 93], [Brewka 93,94]

(c) 論理プログラムにルール優先関係またはリテラル優先関係を導入
 :[Brewka 96], [Sakama&Inoue 96], [Zhang&Foo 97], [Brewka 98]

(d) ルール優先関係を持つデフォルトルール集合に対して独自の意味論を与える
 :[Laenens&Vermeir 91], [Gabbay, et.al 91],
  [Dimopoulos&Kakas 95], [Kowalski&Toni 96],
  [Prakken&Sartor 97], [Wang, et.al 96], [Grosof 97]

以下では、インプリメントが容易で法的類論に適しているものとして, [Kowalski&Toni96] について、そこで提案されているルール集合の 拡張論理プログラムへの変換方法を示す。

●データの形式と意味

以下では、法律知識を表現する言語として、以下の言語 (拡張論理型言語)を設定する。

【イグザクト(exact)ルール】

  R::L0 ← L1, .., Lm, not Lm+1, .., not Ln.

  ルールボディ(L1, .., Lm, not Lm+1, .., not Ln.)が全て真のときルールヘッド(L0)も必ず真となるルール

【デフォルトルール】

  R::L0 <= L1, .., Lm, not Lm+1, .., not Ln.

  ルールボディが全て真のとき,矛盾を引き起こしたり一貫性制約を破ることがないならばルールヘッドも真となるルール

【一貫性制約】

  R:: ← L1, L2.

  L1と L2が同時に真となることはないという制約

Rはルール識別子で,ルール中に現れる全変数を引数として持つ関数で関数名は各ルールに固有。Li(0≦i≦n)はリテラル。

●データの拡張論理プログラム(extended logic program)への変換方法

 デフォルトルール

R1::L10 <= L11, .., L1m, not L1m+1, .., not L1n.

に対して下の条件を満たすようなデフォルトルール 

R2::L20 <= L21, .., L2k, not L2k+1, .., not L2q.

が存在するとき,R1を

L10 ← L11, .., L1m, not L1m+1, .., not L1n, not defeated(R1).

に変換し,

   defeated(R2θ) ← L11θ, .., L1mθ, not L1m+1θ, .., not L1nθ, not defeated(R1θ),
            L21θ, .., L2kθ, not L2k+1θ, .., not L2qθ, not R1θ < R2θ.

を追加する。ただし,θは下の条件を満たす最大単一化子。

【条件】

L10θ= ¬L20θ となるような単一化子θが存在するか,または ある一貫性制約 ← L1,L2. に対して,L1θ= L10θ かつ L2θ= L20θ または L2θ= L10θ かつ L1θ= L20θ となるような単一化子θが存在する。

● MGTP プログラムへの変換

上記により、ルール間優先情報を含む拡張論理型言語は、 失敗による否定を含む拡張論理型言語へ変換されたことになる。 拡張論理型言語から MGTP ルールへの変換は、 MGTP 上での仮説推論の取り扱いに 準拠して行われる。

●安定モデルの出力

ルール間優先情報を含む問題節に対するモデルは、 上記の変換を通じて生成された MGTP 入力節に対するモデルである。

安定モデルは、 MGTP 上での仮説推論の取り扱いに よって、出力されるが、そのうち、 ゴールを導く証明過程がすべての モデルに対して共通して現れているとき、その 論証を justified といい、そうでない論証を plausible という。

ここで、justified, plausible はそれぞれ、必ず勝てる論証、攻撃され得る 論証という意味である。 攻撃され得る論証とは、今後、新しい知識が導入されることで 前提が覆される可能性のある論証を意味する。

本システムでは、生成された論証をすべてラベル付けして個画面出力する。 ユーザは、生成された論証を参照して、有効とおもわれる論証を選択し、 現在のダイアグラムの中に貼り込むことができる。


ルール間の優先関係の法的推論への適用

 ルール間の優先関係は,法令・法解釈の強弱関係や例外を表現するのに用いた。

●法令の強弱関係の例

 法令の強弱関係とは,後法/先法,上位法/下位法,特別法/一般法を基準としたものであり,例えば,隔地者間の承諾の効力発生時期を規定した 民法526条1項と隔地者間の意思表示の効力発生時期を規定した民法97条1項とは,特別法/一般法の関係にある。

(MGTP においてルールは値域限定でなければならないが,ここでは分かりやすさのためにこの制約にはとらわれずにデータ例を示す)

    97条1項(X,Y,I,T)::
    効力が発生した(agt=I, time=T) <=
      隔地者である(agt=X, basis=Y),
      意思表示した(agt=Y, goal=X, id=I),
      到達した(agt=I, time=T).

    526条1項(X,Y,I,T)::
    効力が発生した(agt=I, time=T) <=
      隔地者である(agt=X, basis=Y),
      承諾した(agt=Y, goal=X, id=I),
      発信された(agt=I, time=T).

    526条1項優先関係(X,Y,I,T1,T2)::
    97条1項(X,Y,I,T1)<526条1項(X,Y,I,T2)←.

    効力の発生時機(I,T1,T2):: ← 効力が発生した(agt=I, time=T1),
      効力が発生した(agt=I, time=T2),
      {T1!=T2}.

●法解釈の強弱関係の例

民法541条によれば,継続的賃貸契約において賃借人が履行遅滞し,賃貸人への信頼関係破壊が著しい場合に賃貸人はその契約を解除することが できるが,転借がある場合には転借人への催告を必要とする説と不要とする説とがあり,判例は不要説を支持している。

    催告必要説c(X,Y,Z,P,M1,M2,I1,I2)::
    -解除する権利がある(agt=X, obj=I1) <=
      継続的契約である(agt=I1),
      賃貸する(agt=X, goal=Y, obj=M1, condition=P, id=I1),
      契約の効力がある(agt=I2, basis=and(Y,Z)),
      賃貸する(agt=Y, goal=Z, obj=M2, id=I2),
      not 催告必要説の解除条件が成り立つ(agt=X, obj=I1).
    催告不要説a(X,Y,Z,P,M1,M2,I1,I2)::
    解除する権利がある(agt=X, obj=I1) <=
      継続的契約である(agt=I1),
      賃貸する(agt=X, goal=Y, obj=M1, condition=P, id=I1),
      履行遅滞した(agt=Y, basis=I1),
      信頼関係破壊が著しい(agt=Y, basis=X),
      契約の効力がある(agt=I2, basis=and(Y,Z)),
      賃貸する(agt=Y, goal=Z, obj=M2, id=I2),
      not 支払った(agt=Z, goal=X, obj=P, time-to=現在).
    判例_転借がある場合の継続的契約の解除(X,Y,Z,P,M1,M2,I1,I2)::
    催告不要説a(X,Y,Z,P,M1,M2,I1,I2)>催告必要説c(X,Y,Z,P,M1,M2,I1,I2) <= .

● 例外の例

民法19条1項では反対申込みを規定し,民法19条2項ではその例外を規定している。

    19条1項(X,Y,I1,I2,ID)::
    反対申込みをした(agt=Y, goal=X, obj=I2, id=ID) <=
       申込んだ(agt=X, goal=Y, obj=I1),
       承諾と称した意思表示をした(agt=Y, goal=X, obj=I2, id=ID),
       {I1≠ I2} .

       19条2項(X,Y,I1,I2,ID)::
    承諾した(agt=Y, goal=X, obj=I2, id=ID) <=
       申込んだ(agt=X, goal=Y, obj=I1),
       承諾と称した意思表示をした(agt=Y, goal=X, obj=I2, id=ID),
       -実質的な変更である(agt=I2, basis=I1),
       {I1≠ I2} .

    19条2項優先関係(X,Y,I1,I2,ID)::
    19条1項(X,Y,I1,I2,ID)<19条2項(X,Y,I1,I2,ID) <= .

    意思表示(Y,X,I):: ←反対申込みをした(agt=Y, goal=X, obj=I),承諾した(agt=Y, goal=X, obj=I).

● defeated述語をヘッドに持つルール

 本システムのデータ変換では,デフォルトルールのボディにdefeated述語が挿入される。ルール間の優先関係はルールヘッドが矛盾しているル ール間でしか意味を持たないが,defeated述語をヘッドに持つルールにより,任意のデフォルトルールの非適用条件を記述できる。例えば,通常 の契約成立条件は,

    通常の契約成立(X,Y,I)::
    契約が成立した(agt=I, basis=and(X,Y)) <=
      申し込んだ(agt=X, goal=Y, obj=I),
      承諾した(agt=Y, goal=X, obj=I).

のように記述できるが,ある事案の契約成立条件が

    事例aの契約成立(Y,I)::
    契約が成立した(agt=I, basis=and(ラクーン,Y)) <=
      申し込んだ(agt=ラクーン, goal=Y, obj=I),
      最初に承諾した(agt=Y, goal=ラクーン, obj=I),
      ライセンスする(agt=ラクーン, goal=Y, obj=hp制作ソフト, condition=3000万円, id=I).

    事例aの契約不成立(Y,I)::
    -契約が成立した(agt=I, basis=and(ラクーン,Y)) <=
      申し込んだ(agt=ラクーン, goal=Y, obj=I),
      承諾した(agt=Y, goal=ラクーン, obj=I),
      not 最初に承諾した(agt=Y, goal=ラクーン, obj=I).

    事例aの契約不成立優先関係(X,Y,I)::
    通常の契約成立(ラクーン,Y,I)<事例aの契約不成立(Y,I)←.

のように記述されるとき,「事例aの契約成立(Y,I)」のルールにより「契約が成立した」が導かれるならば,「通常の契約成立(X,Y,I)」のルール は適用させたくない。これは次のようなルールを追加すればよい。

    事例aの契約成立付随(Y,I)::
    defeated(通常の契約成立(ラクーン,Y,I)) <=
      申し込んだ(agt=ラクーン, goal=Y, obj=I),
      最初に承諾した(agt=Y, goal=ラクーン, obj=I),
      ライセンスする(agt=ラクーン, goal=Y, obj=hp制作ソフト, condition=3000万円, id=I).



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