判例データの公開について
法的推論においては、判例は重要な知識源です。判例には、裁判における双方
の主張(事実認定、法解釈)や裁判官の判断が含まれているからです。しかし
ながら、現実に判例を利用して、法的推論の研究をしようとすると、以下の問
題があります。
- (1)判例にアクセスするのが面倒である。
- (2)解こうとする問題に関連した判例を検索するのが難しい、
- (3)判例の元の情報は詳細すぎる。
- (4)逆に判例データベースに含まれる判例の要約は簡単過ぎる。
そこで、われわれは、法的推論システム New HELIC-II の開発を行なうに当た
り、中央大学法学部の前田雅英教授にお願いして、刑法の代表的な判例を約1
50選択していただきました。
次に、選択された判例を中央大学や東京大学の法学部の学生さん(約10名)
にお願いして、以下の基準で重要な論点を抽出していただきました。
- (1)各判例から、重要な論点に関する論理を5つ程度、抽出する。
- (2)その論点は、法の解釈や判断基準に関するものであるものを選ぶ。
- (3)抽出した論理は
- 「〜ならば〜にもかかわらず〜である。」
- という形式の日本語文で表す。
次に、抽出した論理を、New HELIC-II の知識表現言語のルールに表しました。
このルールは
ruleID::A <- B,C,D.
のように、IF THEN 形式をしたルールです。
公開されるデータは、このようにして得られたもので、以下の3つからなって
います。
- (1)ronri-j: 判例から抽出した論理(日本語)
- (2)ronri-e: 判例から抽出した論理(英語、 (1)のデータの一部を英
訳したもの)
- (3)rule: 判例から抽出した論理をルールにしたもの(日本語)
****(3)については、公開まで、もう少しお待ちください****
このうちで、(1)(2)に関しては、学生さんから得られた生データである
ことに注意して下さい。すなわち、判例ごとに論理の抽出の詳しさにはばらつ
きがあります。これは、本データの欠点ではなく、むしろ、大量の判例を大勢
で分析する場合に、どの程度の場羅つきが生じるかを分析するための、参考に
なると思います。
抽出された論理を見ていただくと、ほとんどの論理は、
「AならばBにもかかわらずCである。」
と書けます。これは、
(1) A
ならば
(2) even if B
C
と書くようにしています。しかし、
「AならばBにもかかわらずCだからDである。」
「(AならばB)ならばCにもかかわらずDである。」
のように、表現しにくいものも含まれています。
典型的な
「AならばBにもかかわらずCである。」
の場合、以下のように、対立する2つの立場があって、どちらを優先するかを
判断したものであると考えられます。
「AならばCである。」
「BならばCではない。」
これを New HELIC-II のルールに直すには、
r1:: C <- A.
r2:: -C <- B.
r1 > r2
とすることも可能ですし、
r0:: C <- A,B.
とすることも可能です。
以下のような論理の場合、
「AならばBにもかかわらずCだからDである。」
原則として、Cのルール化はとりあえず無視します。これは、Cはメタな説明
であり、判断には直接影響しないからです。しかし、Cの情報は、ルールには
現れなくても、価値観の知識ベースに書かれることによって、論争で使われる
可能性があります。
また、以下のような論理の場合、
「(AならばB)ならばCにもかかわらずDである。」
今のところ、あまり有効な表現、利用の手段はありません。