新たな技術政策を立案する際には、過去の個別プロジェクトにおいて採用された技術政策の
検証を行い、 その利点・欠点を明確にすることが必要と考える。本稿は、1995年3月にプロ
ジェクトが終了した第五世代コンピュータ・プロジェクトの事例を取り上げ、プロジェクト遂
行方法の妥当性等を検討し、今後の日本の技術政策の在り方を考察した。
第五世代コンピュータ・プロジェクトは、自国産業の競争力強化を主眼とした応用研究では
なく、政府が資金を出し、その研究成果を通じて広く国際的に貢献することを主眼とした基礎
研究であった。したがって、製品化された超 LSI プロジェクトが成功で、製品化される見込
みのない第五世代コンピュータ・プロジェクトが失敗であるとするのは、このプロジェクトの
理念を十分に認識していない意見であるといえよう。
以下、第五世代コンピュータ・プロジェクトを、a)研究成果の観点、b)国際貢献の観点、c)
研究開発の組織面の観点等から評価した。
まず、 現時点での研究成果を評価するため(財)新世代コンピュータ技術開発機構(ICOT)
に在籍した研究者の論文引用数をみると、同種の研究を行っている大学・研究所の研究者等と
比較して、ICOT の研究者の論文引用数が多く、ICOT の研究成果がこの分野の研究活動に相
対的にかなり大きな影響を及ぼしていることがうかがえる。
次に、国際貢献の観点からみると、研究成果を無償公開ソフトウェアとして公開したり、海
外研究者招聘制度による海外研究員の受入れを行ったり、国際シンポジウム、ワークショップ
等の開催を通じて本プロジェクトの研究や共同研究に関する意見交換を積極的に行っており、
その意義は十分に果たしていると考えられる。
一方、 組織面からみると、 ICOT の研究所幹部が主導的な役割を果たしたことが特筆され
る。例えば、人事面では研究所幹部が中心となって、自ら各企業、国立研究所等から優秀な人
材を集め、 適材適所となるように人員配置を行った。したがって、 寄り合い所帯にありがち
な、コミュニケーションの断絶はなく、研究を効率的に行える組織であった。
国家プロジェクトの場合、国から資金が拠出されなくなった後のバックアップ体制が重要な
ポイントとなる。すなわち国家予算から研究費が拠出されている時には、企業も学者も注目す
るが、それがなくなると見向きもされなくなる傾向がある。第五世代コンピュータ・プロジェ
クトは、現在でも研究者がインターネット等を介し頻繁に研究成果を交換している。いわゆる
「バーチャル研究所」の中で研究を継続しているという。このことは今までのプロジェクトの
成果をさらに熟成するのに重要であろう。政府の政策は、ほとんどの場合、当該プロジェクト
が終了すると、 次の新たな政策の構築に目を奪われがちであるが、 このような研究開発プロ
ジェクト実施後のフォローは、地味ではあるが非常に重要であると思われる。
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