第五世代コンピュータ研究開発スタート

プロジェクトの夢とその課題を語り合う

関 収 (通商産業省機械情報産業局電子政策課長)
元岡 達 (東京大学工学部教授)
渕 一博 (ICOT研究所所長)



本鼎談は、1982年4月に(財)新世代コンピュータ技術開発機構が設立さ れ、6月からICOT研究所がスタートしたのを記念して、ICOTジャーナ ルの創刊号に掲載された。
第五世代コンピュータ・プロジェクト(5G)は、1979年から3年間の調 査研究期間を置き、多方面からプロジェクトに関する意見を集め、研究開発の イメージを作り上げた。プロジェクトの中心的な役割を担った3人の話からは、 本格的なスタートに入った意気込みが伝わってくる。

産学官三位一体体制でスタート

[司会] ご承知の通り、この4月に(財)新世代コンピュータ技術開発機構 が設立され、6月から、第五世代コンピュータの研究開発がいよいよスタート しました。そこで今日は、このプロジェクト推進の中心的な役割を担っておら れる方々にお集まりいただき、お話をうけたまわりたいと思います。まず、プ ロジェクトの背景やねらい、これまでの経緯などをお伺いしたいのですが、最 初にこれをナショナル・プロジェクトとして推進しておられる通商産業省の関 課長から口火を切っていただきたいと思います。


[関] 第五世代コンピュータを考えるようになった背景には、2つの側面が あったと思います。1つは情報化に絡むいろいろなニーズなりシーズというこ とです。つまり、これまでのノイマン型のコンピュータでは、これから直面す るであろうニーズに対して、十分に応えていけないのではないかということで す。さらに既存のコンピュータの技術的なネックを解決していかなければなら ないという問題意識です。もう1つは、これからのわが国の経済の運営に当たっ て、産業としての情報産業がきわめて大きな重要性を持ってくるという問題意 識です。従来、わが国の情報産業は、どうしても技術的に後れをとってきたわ けですが、この際、一挙に最先端の技術開発を図ろう、そういう問題意識で、 昭和54年頃から勉強をスタートしたわけです。

当初は、(財)日本情報処理開発協会のほうで勉強されたのですが、それをベー スにして昭和56年度から、通産省が中心になって調査研究委員会を設置し、 元岡先生に委員長をお願いして調査報告書をまとめていただきました。報告書 は開発目標、開発の課題、開発計画からプロジェクトの推進体制まで非常に詳 細にわたっていまして、その報告書を基礎にして57年度からこの事業がスター トしたということです。


[元岡] 過去3年間、調査研究に関わってきたわけですが、いま関課長がい われましたように、最初の2年間は日本情報処理開発協会の中の調査研究委員 会で、あと1年間は、通産省の中の調査研究委員会だったわけです。その間の いきさつを少しお話ししたいと思います。

1990年代の情報化社会がどうなっているかを考え、その時代が必要とする コンピュータを考え、その開発のために国としてやることがあればそれを指摘 し、かつその具体的な研究開発体制についても考えてほしいというのが、最初、 通産省からいただいた課題だったわけです。

それを受けて、3つの分科会を発足させました。1つは、社会環境関係の問題 を担当するグループ(主査・技術評論家 唐津一氏)でユーザーその他の幅広 い立場から見たコンピュータに対する要求を出す。第2は、コンピュータの技 術からアプローチする専門家グループ(主査・慶応大学 相磯秀夫教授)。第 3は、やはり専門家で、主に基礎理論やソフトウェア問題などからアプローチ するグループ(主査・電子技術総合研究所 渕一博氏)で、渕さんはこんど ICOTの研究所長になられました。

2年前、それぞれの分科会で研究したものを調査研究報告書にまとめたわけで すが、その計画段階でユーザーの方々はじめ専門家の学者まで150人近い人 たちの協力を得てプランニングをやったのが大きな特徴だったと思います。こ の機会にご協力いただいた方たちに感謝の意を表しておきたいと思います。


[関] そうした多くの人たちのご協力を得て、この4月に、開発の推進母体 としてICOTが設立されたわけですが、6月以降、電総研、電電公社あるい はメーカー各社から最優秀の技術者にお集まりいただいて研究をスタートさせま した。また、単に産業界と政府機関の研究ということだけでなく、広く学会の 先生方のお知恵も十分拝借していきたいということで各種のアドバイザーグルー プを作り、産学官共同というか三位一体でプロジェクトを進めようということ でスタートしました。

今後、このプロジェクトは、第1期・3年、第2期・4年、第3期・3年の10 年計画で開発していくことを予定していますが、いま、第1期の中核的な部分 にさしかかった段階です。


[司会] 海外の関心も高いようですね。


[関] たくさんの方が取材に見えています。


90年代のあるべき社会像を見据えて

[司会] 先程、関課長のお話にもありましたように元岡先生は、過去3年間、 調査研究委員会の委員長として終始ご指導してこられたわけですが、その立場 から、これまでの調査研究の経緯をとりまとめてお話いただきたいと思います。


[元岡] まず、1990年代の社会については、単なる予測でなく、むしろ その時代の理想的な社会像を考える。そしてその社会像に向かって努力し、実 現するために必要な情報システムやコンピュータはどういうものかという立場 から議論が進められました。そういう視点から、農業、漁業あるいはサービス 業などのように、これまであまり生産性が上がっていない分野に使えるコンピュー タを開発する必要がある。あるいは、21世紀にかけて世界的な大問題になる であろう省資源問題−エネルギーや資源の不足という問題に対してコンピュー タがどういう形で貢献することができるかといったことを議論しました。

また、日本としては、コンピュータに代表されるような先端技術を開発し、そ うした分野で世界経済の発展、進歩に貢献していくことになろう。外国から見 ると日本は閉鎖社会だと言われます。事実、言語が障害になって、われわれの 考え方が必ずしも世界にうまく伝達されていません。そういう言語の障害を除 くために貢献できるコンピュータが必要になってくるのではないかということ もあります。

もう1つ、1990年代にかけて、われわれの社会が大きく変わるであろうと いう問題があります。その1つとして日本だけでなく人口の老齢化があります。 その場合、老人にも働いてもらえる社会、身体障害その他を助けられるような コンピュータにしようという提案もありました。

そういったものを受けて、それを実現する手段として基礎理論のグループから 非常に重要な問題として人工知能の研究開発とそれに向いたコンピュータを作 る必要があるとの要請が出されました。

人工知能の実用、応用を考えると、言語の障害に対しては翻訳とか通訳、老齢 化社会では人間の行動を助けるロボットなどが考えられます。


知識情報処理システムをめざす

[元岡] 次に、コンピュータ技術そのものから見て超LSIをどうやってプ ロジェクト技術の中に取り入れていくかという問題があります。コンピュータ 産業として考えてみても、従来のように数値計算だけを対象にしていたのでは、 産業規模としても頭打ちになり、極端にいえば縮小してしまうということにな るわけで、当然、情報産業を伸ばしていくためには、新しい応用分野を切り開 いていくことが非常に大切になるということです。そこで、従来までやりにく かった人工知能とか非数値データを処理するのに向いたコンピュータを開発し ていこうということです。

そのためには、いまのコンピュータの性能を上げていく必要があるのですが、 これには2つの方法があります。1つは、そこに使われる基本素子の高速化で す。さらにそこで使われるアーキテクチャを非常に複雑なものにして効率を上 げていく、あるいは、それぞれの目的に適した機能をハードウェアで実現して いくという面があるわけです。

高速素子の開発については、第五世代プロジェクトと並行する形で進んでいく 科学技術計算用のスーパーコンピュータの大型プロジェクトの方で開発してい くことになり、こちらでは人工知能の応用を主要な目的としたような知識情報 処理システムを目指そうということになりました。

また、いま情報関係でいちばん大きな問題であるソフトウェアの生産性の向上 についても、人工知能的な考え方を取り入れれば可能だという立場でコンセン サスが得られました。これが最初の2年間の経過だろうと思います。

3年目は、先にも話がありましたように、通産省に電子計算機基礎技術開発調 査委員会ができて詳細なツメを行ないました。大きなポイントの1つは、昨年 10月の国際会議でしょう。国際的な視野から議論してもらう目的で、各国の 専門家にその内容を公表したわけですが、プロジェクトの事前公表はこれまで 日本では前例がなかっただけに、各国から非常に高い評価を受け、協力依頼も 多くの賛成が得られました。

財政的に難しい時代に、幸い今年度から正式にスタートできるようになったの は、各界のご理解のたまものであり、非常にありがたいことだと思います。


90年代のニーズに応えるコンピュータ開 発を目指す

[司会] 渕さんは、ずっと基礎理論分科会の主査としてやってこられたわけ ですが、それ以前から、すでに新しいタイプのコンピュータについて、いろい ろとお考えがあったと聞いています。そのあたりを含めてお話しいただきたい と思います。


[渕] このプロジェクトの 目的は、1990年代のコンピュータと、それ を取り巻く情報処理技術の開発ということです。1990年代にいまのコンピュー タを超えたような革新的なコンピュータあるいは情報処理技術体系ができない かということがねらいの1つにあるわけです。

そうしますと、そういう革新的なものが本当にできるのだろうか、ということ と、そういうものを社会が本当に要求しているかという2つの側面の問題が生 まれます。つまり、ニーズとシーズということです。

コンピュータに対する社会的な期待は非常に大きなものがあります。将来の社 会にとっても重要な役割を果たすだけでなく、技術的な発達で将来夢のような 社会が生まれる − そういうコンピュータが必要だという議論があります。そ ういう社会的な期待やニーズを満たすための技術的シーズがあるかが大きな問 題なわけです。

過去3年間の委員会の議論では、いまの技術がどんどん伸びていけば可能だと いう見方と、いや、それだけでは不足だ。単なる改良では行き詰まりがくると いう見方があったのですが、3年間、情報処理の研究のいろいろな分野のサー ベイを行って、そのシーズを探ったわけです。その結果、元岡先生がいわれた ように、人工知能の分野がピックアップされてきたわけです。


[司会] それが1つの大きなポイントになったわけですね。


[渕] そうです。それと同時に、コンピュータ技術自体が抱えている問題も 探ってみたいということもありました。つまり、いわゆるソフトウェア工学の 分野でどういう研究が行われていて、将来に向けてどのような提案がされてい たかを探っていったわけです。そこで浮かび上がってきたのは、ソフトウェア 問題を解決することと、人工知能的な機構を実現することは不即不離だという ことです。この2つは、研究の流れからしてもだんだん1つにまとまっていき、 その方向を延長していくと新しいイメージが生まれてくるという結論が出てき ました。

また、素子とか超LSIとか新素子の可能性などのハードウェア的分野の進歩、 それらを組み合わせたコンピュータ・アーキテクチャの研究の面でも、だんだ ん新しい提案が出てきはじめています。しかも、これらの提案は、実は、将来 の方向において人工知能やソフトウェア工学の研究の方向とベクトルが一致し ているということがわかってきました。

これらを総合してみますと、1990年代には、その時代の社会のニーズに応 えるための新しいコンピュータ出現の可能性が非常に大きい。しかも、それを 中核にして情報処理技術の体系が大きく再編成される、というイメージができ ました。それをもとにして第五世代コンピュータ・プロジェクトを考えていこ うということになったわけです。

最初、この考え方は少数意見でした。しかし、議論を進めていくうちに、その 可能性が単なる思いつきでなく、やはりそういう方向でやらなくてはいけない という声が増えてきたと考えられます。


知識情報処理をスローガンに

[司会] どうもありがとうございました。今までお話しいただいた経緯を経 て、今度、第五世代コンピュータの研究開発専門機関としてICOT研究所が 発足したわけですが、それでは、引き続き所長の渕さんに、先程のお話の補足 を含めて、これからの研究開発の内容や進め方についてご紹介いただきたいと 思います。


[渕] 先程申しあげたようないろいろな観点からの議論を総まとめして、将 来の情報処理技術がどういう方向に向いているかといいますと、知識情報処理 ということではないかということになったわけです。いまの情報処理技術は、 人間のほうが知識を全部もっていて、それをもとにしてコンピュータをどう働 かせるかという形でソフトウェアなどを作って問題を解決していくというレベ ルにあります。しかし将来、もっと多くの人が使える使いやすいコンピュータ にしていくためには、コンピュータ側でもある程度の知識を持っていて、そう いう知識をもとにして人間と会話していくという方向になっていくだろうとい うことで、知識情報処理というスローガンがでてきたわけです。

これが第1の研究目標ですが、2番目には、それを実際に実現するための新し いタイプのコンピュータやソフトウェアが必要だということです。これは人工 知能やソフトウェア工学的な研究を総合してとらえるわけですが、それから出 てくる中心的機能の1つは、コンピュータ側に知識を持たせるということで、 実際に知識をどのように表して、どういうふうに蓄えるか。そして、蓄えたも のをどう引き出すかという知識の管理機構です。そういうものをサポートする マシンが必要だということです。

もう1つは、推論という機能が中心になるということで、推論を能率よく実行 するようなマシンが必要になります。知識が蓄えられ、管理されているだけで なく、その知識を引き出してそれを自在に組み合わせて、与えられた問題を解 決していくことを論理学の言葉で推論といいます。

この2つのマシンのイメージを合わせたのが新しいタイプのコンピュータとい うことだと思います。しかも、そういう新しいタイプのマシンを使いながら高 度の推論をし、それによって問題を解決するとか、日本語・英語あるいは図形 とか、人間にとって自然な形態での会話を実現していくことが必要になってき ます。

そういうハードウェア技術、ソフトウェア技術を作っていくというのが、この プロジェクトの中心であるわけです。同時に、そういう基本技術を生かして応 用問題をやってみようということがあります。たとえば、機械翻訳とか非常に 高度な設計システム、あるいは知識をもとにしたコンサルテーション・システ ムなどが、先程申しあげた技術で本当に有効であることを実証していきたいと いうのがあります。これらがこのプロジェクトの現在の骨組みになっています。

このプロジェクトは、全体を10年計画と想定して、それを前・中・後期の3 つの段階に分けて進めていきます。前期で基礎固めをして基礎技術の確立を図 ります。中期では、前期の成果をもとに新しいタイプのコンピュータの原型に なるようなマシンを試作していきます。そして後期では、それらを総合化して 1990年代のプロトタイプになるものに仕上げていく予定です。


世界中の5G開発の引き金に

[司会] 元岡先生、いまの渕さんのお話について感想あるいはアドバイス的 なことをお話しいただけませんか。


[元岡] われわれが考えている第五世代プロジェクトは、いま渕さんがお話 しになったとおりなんですが、ほかの人が第五世代のプロジェクトをいろいろ な目で見ていますので、それについて私が聞いていることを少しお話ししたい と思います。

まず、われわれとしては、いろいろな技術を総合して同時並行的に開発するこ とによって新しいものができると主張しているのですが、そこのところが外国 の人には十分に理解できないらしいですね。たとえば、この間のソフトウェア ・エンジニアリングの国際会議に出席したジャーナリストなどは、第五世代は ソフトウェア主導型のプロジェクトではないかといいます。また、この2月に ボストンで開かれたVLSIのコンファレンスで私が話をしたとき、出席者たちの 中に第五世代をVLSI・CADじゃないかと捉えている人がいました。イギリスで も、ある人たちは、マン・マシン・インターラクションの高度化が非常に重要 だと思っているとか、フランスでは、メカニカル・トランスレーションみたい なことをやるプロジェクトというふうに捉える人がいます。

また、外国でやれば、おそらく10年ぐらいの時間と1000億円くらいの予 算ではとてもできないプロジェクトだと思っています。どうしてそんな少しの カネと少しの人間でできるのかという質問が返ってくるんですね。

いろいろなものを一括してやることで、個別にやるより効果があがる面もあり ます。また、第五世代のプロジェクトが世界中で並行して進められるような状 況を作り出すことに成功すれば、日本の予算が少なくても、他の国のカネを総 合すれば全体としては巨額な投資をしたプロジェクトになるわけです。ですか ら当面は、渕さんのお話のように全体をカバーする方向でプロジェクトを進め ていくのがいいのではないかと考えています。


[渕] いま元岡先生がおっしゃったように、見る人によって違った面が見え てくるんですね。そういうものを総合しようということですから当然そう見え ていいわけですが、日本側としては、いくつもの分野を単に集めてきたという のではなく、それを全部貫く1本の糸があって、それが見えてきたと提案して いるわけです。それに基づいて第五世代のプロジェクトをやろうということで すね。まず、核のところからやっていこうというわけです。それを見抜くため の洞察力が必要ですが、国際的な世論の流れを見ていますと、ただの寄せ集め でなく、そこに統一的なイメージが出てきそうだと考える人が増えていますね。

一方では、そういう統一的なイメージを、情報あるいはコンピュータの先進国 であるわれわれがなぜ出さなかったのか、なぜ日本が出してきたのかという反 省があるんですね。コンピュータの分野がたいへん広がり、専門化が進んだ結 果、自分のところは見えるけれども、他との関連が見えにくくなるという弊害 が出て、全体が見抜けなかったわけです。

ところが日本のほうは、幸か不幸かまだ全体をつかまえて議論ができた。特に 3年間にわたる委員会は、全体をつかまえる議論の場として、たいへん適切だっ たと思います。


[元岡] そのとおりだと思いますね。全体をつかまえるような考え方は、も ちろん外国にもだんだんできていますけれども、いま一生懸命にそれを勉強し ている段階ですね。


世界の最先端を目指す野心的プロジェクト

[司会] それでは、これまでのお話について、関課長から、それに対する1 つの考え方というか、期待といったようなことをお話しいただきたいと思いま す。


[関] 情報化施策というものが、本格的に行われるようになったのは、おそ らく1970年代の初め頃だったと思います。そこで考えられる政策の柱は2 つありまして、1つは、情報化のためのいろいろな基盤を整備しようというこ とであり、もう1つは、それに関連する技術開発をしようということですが、 今回の第五世代コンピュータの開発は、それの集大成的な側面があります。

まず情報化については、70年代は点と線だったのが、80年代から90年代 になるに従って面的な広がりを持つようになるのではないか。コンピュータ利 用の分野が広がると同時に、使われ方もたいへん高度化する方向にいく。先程、 先生方のご指摘があったように、これまでのコンピュータでは、たとえばソフ トウェアの負担がますます高くなる、あるいは必ずしも期待される高度な情報 処理に見合う技術ができていないといったようなことで、これからの面的な情 報化への1つのネックが出てくる恐れがあるという危惧があります。

一方、技術開発施策は、70年代から始まり、政府もかなり力を入れて、新機 種の開発、超LSIあるいは現在も続いているOSや周辺端末の開発などがあっ たのですが、いずれもキャッチアップ的な色彩が強かった。そこで今後は、日 本の情報化の中から出てきたニーズを汲み取って、キャッチアップでなく、む しろ世界の最先端をいくような技術開発をしようということで、このプロジェ クトがスタートしたわけです。

その意味で、非常にエポック・メーキングでかつ野心的なプロジェクトである うえ、期間もお金もかかる大がかりなプロジェクトで、ぜひ、このプロジェク トが成功してほしいと思っております。もちろん、実際にこれを企業化してニ ーズに応えていくのは、開発終了後に担当各メーカーのやることですが、その 基礎技術の研究を行うこの10年間は、きわめて重要なステップだと思います。 内外に強く出てきているニーズへのレビューといいますか、日進月歩の技術、 シーズとのフィードバックといったことがうまくかみ合って、所期の成果をあ げることを期待したいと思います。


ニューパワーの中核、ICOT研究所

[司会] 次に、このプロジェクトを推進する組織・体制の問題に入りたいと 思います。当初、3年間の調査研究の成果として相当に自由で創造的な雰囲気 を作っていかなければならないだろうという話もありました。そして研究員に 創造性を発揮してもらうためには、かなりユニークな従来型と異なる組織なり 体制が必要であろうという答申が出ていたと思います。そういうことに対して、 現実の問題として6月1日から40名の研究員がそろってスタートしたわけで すが、所長として体制の問題についてどういうふうにやっていこうと考えてい らっしゃるか、あるいはいろいろ問題があるかと思いますが、そのあたりを少 しお話しください。


[渕] ICOTの中に研究所を作り、40名の研究員を集めてスタートした わけです。リーダー格の研究員は、電総研、電電公社の通信研究所のほうから きていただきました。それにコンピュータ関連の各メーカーから若手の研究者 を30名ほど集めました。これが前期の研究の中核組織になると思っています。 まず、第五世代コンピュータプロジェクトという新しい技術体系を作りますが、 その基礎技術を作るための中心の機関であると受け止めています。

それを取り巻いて、いろいろな研究陣、あるいはサポートグループがあります。 現在、ICOT研究所には、アドバイザリー・グループとしてプロジェクト推進委 員会があり、その下に5つのワーキンググループが設けられており、各分野か らわれわれの研究をアドバイスあるいはサポートしていただくことになってお ります。

研究開発を進めるにあたっては、いろいろな大学で先進的な研究をしているグ ループとの交流が非常に大事ですし、実際の試作をしていくという意味では各 メーカーの技術力も大いに活用していかなくてはなりません。したがってICOT 研究所は、研究活動の核をなすものと位置づけています。その役割は、1つは 中、後期に向けての広い意味での新しいイメージづくりです。同時に、全体の プロジェクトのコーディネーションも1つの仕事です。

組織の運営方法では、プロジェクトの内容自体が前例のないことなので、運営 も新しいものを模索していかなくてはならないわけです。プロジェクトのやり 方自体も新しいものを求めていくことが必要だと思っています。


強力なナショナル・プロジェクトに

[司会] 併せて元岡先生にプロジェクト推進委員会の委員長の立場から体制 についてお話を願います。


[元岡] 第五世代で考えている分野はかなり幅が広いうえ、新しい分野を伸 ばしていくような研究者や技術者をプロジェクトの進行に並行させて養成して いかなければなりません。ICOTがその中核になってくださることは確かですし、 またそれを期待しているわけですが、このプロジェクトが10年後にしっかり と社会に根づくためには、40人という人数ではとうていできる話ではありま せん。当然、メーカーや他の研究機関でも、このプロジェクトのねらいと同じ 方向で仕事をしてくれる研究開発力を作っていかなければなりません。大学も、 当然、そういうところに送る人材養成の義務がありますし、大学その他におけ る研究が、直接、このプロジェクトに貢献できるようにする必要があります。 そういう体制が作れて初めて国のプロジェクトといえるのだと思います。

その意味で、新しい研究開発体制を日本の中にどう作るかということ自体が、 大きな研究課題になるだろうと思います。その辺については、ひとつ通産省の ほうの絶大なご支援をお願いしたいと思います(笑)。


[司会] 確かに総論的にはいろいろ話が出ていますが、各論になるとこれか らまだまだ問題があろうかと思います。そういったことを含めて、関課長に国 の方針といったあたりを少しお伺いしたいのですが...。


[関] 研究がスタートして日が浅いわけですが、これまでのところ順調にいっ ていることはたいへん結構ではないかと思っています。

審議会からもたびたび答申を受けているところですが、資源小国の日本として は、技術立国の道しかない。やはり技術先進国としての地位を確保したいとい うのが私どもの願いです。そういう意味で、第五世代は、いわば技術立国をめ ざすわが国の中核的プロジェクトの1つだという立場で、私どもも強力にサポー トさせていただきたいと考えています。

具体的には、いろいろ考えられますが、第1は財政的な側面です。初年度、4 億円程度の予算でスタートしたわけですが、58年度については、たいへんな 財政難の折ですが、7倍近い28億5000万円の確保を目標に予算折衝をやっ ています。第2は、国を挙げて推進する必要があるということで、強力なナショ ナルプロジェクトとして推進していきたいという立場から、そういう協調体制 の確立についてお手伝いできることがあれば全力を尽くしてやりたいという点 です。第3には、ますます重要性が増すと考えられる国際的な展開にあたって、 相手国政府との交渉、意見交換、情報交換といった形で、できるだけの協力を させていただきたいと考えています。

さらに4番目には、プロジェクトの円滑な推進のために機械情報産業局の中に 局長の諮問機関を設けてありますので、その都度、各界のエキスパートのご意 見を十分に承りながら、プロジェクトの推進に誤りのないようにして、ナショ ナルプロジェクトにふさわしい実施体制を作っていきたいというのが通産省の 考えです。


最初から国際展開をねらう

[司会] 話が国際協力のほうに移っていくと思いますが、このプロジェクト は、政府間での国際協力を進めていくうえで格好の目玉であるという話も聞い ているわけですが、関課長は、今後の展開をどうお考えでしょうか。

[関] まず、第五世代の開発が進められる80年代の世界の貿易とか経済の 関係を見ていくと、これから中心になるのは、ハイテクノロジー分野をめぐる 国際的な問題であろうといわれています。これまでの自動車とか鉄鋼、テレビ といったものから世界の貿易上の比重が、次第にハイテクノロジー分野に移っ ていくことは必至です。すでにハイテクノロジー分野の貿易について、何らか の世界的なルールを作っていこうという動きがあります。また、資金調達、リ スク負担といったことから、国際的な共同開発の道を探らなくてはいけないと いうことが顕在化してくると思います。こういう動きは、日米間といったバイ ラテラルな関係だけでなく、ガット、OECDあるいはサミットといったハイレベ ルの国際的な場においても、中心的な議題になりつつあり、世界的に関心が高 まっています。

次に、第五世代とは名乗っていませんが、似たような問題意識で、各国とも次 世代コンピュータの技術開発を行っているということがあります。

そんな背景の中で、昨年の秋のシンポジウムで日本側の考え方も披露され、国 際的な関心が非常に高くなっています。

象徴的なのは、昨年のシンポジウムに刺激された形でイギリスで非常に大きな プロジェクトの提案がなされたことです。フランスにも同じような動きがあ り、アメリカでは、いくつかのコンピュータメーカーの出資会社で新たな技術 開発をするといった動きがあります。

こうした中で、私どもは、第五世代プロジェクトを国際的に展開していこうと 最初から考えていました。展開上、先進技術の分野で先進国間の協力が非常に 重要であること、日本もこうした分野で貢献を果たしていくことが国際的な責 務だという発想からです。


ハイテク分野での国際貢献の道

[関] 具体的には、第五世代のプロジェクトの方向なり、技術開発の内容に ついていろいろな形で内外に明らかにし、同じ目的のプロジェクト間で情報な り研究開発の成果を交換し、いわゆる両岸方式といった形で協力しあい、さら に、共同でやっていける部分があれば、共同開発までもっていく心構えでおり ます。まだ、プロジェクト自体がスタートしたばかりですから、具体的にどう いう形にするかは今後の課題ですが、手始めに政府間の産業協力の意見交換の 場である日仏産業協力委員会や日英産業協力委員会といった場で、どういう協 力が可能かということについて意見交換をすることになっています。

また、アメリカその他の関心のある企業との協力のしかたも今後の課題です。 いずれにしても、さまざまな形で国際協力なり協調体制を作り上げていくこと でより大きな成果も期待できるし、わが国としても、ハイテクノロジーの分野 での技術開発に貢献していける、したがって積極的に進めていきたいというの が通産省の考え方です。


[司会] それを受けてICOTとしても、国際協力をどう進めていくかというこ とになるのですが、これについては、実は、おおよその方針が決まっています。 そこでここでは渕所長に、世界各国からの研究者やジャーナリストのICOT訪問 についての印象をお話しいただければと思います。


[渕] 国際的な反応でいいますと、時間を追うにつれて非常に積極的になっ ています。昨年の国際会議で初めて日本の提案を聞かされたときは、日本はと てつもないことをいいだした、何十年かかるかわからないぞというのが正直な 反応でしたが、最近では、思ったより早く実現するのではないかというように 反応が変わってきています。

それにつれて、たいへん魅力的なこうしたプロジェクトを、それぞれの国で立 てなくてはならないのではないかという意見が聞かれるようになりました。た とえば、アメリカなどでは、若い人が、研究というより自分で会社を作って金 儲けに走る傾向がとても強く、しかもそれが成功しているという現実がありま す。それだけに若い人たちをもっと研究に引きつけないと将来がない。もっと 国は魅力的なテーマを持たなければいけないという議論もあるようです。

このように、次第に国際的な反応はいい方向に進んでいるわけですが、これに は、技術だけでなく、政治、経済を含む国際的な情勢が絡んでいるようです。 端的にいって日本の地位が高まっており、それが大きな役割を果たしているよ うです。結局、それらのものと組み合わされ、着目されているということです ね。


[司会] 元岡先生は、海外の研究者と始終、、交流されておられますが、そ れらの体験から、国際協力についてひとこと聞かせていただけますか。


[元岡] 技術という面の国際協力については、関さんや渕さんからいろいろ お話があったので、それ以上つけ加えることはありません。ただ、こういうも のを日本のナショナルプロジェクトからさらに広げて、世界プロジェクトにもっ ていきたい。国際協力というのは、ある意味で、そういう面があるという気が しますね。

その場合、テクノロジーだけでなく、それが世界の政治や経済にどういう影響 を及ぼすかについても研究する必要があります。これはICOTでは無理でしょう が、その周辺でやる必要があるのではないかと思っています。このプロジェク トを考える段階で、1980年代の日本のイメージを探ったわけですが、同じ ように1990年代の世界はこうならなくてはいけない、そのためには、こう いう研究が必要ではないか。その中で第五世代はこういう位置づけになるのだ ということについて研究していくことが必要なんだということを、最近、特に 痛感しています。


[司会] 国際交流というと、これまでの日本は、ややもするとテイクだけで、 ギブ・アンド・テイクになっていないという話がよくあるのですが。


[元岡] 確かにこれまで日本は、アメリカからずいぶんいろいろなものを教 えてもらって伸びてきました。これからはギブ・アンド・テイクでなくてはい けないというのはそのとおりでしょう。しかしそれは結局、長い目で見なくて はということもあり、短期的にはテイクだけであっても、反対にギブだけの時 もあるわけです。あまり気にせずに、積極的にギブを考えていけば、それによ って自然に外国からも得るものがあるのだというくらいの気持でやっていけば いいのではないでしょうか。そういう目で見ないと、国際協力も成果があがり にくいと思いますね。


``一石三鳥"の効果を期待

[司会] 最後に今後の抱負などひとこと...。


[渕] コンピュータ自体に対する期待もそうですけれど、コンピュータは、 単に産業とか経済に影響するだけでなく、将来の社会の文化にまで影響すると いうことです。

そう考えるとき、われわれのねらっているコンピュータは、大きな影響を文化 に与える。これが成功すれば、人類の文化の発展に貢献すると思います。すば らしいプロジェクトが日本でスタートした、その責任者の一人としてやれるの は光栄だと思いますね。


[元岡] ICOTに対するお願いといいますか、このプロジェクトはICOTが中心 になって進めていただくわけですが、少ない人数で研究もやり、コーディネイ トもやるので非常にたいへんでしょうが、大きく伸びるためには、やはり周囲 の協力をうまく引き出すことがかなり重要だと思います。その点も十分に考え て進めていただきたいと思います。


[関] このプロジェクトがうまくいきますと、私どもからいえば、まさに一 石三鳥なわけです。1つは、情報化が進むことによって、新しいコンピュータ のニーズが高まってくるわけですから、それに応えられます。第2は、今後の わが国の産業構造の中で中核的部分を成すであろうエレクトロニクス産業の発 展に寄与できる。3番目には、わが国の国際化に寄与できるということです。

これは単に、開発段階において先進諸国と協力するだけでなく、その開発のシー ズを利用して、発展途上国の近代化なり発展に寄与できるということです。そ れだけに、私どもとしては、ぜひ成功させたいと思っています。

逆に、それだけに技術的な困難もありますし、長期間を要するものですから簡 単でないわけですが、チームワークのもとに、ぜひこのプロジェクトを成功さ せていただきたいと願っています。


[司会] どうもありがとうございました。