並列推論技術の中核をつくる

第五世代コンピュータ時代の技術の芽を育む

ICOT・研究所所長 / 渕 一博



1990年6月の成果報告会第8回「第五世代コンピュータに関するシンポ ジウム」での基調講演。大詰めを迎えた第五世代コンピュータ・プロジェク トは、PSI、マルチPSI、PIM、PIMOS、KL1、GHC等々の 成果も姿を現して、最終ゴール「並列推論マシン」の技術体系に向かって邁 進しつつあった。そこには、研究者たちの限りないチャレンジ精神と、世界 的な研究の輪の広がりがあった。

5G時代に向けての技術の芽

 いま唐津一先生から将来に向けての期待のお話が あったわけですが、歴史というのはどんどん進ん でいきまして、5Gの時代というのはいずれ来る んだろうと思います。その時にはいろいろなテク ノロジーがきっと必要で、それが総合的に組合わ されて、時代の要請に応えていくことになってい くんだと思います。そういう5G的な時代に向け て、それではいま何をやっておくべきかというこ とで、将来必要になるであろう技術は多様にある ということをいま言ったわけですが、その中でも 中核になると思うものを切り出して,そういう技 術全体の発展の基盤になるような技術の芽を作る のがこのプロジェクトの使命だと思っています。

 ですから5Gの時代ということと、それに向け ての5Gプロジュクトは密接な関連がありますが、 そこでの役割の違いもあるかと思うんです。そう いうことを申し上げたのは、これも何回か言って いるかもしれませんが、技術開発のプロジェクト のあり方というものに関連すると思うからです。 いろいろなやり方があると思いますが、一つは何 でもやるというスタイルのやり方、必要と思われ るものは何でもやりますということで計画を作っ ていくやり方があると思います。しかし私の技術 観からしますと、そういうプロジェクトはきっと うまくいかないと思うわけです。最初は何でもや るという触れ込みですからいいわけですが、実際 にはそうはいきません。

 一つのプロジェクトというのは、一つの技術的 な理念を中心にして、それをどう展開していくか、 そういうことで成り立っていくと思います。世の 中全体としてはどうかということで言いますと、 それは一つのプロジェクトで賄うのではなくて、 場合によっては複数のプロジェクトで、あるいは プロジェクトにならないけれども非常に多彩な技 術的な努力が行われる。そういうものを全部足し 合わせて世の中が成り立っていく。その中で、特 に、新技術を目指すプロジェクトは、しっかりし た位置づけを持たなければいけないと思います。

 このプロジェクトも8年たって、あと2年ほど 頑張っていくわけですが、そういう気持ちで事柄 を最初から整理しながら進めてきたつもりです。 もちろん途中でいろいろなことを言われたり、言 ったりしたことがあるわけですが、私としてはこ のプロジェクトの核心である並列推論技術という ものに向けてターゲットを絞り込んできたつもり です。いろいろな表現を使ってきましたが、短い 言葉で技術的な内容を言うとすれば″並列推論″ という言葉がいちばん適切であろうというのか私 の当初からの考えでして、その線で進めてきてお ります。

過去のプロジェクトの経験を生かす

 前期、中期ときて、現在後期になっていますが、そう いうことで言いますと並列推論技術の確立に向け てステップごとに展開してきた、ということが言 えるのではないかと思います。プロジェクトも後 期になりますと何ができるのか、あるいはプロジ ェクトが成功か不成功かということが取り沙汰さ れることになると思うのですが、そういう際にい ろいろな見方が出てくる。これも多種多様な見方 があって当然いいわけですが、私としてはこのプ ロジェクトが当初から狙ってきたものに対する達 成度を見ていただきたいと思います。世の中には また別の期待もあって、こういうことをやるべし という意見もあって、このプロジェクトがやって いない部分はたくさんあるわけですが、そこのと ころで測っていただいても、これはかなりすれ違 いになるのではないか、そんな気もしています。

 このプロジェクトが並列推論というものをゴー ルにして進んできた、あるいはそれを目指してい ろいろテーマの整理をしてきたということの裏に は、大事ではあるが取り上げていないテーマ、あ るいは横に置いてあるテーマがあります。このこ とは何度も言っているような気がしますが、あら ためてはっきりさせたいと思います。残してある テーマでいちばん大きいのはパターン認識の技術 です。この技術は非常に大事であるわけですが取 り上げていない。コンピュータ技術をめぐる技術 全体からするとこれがどういうところにつながり を持つかというと、マン・マシン・インタフェースの ところに関わります。インタフェースというのは 情報の交換の場所ですから、そこでは人間にとっ て非常に快適な、多彩な情報の交換のメディアが 必要です。そういうことでこの技術は非常に大事 ですが、このプロジェクトでは意識的に、そこは 取り上げていない。

 取り上げていないものですから、その技術を軽 視していると思われては心外なわけですが、その ことについてちょっと申し上げます。実はこのプ ロジェクトの前段階以前、このプロジェクトは8 年前にスタートしたわけですが、そのまた10年前 からパターン認識のパターン情報処理と呼ばれる 大型プロジェクトがありました。これも結果的に は10年の非常に長期のプロジェクトになりまして、 当時としては巨額の国家予算を使ったナショナ ル・プロジェクトであったわけです。

 私はパターン・プロジェクトのスタート時点で、 そのプロジェクトの計画をどうするかという議論 に関わっていたことがあります。当時は日本の中 でのパターン情報の技術はまだ非常に未熟な段階 でして、基礎的な研究から始めていろいろやるべ きことがあったのです。そういう段階でして、当 時私が主張したのは、パターン情報のプロジェク トを、最終的に統合したシステムを作るイメージ で計画を立てるのは間違っているということです。 パターンに関わるメディアはたくさんありますか ら多彩な研究をしなければいけない。しかも当時 の研究、特に日本の研究レベル、技術レベルから すると基礎から積み上げていかなければいけない わけですから、そういう基礎研究、基礎技術をし っかりやるような計画にすべきであって、10年後 にこういうものができますと、総合的なパターン 認識装置を作るような計画はだめであるというこ とを強力に主張して、その意見を押し通したわけ です。いまから20年ほど前の話になりますからだ いぶ古い話ですが、そう主張してある程度意見を 入れられたわけです。

評価には時間がかかる

 それはいま考えてみてもあまり間違っていなか ったと思います。そのプロジェクト自体は私が主 宰したわけではないので、いろいろないきさつが ありまして、最後には総合システムの構築評価と かいって1、2年えらく苦労された人たちもたく さんいるんですが、私に言わせるとこれは実に無 駄な努力でして、そういうことをする必要はなか ったといまでも思っています。そういう総合シス テムを作ってデモンストレーションをしたという ことで一応成功したような終わり方をしています が、あのプロジェクトの本当によかったところは、 そのデモンストレーションではなかったと思うん です。そうではなくて、その過程でいろいろなテ ーマについて、いろいろなパターン的なメディア についてその処理の手法を研究したことがあのプ ロジェクトの成果であったと思うし、実際にそれ は世の中に浸透していて、10年後の今日、その分 野では日本の技術が一流の域にあると評価されて いるようです。そこに大きな貢献をしたと思うん です。

 自分が関係したこともあるということで言うわ けではありませんが、プロジェクトの成果とそれ の評価は非常に難しいというか、考えていただき たい気がします。単にデモンストレーションをや れば成功であるということでもないし、その直後 には製品ができなくて、むしろ技術というのは育 っていくのに非常に時間がかかる。ある段階にな ってもそれがすぐ金儲けにつながるとは限らない。 10年ぐらいいろいろなかたちを取りながら進んでい て、やっと実際のレベルに到達するというぐら いのスパンの長い話でして、パターン情報につい てもそういうことが言えると思うんです。そうい う実際の善し悪し、両方を含めての評価というの はいまだに体系的になされていないような気がし ます。終わってから十数年たったものですから、 たとえば技術史的な研究テーマの対象になり得る のではないかと思いますが、そういう例はまだな いようです。そういうふうに研究プロジェクトの 評価というのはなかなか微妙であるというか、難 しいという気がしています。

必要なステップを踏んで

 当時はそういうことであったわけですが、その 分野の特質とその時代を踏まえるとそういう判断 ができたと思うんです。そういう経験が原体験と してありますが、そういう研究の流れの中でもう 一つ大事だと思われたのは、マン・マシン・インタフ ェースに関わるパターン情報的なところだけでは なくて、コンピュータの本体に関わる部分で、そ れが大きな技術的問題になってくる。それを取り 上げる必要が出てきたという判断が、10年前の話 であったわけです。

 一つのプロジェクトが終わったから次のプロジ ェクトという安易な考え方も一部にはあったかも しれませんが、そうではなくてむしろこれは半分 偶然かもしれませんが、研究の歴史とか技術発展 の流れというものがたまたまそうなっていたとい うことだと思います。そういう流れを総合して考 えると、いまのコンピュータから次の時代に進む ための準備ができる段階にきていたと言えたと思 います。それはそれ以前に蓄積されたいろいろな 諸外国を含めた情報科学、コンピュータ・サイエ ンスの研究の成果を踏まえていたわけですが、た だそれを並べたわけではなくて、そういう研究成 果の中に潜んでいるいろいろな流れを整理して、 計画としては観念的に統合して将来を見通した。 そういう見通しのもとに新しい国のプロジェクト をスタートさせようということであったわけです。

 ですからこの場合には、パターン情報の大型プ ロジェクトの時の主張とは一見言い方が異なるわ けです。あのときはもっと多様に展開せよという 主張をしたわけです。しかしこのプロジェクトに ついて見ますと、多様性というよりは、むしろ多様 に研究されてきたいろいろなアイデアを集大成し て一つにまとめていく。そういう流れの時期にあ る。そういう判断を持ちました。そういうことで 表面的な計画とか、その周りでの解説では、この プロジェクトはすべてのことをやるように誤解さ れていた時期もあるわけですが、初期の計画にあ りました純粋でない部分というものを前期から中 期にかけて整理をしてきた。当初から考えていた いちばん中核になるであろうと思われる並列推論 に集中するようにしてきました。

 このゴール自体というのは10年前に、そういう 方向があり得るということで皆さんと議論したわ けですが、観念的にそういう方向があると言って もテクノロジーの場合には1年後にそれが実現で きるかというと、そうではない。一つのターゲッ トを設定してもそれに至るためには必要なステッ プが必ずあります。そのステップを踏んでやって いこうというのがこのプロジェクトの一つの特徴 であったと思います。研究というのはフィロソフ ィが非常に大事です。技術的な見通しに対するフ ィロソフィがその一つ。それからもう一つはそれ を実現していくためにどういうステップを踏んで いくか、そういう段階論だと思います。

マルチPSIはPIM1の中間ステップ

 そういう段階を踏む基礎になるのは、研究を進 めていくための、平たい言葉でいうとツールとい うか、道具であるわけです。往々にして目標だけ が先行して、それを技術的に実現するためにはど うするか、そのために必要な研究施設をどうする かという議論が多くのプロジェクトでわりと抜け てしまうわけですが、このプロジェクトの場合に は、ちゃんと階段を登りながらゴールに進んでい けるように研究上のツール作りを大きな基本的な 要素としてやってきました。

 これもこの場合だけに必要ではなくていろいろ な場合に必要なわけで、20年前に議論していたパ ターン情報の場合にも研究上のツールを非常に重 視して、当時でいうとタイムシェアリングシステ ムをべースにして、いまでいう一種のコンピュー タ・ネットワークを形成した研究設備を構築した わけです。その時代ではまだ道具と目標が並存し ていたような気がします。しかしながらこの第五世 代プロジェクトの場合には、研究を進めるための ツールは単にどこからか買ってくるとかもらって くるというものではなくて、ツール自体がゴール を達成するための必須の構成要素になる。そうい う分野であったわけです。

 そういうことでこの研究に必要な研究ツールの 主要な部分は自分たちで作ろう。たとえば前期3 年間をいちばん象徴的に表すのはPSI、その上の OSのSIMPOSという研究用のワークステーショ ンの構築であったわけです。もちろんそれ以外の いろいろな研究が進んできたことは別途報告して いるわけですが、研究用のツールということから しますとそういう見方もできます。それ自体が一 つの進歩のメジャーになると言っていいのではな いかと思いました。

 そういう準備段階の前期を通りまして、中期に 入ってからはそういうものを土台にして並列の問 題に取り組み始めた。しかしこれも一挙に進むと いうよりは段階的に進もうということで中期のい ちばん象徴的な成果というのは現在マルチPSIと いっているものと、その上のOSであるPIMOSと いうものです。マルチPSIはその前期に作りまし たPSIの改良版を64台つなげたものでして、一方 の見方からすれば、この10年間のゴールでありま す並列推論マシン、現在PIMと呼んでいるシステ ムへの中間のステップということが言えます。そ れと同時にマルチPSIというのは、並列処理、並 列プログラミングの研究を進めるための基本的な ツールになる、基本的なツールとして先行して存 在しなければならないだろうということで作って きたものです。

 もちろんそれと並行していろいろな研究が行わ れたわけですが、中期を象徴する成果としては、 マルチPSIとPIMOSの第1バージョンというも のを上げてもおかしくはないし、それがいいので はないかと思います。そういうステップを踏みま して現在は最終のゴールである並列推論マシンの 技術体系の基本要素となるものに向かって、ICOT およびその関連の研究者は邁進しているわけです。

PIMOSのPIMへの移行

 これからも詳しく紹介することになると思うん ですが、ハードということで言いますと、並列推 論マシンのプロトタイプになるというつもりでい くつかのシステムの試作を進めています。いくつ かのネットワーク・アーキテクチャの評価をかね てモデルを複数製作しているわけですが、256台規 模、あるいは512台規模の並列マシンを基本要素と して作りつつあります。それはまた全体を結合し て試すということがあるわけですが、基本的には そのレベルの技術をハード的には目指してやって いくと申し上げていいと思います。だんだん試作 ができ上がってくる段階で、これから1年余りを かけてそういうシステムを組み上げる、これがハ ード的なものの目標です。

 ソフトのほうについて言いますと、マルチPSI の上でPIMOSの試作品ができたわけですが、こ れはPIMに移行することを想定して設計されてき たもので、それがバージョンアップしてきてPIMの 試作機ができ上がると同時に、その上で動き始 めるであろうということが期待されています。も ちろんそういう体験を通して改定作業が行われる はずですが、非常に順調に進んでいると思います。

 このPIMとかPIMOSというハードとソフトの 基本にあるのはKL1と呼んでいる言語モデルで して、このKL1をべースにして、ハードウェア 的なマシンとしてはそれを実行するKL1マシン としてのPIMです。それからPIMOSより上のソ フトとしてはKL1を前提としてOSを組んだり、 あるいはいろいろな基礎的なソフト、それからア プリケーション的な評価用のシステムを組んでい く、そういう構造になっています。

 一つの言語を基本にしてハード、ソフトを組む という例はいままでになくて、これまで行われて いるのは、もう歴史に則ってそれぞれ独立して進行 しているものが合体しているというものですが、 このプロジェクトの場合には基本的な言語を設定 してハードとソフトの技術を作ってみようという ことがそもそも基本からあった。それがその方向 で実現しつつあると思います。KL1という言語の 中身についてはすでにいろいろ報告されています し、それに関わるいろいろな研究は発表されてい るわけですが、ここで一つ付け加えたいのは、新 しい言語がどう定着していくかということだと思 います。われわれとしてはKL1というもののル ーツの一つを論理型言語と位置づけているわけで、 PROLOG等から始まります論理型言語の研究の 流れの中から出てきた。

並列論理型言語KL1の特徴

 その流れの中で並列制御の機能をどう取り込む かということが長らく研究テーマであったわけで すが、GHCと呼ぶ計算モデルが出てきました。こ れは世の中的には並列論理型言語と呼ばれていま すが、必ずしも正確でない。GHCとかKL1の特 徴は並列を制御する機構を入れた論理型言語だと 了解していただくのが正しいわけでして、単に並 列に動くような言語というのは実はもっと簡単に 存在する。PROLOGという特定の言語は、たまた まインプリメンテーションが逐次型の要素を取り 込んだために逐次型なわけですが、そのもとにな っている計算モデル、いわゆるピュアPROLOG 的なモデルですと、これは並列言語でして、並列が あり余るほど出てくるような計算モデルです。し かそのモデルでは並列を制御する手立てがない。 その並列をどう制御するか、並列制御の機能をど う取り込むかということが、このプロジェクトの 前期段階での世界的な研究課題でした。

 これについてはGHCという言語モデルが提案さ れまして、それをもとにKL1という言語に現在 なってきています。もちろんここにはまたいろい ろ研究テーマが存在するわけですが、ハード、ソ フトを含めて処理系ができているわけで、しっか り動ける言語としての資格を備えてきたと思いま す。このタイプの言語はある意味では非常に新し いわけでして、ふつうに使われているFORTRAN であるとかC言語と違うのは当然ですが、PROLOG のような、Lispのようなスタックベースのイン プリメンテーションとも違います。観念的には前 から研究されてきたわけですが、実際に使ってみ るという立場で言いますと、新しい体験を求める ような言語です。

 その言語をもとにしてハードを作ったりOSを 作ったりしているわけですが、一つ大事なのはそ ういう言語でいろいろな問題を書いてみるという ことです。これは非常に大きな可能性があると思 っていますが、新しい言語に対してはアレルギー というものが世の中にはあるように思われます。 非常に安定した言語でないといまどきの学生さん は使わないんだという大学の先生がいます。実際 にそうなんだろうと思うんですが、実はこれは非 常に不思議なことだと思うんです。

 実際に仕事をするという立場ではそういうことが あってもおかしくないわけですが、情報科学、コンピュータ・ サイエンスを専攻している、しかもそういう分野 を切り開いていくことを期待されているような場 所の学生さんがC言語しか使わないというような 知的状況は本当に存在するんだろうか。存在する とすれば由々しき問題だと思うんですが、どうな んでしょうか。そういう要素もかなりあるようで すが、いろいろそういう言語を使った体験者が増 えて経験の交流が進むにつれて、新しい試みをし てみようとする人は増えていくんだろうと思いま す。

チャレンジ精神が支え

 先ほど来、国際展開の話が出ていますが、原則論 として国際展開をやっていこうというのは当初か らのことであったわけですが、それが具体的なか たちに進んできたというのが現状です。それはそ れで非常に意義深い進展であるわけですが、そう いう国際交流の進展の中でおもしろいと思ったこ とがあります。これは別にアメリカとは限らなく てもいいんでしょうが、仮にアメリカということ を取り上げますと、これはきっとアメリカ人の昔 ながらのよさだと思うんです。アメリカ人もいろ いろな人がいるだろうというのが先ほどの唐津先 生の話にもあるわけですが、新しい言語等に関し ても非常に積極的です。人が使っていないから使 わないということではなくて、むしろ新しくてチ ャレンジングであるから使ってみよう。それを自 分が持っているもう一つ別の研究課題と結びつけ てやっていこう。そんな姿勢が見られました。こ れは私が昔から持っていたよき時代のアメリカ人 のイメージのままでして、そういう意味ではアメ リカも健在であるというふうに感じたわけです。

 研究交流を進めようという段階でいろいろなこ とがあったわけですが、たとえばアルゴンヌで PSIとかマルチPSIを使うようにしていこうとい う話し合いが進んだ。打ち合わせするとか、いろ いろ勉強するために向こうから3人ぐらい飛んで きた。そのこと自体もなかなか大したものですが、 そのときにKL1で書いたプログラムを持参して きたんです。まだ向こうはKL1を本格的に動か すものを持っていっていないわけで、しかもこれ は研究段階ですから、英語のマニュアルも完備は していない。口頭で説明した程度のものです。に も関わらずもうKL1で、数ページですが、プロ グラムを書いて持ち込んできた。それを動かすと いうことでマルチPSIなり何なりの様子を調べて いる。こういうことで私としては非常に感激した ということがあります。

 これは今年の2月ぐらいのことですが、ICOT およびICOT関連ではKL1を大いに使ってもらっ ています。たぶん喜んで、おもしろがって使って もらっていると思いますが、一部にはかなり強制 的に使わせられているというふうに思っている人 もいるかもしれません。本当は強制してはいけな いわけですが、先ほどから言おうとしているの は、新しい言語に対して研究者というのはもっと 積極的であってほしい。特に日本の場合にはそう であってほしいと思います。

 KL1プログラミングに関してはこの間ワークシ ョップなども開催されまして、いろいろ体験の交 流が進みつつあるようです。PIM、PIMOSとい う基本的なシステムに加えて、KL1プログラミン グが定着する。その上での技術検証用のアプリケ ーション・プログラムが試みられているというの が現状です。

定着するには成熟期間が必要

 このプロジェクトはあと2年ほどありますが、 この2年というのは長いか短いか。去年は3年も あると言ったわけですが、2年となると3年より は短い気がします。しかしこの2年間を全力疾走 していこうではないかというのがICOTの中のス ローガンになっています。2年経ったところでば ったりと倒れる、そういう美学を実践しようでは ないか、こういうことを言っています。そういう ことでICOTおよび関連のチームが努力していく わけですが、そろそろその先をどうするかという ことを考える時期にも来ているのではないかとい う気がします。これに関しては何ら定まった意見 はまだなくて、いろいろな意見がありますし、ス トーリーとしてもいろいろなストーリーが考えら れると思います。いちばん理想的には2年経った ところでものすごい成果が上がって、あとは何を しなくてもこれがどんどん世の中に定着していく というストーリーですが、これは残念ながらとい うか、私が予期したとおりと言いますか、そこま ではいかないようです。

 われわれの目標としますプロトタイプあるいは 技術の見本というものは、この2年で相当確立させ られると思いますが、昔から言っているようにそう いう技術がさらに世の中に定着していくためには 技術の熟成期間がいるだろう。これは、場合によ っては製品開発研究というものを含めてもいいわ けですが、それがプロジェクト終了後、少なくと も5年ぐらいは必要であろうというのは、初期の 段階から私は言っていたつもりですが、やはりそ んな感じです。技術の熟成というものに関してあ る期間、あるいは熟成するための手立てというも のが必要かもしれないと思います。

 しかしどういう手だてがいいかというのはまた 難しいわけで、現在のスタイルのプロジェクトの 単純な延長は、私はよくないと思っています。こ れから2年の最終のデイトがいつになるかは別と して、いまの見通しではあと2年で全力疾走の結 果、ほぼ当初想定したゴールも達成されると思っ ています。それがその後の技術発展の非常に大き な礎石になると思っていますが、そこまではいけ ると思っています。そういう意味ではこのプロジ ェクトは当初から言っているように、あと2年で 終了したいと思っています。

FGCS’92で総合成果発表

 毎年成果発表会ということで6月ぐらいにシン ポジウムをやっています。そこから各期ごとに国 際会議と称してFGCS’81、’84、’88というものをや ってきているわけです。来年はやはりいまごろこ ういう成果発表会をして、さらに研究が進展して いるところを見ていただけるだろうと思いますが、 再来年はどうするか。国際会議と成果発表会を同 時に二つ別々にやる余裕もないだろうということ で、最終的には1992年に最後のFGCS’92を総合的 な成果発表会を兼ねてやることになると思います。

 たまたまICOTの研究所がスタートしたのが6 月1日であるわけですが、一つの想定としては1992 年6月1日の週が最後のFGCS’92および成果発表 会になるのではないかと思っています。そういう ところで節目をつけまして、その成果をどう発展 させるかというのはこれからの議論、あるいは2 年経った後のいろいろな世の中の動きとの関わり で固まっていくんだろうと思います。私としては どういう熟成方法を取るにしても、その熟成ある いは発展に耐えるだけの成果はICOTおよびその 関連の研究陣が作ってくれると期待していますし、 その可能性も非常に高いと確信しています。いず れにしても、もし本物の技術、いい技術であれば いくつかの手だてというものがその時期になれば 現れて発展していくと思っております。少し楽天 的すぎるという見方もあるかもしれませんが、そ う考えるのがいいのではないかと思います。

 未来の予測というのは、非常に大きな予測とい うのは、私はある程度可能だと思います。コンセ ンサスが得られないまでも、どういうふうに流れ ていくかという流れは場合によっては読めると思 います。しかしその大きな流れが実現していくプ ロセスは計画書のとおりに進むわけではなくて、 いろいろな偶然の要素も加味されながら進展して いく。私の好きな哲学者の言葉の中に「必然とい うものは偶然を通して現象するんだ」という言葉 があるわけですが、そういうことからすると、あ まり細かな予測はしないほうがいい。ということ で、2年後にどうなるということは、たぶん小さ な偶然のいろいろ組み合わせで決まってくる。し かしながら大きな流れとしては、どういう方策が とられるにせよ、われわれが想定したとおりの技 術ができるとすれば、それは育っていくだろうと 思います。

 そういうことでデフィニットなことは申し上 げられないわけですが、われわれの気持ちとして はあと2年間をしっかり展開して、そこで並列推 論の技術の中核を作る。ハード、ソフト、それか らそれを検証するためのいろいろなアプリケーシ ョン問題を体験する。そういうワンセットの研究 成果を積み上げて後世に残したいと思います。今 日お集まりの方は当事者であったり関係者であっ たり、あるいはいろいろご支援いただいたり、あ るいはご批判いただくような方々なわけですが、 これから2年間に関してもこれまでと同様にいろ いろ忌憚のない批判を含めて、広い意味での激励を いただければ幸いだと思います。