ホップ・ステップ・ジャンプ

7年間の総括と次なる飛躍に向けて

ICOT・研究所所長 / 渕 一博



1988年11月開催の第3回「第五世代コンピュータ国際会議」FGCS’88 の冒頭の基調講演で、前期・中期・後期を三段跳びになぞらえて「ホップ・ス テップ・ジャンプ」と表現した。7年間の総括とともに、後期3年のプロジェ クトの方向性を語ったが、後期は並列推論のソフトウェア研究の本格化とコン ピュータ・サイエンスの再構築を掲げた。新しいコンピュータ・システムの創 造が歴史的必然であるとし、妥協を許さないナショナル・プロジェクトとして の研究継続を宣言した。

ジャンプの時

 本日は、FGCS’88のために、皆様多数お集まり いただきまして、誠にありがとうございます。

 このFGCS’88の目的は、一つには、私ども ICOTで進めております、第五世代コンピュータ ・プロジェクトの中間成果を皆様にご報告するこ とであります。

 それと同時に、コンピュータの新時代を目指し た先進的な研究が世界中で盛んになってきていま す。それを進めている世界中の研究者の方々に研 究交流の場を提供するというのも大きな目的であ ります。

 おかげ様で、350を越す論文発表の申し込みが世 界中から寄せられました。この会議の後半3日間 では、その内の90編余りを発表していただき、皆 様に討議していただくことになっているわけです が、主催者の一人として、ご協力いただいた方々 に、改めて、御礼申し上げたいと思います。

 私たちの第五世代プロジェクトは、1982年にス タートして7年目、中期計画の最終年度になって おります。前回の国際会議FGCS’84からちょう ど4年経ったところであります。三段飛びで言え ば、ホップ、ステップときて、これから最終段の ジャンプにとりかかろうというタイミングにあり ます。

 これまでのところ、これは自己採点であります が、このプロジェクトは順調に進んできたと思っ ております。プロジェクトの当初に、私が心の中 で想定した線に、結果的に、ほぼ合ったぺースで 進んできており、それなりの成果を上げてきてい ると思っております。

 これは、プロジェクトに従事した多数の研究者、 技術者の努力の結果であり、また、ICOTのまわ りの、多くの方々の御支持と御協力のおかげである ことは、言うまでもないことであります。

 そういう人たちの努力と協力が、うまく成果に結 び付いてきたわけですが、そういう結び付きを可 能にした裏の事情として、実は、当初からのプロ ジェクトの設定、基本方針の設定が良かったとい うことがあるのではないかと、ひそかに思っている 次第であります。

前期「ホップ」はPSIの時代

 何度も申し上げているようですが、このプロジ ェクトの技術的な特徴を一言で言い表すキーワー ドは、「並列推論」という言葉だと思います。こ のキーワードについては、後ほどまた述べさせて いただきますが、とにかく、これが当初からの目 標で、この目標に向かって、前期、中期と研究を 続けてきた。そういう準備を土台にして、これか らの3年あまりの、いわゆる後期段階に入る。こ の段階で並列推論の技術の基本が確立される。こ れが、当初から想定していたスケジュールであっ たわけです。

 1982年度から84年度までの前期、ホップの段階 は、PSIの時代であったといってよいと思います。 研究成果というのは、テクニカル・レポートのよ うな論文の形でも蓄積されているわけですが、具 体的なものの形になっている例の方がわかりやす いかと思うわけです。

 PSIというのは、論理型言語を機械語として逐 次的に実行するコンピュータで、中期以降のソフ トウェア的研究のためのツール、研究用ワークス テーションとして用いるために設計したものであ ります。

 ハードウェアだけでなく、その上のオペレーテ ィング・システムとして、SIMPOSというもの を開発しております。このSIMPOSというのは、 論理型言語というものを使って構築されたものと しては、最初のOSであり、最初の大規模なソフ トウェアであったと言ってよいものであります。

 そういうことで、PSI/SIMPOSで前期の成 果を代表させてもよいだろうと思うわけでありま す。

 もちろん、前期においても、研究用ツールの開 発だけでなく、論理プログラミングの考えの上に 立ったソフトウェアの基礎的な問題の研究もしま したし、自然言語の研究にも進歩があった。その 他いろいろ基礎的な研究もしてきたわけですが、 前期はおおよそはそういう時代だった、というこ とができると思います。

中期に並列化研究を開始

 1985年度から今年度までがステップの段階であ りますが、この中期の研究の特徴の一つとして、 並列化の研究を開始したことを挙げることができ ると思います。言語面でいえば、GHCという言 語の考案があって、これが並列化の研究の一つの スプリング・ボードになっています。このGHC というのは、並列操作の機能を加味した論理型言 語の一種と言えるものであります。

 論理型言語に並列制御の機能をどう入れるかと いう問題は、この時期、論理プログラミングの分 野で世界的に課題であったのですが、ICOTでも GHCの提案によってこの間題に貢献することが できました。これをべースに、並列プログラミン グの基礎研究がスタートすることになりました。

 このGHCを基本にして、当初からの計画にあ った核言語KL1というものを設定したわけですが、 この核言語というものは、ソフトウェアの基礎で あるとともに、マシン・アーキテクチャの出発点 になるものであります。このKL1に準拠して、並 列アーキテクチャの研究が始まったのであります。

 その成果の一つはマルチPSIであります。これ は、前期に開発したPSIの改良版を1システム当 たり64台並列に接続したものです。これを開発した 意図は、並列ソフトウェアの研究を開始するため の環境をできるだけ早く作りたいと言うことであ ります。

 ところで、このマルチPSIと、並列推論マシン のためのOSであるPIMOSの雛型については、 この会場でデモンストレーションを行っておりま す。ぜひ見ていただきたいと思います。

 このマルチPSIと並行して、本来の並列推論マ シンであるPIMの中期モデルとして100PE規模 のシステムの開発を、来年の前半をメドにして進 めていますが、これは後期の開発につなぐ目的の ものであります。

300台以上のPSIが研究用WSに

 中期におけるもう一つの特徴は、前期に開発し たPSI/SIMPOSをべースにして、ソフトウェア 的な研究を本格化したことです。PSI/SIMPOSは その後改良されておりますが、現在300台 以上のPSIが、研究用ワークステーションとして、 プロジェクトの中で使われています。その上でい ろいろなソフトウエア的な研究が展開されてきて いるわけであります。

 論理プログラミングの研究を深めることは、こ のプロジェクトの柱の一つであります。この分野 では、並列プログラミングと制約プログラミング が、世界的にも大きな研究上の話題であります。

 制約プログラミングについても、ICOTでは研究 を進めており、いずれ並列プログラミングと統合 することを目指しています。

 論理プログラミングの枠組みの中で、メタプロ グラミング、プログラム変換、部分評価などを 展開することは前期以来進めてきたことですが、 中期においても、並列化も念頭において、すなわ ちGHCという言語をべースにして進めてきてお ります。

 また、自然言語理解の研究は、人工知能研究の 中核の一つであり、将来のマン・マシン・コミュ ニケーションのためにも、重要なものであります。 ICOTでも、前期以来大きなテーマであり、状況 意味論などを基本にしたモデルの研究を進めてき ております。

 この自然言語研究の中期の成果については、前 期よりひと回り成長した言語理解システムDUALS3 という形で見ていただけると思います。また、 その研究過程で蓄積された論理プログラムのライ ブラリーは、言語処理のためのツール・ボックス、 LTBとして整理されてきています。

 人工知能のもう一つの核は、知識処理でありま す。エキスパート・システムをいろいろな領域で 試みたということも、中期の特徴としてあげるこ とができるでしょう。ただ、これについて理解し ていただきたいのは、これらは、実用面での適用 をアピールするためというよりは、高度の技法 の開拓、並列化への準備、という観点で進めてい るものだということであります。

 知識獲得、帰納、学習というようなテーマ、仮 説推論、非単調推論などといったテーマ、これら のテーマにアタックするためであります。

 これらの分野での研究成果についても、論文発 表およびデモを通して見ていただければ幸いであ ります。

 前期に比べて、中期においては、研究活動が一 層充実し、成果も多様化してきたと考えておりま すが、これらも、当初からの基本的な考えを、後 期において統一的に展開するための、広い意味で の準備ということができると思います。

後期は並列推論のソフトウェア研究の本格化

 さて、来年度からジャンプ段階の後期が始まる わけですが、これは、並列推論のソフトウェアの 研究が本格化する時期であります。これまでも並 列ソフトウェアの研究は、ソフトウェアによるシ ミュレーションなどを通して進めてきたわけです が、マルチPSIという新しい強力な研究環境が出 現したことにより、その上で一段と大きく前進す ることになるだろうと期待しております。

 ハードウェア的には、1000PE規模の並列推論 マシンを、知識ベースマシン的なアーキテクチャ も統合した形で構築することが後期の目標になり ます。

  一方、そのマシンを有機的に使いこなすという ことで、資源管理などの、これまでは、観念的、 理論的に研究されてきた課題が現実の問題になる わけであります。

 さらに、知識処理、自然言語処理、あるいは、 ある程度の規模の応用プログラムを並列化するこ とも後期の大きなテーマであります。これもまた、 ほとんど前人未踏の研究課題であります。

 これらの課題をこなすには、システム化を行う だけではなく、基礎に立ち戻った研究も必要にな ってくると思われます。と同時に、並列プログラ ミング環境の整備が重要であることを、もう一度 強調しておきたいと思います。

 中期までに用意した環境条件を前提にして、並 列プログラミングの諸手法を、知識プログラミン グという形でまとめあげることが、後期のソフト ウェア的な目標であるということができると思い ます。

 このように、並列推論というものを中心的な縦 糸にしてプロジェクトを進めてきているわけであ りますが、それは、並列推論というものが、将来 の情報処理の核になるだろうという見通しによる ものでありまして、また、それが、新しいタイプ のコンピュータの実現につながるという考えを持 っているからであります。

 情報処理の将来、その高度化の基本的な方向は、 知識情報処理という方向であろうという予測が、 このプロジェクトの計画の前提にあったわけであ ります。これは人工知能化、AI化といってもよ いわけですが、このことについては、今や改めて 論じる必要はないと思われます。プロジェクト発 足の1982年前後とは状況が全く違ってきていて、 AIというものが、その後、世界的な流行になり、 社会に定着してきているからであります。

 しかし、このプロジェクトは、AIそのものの プロジェクトではない、ということも、当初から 申し上げていることであります。少し正確に言う とすれば、将来のAIのための新しいコンピュー タというものを目指すプロジェクト、というこ とになると思います。

 ということは、現在ある、あるいは近い将来実 用化されるAIシステムは、このプロジェクトの 直接の対象ではないということであります。また、 現在のコンピュータから、その延長として考えら れるコンピュータは、プロジェクトの目標ではな いわけであります。

AI化の第3の軸

 すこし脱線になりますが、私は、AIというも のを、少なくとも三つの次元で捉えるべきだと思 っております。空間が縦、横、奥行きの3次元で できているように、AI活動もそういう3次元の かけ算をした体積で量られると思うのです。

 今のAIブームは、主として、横幅にかかわる ものといってよいと思います。現実の問題にある 程度応用できるようになり、幅が広がってきた。 一昔前までは、その幅はほとんどゼロであったわ けです。それがビジネスにもかかわるように広が ってきています。

 奥行きは、研究の深さといってよいと思われま す。人工知能は30年来研究されてきていますが、 知能というものがどれくらい解明されたか。どの 程度モデル化されたか。これはAIの科学的側面 といってよいと思います。

 もう一つの高さの次元を何に例えるかですが、 それは、AI的な機能の実現、その実現体系にな るのではないか。そういう技術的な次元と考えて よいように思われます。

 体積が問題であれば、それぞれの次元が大きく なることが重要になります。今は、応用の幅が広 がってきた。これは大変意義深いことですが、そ れだけでよいのか。AIの基礎的な研究の重要さ が、最近また言われるようになり、私もそう思う のですが、AIの全体的な、健全な成長には、そ の軸の成長もまだまだ重要であります。

 これらの軸と並んで、第三の次元も同様に重 要だと私たちは思うわけです。私どものプロジェ クトは、この第三の軸に力点を置いたものであり ます。

 AIシステムもまた、コンピュータというハー ドを土台にして、何層ものソフトを重ねた重層構 造でできています。その体系は、今の形でよいの か。知識が大事であり、ソフトが大事であるとよ く言われます。それはまさにその通りですが、しか し、そのことから、ハードはどうでもよい、とい うことにはならないはずであります。

 現在のコンピュータの技術にも、まだ成長の余 力がありますが、それが成熟に近づいてきている のは確かであります。しかし、情報処理の世界は、 これからもさらに大きく成長していくと予想され ます。そこで、その成長を、現在のコンピュータ の技術の延長ということで支えることができるの だろうかという問題が出てきます。

 一方では、コンピュータを支える電子技術の進 歩にはきわめて著しいものがありまして、それは、 コンピュータが現在の姿から脱皮し、大きく変身 しても大丈夫なだけの力を持ち始めてきていると いう状況が出てきております。

「並列推論」の必然性

 AI、知識情報処理ということが、情報処理の 将来方向だとして、その観点からコンピュータを 見直しますと、今の形のコンピュータが理想的な 構造を持っているというわけではないということ が見えてきます。とすれば、新しい立場から、コ ンピュータの作り方、その原理を見直すべきだと いうことになるでありましょう。さまざまな状況 は、その時機がきているということを示している、 というのが私たちのプロジェクトの出発点にあっ たわけです。

 健全な精神は健全な肉体に宿る、とすれば、将 来の情報処理、高度な情報処理のためには、その ための、よりしっかりした土台として、新しいタ イプのコンピュータが望まれるわけです。そして また、その技術的可能性も見えてきているのであ ります。

 より強力、高性能ということを、ハードの面か ら見れば、超超LSIの出現などを背景にして、 「並列化」ということが大きな指針として出てき ます。

 一方、ソフトの面からは、AIなどの、高機能 のソフトウェア作りの観点から、論理プログラミ ングの考えが浮かび上がってきます。その基本操 作は、論理学でいうところの、「推論」でありま す。

 この両者には、推論の実現形態として並列化を 捉えるという形で、内的な関連があり、ここに 「並列推論」という言葉が、新しいコンピュータ への指針、キーワードとして位置付けられるわけ であります。

 しかしながら、並列推論だけが将来の情報処理 にとって唯一重要な研究だということを主張して いるわけではありません。

 AIをめぐる活動は、以前と違って、社会的規模 の大きさになってきています。単一のプロジェク トでその全てを覆うことはできないし、そうでな い方が好ましい時代になってきています。それぞ れのプロジェクトは、三次元の空間の中のそれぞ れの場所に、その力点を設定して構成されるべき だと考えられます。私どものプロジェクトもその 中の一つでありまして、その特徴としては、既存 技術の延長ではない所に、新しいコンピュータの ための基礎技術を創成しようという立場、そうい うことを目指すナショナル・プロジェクトという 立場から、第三の軸に重点を置いた計画を、当初 から立てているわけであります。

コンピュータサイエンスの再構築

 先ほど、このプロジェクトはAIそのもののプ ロジェクトではないと申し上げたのには、そうい う意味が、一つあるわけであります。

 ところで、AI化が情報処理の将来の大きな方 向になると言ったのですが、これも、それが全て である、というわけではありません。それは重要 な傾向でありますが、情報処理の世界は、それよ り広いと考える方が妥当であろうと思われます。 必ずしもAI的ではないもの、AIを狭く考えれば 特にそうですが、そういう分野もある。その分野 でもシステム高機能化、高性能化ということは重 要であります。

 その際、大きな問題として浮かび上がってくる のは、大規模な、複雑で高度なソフトウェアをど う作るかという問題であります。ソフトウェア作 りに、科学的な方法論を導入したいというのが、 いわゆるコンピュータ・サイエンスのメインテー マだという言い方もできます。

 論理プログラミングという考えは、その観点か らも見ることができます。自動プログラミングと いうのは夢の一つですが、そのためには、プログ ラムの論理的な性質が明確にならなければなりま せん。また、プログラム変換などの技法を展開す るには、逆に、プログラミングの方法論、プログ ラミング言語を、もっと明確な論理の上に築くこ とが望ましいことになります。それはコンピュー タ・サイエンスの再構築につながることになりま すが、論理プログラミングは、その可能性をもつ アプローチと見ることができます。

 そう考えると、推論というものを、ソフトウェ ア構築の基本的概念と捉えることができるわけで、 その高速な実現として並列化ということを位置づ けると、並列推論ということは、仮に、人工知能、 AIという言葉を使わないとしても、情報処理高 度化にとって今後必要になるものとして、十分意 義づけることができるものだと考えられます。

 並列推論ということを繰り返し述べております が、それは、このことがプロジェクトの中心的な 柱であるからであります。

妥協の誘惑

 前回のFGCS’84の時にも申し上げたのですが、 長期にわたる大きな研究プロジェクトでは、単純 明解な基本理念が必要であり、それを持ち続ける ことが大事だと思っております。前期から中期へ の移行の時期にも、その観点で計画を見直し、展 開を図ったつもりであります。

 基本理念といえども、常々反省することが大事 であり、それを心がけておりますが、幸いなこと に、これまでのところ、それを変更する必要はな いようであります。むしろ、これまでの7年間の 研究の展開は、当初の基本理念を再確認するもの であったと私は感じております。それは、もちろ ん、当初より内容豊富になり、補強されてきてい るわけですが、その過程を通して、自分たちのア プローチについての確信が深まってきたと言って よいと思うのであります。

 後期計画については、本日の午後、少し詳しい 報告を予定しておりますが、その計画を策定する 際にも、当初からの基本理念を再確認し、それを さらに明確化することが基本になっているのであ ります。これまでも、中心的なテーマに向かって、 計画の整理を行ってきたわけですが、後期計画で は、その純粋化の方向をさらに進めようとしてい るのであります。

 これまた少し脱線ではありますが、このような 研究プロジェクトをやり遂げるには、特に、それ がナショナル・プロジェクトである場合には、い くつか心しておかなければならないことがあると私は思 っております。

 その一つは、妥協の誘惑ということであります。 プロジェクトへの支持を取り付けるため、ある いは、その成功を見せかけるために、妥協として、 実用的なテーマに傾斜することが、世の中では起 こりがちであります。はじめから実用化が目的で あったり、研究が予想以上に進むという幸運に恵 まれれば別ですが、多くの場合、当初の理想や目 標を引き下げることになるようであります。それ は研究者のモラールを低下させ、頑張り通せば可 能であったかもしれない成果を見捨てることにつ ながります。 視野の中に実用化が見えているテーマは、その テーマの性格や規模にもよりますが、民間企業の 自発性と創意に任せた方がいいことが多いように 思われます。

 国の研究プロジェクトとしては、既存技術の単 なる延長ではない、新しい技術を作り出すという、 リスクに満ちたものが、特に先進国の場合は、ふ さわしいように思われます。

 もう一つの誘惑は、高すぎる目標を掲げること であります。限られた期間、人的資源を含む、限 られた資源の中では、達成可能なものの上限は、 自ずからあるように思われます。目標が高すぎて、 あるいは、高すぎると誤解されて、反動を呼び、 研究の暗黒時代を招いた例も歴史の中にはあるよ うであります。

 これは、一つには、研究者の無邪気な楽天主義 からくるわけですが、必ずしもそればかりではな いようであります。景気のいい話、夢のような話 というのも、時には、人気が出ることがあるわけ で、意識的にか、無意識的にか、それに迎合する 例がないわけではないようであります。これも形 を変えた妥協といっていいのではないかと思われ ます。

これから並列推論に挑戦

 しかしまた一方には、危険を恐れる危険もある わけであります。危険を恐れることが妥協の最大 の誘因であるわけで、危険を恐れ、妥協を重ねつ つ、しかも、新しいものを創造しようというのは、 まさに矛盾の最たるものであり、最も達成不可 能な目標かもしれません。創造的な研究にとって 最も危険なものは妥協であると言って、過言 ではないようであります。

 現代はむしろ安全主義が大勢であることを考え ると、ある程度冒険主義である方が正解であるよ うに思われます。

 プロジェクトも後期が近づきますと、その終結 について聞かれることが多くなっております。無 難な終結を期待されることもあるわけですが、こ のプロジェクトは、残りの期間に手際よくまとま りをつけられるというほど安易なものではありま せん。

 むしろ、並列推論という、最も大きな問題 にこれから挑戦するということであります。言っ てみれば、これまでの7年間は準備期間であり、 その準備の上に立って、新しい3年プロジェクト がこれから始まるのだ、そういう心意気でことに 当たろう、というのが私の表現であります。

 一方では、不可能な問題に挑戦しようとしてい るのではないか、あるいは残り3年では無理では ないか、という意見ないし批判も聞かれます。

 並列推論という問題に限定しても、これは大き な挑戦であります。言葉は単純ですが、その中に は、十分に高い、豊富な研究テーマが含まれてい ます。それに関わりのある問題全てをその期間に 解くというのは無理かもしれません。しかし、基 本的なところでブレークスルーが生まれる可能性 は十分あると私は考えております。

 正しい問題設定と十分な環境が与えられれば、 研究者は予想以上の力を発揮するものだというの が、私の楽観論の基本にあります。これまでの7 年間は、そのための準備、努力でもあったわけで すし、その成果には、可能性を信じてもよいだけ のものがあると見ているわけです。

 後半を流せば成功裏に終わる、というほど楽なプ ロジェクトではなく、また、不可能に挑んでいる わけでもない、というところに、このプロジェク トの性格があり、意義があると思うのであります。

多様性の中に統一性を求める

 さて、これまで私どものプロジェクトについて 述べてきたわけですが、大事なことは、コンピュ ータの新しい時代、情報処理の新しい時代を目指 した研究が、世界中で進んできたということだろ うと思います。私どものプロジュクトも、そうい う世界的な潮流の中の一つであり、また、一つに 過ぎないと言うことができると思います。これは、 必ずしも、日本的な謙遜の表現というわけではあ りません。

 新しい歴史を創るということに、私どもなりに 貢献したいと志し、努力しているわけですが、そ れも大きな歴史の流れ、言ってみれば、歴史的必 然性の中に位置して生きてくるわけであります。

 研究というものは、その過程で、多種多様なア プローチを必要とするものです。しかし、その分 野の研究が大きく実を結ぶのは、それらが単に発 散していくのではなく、多様性の中に統一性が見 えてくるときであろうと思うのであります。多様 性と統一性を同時に追及する、研究の発展にはそ れが必要ですが、いろいろな研究グループでオー プンな交流が望ましいということは、そのことに 関わっているのだと思います。

 FGCSプロジェクトでは、当初から、国際交流、 国際協調ということを強調しておりますが、それ は、この研究分野において新しい歴史を目指す同 志が世界中に存在し、またその数も増えてくる、 そして、そういう研究者全員の共同作業によって、 新しい歴史が実際に実現されてくる、と考えたか らであります。そして、それは、人類全体の将来 にとって必要な努力だと思うのであります。

 とすれば、今必要なのは、研究者同士の対立抗 争でなく、それぞれの立場、それぞれのアプロー チを理解した上で、おたがいに協力しあうことで あり、このことが今ほど必要な時代もあまりない のではないかと考える次第であります。

 この会議もそういう未来を目指した活動の一環 と考えております。今回は、FGCSの活動の中間 報告でありますが、同時に、世界中のさまざまな 研究の成果を発表していただくことになっており ます。多数の皆様にお集まりいただきましたが、 相互交流を通して、皆様それぞれに実りの多いこ とを期待しますと同時に、この会議が、新しい時 代に向けて歴史が一歩大きく前進するきっかけと なることを願うものであります。

 ご清聴ありがとうございました。