Next: 並列記号処理技術
Up: 第五世代コンピュータの概観
Previous: 第五世代コンピュータ・プロトタイプ・システムの概要
プロジェクトは数々の重要な成果をあげたが、以下のものは特に注目すべきも
のといえる。
- 世界最高の推論速度
並列推論マシンPIMは、150MLIPS以上の推論速度を達成した。LIPS (Logical
Inference Per Second) は1秒間に何回の推論処理が行なえるかを表す単位で、
150MLIPSすなわち1秒間に1億5千万回を越える推論速度は汎用大型コンピュー
タの約100倍にあたり、現在世界最高のものである。
- 応用ソフトウェアに対する高い実効並列処理効果
単純なプログラムのピーク時の並列処理効果だけでなく、実用的な複雑さを持
つ応用プログラムに対しても高い実効並列処理効果を得た。たとえば並列定理
証明システムMGTPでは256プロセッサ・システム上で200倍以上の並列処理による
速度向上を示し、アルゴリズム上の工夫とあいまって、従来高速とされてきた
ワークステーション上の自動証明器の400〜1000倍の性能を達成した。
- 並列ソフトウェアの高い生産性
第五世代技術を用いることによって、実用レベルの規模と複雑さを持つ問題に
対する並列処理ソフトウェア構築が、従来の手法では考えられなかったほどの
短期間で可能になった。たとえば、従来実用的なオペレーティング・システム
の開発には最低でも数年間を要していたが、本格的な並列処理システム用のオ
ペレーティング・システムであるPIMOSの最初の版 (KL1で約44,000行) は、実
験機Multi-PSIの完成から約半年で開発を完了している。さらにこのPIMOSが提
供する諸機能を利用した応用システムの開発、たとえば並列LSI-CAD実験シス
テムの一部である論理シミュレータの開発では、バーチャルタイム法という並
列処理向きの複雑なアルゴリズムを用いているにも関わらず、約3人月という
わずかな工数で開発できた。これは、従来技術による並列ソフトウェア開発の
場合の10分の1以下であり、第五世代技術のもたらす高い生産性を実証したも
のである。
- 未解決の定理を証明
PIM上に構築された並列自動定理証明システムMGTPは、人類にとって未解決だっ
た群論に関する問題の一部を自動証明することに成功した。かつてコンピュー
タによる数値処理は天文学者を大量の計算から解放し、より創造的な科学的思
索への集中を可能にし、天文学に多大な進歩をもたらした。MGTPの成果は、第
五世代技術が数学者を繁雑な証明手続きから解放し、より創造的な思索に専念
させ、数学を飛躍的に進歩させる原動力となる可能性を示している。
- 論理に基づく技術による知識情報処理の実用性を実証
数理論理という普遍的な原理に基礎をおいた知識情報処理技術が、並列推論技
術と結び付くことによって、実用的な規模と複雑さを持つ問題に適用して、十
分な機能と性能を実現できることを実証した。たとえば、論理に基づく知識情
報処理技術を利用して組み上げた機能実証ソフトウェアのひとつである法的推
論システムHELIC-IIは、法律と過去の判例の両者を用いて新しい事件に対する
さまざま法律適用の可能性を提示する、これまでにない機能を持つシステムで
あるが、並列推論技術により実用的な速度を実現している。
このように、第五世代技術は次世紀のコンピュータ技術全般の基礎となりうる
並列推論技術を、実証的に確立したといえる。