日本の第五世代コンピュータプロジェクトの成功に関するレポート Philip Treleaven  私は、日本の第五世代コンピュータ・プロジェクト(以下FGCSプロジェクト)が終 了するこの機会に、その成功について、考えるところをお話ししたい。このレポートで は、FGCSプロジェクトで開発された技術の面からだけでなく、このプロジェクトが日 本の産業及び欧州の研究組織に重要な貢献を果たしたことにまで触れたいと思う。  本題に入る前に、私のこれまでの略歴についてまず触れておきたい。まず、私は多く の国でFGCSプロジェクトのような研究開発プロジェクトについて、大臣の顧問を務め てきた。現在では、ECの産業政策顧問をしている。また、英国のシリコンバレーと呼 ばれるThames Valley地方の英国保守党の議長もしている。さらに、私にとって幸運だっ たことには、ICOTの発足、FGCSプロジェクトの開始に立ち会い、短期間だがICOT の研究に加えさせていただいている。  さて、FGCSブロジエクトが果たした三つの大きな業績をあげると次の通りである。  1.日本のソフトウェア技術の水準を大きく引き上げた。  2.欧州やそれ以外の国での情報技術研究の実施方法を変えた。  3.未来のコンピュータの研究のための、今日においてすら適切な「道案内図」となっ   た。  これらの三つの業績についてもう少し詳しく述べることとする。  私がちょうどこのプロジェクトの第1回目の国際会議に参加した1980年代初頭は、 日本のソフトウェア産業は日本の優れたハードウェア技術に比べ大きく遅れており、欧 米のソフトウェア産業に水をあけられていた頃であった。それがFGCSプロジェクトの 開始によって、日本の企業はソフトウェアの重要性が高まっていることを認識するよう になった。こうした動きは、特にロボティクス、画像処理、知識処理システムのための AI技術において顕著であった。すなわち、FGCSプロジェクトの立ち上げが日本の企業 をソフトウエアへリソースの投入を行うことを踏み切らせたのである。その結果、1980 年代において日本のソフトウェア産業はヨーロッバを追い越し、アメリカに追いつく上 での重要な発展を遂げている。さらにつけ加えれば、過去10年間、FGCSプロジェク トの組織や国際会議は、世界の重要な情報を収集し、それをただちに日本の企業に広め る役割を果たしてきたのである。 - 156 -  日本国外でのFGCSプロジェクトのインパクトは、情報技術を始めとする分野の政 府の出資する研究の実施方法を変えたことである。FGCS国際会議以前の欧州の状況は 以下のような状況であった。  1.産業と大学の間の交流がたとえ同じ国内であってもほとんどなかった。  2.産業には新しいコンセプトはほとんどなく、大学における研究は本当に純粋な   理論研究しかしていなかった。  3.同じ欧州の中でも、国が違えば企業と大学の交流はほとんどなかった。  4.たいていの研究者は技術面のリーダーシップは、アメリカをあてにしていた。  FGCS国際会議は、出席した各国の代表に多大なインパクトを与えた。彼らの下した 2つの結論は、第1には、日本の政府が産業技術研究を組織するよりよい方法をとって いるということ、第2には、FGCSプロジェクトが日本を世界のコンピュータ分野のリー ダーにできるであろうというものであった。このプロジェクトに呼応する形で、ECで はESPRITプロジェクトが始まり、各国が同様の国家プロジェクトを打ち立て、情報技 術の研究に資金を供出するようになった。例えば、イギリスはALVEYプロジェクトを 立ち上げている。さらに、FGCSプロジェクトは欧州に以下のようなインパクトを与え た。  1.precompetitiveな共同研究開発が政府の出資するプロジェクトの標準となった。  2.実際、研究はますます応用指向を強めており、製品開発に向かって研究成果を利用   する大企業と共同で行われている。  3.企業と大学の強い絆が作られた。  4.ECでは、このような研究プログラムにより研究コミュニティが作られた。ロンド   ン大学は、現在、英国国内の企業よりもPHILIPS(蘭)、SIEMENS(独)、THOM-   SON(仏)といった海外の企業と密接な関係にある。  さらに、特にECの手によって同様の共同研究プログラムが数多く立ち上げられるこ ととなった。  このように、FGCSプロジェクトの欧州における研究の組織作りの手法に関する業 績は、いくら強調してもし過ぎることはないのである。  FGCSプロジェクトの第3の成果は、このプロジェクトの計画そのものである。私は 初期の計画案を読んだ時のこと、また、その時に未来のコンピュータの研究のための道 案内図を手にしているかのように感じたことを未だに覚えている。  私はFGCSプロジェクトの最も重要な面は何かとか、日本が研究を組織立てる際の 最も重要な点は何かと問われた場合、計画の立て方自体がもっとも価値があるものだと 答えている。すなわち、日本の指導的立場にある主要な専門家を集め、世界の最も優秀 な人達から利用可能な情報をできる限り集め、この情報を付き合わせ、未来像のコンセ ンサスを打ち立て、その計画を広めた、特に日本の産業界に広めたことに価値があるの - 157 - だと。  今、論理だけに基礎を置こうとしたことが誤りであったとか、談話処理のブレークス ルーへの期待は野心的であったといってFGCSプロジェクトの与えたインパクトを評価 しないのは簡単である。しかし、これはFGCSプロジェクトが特に日本のソフトウエア 研究、共同研究を政府が組織するやり方に世界規模で大きなインパクトを与えたことを 無視している。我々は、このプロジェクトがロジックをべースにすると決定された時、 別の選択がなかったことを思い出さなければならない。例えばニューラルネットなどは、 その後7年経ってから良くなった技術である。  以上のようなことから、私はFGCSプロジエクトが大いなる成功を収め、日本の誉 れとすぺきところであると、依然として確信しているのである。 以上 1992年6月16日 ロンドン大学計算機科学部教授 Philip Treleaven - 158 -