第五世代コンピュータ・プロジェクト評価ワークショップ概要 Summary of the Workshop 1 開催日時・場所   6月3日(水)午後4時 10時30分   東京プリンスホテル マグノリアホール 2 議事概要  本ワークショップには海外から22名、日本側が約30名の参加者があった。海外からの参加 者を代表する10名による本プロジェクトの評価に関する発表及びソフトウェアの公開と今後の 技術的展望についての質疑が行われたが、その内容は、本プロジェクトに対して全体としてきわ めて高い評価を与えるもので、今後、本プロジェクトで開発された技術を活用するための提案が なされた。その内容は、およそ次のようであった。   ・第五世代コンピュータ・プロジェクトの成否に関しては、技術的成果、および社会的なイ    ンパクトの両面において、高い評価が得られた。   ・技術的インパクトとしては、特に、知識情報処理を論理型言語という新しい言語によって    並列マシン上で展開することにより、たとえば並列定理証明によって、これまでは解けて    いなかった定理の証明に成功したことなどの、さまざまな科学的・技術的進歩が得られた    点が評価された。   ・また、社会的インパクトとしては、人工知能や計算機科学の分野における研究促進、これ    まで日本では行われていなかった国際共同研究、研究者の育成といった点が高く評価され    た。   ・また、並列アーキテクチャや、知識表現言語が、いずれもまだできあがったばかりである    ため、それらの評価が未着手である等の指摘もあった。   ・ソフトウエアの無償公開を評価する声も多かった。   ・今後の技術展開についても本プロジェクトを今年度で終了するのではなく、今後もフォロー    アップが必要であるとの見解が多く発表された。   今後の技術展開の内容としては、無償ソフトウェアのサポート、PIM上で動作するソフトウ エアを市販の計算機に移植することでより広い利用を図るといった本プロジェクトで開発された 技術の普及活動を必要とする声が多く、普及を促進するためのインパクトのある応用研究や、さ らにこのような広範な利用の結果得られた知見を、さらに発展させるために基礎研究を後継プ ロジェクトとしてロングレンジで継続し、国際共同研究の輪を広げるべきであるとの結論であっ た。 第1部:本プロジェクトの評価  第五世代コンピュータ国際会議1992に参加した上での、本プロジェクトの評価に関  する発表 - 23 - [発表要旨] 1)D.Warren(ブリストル大学・英国) 本プロジェクトは、全体として大きな社会的なインパクト、たとえば他の類似 プロジェクト・組織等の促進と、科学的なインパクト、たとえば国際的に論理 プログラムをブロモートした点があったと認められる。また、組織としてのICOT は3年で研究員が入れ替わるという点、研究員はメーカよりの出向という制約 があったと思う。 プロジェクト全体としては、ハードウエアおよびオペレーティングシステムの研 究に労力を割きすぎ、その分、知識処理や応用への展開が不足したように見受 けられる。 結論としては、100MLIPSの推論性能を達成し、GHCというエレガントな言 語を確立したほか、先端的な並列記号処理の応用ソフトウエアの開発に成功し ている。これらを見ても本プロジェクトは成功したと認められる。また、今後 についてはより小さく、柔軟な形態で、ICOTは継続されるべきであると考え る。 2)W.Bibel(ダルムシュタット大学・独) プロジェクトの成果を評価する際には、予算担当者としての立場、ジャーナリス トとしての立場、経済学者としての立場などがあるが、私は科学者としての立 場から考えたい。 科学者の立場から見ると、一様な「論理」という枠組みを採用し、それに「並列」 を組み合わせている点に特徴があった。また、プロジェクトの前提として、論理 をべースにしたこと、システムを論理型マシンともいうべき専用機をもとに組 み上げた点などがあった。 3)K.Clark(インペリアル大学・英国) 本プロジェクトの持つインパクトとしては、国際的に人工知能や計算機科学の 分野に対する、A1vey,Esprit,MCC,ECRC,SICS他の発足において見られた ような政府の投資を引きだしたこと、私たちの研究分野全体の地位や、人工知 能や論理型プログラミングの地位を高めたこと、日本において人工知能や論理 型言語の研究者を育成した点が上げられる。 一方、昨日のヘラルドトリビューン紙によれば、プロジェクトは失敗であったと されているが、しかし、この記事の内容は誤ったものである。 本プロジェクトは、日本が誇るぺきものであるし、ソフトウエアの無償化は良 い考えであると思う。しかし、開発されたソフトウエアはより普及されている 並列計算機に移植されるべきであるし、ヘラルドトリビューンのような誤った 見方に対して、従来の言語よりも生産性、メンテナンスの容易さといった点を 応用プログラムの開発手法を作り上げることによって示すべきであると考える。 4)R.Feldmann(国立衛生研究所・米国) - 24 - 米国国立衛生研究所(NIH)はICOTと1988年以来、コンタクトをとってきてお り、遺伝子情報処理とタンパク質の折り畳みに関する共同プロジェクトを行っ てきた。その結果をもとにコメントをすると、国際的に用いられている言語は 英語であり、プログラミング言語はCである。したがって、マニュアルは英語 であるぺきであるし、Cと論理型言語とのリンクも考慮されるべきであると考 える。現在、ICOTとの研究は、KL1言語でPIMを、C言語でグラフィック インターフェース、さらにシリコングラフィックスを使って一体化しており、当 初よりもスムーズに使えるようになった。いずれにせよ、このような共同研究 プロジェクトは今後も継続されるべきものであると考える。 5)G.Kahn(INRIA) 本プロジェクトのスコープはたいへん広く、それをKL1を通じて統合するもの であったといえると思う。また、各室長発表やデモは良くできたものであった が、発表がうまくいった研究だけを集めており、やや政治的な感じがあった。う まくいかなかったものもその原因を分析し、発表してもらえればより良かっ たと思う。結論としては、まず10年という年月はプロジェクトとしては特に長 いものではなかったという点で、古川さんには賛成しない。また、本プロジェク トによって技術的には非常に多くのものを得ることができた。また、社会的に は基礎研究を促進し、国際的な協調を進めてきた。このような観点からプロジェ クトを突然に終了するぺきではないと考える。また、このプロジェクト以前は 日本の科学者とはまったく対話がなかったのだから、ここで生まれた友情も大 事にすぺきと思う。 6)M.McRobbie(オーストラリア国立大学) われわれは特に定理証明の分野において共同研究を行ってきている。そのよう な経験から、次のように結論する。 まず、ソフトウェアの無償公開については、私の知るかぎり、初めてのことで あり、大きく評価したい。また、四次元コンピュータ・プロジェクトはICOTか ら多くのものを学ぶことができると考える。われわれは、定理証明の共同研究 を行い、最近I0TのPIM/mを使って、これまで解けなかった群論の問題に関 する定理を解くことに成功している。PIM/上の定理証明システムによって、 並列マシンを使えばこの問題が高速に解けることがわかり、将来の研究方向が 明確化してきた。共同研究の継続、ICOTの開発したソフトウェアの市販のマ シンヘの移植などを行い、さらに多くの人が利用できるようにするべきである。 7)E.Shapiro(ワイツマン研究所・イスラエル) 私はICOTの招へい研究員の第号であり、そのときこのプロジェクトの目標 として説明を受けた並列知識処理技術や、その成果を世界の研究者に広く公開 するといった方針は、今日、ほぼそのとおりに達成されていると思う。したがっ て、本ブロジエクトは科学的技術的にはまちがいなく成功したと考える。しか し、国際レベルのインパクトという点においては、当初想定されていたレベル に達したとは思わない。すなわち、ICOTにおける応用研究はまさに始められ たばかりであり、得られた科学的技術的成果を示す「これは絶対」といった決 - 25 - 定的な応用がまだ出来ていない。また、ICOTのソフトウェアはICOTの作っ たハードウェアでしか走らせることが出来ないものである。したがって、このよ うなソフトウェアを公開し、普及させるためには、市販のマシンに移植し、メ インテナンスを行い、ソフトウェアの信頼性を向上させるべきである。また、 これらを利用しようとする国際研究グループのサポートを行うべきである。 8)R.Stevens(アルゴンヌ国立研究所・米国) 本プロジェクトの評価をアメリカ流に行うとすれば、このプロジェクトが基礎 研究のプロジェクトであったのか、あるいは開発研究プロジェクトであったのか をはっきりさせる必要がある。すなわち、基礎研究においては肯定的であれ否 定的であれ明確な結果があれば成功といえる。開発研究プロジェクトにおいて は開発成果が製品化一歩手前までまとまって、始めて成功したと言うことがで きる。さらに、どのような結果も得られなければ、これはどちらにおいても失 敗である。 本プロジェクトは、この双方の面を持っており、また、米国では、日本の研究開 発のプロセスが良く知られていないために本プロジェクトをどう評価するかに ついて混乱がある。 ICOTの今後について、以下を提言する。 並列処理、性能評価、知識べースに基づいたプログラミングシステム、記号処 理と数値計算の融合といった基礎研究について長期間のプロジェクトを行うべ きであると考える。また、基礎研究の結果については、そのすべてをプロジェ クトの初期段階から公開すべきである。さらに、研究目的・予算・マネージメン トといった多くの面を共同で行う「本格的な共同研究」を推進すべきである。 その場合の研究開発の内容はソフトウエアに集中すべきであり、ハードウエア やOSは企業に開発させるべきである。 9)S.Sundström(スウェーデン計算機科学研究所・スウェーデン) 本プロジェクトは論理プログラミングの技術が有望な市場を形成し得る研究分 野であることを示し、多くの研究計画や研究機関がICOT設立の結果、生まれ ることになった。また、ICOTで生み出された多くの考え方や概念はICOT以 外の研究機関でさらに研究開発されることとなった。 結論として、本プロジェクトは実際、価値のあるものであり、スウェーデンと日 本との緊密な協力関係を確立することに成功した。さらに本プロジェクトは「ス ウェーデン計算機科学研究所(SICS))」の設立の動機となった。 ICOTのソフトウエアは、将来的には、広く使われている計算機に移植するべき であり、それによって普及をはかり、その結果を言語やソフトウェアにフィード バックするべきであると考える。 10)S.Tärnlund(ウプサラ大学・スウェーデン) ICOTの研究結果は世界的には最高水準にあると考える。また、まさにコンピュー タ科学におけるブレークスルーを成し遂げた。PIM、PIMOS、KBMSそして、 評価ソフトウエアが一体化してできており、プロジェクトは、大きな成功を収 めた。特に、私は論理型言語の実行速度が、当初の40KLIPSが100MLIPSにま - 26 - で高速化されたのには驚嘆させられた。結論としては、第五世代コンピュータ 技術の研究はさらに継続しなければならないと考える。 第2部:ソフトウェアの公開と今後の技術的展望に関する質疑応答  約2時間近く質疑応答が行われたが、その中心はソフトウエアの公開に関する サポート体制と、今後のフォローアップ・プロジェクトとの関連についての質問 が多かった。質問およびコメントの趣旨としては、ソフトウエアは公開してもそ の後のメンテナンスが重要であり、さらに、これらのソフトウェアを広く利用し てもらうためには、市販の計算機上への移植が不可欠であること、また、このよ うにして広く利用された結果をさらなる研究開発に反映させるためにも後継プロ ジェクトが必要であるというものであった。  また、海外からの参加者から、後継プロジェクトの実現が、ソフトウェア普及 のみならず、国際協調、さらなる研究展開といった意味からも、是非とも必要で あるとの声が強かった。また、この後継プロジェクトの性格にも質問はおよび、 企業の参加の可能性の有無、年数などについての議論も行われた。 以上 - 27 - (参考) 第五世代コンピュータ国際会議1992参加者数 平成4年6月18日 会議参加者数         約1,600名 (内海外26カ国         約170名) デモンストレーション見学者数 約1,900名 - 28 - FGCSプロジェクトの評価に関する報告 Wolfgang Bibel Technical University Darmstadt Germany 1992年6月4日 要約  このレポートでは、第五世代コンピュータシステム(FGCS : Fifth Generation Com- puter System)プロジェクトの成果について簡潔に評価を試みる。まず最初に、私の評価 の背景を明らかにするため、このプロジェクトに参加した研究者たちと私の関係について説 明する。次に、評価の規準を明確にする。3章の「評価」では、技術的な成果について主に 以下の3つの観点から記述する。  ・マシンとソフトウェアを同時に設計することに関して、ロジックを、統一的かつ効率   的な枠組みとして提示。  ・並列性の採用により示された非常に大きな進歩。  ・ロジックでプログラムを作成することによる効率の向上を証明。  これらの点を考慮し、またこのプロジェクトのその他の多くの成果を考慮した結果、こ のプロジェクトはたぐいまれな成功を納めたと判断できる。さらに4章では、このプロジェ クトの基盤に横たわる主な仮説についていくつか考察し、結論としてそれらがすべて現実 のものとなり、正しく証明されたことを述べる。最後の章では、ICOTの将来とFGCSの 精神を受け継ぐ研究について多少の意見を記述する。ICOTは一定期間は存続させるべき であり、また情報技術の基礎研究のために日本が何らかの研究機関を設立するように提案す る。 1 ICOTの研究と私の関係 光栄なことに、私はFGCSブロジエクトの要人とその準備の段階から、もっと正確には1979 年8月に東京で開かれたIJCAI-79から接触を持つことができた。その会議で淵博士との議 論を通して、プログラミング、問題解決、および知識工学のためのコンピュータを構築して 使用するために、ロジックが統一的かつ包括的なアプローチとしての潜在的に利用できると の共通の認識を持った。  1981年に、私は、最初のFGCS会議において6つの招待講演の1つを行う名誉を得た。 この講演において、論理の視点から、ソフトウェア開発に対する私の見解を示した。この概 念は、プログラム合成にMGTPなどのツールを適用することなど(すなわちMENDELS ZONE)、現在FGCSプロジェクトの中で開花しつつある。 - 29 -  1990年の始めに約2週間にわたってICOTを訪問し、FGCSプロジェクトの枠組みの中 で遂行されている多くのプロジェクトの各側面についてより詳細に知ることができた。この ときは、ちょうど、プロジェクトの最終段階の作業計画が最終的に決定されるときだった。 これは千載ー遇のチャンスであり、私は、計画作業に携わるスタッフに対して、演繹推論と 自動的な定理証明が、プロジェクトの終了時にPIM上で動作する予定の基本ソフトウェア のための有望なアプリケーション領域であることを強調した。  この13年間に何度か日本を訪問したばかりでなく、ICOTから何人か訪問者を迎える 機会も得た。1981年月に淵博士と故元岡教授がミュンヘンのTechnical Universityを訪 れ、第1回の会議の概要を説明してくれた。その後、ICOTから何人かの研究者(少なく とも10人)がミュンヘンの私の研究所を訪れ、また最近はやはりドイツのダルムシュタッ トの研究所を訪れ、成果、経験、および意見の交換を積極的に行った。その中には、古川博 士、長谷川博士、藤田博士などがいる。  1991年にドイツのBirlinghofenのGMDで開催された「演繹推論に関するドイツ一日本 ワークショップ」では、お互いの成果について特に詳細にわたって意見を交換することがで きた。このワークショップでは、私はコーディネータの役を担った。日本からは8人の研究 者(大部分はICOTから)が参加し、ドイツからは2人の研究者が参加した。  さらに、IJCAI、AAAI、ロジックプログラミング、自動演繹推論などの会議では、ICOT から参加した研究者と出会う機会が数多くあった。  これらのことを述べたのは、このプロジェクトの最終成果に対する私の評価が、このプ ロジェクトのライフスバン全体の作業を私がかなり熟知していることに基づくものであるこ と示すためである。また、まさにこのプロジェクトの開始時点から、私が大きな興味と共感 を持ってこのプロジェクトを追跡していたことを示すためである。この点から、私の判断は 片寄っているとも考えることができるであろう。しかしながら、科学に対して同じ所見を持 つことに問題はないはずである。 2 評価規準 FGCSプロジェクト程度の規模のプロジェクトを評価する方法にはいくつか考えられる。 これらの方法のどれを適用するかによって、得られる評価結果も変わってくる。誤解の可能 性を排除するため、まず最初に現在の状況を踏まえて、私がこれらの方法の内からどれを採 用したいかを明らかにする。 1.財政担当者の評価方法では、1981年に発行されたこのプロジェクトの当初のレポー  トに立ち返って、それをチェックリストとして便用し、現在実際に達成された目標の  パーセンテージを計算することになるであろう。私は、FGCS程度の規模の基礎研究  プロジェクトでは、このような評価はほとんど意味がないと強く信じている。したがっ  て、このレポートではこの方法は採用しない。にもかかわらず、私の持っている感覚  では、このプロジェクトは、その一里塚となる主な目標のすべてを実際に達成したと  いうことができる(ただし、あまり重要でない話題の中には、何らかの理由で途中で  断念されたものもある)。 2.ジャーナリストの評価方法では、何らかの過程やできごとによって発生した社会的な  期待に対する成功の度合いを計ることになる。FGCSプロジェクトは、たしかに人に  よってまったく異なる各種の期待を与えた。たとえば、日本の報道機関は、アメリカ  の報道機関とはかなり異なる理解を示した。(かなりの量の国家資金が投入されるた - 30 -  め)このような規模のプロジェクトでは社会的な意見は重要であるが、技術的な評価  という意味ではこの点にあまり留意する必要はないと思う。少しわき道にそれるが、  FGCSプロジェクトは、アメリカおよび世界各地において以前ほど好意的に報道され  ているわけではない。これは、このプロジェクトに対する期待が誇張されていた結果  であり、また広い意味での複雑な政治的理由によるものである。過剰な期待には、当  初のFGCSレポートに政治的な理由から知識工学の夢が語られていたが、これがこの  ブロジェクトの最終目標と誤解されることとなったという事実も含まれる。 3.経済学者の評価方法では、このプロジェクトの成果によってもたらされる経済的なイ  ンパクトの大きさによって成功の度合いを計ることになる。この方法は、期待される  インパクトが現れるまでに何年もかかる基礎研究プロジェクトでは、やはり意味を持  たないものである。現時点における経済的なインパクトはたぶんほとんどゼロに近い  ため、この点からはこのプロジェクトは完全な失敗と評価しなければならないだろう。  しかし、長い目で見れば、たぶん(そしてかなりの確率で)非常に大きな経済的な効  果を持つこととなるであろう。 4.私が採用するのは科学者としての視点である。この視点では、この計画の本当の効果  は何であるかを評価する。つまり、この計画の効果と、この計画を遂行しなかった場  合の状態を比較する。その効果として私が理解しているものの中には、科学的な成果、  技術的な進歩、構築されたシステムやマシンなど、このプロジェクトがもたらしたす  べての変化だけでなく、日本や国際的な研究コミュニティ、またこの点において世界  全体で引き起こされた変化が含まれる。このような評価に加えて、私は、このプロジェ  クトの状態の何かを変化させることによって、本当の効果を改善できるかどうかにつ  いても熟考している。 3 プロジェクトの本当の効果 このプロジェクトは、かなり異なる種類の成果および効果を生み出した。主な効果の1つ は、政治的社会的な性格のものである。その他は、インフラストラクチャに関するものであ る。そしてもちろん、出版物、システム、マシンなどの形式の科学的な成果もある。これ以 降、この順序でこれらのすべてについて議論したい。  私の知る限り、1981年のFGCS会議は、日本で開かれた会議のうち、高いレベルの国 際的な知名度を得て世界的な注目を集めた最初のものであった。世界は初めて、日本が将来 の鍵を握る技術の1つにおいてリードを奪うのではないかという感触を持った。明らかに、 これらの感触は深刻な憂慮と重なっていた。人々の中には、技術的な戦争とまで過剰に反応 し、また発言する人もいた。今日、ある人々は再び過剰に反応している。彼らは、自分たち の恐れが実現しなかったのを見て、このプロジェクトが失敗したものと理解している。  差し引きして、私は、政治的な本当の効果としては成功だったと判断している。日本は、 世界をリードするビジョンを持っていることを証明した。一方、日本の行動は賢明であり、 その成果を国際社会に対して無償で提供した。つまり、自分自身の利益のためだけでなく、 人類の利益のためのリーダーとしての役割を果たした。しかし、この視点は、政治的には確 固たる意見として定着したものではないことに注意する必要がある。将来、政治的な進展を 誤れば、この肯定的な状況は簡単に壊され得るものである。  社会的には、日本がイニシアティブをとった効果として、情報処理技術が人類の福祉の ために重要であることを世界中が認識した。FGCSブロジエクトの直接的な結果として、 - 31 - アメリカ(MCCなど)、ヨーロッバ(ECRC,SICS,ESPRIT,A1veyなど)およびそ の他の地域に主要な研究機関やプロジェクトが存在する。これらの研究機関やプロジェクト は、すべて情報処理技術の発展に寄与している。  FGCSプロジェクトの大きな成果および成功の1つに、日本の情報処理技術の研究およ び開発のインフラストラクチャに及ぼした効果がある。非常に賢明な構成により、日本の企 業および大学の数百人にものぼる若い研究者たちが、実際に最先端の情報処理技術を学ぶこ とができた。これは、ICOTと企業および大学とのつながり、さらに研究者は研究機関か らICOTに出向して一定期間留まった後に、その研究機関に戻るというICOTの方針によ るものである。これらの研究者たちは、単なる教育で得られる以上のものを学び得るばかり でなく、国際貢献の場に触れることができた。そして、現在はそれぞれの研究機関で、この 交流を継続する可能性を享受している。このプロジェクト以前は、日本は、国際的な研究社 会に参加するうえで問題を抱えていた。したがって、私は、この効果は、将来、科学的にも また経済的にも情報技術において日本がリーダーになり続けるために非常に重要なものである と考える。ドイツ人として、私は、我国がこの点、特にマシンの設計とアーキテクチャの分 野で同じような賢明な行動をとることを期待する。  このブロジェクトは、日本のインフラストラクチャを変革したばかりでなく、国際的な 研究コミュニティのインフラストラクチャも変革した。かつて欧米の科学者たちは日本の科 学者を仲間として真剣に考慮したことはなかった。現在日本の情報技術の科学者たちは、他 の欧米の科学者と同様に対等のパートナーと見なされている。日本の科学者たちは、その成 果を以前よりも活発に国際的なジャーナルや会議に発表している。逆に、日本のジャーナル (第五世代コンピュータシステムジャーナルなど)や日本の会議(FGCSなど)は、世界中 の科学者たちから、科学的な成果を発表する名誉ある場と考えられている。1997年に日本 がもう一度、最も影響と規模の大きい情報技術に関する会議IJCAIを開催するという事実 は、世界中が日本の研究者たちとの関係の重大さを認識していることを示すものである。  最後に、そして最も重要なことであるが、私は、この傑出したプロジェクトの科学的な 成果から本当に深い感銘を受けた。我々の分野で初めて、ハードウェアとソフトウェアに対 して単一の言語KL1を通した統一的アプローチが存在するようになったのである。  一方、PIMの枠組みで構築されたすべてのマシンは、KL1プログラムの実行という特 殊な目的で設計されており、このことがその実行を非常に効率的なものにしている。一方、 ソフトウェアはすべてKL1上で構築されている。このことは多くの理由から非常に優れた 成果であり、以下にそのいくつかを述べる。  KL1は論理型言語(の1種)であることを思い出してほしい。論理型以外の計算処理の 世界では、2つの理由からロジックは計算のための有効な手段としては無視されている。 それは、状態依存ソフトウェア(オペレーティングシステムなど)に対する不適合性が疑 われていること、およびその非効率性である。FGCSプロジェクトは、この2つの心配が 間違っていることを証明してみせた。まず最初に、PIMマシンのオペレーティングシステ ムのカーネルはKL1で実現されたものの1つである。そして、オペレーティングシステム の残りの部分はPIMOSと呼ばれる大規模なソフトウェアシステムとして構築されており、 これはその中に包含するオペレーティングシステムの機能を使用してすべてKL1で書かれ ている(約133K行のコード)。PIMOSが証明したように、ロジックは、状態に依存する システムに対処するための形式として十分に使用可能なものである。2番目に、アプリケー ションソフトウェアシステム(MGTPおよびその他多く)が顕著な方法で証明したように、 KL1の処理系は非常に効率的である。  KL1上に構築された基本ソフトウェアの1つに知識べース管理システムKappa-Pがあ り、Kappa-P上には知識表現言語Quixoteが構築されている。KL1のような論理型言語 - 32 - が知識表現に適しているのは驚くに当たらない。しかし、注目に値すべきことは、その基本 がオペレーティングシステムのそれとまったくに同じだということである(訳注:オペレー ティングシステムと知識べース管理システムがともにKL1上に構築されていること)。し たがって、最適化の作業をマシン上のKL1の処理系に集約することが可能であり、PIMOS とKappa-Pを自由に切り離すことができるという利点がある。  したがって、統一的かつ効率的な枠組みとしてのロジックを、このプロジェクトの優れ た成果の第1としてあげることができる。その側面としては以下のものがある。  ・ハードウェアとソフトウェアの設計を、情報処理の問題全体の重要な部分としてみる   視点。  ・知識処理に関して、推論と知識が同等な重要性を持つこと。  主な成果の2番目として、並列性の重要性がある。このプロジェクトで作成された多く のソフトウェアはまず最初に逐次的な方法でコード化されたため、並列化によって経験した スピードアップは明白かつ劇的なものがあった。多くの場合、線形に近いスピードアップが 実現した。明らかにこれは偶然発生したものではない。国際的な研究コミュニティは、この ような重要な実験を行い、またこの励みとなる成果を得たことについて、日本の研究者たち に感謝している。KL1の実行について、最終的にこのプロジェクトが性能目標の100MLIPS (1秒間の論理推論回数)を達成できたのは、この並列性のためである。  私の判断で3番目の主な点は、信頼性の高いソフトウェアの効率的作成のためのフォー マリズムとしてのロジックの容易性である。過去2年半に、KL1で直接または間接に書か れたソフトウェアの量は、信じられないほど大量である。デモンストレーションで見たよう に、これらの大規模システムの実行では何も問題が発生しなかった。この成果を公正な方法 で評価するためには、すべてのソフトウェアが並列実行のために記述されていることを心に 留めなければならない。我々は、皆、並列プログラムを作成する困難さを知っており、また 私は、世界中でこのような規模で並列ソフトウェアを作成したプロジェクトを知らない。従 来のソフトウェア作成の経験(逐次的であり、並列的なものは1つだけ)では、同じ機能を 持つソフトウェアを作成するのに明らかに多くの時間が必要である。少なくとも私にとって は、このプロジェクトの成果の1つは、ソフトウェア開発はロジックによって桁違いに改善 されるという主張を証明したことである。  これらの成果、およびその他の重要な成果に加えて、数多くの詳細な成果が存在するの は明白であり、それは発表された論文や動作中のシステムに見ることができる。その正確 な数がいくつであろうと、我々は、日々の研究業務から、日本の研究者たちの多くの成果が 我々の研究で重要な役割を果たしていることを知っており、これはFGCSプロジェクトな くしては考えられないことである。 4 プロジェクトの仮説の評価 プロジェクトの本当の成果がもっとより良いものになり得たのではないか、別の方法があっ たのではないかなどについて、熟考してみたくなる人もいると思う。このことについて、こ の節で簡潔に述べる。  まず最初に、ロジックだけに賭けることは、これまで説明した成果が示すように本当に 有利な賭けである。また、ハードウェアから知的な機能およびプログラムまで、垂直に統合 された方法で問題に対処するのも同様に正しいことである。 - 33 -  なかには、並列ロジックに基づくアプローチを、このようにプロジェクトの遅い段階で 評価するのは間違いであるという人もいる。一方、この議論には指摘すべき点がある。それ は、単に魅力的なアプリケーションからのみ強い印象を受けるという理由で、計算機科学界 の人々が、これまでこのアプローチの詳細な点にほとんど興味を示さなかったことである。 一方、マシンと基本ソフトウェアを完成させなければ、採用したアプローチの正しさをどう やって証明できるであろうか。私は、これは視野の狭い議論だと思う。このような長い期間 の目標を定めてブロジェクトを遂行し、それを比較的長い期間にわたって変更せずに保つの は、日本的な方法の大きな長所である。  もう1つ問題となる可能性のある点は、特にKL1を効率的に実行するためにのみ構築さ れた、PIMマシンの特殊化した性質である。同じような目的のためならば、汎用目的の並 列マシン(この会議の招待講演で発表されたJ-machineなど)も同じように役に立つので はあるまいか。これは良い質問であるが、現時点では十分に満足のいく方法で答えることは できない。将来、正確にこの項目に焦点を当てた実験で得られた結果でのみ議論が可能であ る。特殊化が差を生まないとしたら、それは私にとって驚きであり、私は差が生じると信じ ている。特に論理型言語(手続き型言語や関数型言語ではない)の実装では、必要な論理演 算を実行するために特殊化されたハードウェアを使用するのは非常に重大なことである。現 在は、マシン開発の進歩がまだこの利点を先へ押しやっているようである。特殊化されたマ シンが動作可能になるまでに、すでに汎用マシンが性能上で非常に高度化しており、特殊化 されていない不利を十分に補うことができるほどになっている。しかし、私は、最終的には プログラミングのスタイル(論理型、関数型、手続き型)に専用のマシンが、特にロジック プログラミングの場合には重要になると確信している。したがって、FGCSプロジェクト で遂行された実験は、将来のロジックベースのマシン設計にとって非常に重要なものとなる であろう。この評価を判断する場合には、信頼性の高いソフトウェアの迅速な作成に関する ロジックの価値について、すでに前の項で私が説明したことを心に留めておかなければなら ない。なぜなら、マシンの比較を行う際に、多くの人はソフトウェアの作成にかかる工数と いう意味での投資を忘れているからである。  KL1の選択に関しては、これが純粋な形式での論理型言語ではないという点を考察しな ければならない。この指摘は事実であるが、しかし私は、KL1が、この特定言語の設計を 現時点で達成するための最善の妥協点であると信じている。この点については、将来のプロ ジェクトでは新しいより改善されたアプローチがとられるものと期待している。しかし、将 来の科学的な進歩によってその成果がいくつかの点で改善されるのは、いつの時代でもすべ てのプロジェクトの運命である。 5 将来の見通し FGCSプロジェクトの傑出した成功を考えると、高い価値を持つICOTのインフラストラ クチャや、現在達成されているマシンおよびソフトウェアに関する基盤を廃棄してしまうの は労力の無駄であると考える。言い替えれば、私は、ICOTが、限定された期間(たとえ ば5年)だけ何らかの形で存続するよう強くお勧めする。そして、以下の作業を遂行すべき である。 ・その本質的な機能について、マシンとソフトウェアシステムを評価する。 ・多様なアプリケーションで成果を利用する。 ・システムの保守管理を行う。 - 34 - ・適切な新しい研究目標を達成する。  システムの保守管理は、MITIの政策ですべてのソフトウェアを自由に使用できるもの として開放するという点から非常に重要である。この政策は、国際協調にもたらす効果を考 えると画期的な一歩である。もちろんこの政策は、そのソフトウェアがPIM以外の標準的 なマシンで使用可能となる場合にのみ実を結ぶものである。しかし私の理解によれば、すで にソフトウェアをUNIX環境に移植する計画がある。  現在ICOTを指導しているスタッフに移動があるようである。ここで、このプロジェク トの成功に大きく寄与した研究所長の淵博士のことを特に強調しておきたい。私は、個人 的な研究目標のために時間を取りたいという彼の望みを十分に理解している。にもかかわら ず彼の才能を今以上に壮大な計画で役立てないとしたら、それは悲しむべきことであると思 う。  基礎研究の遂行に成功したことで高い評価を得たことから、日本に基盤をおく基礎科学 の研究機関の考えが私の心に浮かんでいる。この機関は、世界中の研究者を親密に結び付け る上で、現在ICOTが果たしている役割の一部を受け継ぐことができると思う。それは、 世界中から第一線の研究者たちが集う場である。ついでに述べると、このような性格を持つ 研究機関は、環境的に魅力のある地に置くのがよいと思う。  すでに指摘したように、私は、純粋に論理的なマシンおよびソフトウェアに向かって、 重要なただし最終ではない一歩がKL1によって踏み出されたと確信している。この同じ方 向で次の一歩を踏み出すには、ロジックにおける新しい方向(リニアロジックなど)を考慮 に入れる必要がある。私は、従来のソフトウェア作成上の問題から、他のコンピュータ科学 者たちも、最終的には論理を中心とした計算処理と知識工学分野というFGCSプロジェク トと同じ方向に向かって来ると確信している。 - 35 -