多くの法的類推システムやnew HELIC II における類似性判断の根拠は、システム に与えられる所与の分類階層知識に依存することが多い。分類知識はそもそも ある観点からの類似性の別表現に他ならないので、分類知識にしたがった類似 性は客観性と信頼性に優れていると言うこともできよう。実際、法的推論にお いてもその判例の「適用範囲」、すなわち、どの程度の拡大・類推を許すのか という判例解釈が妥当なものに落ちついてくると考えられる。そうした許容で きる類似性の程度を分類階層知識として整理したものが、システムに実装され た型階層であると理解することもできる。
しかしながら、反面、何が類似しているかが階層によってほぼ一意的に決定さ れるという「面白味のなさ」も事実である。また多くの研究が指摘しているこ とであるが、観点や目的に応じて分類方法は複数個とることができ、その結果、 AとB、そしてBとCはそれぞれ同一のグループに属するが、AとCでは同一 のグループに属さないという現象が生じる。類似性の言葉で述べれば、「Aと Bが類似し、かつBとCが類似していても、AとCが類似しているとは限らな い」という、類似性における非推移性の問題である。本研究ではこうした類似 性の側面を捉えるために、観点や目的に照らして類似性を変化させることを主 要な目標とする。別な言葉で述べれば、類似性と表裏の関係にある階層知識を 動的に抽出する方式を確立し、よって法的推論における類似性判断にさらなる ダイナミクスを導入したい。
GDA(ゴールに依存した類似性)
GDAの研究は、所与の階層知識から領域理論Tの抽象化を 行う J.D.Tenenberg の理論抽象化の研究に基づいている。ここで領域理論Tの 抽象化とは、具体化に依存しないより一般的 な節形式の知識(抽象節と呼ぶ)を抽出することを意味しており、 どのような具体化が可能であるかは 所与の分類階層が決定するとしている。この抽象節に対する 「任意の具体化が可能である」という制約により、 一部のTの節は、どの抽象レベルの節の具体化にもなりえないことが 起こり得る。 直感的には、階層に従った一般化・抽象化によって 具体レベルの領域理論Tがもっていた節が捨象されることになる。 問題は、こうした抽象化によって、「必要な」知識が失われることである。 本研究では、 ゴールGの説明に必要な節が必ず抽象化されるような階層を逆に構成 する問題を考え、これをゴールGに依存した抽象化と呼ぶ。その定義から 直ちに、Gに依存した抽象化により得られる領域知識からGの説明を再構成 することが可能であり、この意味で、Gに必要な情報は抽象化によっても 失われることはない。
このように、ゴールGの与え方によって得られる階層(および階層が表す 類似性)は変化するが、そうしたゴールとは一体何かという問題が生じる。 本節の冒頭でも述べたように、ここでは過去の判例や条文と 所与の事例との類似性の有無が問題となっている。 本研究では検出すべき類似性と階層とは 判例や条文の趣旨に関与する類似性でなければならないと考える。 問題を簡略化するために、「要件Aの場合はXを行ってはならない」という スタイルの法的知識に制限してみよう。こうした規範は、Aの条件の下で Xが行われた場合に重大な法益が犯されるが故にもうけられたと考えるのが 自然であろう。本研究で考察するGDAに対するゴールとは、法的推論における 論証のトップゴールではなく、むしろ、規範が守られなかった場合に生じる 法益侵害を意味している。別の表現をすれば、GDAによって検出すべき類似性とは 「Bに対してもXを行えばAと同一の法益侵害が発生する」という類似性であり、 法の目的・趣旨に照らした類似性を意図している。このために、法の要件と効果に 関する因果性等の知識があらかじめ領域理論に記述されていることを陰に仮定して おり、このことが新たなボトルネック問題となる。
●GDA の IFS への組み込み
本研究におけるGDAによる階層抽出機構は、IFS である new HELIC II に組み込む ことを前提にしている。new HELIC II は知識表現言語としては型付きの1階言語 であり、基本型に関する分類階層を仮定している。GDAの適用によって 個別的な事例と論証目的に応じた型階層を作り出すために、GDAの計算対象 は順序ソート論理における基本型に制限している。GDAと new HELIC II の具体的な インターフェイスは new HELIC II の領域知識を順序ソート表現に変換する変換手続きのみである。 あとは、GDAの算出結果である型階層を仮想的な知識として new HELIC II に追加する作業があるが、new HELIC II の型階層を記述するファイルに新項目を追加 するのみである。