法的推論実験システムTRIAL 対象とする問題: 法律分野への知識べ一ス/知識表現技術の応用として、法的推論の問題を取り 上げる。法的推論は、事実認定、法令解釈、および条文適用の三つの基本的な要 素から構成されるが、事実認定は現在の技術水準では取り扱いが難しいため、法 令解釈、特に、類似した既存の判例を準用する類推解釈をいかに実現するかが現 在の課題である。 Quixote上の法的推論実験システムTRIALは、条文適用に加えて、類推解 釈を実行することを目指したシステムである。すなわち、新規の事案が与えられ ると、それに類似した既存の判例を利用して可能な判断を導出し、そしてその判 断に至った論証を構築する。 Quixoteを用いた利点: TRIALでは、類推解釈を図式 〈類推解釈〉=〈概念緩和〉+〈制約解消〉+〈条件放棄〉 により実現しているが、その実現のためには以下のQuixoteの提供する機能が 有効である: ●型階層により、法的概念の階層構造に基づく概念緩和が容易に扱える。 ●条件付き解により、条件を伴った判断を得ることができる。また、これによ り不足情報の補充が行える。 さらに、法的推論の思考実験のための以下の二つの機能が容易に提供できる: ●仮説付き問合せおよびモジュール階層により、思考実験のための仮説的な問 合せが柔軟に行える。 ●解の説明機能により、推論結果の検証のための論証が構築できる。 デモ概要: 専門家または準専門家が、TRIALを利用しながら目標とする論証を構築して いく過程を、労災認定(「過労死」)の例題を通して紹介する。 ●TRIALへの仮説的な問合せにより、求める判断を得る。 ●TRIALの示した論証について抽象化の程度が適切であるか否かを検証す る。 並列法的推論実験システムHELIC-II 概要 法律における推論はルールベース推論と事例べ一ス推論が結合したモデルで表 すことができる。このモデルに基づいて、法的推論実験システムHELIC.IIを並 列推論マシン上に開発した。HELIC-IIは法律条文と過去の事例(判例)を参照 することによって、法的な結論を導き出すシステムである。 特徴 ●2つのエンジンからなる推論モデル HELIC-IIはルールベースエンジンと事例べ一スエンジンという2つの推論 機構を持つ。これらのエンジンは相補的に働いて法的結論を導く。 ●並列ルールベースエンシン ルールベースエンジンは法律ルールを参照して、法的結論を演繹的に導く。 このエンジンは並列定理証明器MGTP(Model Generation Theorem Prover) をべ一スに、いくつかの機能を追加したものである。 ●並列事例べースエンジン 事例べースエンジンは過去の類似事例(判例)を参照することで法的概念を 生成する。このエンジンは類似の事例を検索し、その事例のルールを新たな 事例に適用することによって、新たな論理を構築するものである。 法的推論 法律の知識は法令文と過去の判例からなる。法令文は法律ルールの集合である から、法令文に基づく推論はルールベース推論として実現している。しかし、法 律ルールはしばしば定義の曖昧な法律用語(法的概念)を含んでいる。そうした 法的概念の多くは、実際の事実に適用されて初めてその厳密な意味が決められる ものである。このような法律ルールを実際の事実に適用するには、それらのルー ルを解釈することと、法的概念と具体的な事実との対応付けをすることが必要に なる。その際、しばしば過去の判例が参照され、その中の論理展開が再利用され る。つまり法的推論はルールベース推論と事例べ一ス推論が結合したモデルで表 すことができる。しかし、このモデルでは類似の事例を検索し、それに基づいて 結論を導き出すのに多くの時間が必要であり、更に複数の推論エンジンの推論 を制御するための複雑な機構が必要となる。我々は法的推論システムHELIC-II を並列推論マシン上に開発し、これらの問題を並列推論によって解決した。 HELIC-IIの概要 HELIC-IIは与えられた事件に関する法的結論を、法令文と過去の判例を参照 することによって導き出し、推論木の形でそれらを出力するシステムである。HELIC- IIはルールベース推論のエンジンと事例べース推論のエンジンからなっている。 ルールベースエンジンは法律ルールを参照し、法的結論を論理的に導くものであ る。以下は過失致死の法律ルールの例である。全ての法律ルールはこのような推 論規則として表現される。 過失致死(“コメント",【条文=210】, 【自然人(A,【 】),自然人(Bl,【 】),{{A\=B}}, 行為(_行為,【主体=A】), 過失(_過失,【主体=A,行為=_行為】), 因果(_因果,【原因=_行為,結果=_死2】), 死(_死2,【主体=B】)】 → 【【過失致死 (_,[主体=A,行為=_行為】)】】. このルールは”過失”という法的概念を含んでいる。この”過失"が成り立つ かどうかは、下記の甲女の事件のような個々の事例でケースバイケースで判断さ れる問題である。 甲女の事件: ある冬、甲女は生活に疲れて実子の太郎を道端に捨てた。太郎は生後4 ヵ月であった。乙は道端で泣いている太郎を見つけ、車で警察に届ける 途中、事故を起こしてしまった。その事故で太郎は負傷したが、乙は太 郎が死んだものと思い、再び道端に捨てて逃げ去った。その後、太郎は 凍死した。 法律ルールからでは、この事例で甲女の行為に過失が有ったかどうかを判断す ることはできない。そこで、HELIC-IIではこのような過失の判断は事例べ一ス 推論によって行う。事例べースエンジンは、過去の類似事例を参照することによっ て、与えられた事実から(過失のような)法的概念を生成するものである(図1)。 図1 浦田の事例における論理展開 図2は甲女の事件に対するHELIC-IIの結論の1つであり、浦田が市之助を殺 害した事件の最高裁判例を引用して、結論を出している。 図2 甲女の事件における論理展開 HELIC-IIの結論は自然言語の文章でユーザーに示される。以下の例は市之助 事件で使われた被告の論理展開をまず示した後に出力される適用情報である。 市之助の状態【気絶する_1】と太郎の状態【負傷1】は共に【傷害】である。 蒲田が市之助に行った行為【放置する_1】と乙が太郎に行った行為【置き去り2】は共 に【放置する】である。 浦田は市之助の状態【気絶する_1】を確認しなかった。同様に乙は太郎の状態【負傷1】 を確認しなかった。 浦田が市之助に行った行為【放置する_1】には市之助の死亡という目的がなかったと同 様に乙が太郎に行った行為【置き去り2】には太郎の死亡という目的がなかった。