ここでは、わが国が行う情報技術の研究開発のあり方を検討するための参考資料として、米国政府支援による研究開発プロジェクトの実施体制の概略を記述する。その中で、研究開発の流れを以下の3段階に分けて説明し、合わせてわが国の現状を明らかにする。
(1)上流
国の政策や技術戦略に基づき、プロジェクトの目標、性格、予算、期間などの大枠を決定し、この枠に沿って、いくつもの個々の研究テーマと実施グループを決定する段階。
(2)中流
オープン&コンペティティブの原則のもとに、同一目標を持つテーマを複数個並行に実施して競争させ、一定期間毎に評価し、絞り込んでいく研究開発の実施段階。
(3)下流
研究開発の最終段階である総合システムの試作と評価、および、商品化・企業化の段階。
米国では、トップダウンの研究開発政策は重点テーマとして示され、省庁横断の調整機関により各省庁に徹底される。図2−1に、政策策定のための組織を示す。
最高レベルの研究開発政策の調整(大統領、議会、行政)機関として、大統領直属のOSTPがある。また、省庁とは完全独立のNSTCが、政策調整機関として存在する。
OSTPは、産業界のCEO、有力大学教授などトップレベルの委員により構成されるPCASTからアドバイスを受ける。HPCCなどの省庁横断型プログラムは、NSTCの支配下にある。
研究開発プロジェクトのテーマを選定し、出資を決定するのは、各省庁やエージェンシのレベルで行われる。米国での研究開発テーマ設定プロセスは次の二通りあるが、いずれも公募を前提としている。
(1)プログラムマネージャ方式
国家戦略に沿って、各省庁やエージェンシのプログラムマネージャが募集テーマの領域を設定し、公募を行う(solicited
proposalの募集)。選定は、プログラムマネージャの判断による。NASAやDOEに多い。
(2)ピアレビュー方式
省庁やエージェンシが方向を設定せず、公募を行う(unsolicited proposalの募集)。選定は、提案者と同じ分野の研究者が集まって提案書の審査を行うピアレビュー方式による。NSFに多い。
以上のような二つのプロセスにより、ニーズ指向とシーズ指向の研究テーマが、バランスよく採択されることになる。
研究開発プロジェクトは、その段階と範囲の広さでタイプ分けすると、4つに分けて捉えることができる。ニーズ指向とシーズ指向の研究を、産・学・官で実施されている研究開発プロジェクトの研究内容と研究領域から分類すると、図2−2のようになる。
この分類における、米国の産業、大学、国立研究所の占める位置を図2−3に示す。
図2−3によれば、大学が、ニーズ指向の研究とともに、シーズ指向の研究のかなりの部分を分担していることが分かる。
国立研究所は、1980年のStevenson-Wydler法により、技術移転および政府所有・出資の成果・技術の公開をその使命とすることが明示されたことから、試作したプロトタイプシステムの公開や利用サービス、新たな研究のインフラ開発および提供などを行い、大学の研究と産業界の橋渡しをする位置にいる。
わが国においては、大学における研究が米国に比べ基礎的な部分に片寄っており、研究者の意識として、商品化・企業化に対するインセンティブが弱い上、研究費が不充分であり、試作を引き受けるメーカ等も少ないことから、規模の大きなシステムの部分試作や実証システム試作は、あまり行われない。このため、基礎研究を含めた研究の最終評価が充分行われず、研究テーマ間の競争や、それによる活性化が行われないという問題が生じている。 |
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省庁やエージェンシからの公募に対して、研究を実施する大学やメーカの研究グループは、自分達の研究の目標や進行状況に応じて、一つ、あるいは、複数の省庁やエージェンシに対して応募し、予算を獲得する。
応募内容は、NSFやNASAなどのエージェンシのプログラムマネージャおよびレビューアによって審査される。これらマネージャは専任であり、研究者間で新たな話題となっているテーマについてワークショップなどの開催を支援し、新テーマの発掘なども行う。マネージャは、NSFで300人程度、NASAで200人程度いて、良いテーマの発掘について、互いに競争している。
研究者(または、研究グループ)の方も、できるだけ多くの研究予算を獲得すべく競争している。特に、米国では研究予算の中に人件費が含まれ、グループ内の研究者や学生の給与も研究予算の中から支払わねばならず、その競争は真剣かつ激しいものとなっている。
わが国においては、このような専門家で常勤の「マネージャ」にあたる人がいないことから、新テーマの発掘や将来性ある研究テーマの育成などに責任が伴わず、かつ迅速さに欠けており、ソフトウェアなど進歩の急速な領域において、遅れをとる原因の一つとなっている。 また、社会制度の違いから、研究者(または、研究グループ)の給与は、通常、研究予算とほとんど別建てであることから、米国のような真剣な競争が起こりにくく、これも遅れをとる原因となっている。 |
プログラムマネージャは専任であり、数年以上の永きにわたって担当のテーマや関連テーマをウオッチし、評価している。一定期間経っても成果の上がらない研究開発テーマを打ち切って、実施中の研究開発テーマの絞込みを行い、予算配分の変更などを行うなど、予算執行に関するほとんどの権限が委譲されている。
このため、研究者は、研究テーマの変更や予算の使い方の変更などについても、この専門家のマネージャと交渉すればよく、研究の方向転換などを迅速に行うことが可能となっている。
当初は小規模な研究も、順調に進行していくと研究規模が拡大し、より多額の予算が必要となる。米国の省庁やファンディングエージェンシは、少額のシーズ指向研究を支援するものから、大規模なシステム試作を支援するものまでバラエティに富んでおり、シームレスな役割分担をしている。
米国の省庁やエージェンシは、その総合的な目的の違いにより、相互に異なる性格の研究開発テーマを支援する。支援に関する全体的な調整は行われないことから、ある程度のオーバラップが生じるが、おおよそ以下のような分担になっている。
従って、基礎研究からスタートした研究テーマが実用化レベルに近づくような場合、研究の規模拡大に伴い、研究テーマの支援がエージェンシ間でリレーされていくことになる。当初のシーズ指向の研究段階ではNSFの支援を受け、その後、商品化の可能性が出た段階ではDOEの支援で試作し、それをDARPAが製品として調達するといったようなケースが多々生じる。
このような競争は、すべてにわたって「オープン&コンペティティブ」の精神にのっとって行われる。このような競争の中で、優れた研究開発テーマまたは研究者が勝ち残り、下流の商品化・企業化段階へと到達することができる。
わが国におけるプロジェクトは、「キャッチアップ型」であり、一つの絞られた目標に対し、複数の研究グループ、または企業グループが作られ、研究開発の項目を分業することによって、効率の高い共同研究体制を敷いてきた。 しかし、わが国の情報産業における生産物、特にソフトウェアは、「フロントランナー型」の研究開発体制を敷く必要があり、類似テーマを同時並行的に進行させ、競争させることによって、競争力のある製品を生み出す体制へと移行することが不可欠となっている。 その成果の管理についても、米国のように税金を使って開発したものは公開するという原則にたつ必要がある。特に、幅広い用途をもつソフトウェアなどは、開発の最終段階から無償公開し、ユーザに受け入れられるか否かを確かめつつ研究開発から商品化へと進むことが不可欠で、このようなことが可能な成果管理の法律などの整備が、緊急の課題となっている。 また、わが国では、省庁間の縦割りによる弊害のために、米国のようなエージェンシや省庁間の研究開発の連携ができず、さらに、商品化や初期の市場形成などの支援が困難であることから、米国に比べ不利な環境におかれている。 |
米国においては、税金を使って行われた研究開発の成果は、商品化・企業化の段階まで到達することで、国民への利益還元(benefit to public)がなされるとのコンセンサスがあり、研究開発完了後も、次のプロジェクトのツールやインフラなどとしての調達や、ベンチャー企業設立の支援などの仕組みが準備されている。
小企業が新技術を開発し、それを商品化する場合の米国政府支援について、以下にいくつかを挙げる。
(1)ATP(Advanced Technology Program)
開発リスクが高く、民間だけでは投資されにくいが、国の経済の活性化に大きく貢献する可能性のある民生技術が対象。研究開発費用の50%以上を、民間が負担。
(2)SBIR(Small Business Innovation Research Program)
ベンチャー企業の振興を目的とし、産業に振り向けられる政府の開発資金の2.5%(1995年時点の値)を、ベンチャー企業へ投資するというもの。ただし、商品開発に成功したあとの市場化段階では、民間資金を自ら調達しなければならない。SBIRによる1995年の投資総額は、8.6億ドルに達した。
(3)STTR(Small Business Technology Transfer Research Program)
ベンチャー企業が大学および国立研究所と共同研究する場合、その予算の一部をベンチャー企業に振り向けるもの。
また、このほか民間のベンチャーキャピタルが存在する。
(1)研究ツールまたはインフラとしての調達
新しい方式を採用したコンピュータなどの開発においては、そのコンピュータが、また、新たなソフトウェアや応用技術の研究開発のツールまたはインフラとなることが多い。
一例として、米国で行われているテラフロップスコンピュータの開発においては、そのハードウェアの開発が終了したあと、その基本ソフトウェアや数々の応用ソフトウェアの研究開発が計画され、実行されている。開発されたハードウェアは、このようなソフトウェアの開発ツールとして調達され、国立研究所に設置されて、全米のソフトウェアの研究に従事する研究者に、ネットワークを経由して提供されている。
この調達により、ハードウェアメーカは、開発したハードウェアの改良等が可能となるほか、必要なソフトウェアも開発されることから、機能的により充実したものを開発でき、商品化に際しても有利となる。これは、省庁間連携にわたるプロジェクトのリレーによる商品化支援とも考えられる。
わが国における国家プロジェクトは、主に、「キャッチアップ型」の研究開発であったことから、本来メーカが開発したいもの、すでに市場が形成されているものを開発目標としていた。このため、国からの資金は、その中核部分の研究開発に当てられ、開発終了後の商品化については、メーカの自己資金を当て、メーカ独自に実施する仕組みとなった。 その後、国家プロジェクトの開発目標が、「フロントランナー型」ヘと移行しつつあったが、この下流の商品化について、メーカまかせという仕組みは、そのままであった。この点は、今後、検討を要する課題である。 |
(2)インフラの整備・拡充
新技術による製品が市場を形成するためには、従来からある社会のルールの変更が重要な場合がある。
インターネットをビジネスに開放したことも、その一例である。これを時代を画するものとするためには、インターネット上の新技術を生かしたビジネスを支援することが必要不可欠であり、そのためには通信回線の使用料金を下げ、その利用者を増やすように導くことが必要である。また、ネットワーク上のコンテンツを豊かにするための著作権法の改定を行っている。
(3)研究者の企業化に対するインセンティブの向上
国の資金を用いて行った研究により生まれた発明をもって、特許を取得した場合や商品となり得るソフトウェアを開発したような場合、その発明者や開発者がそれら特許やソフトウェアの著作権をもとに企業を起こす場合の優遇措置も、研究者の企業化へのインセンティブを向上させる。
米国では、国の資金を使用して開発されたソフトウェア等は、原則公開であったが、近年、政府出資が100%の場合には、大学や非営利団体の運営する研究所に知的所有権が与えられるような法的な整備が進められた。
その代表的なものが、1980年に制定されたBayh-Dole法である。これによって、非営利の大学や研究所は、商業的価値の高い研究を行うインセンティブを得た。大学等は、それらのライセンスやロイヤリティから得た収入を研究者と分け合うほか、大学が得た資金をベンチャー企業を設立する研究者などへ出資するなど、企業化の支援に利用するようになった。
技術移転の基盤を作った法体系
1966年 | 情報公開法 | |
1980年 | Stevenson-Wydler法 国立研究所の位置づけ(技術移転が使命) 政府所有・出資研究の成果・技術の公開 | |
1980年 | Bayh-Dole法 大学・研究所に政府出資の研究成果の知的所有権を与える、研究者への強いインセンティブ |
(4)ベンチャーキャピタルに対するインセンティブ
米国政府は、ベンチャー企業に対する間接的支援として、ベンチャーキャピタルの育成に力を注いできた。
キャピタルゲインに対する税率の引き下げもその一つで、1978年に49.5%であった税率は段階的に引き下げられ、1981年には20%となった。その結果、ベンチャーキャピタルによる年間投資額(KPCB社による評価額)は、2億ドルから10億ドルと劇的に増加した。1986年までその税率が維持された結果、年間投資額は42億ドルまで達した。
その後税率が33%に引上げられた結果、ベンチャーキャピタルの投資額は約10億ドルにまで減少した。なお、投資対象としては、情報産業、特にソフトウェアと通信ネットワーク分野が顕著である。
図2−1で示された国家科学技術会議(NSTC)と省庁の間には、省庁間の調整と管理を行う組織が存在する。1997年にスタートしたCIC(Computing,Information,and Communications)研究開発プログラムにおける調整組織を図2−6に示す。
各組織の役割は、以下のとおり。
産・学連携は、産業側と大学側の双方に利益をもたらすことが分かり、ここ数年でその動きが非常に活発になっている。産・学連携の意義としては、大学側の利益として、研究資金が得られることが最も直接的なものである。それに加えて、大学側は世の中の動きや現実的な課題を常に知ることができる。
産業側にとっては、研究成果に早くアクセスできたり、他社に先行してライセンス交渉をすることができるメリットがある。それらに加えて、研究者と直接コンタクトができること、そして最も大きな技術移転の方法とも言われる優秀な学生を採用できることがある。
産・学連携のために、大学側は次のような方法を用意している。
米国における研究開発環境は、研究者にとって魅力のある存在である。このことは、米国に居住する外国人の博士号取得者の割合からもうかがえる。数学およびコンピュータ科学の分野では、米国で博士号を取得した人の実に40%以上が外国人となっている。この中の一部は母国に帰ってしまうが、そのまま米国に残って活躍する人も多い。
米国の研究者は、優れた成果を上げるべく、オープン&コンペティティブな環境の下で常に努力を重ねている。大学からのスピンオフを含め、個人のキャリアアップにつながる転職も研究者の間で盛んである。ベンチャー企業に失敗したからといって、復職には問題ない風土にもなっている。これらから分かるように、米国には優れた研究開発成果が生まれやすい社会的環境が存在する。
世界一を指向する米国は、情報技術分野においても世界をリードしている。民間ではリスクが大きく、投資できない研究分野に軍事研究は大きな役割を演じてきた。初期の情報技術創成期に見られる軍事用コンピュータ、インターネットの基となったARPANET、近年では超並列マシンへのファンディングなどが示すように、軍事研究は情報通信技術の発展に貢献してきた。
レーガン政権下では国の研究開発予算の7割近くを占めていた軍事関連プロジェクトも、冷戦の終結やクリントン政権による非軍事分野の研究開発を重視する政策により、ピーク時に比べて減少した。しかし、米国の国家プロジェクトであるHPCCに見られるように、省庁やエージェンシの中ではDARPAが最大の予算を獲得していることは、相変わらず軍事分野に国の投資が多いことを示している。