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付属資料 海外調査報告

加藤 俊一 委員

1. はじめに

 データベース・エキスパートシステムとその応用に関する国際会議(International Conference on Database and Expert Systems Applications - DEXA2002) は、ヨーロッパを主としたデータベース・知識ベース分野の国際会議の一つである。本年度の当WGでの海外調査では、DEXA2002に参加し、データベース・知識ベース分野における人間中心の情報技術の研究開発の動向を調査した。

2. DEXA2002の概要

 第13回のDEXA2002は、フランスのアクサンプロバンス(Aix en Provence)のアクス・マルセイユ工科大学(Universite Aix - Marseille II, Institut Universitaire de Technologie)で、2002年9月2日〜6日にかけて、開催された。
 DEXAは、一連のDEXAイベントの形で、次の4つの国際会議の集合として開催・運営されている。

(a) 第13回データベース・エキスパートシステムとその応用に関する国際会議(13th International Conference on Database and Expert Systems Applications - DEXA 2002)(30セッション、92件)(LNCS 2453に収録)
(b) 第4回データウェアハウスと知識発見に関する国際会議(4th International Conference on Data Warehousing and Knowledge Discovery - DaWaK 2002)(9セッション、32件)(LNCS 2454に収録)
(c) 第3回電子商取引とWeb技術に関する国際会議(3rd International Conference on Electronic Commerce and Web Technologies - EC-Web 2002)(15セッション、42件)(LNCS 2455に収録)
(d) 第1回電子政府に関する国際会議(1st International Conference on Electronic Government - EGOV 2002 -)(13セッション、78件)(LNCS 2456に収録)

 また、今回のDEXAには計13ものワークショップも含まれた。

(a) Fifth International Workshop on Network-Based Information Systems - NBiS'2002(12件)
(b) First International Workshop on Web Semantics - WebS 2002(9件)
(c) Third International Workshop on Theory and Applications of Knowledge
Management - TAKMA 2002(11件)
(d) Third International Workshop on Natural Language and Information Systems - NLIS 2002(11件)
(e) Second International Workshop on Web Based Collaboration - WBC 2002(9件)
(f) Third International Workshop on Management of Information on the Web ? MIW 2002(11件)
(g) International Workshop on Trust and Privacy in Digital Business - TrustBus 2002(20件)
(h) International Workshop on Presenting and Exploring Heritage on the Web - PEH'02(9件)
(i) Third International Workshop on Industrial Applications of Holonic and Multi-Agent Systems - HoloMAS 2002(13件)
(k) Third International Workshop on Negotiations in electronic markets - beyond price discovery - e-Negotiations 2002(6件)
(l) Fifth International Workshop on Mobility in Databases and Distributed Systems - MDDS 2002(12件)
(m) International Workshop on Very Large Data Warehouses
- VLDWH 2002(11件)
(n) Second International Workshop on Electronic Business Hubs
- WEBH 2002(8件)

 論文発表は全体で386件、参加者数は400名程度の規模であった。データベース・知識ベース分野が主体の国際会議であるが、会議・ワークショップの名称からもわかるように、web上でのビジネス・電子商取引、および、電子政府関係の研究発表がかなり多かった。会議の規模としてはこじんまりとした印象であったが、電子商取引関係、電子政府関係のセッションは、データベース・知識ベースの会議に匹敵するくらい(あるいはそれ以上)の熱気にあふれていた。
 DEXAは、1990年を第1回に今回で13回目を迎える。筆者は、たまたま第1回会議に参加し「画像の感性検索システム」について発表した経験があるので、会議の規模の拡大、データベース・知識ベース分野の応用の広がり、人間中心の情報技術との関わりなど、様々な点で興味深かった。

3. DEXA2002

 データベース・知識ベースのシステム開発的な論文が多く、データベース・知識ベースに軸足を置きながら、web応用やXML技術、情報検索・情報提供サービス関係の話題も多くカバーしていた。話題別の発表件数は以下の通り。

Web応用 6件
XML 4件
ワークフロー 4件
データウェアハウス、データマイニング 7件
知識工学 7件
分散システム 6件
アドバンストデータベース 6件
質問処理 13件
応用 14件
情報検索 9件
索引構成法 7件
その他 9件

 冒頭のProf. S. Abiteboul (INRIA & Xyleme)による招待講演 "Issues in Monitoring Web Data" では、今日、最も普及した分散データベースシステムの形態であるWebデータベースについて、電子商取引やマイニングに有効利用するために、どのような観点からモニタリングを行えばよいか、統計的な手法に対する批評も含めて、示唆にとんだ意見が紹介された。
 人間中心の情報環境の観点からは、以下のような発表が興味深かった。

(1) "MWM: retrieval and Automaic Presentation of Manual Data for Mobile Terminals"
 M. Shikata, et al.(神戸大学)
 ビデオ映像を含む操作マニュアルを、携帯電話上から検索・表示できるようにしたシステムの試作評価を行っている。有限オートマトン的に質問内容の推移をモデル化し、いわゆるベビーフェイスのモニタ、少ないボタン数という貧弱なユーザインタフェースでも、操作性と検索しやすさを両立させることを図っている。

(2) "Web Information Retrieval Based on the Localness Degree"
 C. Matsumoto, et al.(神戸大学)
 Webページに記述された内容に基づいたwebページ間の関係の構造化、検索技術の試みである。webページに記述している内容と特定の地域・場所との関わりに注目して、webページを分類したり、ページ間の関係を抽象化して、他の地域を話題にした検索にも利用するなど、今後の展開が期待されるアイデアが示されていた。

(3) "Temporal Pattern Mining of Moving Objects for Location-Based Service"
 J. D. Chung (Chungbuk National University, Korea)
 モバイル端末を持つ利用者に、その位置情報に基づいた情報提供サービスを行うものである。位置に対して固定的な情報を提供するのではなく、利用者の移動するパターンなどを検出して、過去の行動履歴から利用者の意図などを推定し、それにマッチした情報提供サービスを行うものである。

(4) "A System for Retrieval and Digest Creation of Video Data Based on Geographic Objects"
 T. Ueda(奈良先端大)
 身に付けたカメラからキャプチャーした画像をキーとして、利用者に情報提供サービスを行うシステムの試作評価を行っている。GPSとジャイロを併用することにより、およその位置と方向を計測し、その方向に見えるであろうオブジェクトとのマッチングを行って対象を認識する点がミソである。

(5) "Similarity Image Retrieval System Using Hierarchical Classification"
 M. Tada, et al.(中央大学)
 筆者らのグループの発表。局所的な高次のコントラスト特徴を採用し、風景写真やテクスチャなど多様な画像を例示画により類似検索するシステムの試作評価。類似尺度を、サンプル画像の段階的・階層的な分類による教示学習で、個人ごと、コンテンツごとに動的に構成できる。

4. ECWeb2002

 Web技術の典型的でもっとも「熱い」応用例として、Web上でのショッピングや旅行代理店関連の情報提供サービス、オークションなどのエージェント技術との融合、セキュリティとプライバシー保護など、DEXA本体の会議よりも活発な質疑応答も見られた。話題別の発表件数は以下の通り。

オークション技術 4件
応用 3件
アーキテクチャ 3件
エージェント技術 4件
Web質問処理 3件
Webデータ統合 2件
セキュリティ、プライバシー 8件
レコメンデーション 3件
ビジネスモデル 2件
電子決済 3件
その他 7件

 人間中心の情報環境の観点からは、以下のような発表が興味深かった。

(1) "Strategies and Behaviours of Agents in Multi-phased Negitiations"
 S. Akine (Universite Paris 6, France)
 MNP-ネゴシエーション問題(m人の買い手、n人の売り手、p個の製品)を2相の複合的ネゴシエーション過程としてモデル化し、売り手・買い手のエージェントにより実現するアルゴリズムを提案している。売り手・買い手の戦略の立て方などで、カスタマイズが出来れば、ある種のキャラクターを持ったネゴシエータを実現できるように思われる。

(2) "Extending Decision Making in Tourism Information System"
 F. Puhretmair, et al. (University Linz, Austria)
 Tourism Information System (TIS)は、今回のECWebで最も注目を集めた発表の一つである。旅行代理店業務での顧客管理から旅行案内、チケット予約までを、一体化したシステムを試作評価している。顧客からの質問を分析し、どのような旅行を希望しているのかを推定し、また、事例推論により、そのような旅行に必要な種々のサービス(飛行機や列車のチケット、ホテル予約など)を統合的に企画し、グラフィック表示や仮想現実空間により利用者に旅行先の案内を行うなどができる。利用者の希望の推定や事例推論の仕組みなどは、まだまだ固定的でカスタマイズ機能は実現されていないが、非常に興味深い試みである。

(3) "Homogenious EDI between Heterogenious Web-Based Tourism Information Systems"
 W. Woss (University Linz, Austria)
 上述のTISグループのシステムのアーキテクチャの紹介。旅行代理店業務での(場合によっては別の会社の)種々の業務をWeb上で統合する仕組みについて説明している。

(4) "User Preference Mining through Collaborative Filtering and Content based Filtering in Recommender System"
 S. Ko (Inha University, Korea)
 個々の利用者がよくアクセスするWebページ中の言葉の出現頻度などの統計量から、その利用者が関心を持つ話題・商品などの推定が出来るようなモデル化を行う。同じようなユーザモデルの利用者群の購買履歴なども利用(協調フィルタリング)して、個々の利用者に適切な商品のレコメンデーションを行う。この際、ユーザをどのようにグループ分けして、いわばステレオタイプなユーザのモデルを作るかがポイントである。

(5) "An Improved Recommendation Algorithm in Collaborative Filtering"
 T-H Kim (Yonsei University, Korea)
 協調フィルタリングを効果的に行うためには、ある消費者と嗜好の良く似た(ということは、検索・購買履歴などのよく似た)別の消費者を発見する必要がある。グラフ上でのクラスタリングにより、このような消費者の集合を発見するアルゴリズムを提案している。

(6) "Series of Dynamic Targeted Recommendation"
 N. Modani (IBM India)
 Webページの広告領域にどのような広告を表示すべきかを、そのセッションで利用者がアクセスしているwebページ上の言葉などの関連性から動的に求める仕組みを提案している。特に面白いのは、特定利用者の長期的なアクセスログをあえて使わず、毎回のセッションの中で、毎回のwebページの移動のたびに、どのような話題に興味を持っているかの推定を計算しなおす点である。Modaniらの意見では、広告の内容はすぐに古くなるし、クーポンなどのサービスも1回きりであるなど、長期的なモデルを構築して利用する必要も無いし、個人の特定の必要も無いと割り切って考えている。

5. まとめ

 筆者が12年前に参加した第1回DEXA90の当時と比べて、情報通信環境は革命的に変化した。当時は、インターネット上でのアプリケーションサービスの実現自身が珍しく、また、インターネット上のコンテンツがそのままデータベースとして利用されるようになるという意識は希薄であった。今日では、インターネット・モバイルネット・ユビキタスネットが融合しはじめる時期にさしかかっており、「消費者」としての利用者が情報通信環境に対して期待するサービスも大きく変化してきている。
 そのような状況にあって、「個」としての消費者をどのようにとらえ、サービスを提供していくのかは、今後の高度情報化社会(=複合的な情報通信環境)においてIT系企業にとって生き残りをかけた取り組みになると言えよう。
 そのような観点から、今回の出張で見聞した様々な研究開発を見ると、データベース技術は、まだまだ「マス」としての消費者のパラダイムから脱却していないように思われる。データベース技術の研究開発は、データ構造を標準化し、利用者を標準化し、利用のプロトコルを標準化することで、大きな発展を遂げてきた。しかし今や、個別化・流動化・その場限りなど、対極的なシステム技術が必要となってきているのではないか?基盤技術としてのデータベース技術の重要性は不変なので、感性情報処理技術など「個」を指向した情報技術との効果的な融合化を進めていくことが、情報技術にとってもビジネスにとっても、重要課題の一つとして認識されるべきであろう。