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米国における最近のIT重点分野に関する調査

4.1 政府のプログラムの進展

 全米情報インフラストラクチャ・プログラムの初期の段階は、少なくとも連邦政府の外から見る限り、あまり系統的に進められていなかった。しかし、多くの本格的な取り組みがこの領域で実施された。1980年代の米国の科学者、エンジニア、そして政府や産業界のリーダーたちは、先進的なコンピュータと通信技術が、研究者の世界だけでなく米国経済全体に対して大きな利益をもたらし得ることを認識していた。連邦政府のさまざまな機関に属していた数名の上級プログラム・マネージャは、学界や産業界の各種グループと非公式に協力しながら、リソースを共同出資することで研究プログラムの計画と実行を開始した。目標は、個別にプログラムを実施した場合を上回る形で、規模の経済を達成すること、そして科学技術に影響を与えることだった。そのような最初の研究は、当時の連邦科学工業技術調整委員会(FCCSET)の援助を受けていた。1991年、米国議会は、ゴア上院議員によって提出された全米高性能コンピューティング法案(公法102-194)を可決した。その法令で、高性能コンピューティング/通信プログラム(HPCC)が正式に誕生した。その後10年間に、HPCCは技術面でも運営面でも何度か変化を遂げた。その使命、目標、そして運用モデルは、その過程で大きく拡張されたが、現在進行中である環境科学やナノテクノロジーなどの他の多くの政府系プロジェクトに対する青写真としての役割を果たしてきた。

A. HPCCと国家調整局(NCO)

 1995年までに、HPCCは軌道に乗り、模範的な連邦プログラムとして評価されるのに相応しい進捗を示していた。このプログラムの目標は、コンピューティングと通信の分野で、世界最高のインフラストラクチャとツールを構築することであった。この目標を達成するために、このプログラムはいくつかの個別的な目標を掲げている。

目標と目的

 次のような2つの相互に関連し合った目的がある。

複数の機関のコーディネーターとしてのNCO

 HPCCプログラムが成功を収めた主な理由の1つとしては、何と言ってもまずHPCCの管理手法を挙げなければならない。他の多くの政府機関の研究開発の取り組みとは異なり、HPCCの活動はすべて国家調整局(NCO)によって進められ、監督されてきた。1993年に設立されたNCOは、ホワイトハウスの科学技術政策室室長に直属する機関で、米議会、州および地方行政府、外国政府、産業界、大学、および一般大衆に対する連絡役を務めている。そのオフィスは主にボランティアのスタッフによって機能している。こうしたスタッフは、参加政府機関の代表者であり、そうした参加機関は、HPCCの活動の計画と実行において一定の役割を受け持つことと引き換えに、人材やその他のリソースを派遣/提供しているのである。HPCCプログラムに参加するためには、機関は、その機関が参加に適しており、本格的に取り組む意欲があることを確証するために設定された一連の審査基準に合格しなければならない。審査基準とは、技術的/科学的な優秀さ、リソースと組織的遂行の準備、プロジェクトの適時性、HPCCの目標との関連性、費用の共同負担の仕組み、および機関の最高レベルでの承認である。約12の政府機関が初期の参加者だったが、中心的機関(ARPA、DOE、NASA、NIH、NSF)が予算と運用管理責任の多くを負っていた。

  HPCCが成功した第二の理由は、その職務(戦略的計画、予算編成、プログラムの実行、監督)がどのように実行されたかにある。NCOは、その活動を以下に示す5つのワーキング・グループに分けた。それぞれが当時のHPCCの使命にとって重要であると考えられていた主要な技術領域に注力した。

  上記の5つの技術領域の中で、IITAは、1995年のHPCCプログラムの新しい焦点であった。また、その後、情報技術研究開発が国家的課題として推進されて行く中において、「情報インフラストラクチャ」という言葉がキーワードとなった最初の時でもあった。ビジョン、技術的な範囲、実行計画は、1994年HPCCプログラムによって刊行されたIITAの特別委員会の報告書[I1]で完全に明確にされた。これは、次に説明するNIIプログラムの最初の技術的な輪郭である。

B. 国家情報インフラストラクチャ(NII)

 1994年1月24日、クリントン大統領は、一般教書の中で米国のすべての教室、図書館、診療所および病院を2000年までに「国家情報スーパーハイウェー」に接続するように指示した。

ナショナル・チャレンジ

 「国家情報インフラストラクチャ」(NII)プログラムは、そのとき正式に発足した。NIIは、HPCCによって実現されたコンピューティングと通信技術の基礎を拡張するものであるが、その焦点は「ナショナル・チャレンジ」アプリケーションの開発を可能にすることにある。進歩する科学のグランド・チャレンジの問題への取り組みとは異なり、ナショナル・チャレンジの問題は基本的なアプリケーションであり、米国の競争力と国民の福祉に広く直接的に関係するものである。当時(1994〜1995年)のNIIプログラムは、以下のテーマ・アプリケーション(要約は表4.1を参照)を処理するため、プログラムの目標と実行計画を設定した。

表4.1 国家的取り組みとNII
国家的取り組みの問題 先導的機関とサンプルプログラム
電子図書館
  • NSF、NASA、DARPA
  • 機関連携による電子図書館イニシアチブ
危機緊急管理
  • ARPA − 災害管理プロジェクト
  • NOAA − 環境の警告と予測に関するシステムのプロジェクト
教育と生涯教育
  • NSFと教育省
  • 科学と工学のK-12教育を改善するための国家規模のネットワークシステムのプログラム
電子商取引
  • ARPA − 認証と他のe‐トランザクション技術に対する基礎的なインフラストラクチャの開発
  • コマース/NIST − アプリケーションを開発して実証するための産業界との協働
エネルギー管理
  • DOE − NIIプログラムのツール、技術および利益を評価し、国家の公益事業を評価するために必要な政策と規制の変更を決定する
環境の監視と廃棄物最小限化
  • NASA、NOAAおよびEPA
  • 地学データベースと環境データセンター、訓練と教育、教育と訓練プログラムへの公開アクセスを提供するためのシステムを合同で開発する
ヘルスケアとデリバリー
  • NIH ― 医学情報交換のための、病院、診療所、診察室、医学校、その他を接続するためのテストベッドの研究への資金供給
  • NSF − 遠隔医療の研究への資金供給
  • ARPA − 生体医療デバイスとツールの研究への資金供給
製造工程と製品
  • ARPA − 次世代の情報ベースのツールと能力のためのMADA(製造自動化と設計工学)プログラムの開始
  • NIST − ネットワーク化された製造環境と標準化作業のサポート
  • NSF − バーチャル・プロトタイピングおよびラピッド・プロトタイピング研究のためのインフラストラクチャ・プログラム
政府の情報の一般公開
  • ホワイトハウスと議会を含むすべての政府機関が、データベースと情報リソースへの一般のアクセスを提供する取り組みを開始
  • NSF − 連邦政府の機関にまたがる電子政府の研究イニシアチブを開始

インフラストラクチャの枠組み

 広く発表されたNIIの目標は、米国全体で非常に歓迎されたほか、世界からもかなり好意的に評価されたが、研究者の世界では、そうした目標を達成するための道筋について議論が生じた。最初の段階として、さまざまな研究グループと顧問団の間で重大な議論の後に、アーキテクチャの青写真が現れた。この全米情報インフラストラクチャは、以下の3つの概念的なレイヤから構成される。

  アプリケーション。これは最上位レイヤで、情報集約的問題のすべてが直接処理される。ナショナル・チャレンジ・プログラムに記述されているアプリケーションはこのレイヤの例である。

  Bitway。これは最下位のレイヤで、将来のコンピュータ、通信、情報のプラットフォームやサービスのすべてが、ここから提供される。このレイヤに含まれているのは、既知の信号伝送技術と将来の信号伝送技術で、ブロードバンド、携帯電話、ケーブルテレビ、光ファイバー、通信衛星、ユーティリティ・チャネルがある。

  ミドルウェア・サービス。これは中間のレイヤで、NIIの枠組みの中ではおそらく最も重要な要素だろう。アプリケーション・レイヤとBitwayレイヤにはさまれたこの中間レイヤは、物理的リソースと人間の要求を結び付ける一連のソフトウェア・サービスを提供する。このようなサービスの例として、電子商取引(たとえばセキュリティ)、データ交換(たとえば規格)、マルチメディア・オブジェクト、コラボレーション・サポート、そしてリソース検出/管理などがある。
この簡潔な青写真によって、さまざまな研究、開発、アプリケーションの問題を(各レイヤで使用される技術が発展または進化し続ける中であっても)単独にでも、全体としても、解決することが可能になった。このようなモデルは、またHPCCのプログラムとNIIプログラムがインターネットを通して緊密に関連し合っていることも考慮したものであった。その結果、これは、NIIプログラムの次の段階を正式にまとめる作業の中で、重要な役割を果たした。

C. 次世代インターネット(NGI)

  HPCCとNIIが進捗するにつれて、研究者の間に潜在していた新しい懸念材料が表面化した。これらのプログラムの健全な進捗が、インターネットの健全な発展に非常に依存していることにすべての人が気づいたのである。不幸なことに、インターネット自体も、急激な成功への対応に苦慮していた。何よりもまず、数千人規模のネットワークのために設計された技術(ARPANET、インターネットの前身)が、何百万もの人にサービスを提供することを強いられているという問題があった。もちろん、新しい技術や、プロトコル、標準を開発すれば、将来の需要を満たすことができると、研究者たちは信じていた。必要とされているものは、政府、産業界、そして学術界が、次世代インターネットに対するビジョンと決断を示すことであった。幸い、これは程なく実現された。

NGIとビジョン

 1996年10月10日、クリントン大統領は新しい連邦政府の研究開発プログラムである、次世代インターネット(NGI)に全力で取り組むことを発表した。これは、現在のインターネットを次世紀に移行するために長期的な取り組みを開始するように構想されたプログラムである。以下に、NGIプログラム構想書[I12] に表明された大統領のビジョンを示す。

  21世紀に、インターネットは、ビジネス、教育、文化、そして娯楽の面で、強力かつ多目的な環境を提供するだろう。視覚、聴覚、そして触覚でさえ強力なコンピュータ、ディスプレイ、そしてネットワークを通して統合されるだろう。人々はこの環境を使って仕事をしたり、預金したり、勉強したり、買い物をしたり、娯楽に接したり、互いに訪問し合ったりするだろう。職場でも、自宅でも、あるいは旅行中でも、環境は同じになる。セキュリティ、信頼性、プライバシーが、この環境の中に組み込まれる。消費者は、さまざまな価格でさまざまなレベルのサービスを選択することができる。この環境がもたらす恩恵としては、経済の敏捷性の向上、雇用機会の拡大、生涯教育機会への容易なアクセス、そして地域社会、国、そして世界に参加する機会が挙げられる。

目標、戦略、評価基準

 このビジョンは、多くの国民に向けたメッセージとして簡潔で明確に作られている。そして重要な社会の構成要員、すなわち、議会、産業界、学界、そして最も重要である一般社会によって、ただちに受け入れられた。したがって、大統領のビジョンは、遅滞なく政府の戦略やプログラムに反映された。研究開発プログラムとして、NGIは以下の3つの目標を掲げている。

 これは非常に高い目標である。しかし、こうした目標を達成するためには慎重な計画、明確に表現された戦略、進捗を評価する手法、そして成功のマイルストーンが必要である。ここでもまた、NCOの調整を受けながら、NGIプログラムが多くの公的/私的組織の援助を受けてこれらの計画を作成した。そして、こうしたプロセスは、NGIの実施とその後継プログラムにとって中心的な役割を果たしたことが明らかになった。表4.2に、NGIの戦略的計画と実施項目を簡単に要約する。

表4.2 NGIの目標と方策と測定基準
目標 成功するための方策 進行を測るための測定基準
またはマイルストーン
目標1. 研究者と研究所を結ぶ次世代のネットワーク組織の構築
  • 既存の研究ネットワークを利用し拡大する。たとえばNSFのvBNS、DOEのESnet
  • 産業界と協同で高性能ネットワークを構築する
  • 現在のエンドツーエンドのインターネットの性能を100倍高速にし100の研究所を接続する
  • 現在のインターネット性能の1,000倍の速さで10の研究所を接続して、これを実証する
目標2. 先進ネットワーク技術の実験的な研究の追求
  • サービスとプロトコルと機能性を開発し配置するために政府と産業界と大学の研究開発組織に資金供給する
  • オープンソースと技術移転環境を採用する
  • 主要な成功の尺度にはサービスの質、セキュリティ、強固さがある
  • 新しい技術が商用インターネットのサプライヤーに採用された範囲
目標3. 革新的なアプリケーション
  • 分散協同コンピューティングなどのような基礎レベルのアプリケーションを特定する:遠隔教育、テレポーテーション
  • 援助機関または産業界のパートナーの業務に合わせたプロジェクトを実証する
  • 新しいネットワーク技術を検証するアプリケーションの価値
  • ネットワーク利用の新しいパラダイムの実証
  • 機関の業務に合わせた目新しいアプリケーションの数

NGIプロジェクトに関する上記のイニシアチブの詳細は、1997年の報告書[I12]に記載されている。

D. NGIからIT R&Dへ

 NGIは、1998会計年度に開始され、2001会計年度に終了した。その目標は、すべてではないにしても大部分が満たされた。特に、NCOの調整に基づいて、実際には、目標1のために設定された基準を上回る成果が得られた。100倍のNGIの試験設備は150を超える研究所を接続した(目標は100)。1,000倍の試験設備は15ヶ所を接続した(目標は10)。プログラムの規定に沿って(目標2)、NGIは高性能ネットワーキングを民間部門に移行することに成功した。この移行には、AbileneプロジェクトとNSFの超高性能バックボーン・ネットワーク・サービス(vBNS)が含まれている。この2つについては、後の項で取り上げる。

  NGI(および前身のプログラム)の成功と業績は、速やかにそして必然的に新しいプログラムへと結び付いた。このプログラムは、情報技術研究開発(ITR&D)で、すでに実施されており、現在も進行中である。新しいプログラムは引き続き国家調整局(NCO)によって調整されている。しかし、過去2年間、21世紀への移行に際しての新たな焦点である、コンピューティング、通信、情報の領域における広範な研究開発活動に対する要求を反映するために、このプログラムはさまざまな形で再編されてきた。さらに、IT領域における教育、研修、労働力ニーズの重要性に対する注力も一段と強化された。

新しく拡張されたPCA

 2000年に、NCOは新しい一連のプログラム・コンポーネント・エリア(PCA)を発表した。これは、多様な参加機関にまたがってITR&Dのさまざまな活動を運営するためのワーキング・グループとして機能する。

NITRD(ネットワーキングと情報技術の研究開発)−新しい米国のインフラストラクチャ

 NCOの調整の下で、合同機関のプログラムの新しいPCAと多くの業績は、ITという舞台で大きな資本注入または研究開発資金の基礎を据えた。2001会計年度に、さまざまなPCAのコンポーネントにおける作業の支援のために総額約20億ドルの連邦政府の資金が参加機関に割り当てられた。これは、前年までの資金供給に対しておおよそ30%の伸びを表している。この年、管理部門は新しくネットワーキングの焦点となった項目に引き続き大いに投資するITR&D予算を提示した。それはネットワーキング技術が米国の技術革新とアプリケーションに対するインフラストラクチャの中で一様により大きな役割をどのように果たしていくかというさらなる認識にほかならない。全体として、学界と産業界の両方の研究コミュニティと一般社会が、この投資の真の受益者となった。これについては以降の項で詳しく説明する。

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