本年度におけるHECCワーキンググループの調査は、過去2年間の「HECCワーキンググループ」における調査活動の結果や報告書を踏まえ、高性能コンピューティングに関連する情報処理技術のあるべき姿を探るとともに、今後注力すべき技術分野の検討に参考となる調査報告や意見などを集約したものである。第2章では、昨年と同様に米国のハイエンドコンピューティング研究開発動向について、主として米国における政府支援の研究開発に関して、Blue
Bookを参考にして、まとめてある。また、3章では、ハイエンドコンピューティング研究開発の動向と題して、本ワーキンググループの各委員および外部講師による、ハイエンドコンピューティングに関する研究開発に対する見解がまとめられている。ここでは、関連する項目を、アーキテクチャ&新計算モデル、基本ソフトウェア&ミドルウェア、応用システム&応用分野の3つに大別して述べてあるが、各項目における技術に関する見解はその項目だけにとどまらずに、より多岐にわっていることに注目して欲しい。情報処理における基本的な技術の方向性や将来性あるいはその有効性は、それ単独で検討されるべきものではなく、他の技術との関連のなかでいかにとらえるべきであるかということの方がますます重要になってきていると考えられるからである。
本報告書では、アーキテクチャ&新計算モデルの項目において、情報処理を支えるハードウェアの基である半導体の将来についていくつかの見解が述べられている。その1つは、半導体の性能向上の神話について、従来とは異なる新たな時代に入ったという指摘である。その1つは、配線遅延がゲート遅延に比べてより支配的になるであろうという点と、電源電圧の低下に歯止めがかかるのではないかという点である。もう一つの見解は、プロセッサの高性能化が進むに従って、その消費電力の増大が問題になってきている点である。これらの問題を解決するために、リコンフィギュラブル・アーキテクチャやハード/ソフト協調による低電力高性能プロセッサの開発などがあげられている。これらを概観すると、これからの半導体デバイスやハードウェアアーキテクチャの研究開発指針としては、従来型の微細加工技術やデバイス技術だけに頼るのではなく、アーキテクチャ技術やコンパイラ技術などを包含した技術開発が必要になることが指摘できる。折しも、2001年の12月に東芝の汎用DRAMメモリからの撤退というニュースが駆けめぐった。東芝だけではなく、メモリ製造業は近年最悪の不況に苦しんでいた。過剰な製造キャパシティとPC需要の停滞による深刻な価格の落ち込みにより、多数のメーカーがコスト割れの価格で製品を販売せざるを得なくなってきており、このような事態は早晩予想されるものではあったが、これが具体的な形で出てきたわけである。東芝のメモリ事業自体は、今後フラッシュメモリを中核に、アプリケーションを強く意識した、高付加価値のメモリ製品に特化するとのことであるが、その一方で最先端のDRAM混載システムLSIやシステム・オン・チップの研究開発に力を入れることが予想される。
このような一連の流れの中には、例えば、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が半導体理工学研究センター(STARC)に委託して行っている、システムオンチップ先端設計技術の研究開発というプロジェクトがある。これは、平成12年度から平成16年度のまでの5年間で、Vコアと呼ばれる再利用可能な機能ブロックをシステムレベル、アーキテクチャレベルなどの上位の抽象度レベルで表現したものを開発するというものである。このように、我が国の半導体産業においては、いわゆるシステムLSIを最重点強化として取り上げている。しかしながら、日本の大手の半導体部門の戦略として、すべてが横並びになっているのは問題があるのではないだろうか。米国のマイクロンのように、「DRAMで世界ナンバーワンの地位を奪回」という方針を打ち出す企業が現れてもよいような気もする。システムLSIの強化についても、そのビジネスの本質である「少量多品種」に対しての対策が行われているかどうかは疑問である。たとえば、0.15ミクロンのような微細化プロセスと300mmウェハーでの半導体生産で100万ゲートの規模のロジックLSIを生産すると仮定してみるとする。歩留まりが良いと仮定すれば、1枚のウェハーで約4000個〜8000個のチップが、1回のロット(ここでは24枚としてみる)で約10万個以上のチップ(1000万ゲートとしても約1万個以上)が生産されてしまうことになる。システムLSIとして、成功を収めたプレイ・ステーション2用のLSIのような特殊な例を除けば、このようなアプリケーションはそれほど多くは見つけることができないかも知れない。従って、少量生産でも効率の高い生産ラインの構築を図るとともに、デバイスにFPGAなどのリコンフィギュラブルな領域を組み込むなどによって多品種に対応するなどの方式も必要になってくると考えられる。世界の半導体メーカの競争においては、インテルの一人勝ちの状況が続いており、たとえば米国の半導体メーカであるTIやモトローラも各メーカの得意分野に特化するという企業戦略のものに、たとえばTIはDRAMから完全撤退してDSPや信号処理などの分野にフォーカスしており、モトローラ社はディスクリートや汎用ロジック製品を担当していた部門を売却するという思い切った決断を下している。我が国の半導体各社も、横並びではなく、各社の特性を生かした戦略が必要になっているのではないだろうか。
一方、我が国のハイエンドのコンピュータに目を向けると、2002年の3月に「地球シミュレータ」が稼働を始めたことは特筆すべきことである。地球シミュレータの中身については、本報告の中で詳しく述べられているので、ここでは特に言及はしないが、米国のハイエンドコンピュータあるいは、日本の富士通や日立のスーパーコンピュータが全ていわゆる超並列スカラー計算機に向かっているのに対して、ベクトル並列という方式で押し進めたという点が特徴的であり、1つのユニークな戦略性として高く評価できる。また、地球シミュレータという名前の通り、地球規模の問題である地球温暖化やエルニーニョ現象などの環境変動を解明および予測することに貢献すれば、
米国のASCI計画とは違った意味において、大きなインパクトを与えることができよう。
平成10年度の報告書(その時は「ペタフロップスマシン技術調査ワーキンググループ」)のあとがきの中では、我が国における情報処理産業において脱メモリのあるべき姿について議論を行ったが、これからは「脱PC」という観点から情報処理産業の姿を考えてみたらいかがであろうか。PCは、1990年代の情報処理分野における牽引車であったが、21世紀に入って、その牽引力も少し小さくなってきているように感じる。これからの情報処理機器はPCばかりではなく、携帯電話やPDAそれに情報家電やスマートカードあるいはユビキタスコンピュータと言われるように、いろいろなところに入り込んでいくことになろう。そのような状況においては、PC時代をWinTelという2大企業が制覇したような状況にはなっていかないと思われる。これは、我が国にとっては挽回するチャンスであり、一見すると我が国にとって有利な状況であるように見えるが、しかしながら1980年代や90年代などとは異なる状況が生まれている点も注意が必要である。それは、アジアの情報処理産業における韓国や台湾それに中国などの台頭であり、またインドなどにおけるソフトウェア産業の著しい成長である。我が国としては、これらの状況を踏まえ、各企業の得意分野を定めて、戦略を持って対峙することがますます必要になってくると考えられ、個々の企業や研究者の主体性がさらに要求されるようになってくるのではないだろうか。
(山口 喜教 主査)