坂口勝彦先生 早稲田大学大学院 数学史特論 後期レポート 「情報空間と物語」 600P031-4 高木祐介 ---------------------------------------------------------------- 概要 ---------------------------------------------------------------- コンピュータが普及して以来、情報空間はもう一つの現実となった。 最も現実に近いメタファである貨幣経済でさえ情報としての本性を強め、 クレジット、デビット、電子決済へと移行しつつある。 情報空間の現実性が高まるにつれ、「本当の現実」との異同が より問題となってきた。本当の現実(現実空間)とは共同幻想 であり、物理空間に近い情報空間の一つである。 現実空間とその他の情報空間の最大の違いは共有されること、 他者性を持つことである。しかし、全ての人に共有される情報空間も 一人だけの情報空間も同様に少なく、共有の度合いは程度の問題である。 共有度の大きな情報空間は物語となり、真偽が問題でなくなることがある。 数学はある意味で自然科学ではなく、情報/コンピュータ科学において 前提(例えば背反律)の真偽が問題とされない道具として使われている。 このレポートでは情報/コンピュータ科学における様々な概念を取り上げ、 それらの概念が情報空間としての数学領域に由来することを述べる。 ---------------------------------------------------------------- アドレス、ポインタ、参照 ---------------------------------------------------------------- デジタル・コンピュータはノイマン型アーキテクチャに基づいており、 プログラムもデータも一様にメモリに格納され実行される。 格納された場所を識別するため、メモリにはアドレスが振られている。 チューリング・マシンはデジタル・コンピュータの抽象概念と言えるが、 メモリに相当するテープは無限個のセルの並びであり、 セルの番号がメモリ・アドレスに相当する。 コンピュータによって扱われるデータはセルを単位とし、 その値をどう解釈(操作)するかの意味付けがデータ型によって決まる。 ポインタはアドレスを格納するセルであり、参照は型付きのアドレスである。 アドレスと値はシニフィアンとシニフィエに相当し、その使い分けは 現実空間におけるシニフィアンとシニフィエの混同を浮彫りにする。 問題はアドレスもまた値であることにある。 情報空間が共有されるには伝達が必要であり、従って言葉を使う必要がある。 すなわち、シニフィアンもシニフィエも言葉で表現され、 その違いはレベルの差でしかない。 アドレスと値の使い分けはレベルの差を意識することにある。 ライプニッツの普遍記号学が完成しない(あるいは完成済みである) のも、原子概念にたどり着くことがないのも、シニフィアンの連鎖は 折り畳むことができてもシニフィエもまたシニフィアンであるためである。 例えば、「アレクサンドロス大王」は言葉であるし、 「あの(さまざまな属性)アレクサンドロス大王」もまた言葉に過ぎない。 ---------------------------------------------------------------- 静的と動的 (static vs dynamic) ---------------------------------------------------------------- プログラミング言語において、プログラム文面上の性質を 静的であると言い、実行時の性質を動的であると言う。 例えば、自動販売機のプログラムは静的でどこでも同じであるが、 売買や補給状況はそれぞれ異なる。 一般に言語は静的である。特に数学は静的な印象を強める。 最も印象的なのは次状態関数で、人間が同じものの変化ととらえる 時系列を陽に識別し、時間変化も場所の変化も無関係のものさえ 抽象化して同じ関数で表してしまう。「次状態」という名前が 時系列の名残を示す。 ゼノンのパラドクスも分割され静的に切り取られた時点だけを 見ることによって起こる現象である。アキレスは亀がいた地点に 何度でもたどり着き、そのたびに時間経過は短くなっていく。 ---------------------------------------------------------------- 無限 ---------------------------------------------------------------- 数値計算は情報科学の中でも独自な一分野を成している。 コンピュータは実数を浮動小数点数として扱う。浮動小数点数は 自然科学において広く使われ、有効桁と10の累乗によって実数を表す。 (例: 6.02 * 10^(-23)) コンピュータは数をセル単位で扱い、メモリは有限なので 扱う数の精度も有限である。このため、整数は -(2^n) から (2^n)-1 まで、 実数は n * 2^b を扱うことができるなどと決められている。 面白いことに、実数の値として「無限大」と「非数」というものがある。 これらは数値計算で導かれる実数なので例外的に値と見なされる。 「無限」の情報量がむしろ小さいことは良く言われている。 ---------------------------------------------------------------- 人工生命 ---------------------------------------------------------------- 人工知能は一世を風靡し、SFにはしばしば考える機械、反逆する機械 が描かれた。しかし、機械が知能を持つか否かどう見分ければ良いのか。 チューリング・テストは人工知能の有無を人間が判定する。 その人間が正しいことを誰が証明するのか。 現在の人工知能は漢字変換やインテリジェントな機械など 道具として利用される方向に進んでいる。 人工生命は、「正しく考える」人工知能に対して 「生きているかのように振る舞う」機械として登場した。 むかでロボットは一つの脳が全ての足をどう動かすか考えるよりも、 一つ一つの足が適当に他の足と協調しつつ自律的に動く方が本物らしい。 小さな部品群が協調しつつある程度自律的に動くと 全体としてもっともらしい振る舞いを見せるのは、 機械論的世界観、人間観に通じるものがある。 ---------------------------------------------------------------- オブジェクト指向 ---------------------------------------------------------------- オブジェクト指向はデータとそれに対する操作を、 オブジェクトという単位にまとめる、比較的新しいパラダイムである。 これは人間の認知モデルに近く、分かりやすい自然な見方、 考え方をそのまま表現できると言われる。 オブジェクト同士はメッセージをやり取りすることによって、 互いに影響をおよぼしあう。 神の超越と遍在をオブジェクト指向の観点で見ると、 超越はオブジェクト群を管理する存在であり、遍在はオブジェクト群が 相互作用することによって全体の処理が進行する場合である。 モナドには窓がないと言うなら、モナド・オブジェクトは メッセージをやり取りせず、結果的に処理がうまく行くものである。 一般にオブジェクトは他のオブジェクトを含むことができるが、 モナド・オブジェクトは不可分であって他のオブジェクトを含まない。 モナド・オブジェクトは神(システム)によって一挙に生成され、死滅する。 ---------------------------------------------------------------- まとめ:重なりあう現実空間 ---------------------------------------------------------------- 事物が誤っているということはなく、 誤謬が思考のものであるなら真理も思考のものである。 しかし、真偽にも次のような種類がある。 ●特定の情報空間において無矛盾であるか否か (validity) ●現実空間との異同 (verification) によって決められるもの コンピュータに始まる情報ネットワークによって、 重なりあった複数の現実空間が現れつつある。 2000年問題は「本当の現実空間」と「仮想の現実空間」との せめぎあいであった。 現代人は複数の「現実」空間に調和できる 情報リテラシーを持たなければならないであろう。